前岩手県知事の主張 第1話:「改革派知事とこれからの知事」

増田寛也 (前岩手県知事・地方分権改革推進委員会 委員長代理)
ますだ・ひろや
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1951年生まれ。77年東京大学法学部卒業後、建設省入省。千葉県警察本部交通部交通指導課長、茨城県企画部交通産業立地課長、建設省河川局河川総務課企画官、同省建設経済局建設業課紛争調整官等を経て、95年全国最年少の知事として現職に就く。「公共事業評価制度」の導入や、市町村への「権限、財源、人」の一括移譲による「市町村中心の行政」の推進、北東北三県の連携事業を進めての「地方の自立」、「がんばらない宣言」など、新しい視点に立った地方行政を提唱。
改革派知事とこれからの知事
今、新しく知事になってくる人を見ていると、この人は当たりさわりがない、みんなで担げる人だということで担がれた人が多いのではないでしょうか。国会議員などには、長野の田中さん(康夫前長野県知事)のような方がまたあちこちで出てきたら大変だという警戒感があるのかも知れません。地方分権が進んできて、知事に対して逆に警戒心が高まったところもあります。
それは逆に言うと、住民からの期待感も高まったということと裏腹です。住民を基点にして住民に支持され、マニフェストを出して、そこに苦い薬も入れつつ、それで当選ができたら、それを力にして物事を推し進めていこうという動きが始まりました。それは、既存の支持基盤や既得権益を享受してきた人たちから見ると、非常に脅威に感じられます。
現実にそういう住民に支えられた知事が何人かいましたが、そういう人たちが、多選であったり、選挙に落ちたり、逮捕されて失脚したりなどと、色々な理由で、いなくなりつつある。今は元に戻り始めたという感じがします。一時期、「戦う知事会」などと梶原さん(拓前全国知事会長)が言って、分権を進め、三位一体改革で本当に地方に税財源を移し、そこで自己責任でやってもらおうという話があったときは、霞が関や永田町、既得権益からの相当な抵抗はありました。そういう時代を過ぎ、逆にその時代にいろいろ発言していた知事は余り多選を好まないから、それが今、ちょうど代わっていく時期になった。そのときに、今までの反省に立って、無難な人を選ぶという動きがあるのかも知れません。
一方で、地方自治というものは、いつも逆風にさらされています。知事が3人も逮捕されたのはさすがに初めてですが、他県のことだからといって目をそらさず、真正面からみんなが受けとめなければならないと思っています。国民の皆さんにはこうした知事の不祥事は本当に申し訳ないと思いますが、10数年前にもゼネコン汚職がありましたし、それで宮城県の浅野さん(史郎前知事)のような人たちが出てきました。私が知事になった頃は、裏金や官官接待で叩かれた時期です。それを乗り越えて透明性を高くしようとして、情報公開も地方自治体の方がぐっと進みました。今は、そこに乗り遅れたところで裏金の問題などが出てきています。
ですから、地方自治は大きな波の中で翻弄されつつ、全体としては、やはり進んできたと私は思います。住民に開かれていて、マニフェストで住民と約束をするという形に向け、2合目か3合目までは登ってきたのではないでしょうか。今、知事の交代期ではありますが、最後は有権者がまた新しい人たちを見つけていくのではないかという期待感を持っています。
不祥事があれば、有権者は東国原知事のような人をちゃんと選ぶわけです。もちろん、彼の今後はこれから問われるわけですが、有権者がああいう知事を推し立てようとした、そのことを経験してしまったのですから、こういう住民のエネルギーで政党などが推した首長を代えるという流れは、そう簡単に崩れないと思います。
私自身についていえば、知事になりたくてなったのではなく、知事というポストを通じて県民の幸福を実現する、さらに大上段に言えば、分権を実現して国全体をもっと良い形に切り替えようということでしたので、やれることは全部やったつもりです。やれなかったことはあと4年やってもできるというものでもなく、むしろ多選の弊害の方が多くなるのではないか。それが私が知事を辞めた最大の理由です。今の時点では、これまで分権改革ということで知事になってきた知事の多くが、そういう思いを共有しているのではないでしょうか。
当選すれば、議会や色々な既得権益と闘って、もまれて人は育っていく。それが余り長いと、またそれが硬直化していくから、やはりどこかで切り替えていくということが必要です。
知事の権限といえば、予算編成権と人事権の2つが一番大きいと私は思います。そこを握っているがゆえに、県庁の人から見れば恐怖感もあるし、長く続けば、役人ですから頭がいいので、大体知事は次にこういうふうに動くだろうと、こうやると知事は喜ぶだろうと、みんな見ていくわけです。そして、県庁全体が知事に対して物を言わなくなって、裸の王様になる。私は実際に茨城県の課長を経験して、そういう雰囲気を味わっていました。そういう意味で多選というのはよくないと思います。
また、今は、県庁あるいは地方行政を取り巻く状況は大きく変化しているわけですから、本当に大きな政策転換を図るためには、やはりトップを代える、トップが代わることが非常に大きいと思います。知事は民間企業でいえば会長と社長を兼ねているような存在です。上場企業で12年も16年もやっている人というのは、余りいないと思います。
2007年05月11日 15:19







