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 【総論】「小泉内閣の政策評価書」

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言論NPO政策評価委員会(2003/10/8)

1. はじめに

現在、新しい政党政治のあり方として、各政党によるマニフェスト(政権公約)*1の作成が脚光を浴び、具体的検討の進展とともに、その内容が公表され始めている。政権公約を国民との契約という視点で考えれば、その契約の履行を果たすのが政治の責務であり、約束(契約)を曖昧にした政治に対して国民は投票という手段で明確な意思表明をしなければならない。私たちが、民間の中立的な立場でマニフェストの評価を行おうと考えたのは、選挙で政策本位の政権選択を問うためにも、政党側と私たち国民との間に常に緊張感ある関係を構築することが重要だと考えたためである。換言すれば、政党側に安易で不明瞭な公約を許さず、その達成を適宜適切に評価、公開し、その実行を国民が恒常的に監視する仕組みを作ろうという試みである。

またこうした民間による評価作業を定着させることによって、(1) 政党の公約とその実行に向けた責任と緊張感ある官民の政策論争の確立、(2) 政権による政策運営の透明性・実効性への寄与、(3) 政策実行の適切な判断材料の提供によりマニフェストに基づく政党政治の確立、ひいては政策を軸とした国民の政治参加を促したいというのが我々の願いである。


2. 小泉改革の評価を行う意義

言論NPOでは、マニフェストの評価作業を本格化させるための準備作業として「小泉改革」の評価作業を、専門チームを中心にこの4月から行ってきた。先の総裁選で再選された小泉首相は、その構造改革路線の継続で党内を一応まとめたことになる。11月に予定される総選挙では、小泉氏の公約と他党のマニフェストとの優劣が選択されることになるが、これまで政権を担当してきた小泉改革の評価を行うことは、次期総選挙での争点、対立軸を描き出すだけではなく、今後の政党のマニフェストやその実行の評価を行う際の課題を浮き彫りにすることになると私たちは考えた。

評価案は分野毎に政策作業チームを設置し、その中での徹底的な議論をベースに政治家、官僚、各界の有識者・専門家など40人を超す人からヒヤリングを行い、その結果も十分踏まえつつ、取りまとめている。また言論NPOに参加する500人近い有識者の会員にも同時に評価選択のアンケートを実施し、評価作業に反映させることにした。

小泉政権の評価を行うにあたって、私たちは経済財政諮問会議の「骨太の方針」を政権の公約として位置付け、その政策ごとの目標や実行プロセス、成果を評価・検証することにした。本来、マニフェストとは政党が作成するものであり、与党自民党と対立を続けてきた小泉政権が作成した公約をマニフェストと見なすことには矛盾があるが、現在の状況を従来型の与党、官僚主導の政策決定プロセスを首相主導に変えるという政策形成プロセスの変革が進みつつある中での過度的な現象とみるならば、問題は少ないと判断した。

自民党の前回選挙での公約と小泉政権の政策目標は一致していないが、小泉政権誕生直後の2001年5月に行われた所信表明演説の具体化が「骨太の方針」であること、また小泉政権において諮問会議の役割が極めて重要視され、総裁選挙での小泉氏の政策も「骨太の方針」をその骨格にまとめていること等を考慮すると、「骨太の方針」をマニフェストと見立てて評価することは、重要な意義があると考えられる。

今回、公表するのは「骨太の方針」で政策目標が設定された小泉改革の主要8分野の評価書である。なお、明確な評価を行うためには、一定の評価基準にしたがって数値による採点を行う必要があるが、採点の公表は現時点では見送ることにした。現段階での採点公表は私たちが進めた政策評価の真の意図を離れ、それ自体が一人歩きする可能性があるからである。したがって、今回の「小泉改革評価」の結果は定性評価に止めたが、これもこれから本格的に始まるマニフェスト評価のいわば準備作業と位置付けられるためである。


3. 言論NPOの政策評価の枠組み

(1)政策評価の基本スタンス

まず初めに、言論NPOによる政策評価の基本的なスタンスを明らかにしておきたい。

第一に、私たちの政策評価は、あくまで民間サイドの中立的な立場からの評価であり、政治や、いかなる政党からも中立・独立の立場を堅持することを強調したい。

第二に、評価者の主観や裁量を極力排したできるだけ客観性の高い評価を行う。本政策評価は、現政権の批判そのものを目的としている訳では無く、政策評価の実施を通じて日本の真の政策課題は何か、その目標達成の障害となっている本質的問題点は何かを抽出したいと考える。

第三に本政策評価を通じて公約とその政策の実行プロセスの制度的障害は何か、またその障害を取り除き改革プロセスを加速させるためには何が必要か、を明らかにしたい。

第四に、小泉改革の評価を通じて、来る総選挙において与野党各党が真に争点とすべき点は何かについても提示したい。

(2)言論NPOによる政策評価基準

マニフェスト型の政治が実現しているイギリスでは、マニフェストに求められる政策目標にSMART、すなわち明確性(Specific)、測定可能性(Measurable)、達成可能性(Achievable)、妥当性(Relevant)、期限明示(Timed)の5つの基準がある。だが、日本の政党の公約はいまだスローガン的、総花的なものが多く、そうした基準に沿った公約は少なく、その評価を非常に難しいものにしている。小泉改革も「骨太の方針」や「改革工程表」には具体的な政策に数値目標*2の例示は極少なく、その数値目標ですら実現した内容が当初の設定した目標に合致していないケースが多い。

こうした状況の中で、私たちの評価作業は当初から迷路に踏み込むように何度も暗礁に乗り上げた。私たちは当初、政策項目のそれぞれの成果を測定するために各省庁や関連の部署にひとつひとつあたっていったが、その評価は決して容易ではないことが判明した。そうした把握を当事者ですら行っていないことが多いからだ。また「骨太の方針」では各省庁や政治側との調整が遅れているため「推進する」「検討する」との記述が多く、諮問会議と関係省庁間で基本認識自体が食い違っているにも関わらず、骨太の文章上では「同床異夢」で表記されるケースも多かった。つまり、マニフェストとして想定した骨太の方針でさえ、多くの政策課題で評価可能な公約という基準を満たしていないのである。

ただ、これは小泉内閣の限界ではなく、日本のこれまでの政府による政策運営が国民に対してよりも党内基盤の維持を強く意識して打ち出されていたことに問題がある。むしろ小泉改革は既存制度の中に深く組み込まれた政策決定システムの変革を迫ったが故に、こうした問題点や障害が浮かび上がったといえる。

これらの状況を踏まえて、私たちは評価作業を振り出しに戻し、小泉改革の主要8分野に対して政策運営の評価を行うことにした。この際、以下のような考え方に基づいて、構造改革の各分野毎*3に評価書を作成した。ここでは、改革の理念、目標、目標達成の手段が明確であり妥当であるか、さらに政策手段の整合性、改革の実績、達成度を評価することにした。その際、単純な結果のみの評価ではなく、改革の優先度、難易度をも十分に考慮することにした。

また一時点における静態的な評価よりも、動態的な評価軸に重点を置き、(1) 過去の政権と比べた場合の相対評価、(2) 掲げられた目標から判断して最低限期待されるレベル対比の達成度評価、(3) 将来の達成可能性に対する期待値評価などを総合的に評価した。とくに、将来の期待値評価に関しては、制度化された既存の政策決定プロセスや党内の反発などの障害をいかに克服しようと努力したのかを重視した。こうした評価を基本にしたのは、小泉改革が従来までの政治とは異なり、過去の硬直した政治基盤や制度、政策プロセスに本格的なメスを入れたもので、その効果は短視眼的かつ静態的には判定すべきでないと考えたためである。また政策課題によっては外部環境の変化などで目標達成が崩れたとしても、改革の方向性が正しく、失敗を立て直す新たな対策が描かれた場合には、適正に評価することにした。

なお、分野毎の政策評価に当たっては、2001年度~2003年度の3回の「骨太の方針」を軸に(1) 小泉構造改革は何を目指そうとしたのか、すなわち構造改革の最終目標を明らかにし、(2) 最終目標実現のためにどのような中間目標を設定したのか(期限、財源の明示の有無も含めて)といったファクト・ファインディングを行った。その上で次のステップとして、各分野における政策評価の基準として、以下の5点を盛り込む形で定性評価を行っている。

(1) 改革の理念・ビジョンの明確性、適切性に対する評価。
(2) 改革の具体的目標、スケジュール・期限等についての明確性・妥当性に対する評価。

(3) 改革の具体的内容の妥当性に対する評価。例えば、目標達成の手段の適切性や改革の実効性などに対する評価。

(4) 改革の具体的内容と理念・ビジョン・目標との整合性に対する評価。例えば、政策相互の矛盾、骨抜き、先送りがないかどうかなど。

(5) 改革の実績・達成度についての評価。その際、単純な結果のみをベースとしたから評価ではなく、改革の優先度、難易度を十分考慮しつつ評価を行う*4


4. 小泉内閣に対する政策評価結果の概要

(1)小泉構造改革が目指すもの─全体評価

小泉内閣による構造改革の基本指針は、経済財政諮問会議が毎年6月に公表する「経済財政運営と構造改革に関する基本指針(いわゆる骨太の方針)」に端的に示されている。我々は、2001年度以降2003年度までの3回にわたる骨太の方針、ならびにそこでの議論、そこで掲げられた政策目標、その実現を点検した。骨太の方針が毎年更新されることは、公約の性格から言って矛盾を抱えるが、これらは公約の具体化であり、基本は先の所信表明とその具体化である骨太の方針の第一弾にあると判断した。

そうした視点でみた場合、小泉構造改革が目指す最終的な目標は、サプライサイドの強化或いは資源配分の効率化による経済再生であるといえる。骨太の方針第一弾(2001年6月)によれば、経済成長を生み出すには、「創造的破壊」を通じて、労働や資本等の経済資源を成長分野へ移動させることが必要であり、そのためには、市場メカニズムや競争を阻害している要因を取り除く必要があるとの基本認識が示されている。要するに、小泉構造改革の狙いは日本経済に「市場経済原理」を貫徹させることにある。道路公団・郵政事業の民営化や「構造改革特区」などの規制改革が小泉改革の目玉となっているのも、「民にできることは民に任せる」という市場経済原理重視のスタンスが貫かれているためであるといえよう。

そうした基本理念を背景に、小泉首相は何を構造改革の目標に据え、国民に公約をしたのか。小泉氏が平成13年5月の所信表明演説で真っ先に掲げたのは、前森政権の緊急経済対策の実行であり、その中核は不良債権と企業の過剰債務の一体的解決である。これに加えて、競争的な経済システムの形成、財政健全化を三つの改革の柱として、その断行を約束している。まさに経済の建て直しが公約の中心であり、その際、達成時期、数値目標を合わせて明らかにし、不良債権問題では「2年から3年以内での正常化」(オフバランス化)を公約し、その期間内を「集中調整期間」と位置付けた。財政健全化については、2010年代初頭にプライマリー・バランスを黒字化させるという中期目標の下で、平成14年度予算での国債発行額を30兆円以内に抑えることが打ち出される。こうした財政構造改革を通じて「小さく効率的な政府」を実現することが、財政の持続可能性*5を高め 国民の将来不安を和らげるとともに、資源配分の重点化や効率化によって財政赤字削減と経済活性化の同時達成を実現することにつながるとの認識に基づくものである。

今年9月の総裁選で小泉氏は「構造改革の芽が出つつある」と自己評価したが、国民への公約という視点で考えれば、その達成度評価は日本経済立て直しのために設けた「集中調整期間」における改革の進捗状況がまず対象になる。その点から全体評価を試みれば、当初設定した目標はその後、いずれも計画の見直しや先送りに追い込まれ、最優先課題の不良債権処理についても不良債権比率は改善の兆しをみせているものの、依然として水準が高く出口が見えたわけではない。ペイオフは再び延期となり、「集中調整期間」の1年延長を余儀なくされている。また財政の健全化は基本線で貫かれたといえるが、税収の落ち込みで30兆円枠は破綻しプライマリー赤字はむしろ拡大した。このため、当面の財政健全化目標は歳出総額に対するキャップ設定*6に変更されたが、これと10年後のプライマリー黒字化目標の整合性は必ずしも明確でない。

もちろん、数値目標の達成が遠のいた背景には、デフレの深刻化により税収の大幅な落ち込みや大量の不良債権が新規発生した実情がある。したがって、表面的な数値のみをもって改革が停滞していると結論付けることはできない。ただ、目標の再設定やそのための新たな政策目標、手段の設定に追い込まれたのに、その原因についての説明責任が必ずしも十分でなかった点も否定できない。

勿論、新たな目標設定が当初目指した改革の方向性を維持・強化し、さらに有効な政策パッケージが提示されるのであれば、小泉首相がいう「政策強化」という判断も成立つ。だが、その達成のための政策パーケージが明確かつ十分に描かれたとは言い難く、現段階でこうした目標の再設定についての評価を行うことは難しいと言わざるを得ない。例えば、不良債権問題とその裏側にある企業の過剰債務問題の一体的な解決がなかなか進まなかったのは、金融サイドの処理が優先され、デフレの克服や金融と産業の一体的な再生など包括的な枠組みの提示が遅れたことに原因がある。金融政策・税制・財政面からデフレ克服のための包括的な政策パッケージが示されたのは、昨年12月の「改革加速プログラム」以降であり、昨年10月に打ち出された産業再生機構もこの5月になってようやくスタートした。しかも、これらの対策がデフレ克服に十分なものかどうかは不明である。

デフレの問題については様々な議論が存在するが、すでに指摘したように、当初の小泉政権のデフレに対する認識は甘く、この問題での政府、日銀の政策協調もなかなか進まなかった。また、小泉内閣は中期的な財政健全化目標を堅持し、大幅な財政出動による景気対策はとらないことを公約した政権である以上、規制改革を始めとしたミクロでの経済活性化策の推進は不良債権処理や財政健全化と同程度以上の優先順位を持って実施されるべきであった。

「競争的な経済システムの形成」は、小泉改革において当初、第二の公約として打ち出されたが、骨太方針に掲げられた「経済活性化戦略」や「構造改革特区」を始めとする規制改革がデフレ克服にどこまで有効に機能したかも不明である。特に新たな雇用創出を狙いとする「530万人雇用創出」については、これが単なるアイデアの段階から、政府一体の計画として閣議決定されたのは二年後の今年の春であり、計画に格上げされたことは評価に値するが、その実効性を担保するための制度改革や財政措置が具体的に提示されていない等、問題を残している。

最近の株価上昇や景気回復を一部には改革の進展の結果と説明する向きもあるが、これを小泉改革の成果と判断できるだけの根拠は乏しい。客観的にみれば、最近の情勢変化は米国を中心とする世界経済の回復や民間のリストラ努力による企業の収益体質の改善によるものであり、この2年間の日本経済・金融はペイオフ延期・りそな銀行の国有化や中小企業に対する信用保証の激増、雇用のセーフティーネット拡大などに象徴される通り、公的保護の色彩が一段と強まっている。これは、小泉内閣が目指す「市場経済化」の方向とは逆行しているように見える。こうした現象を「市場経済化」を促進する上での一時的かつ不可避の現象と見るのか、改革プロセスの失敗とみるのかは、現時点で評価することは困難である。

小泉内閣のマニフェストである骨太の方針が閣議決定文書であることを勘案すれば、将来における改革の実現は相当程度担保されていると考える。しかし、その大部分が途中で目標が変更されたり、三位一体改革や社会保障制度改革、530万人雇用創出計画に象徴されるように、今年になってようやく具体的な動きが出るなど改革の歩みは遅く前途は多難である。その意味で、小泉改革の真価が問われるのは、まさにこれからの3年ということになる。

(2)小泉構造改革の成果─動態的評価

小泉改革が目指す理念や方向性は、日本経済がバブル崩壊後の後遺症と少子・高齢社会の急速な進行など大きな環境変化に晒される中で、資源配分を「官から民へ」、「国から地方へ」と大胆に変革することを通じて、日本経済の潜在的な成長力を高めようというものであり、基本的に妥当性を有すると思われる。戦後の歴代内閣と比べた場合、小泉内閣の最大の功績は、国民の目線で政策を行うことをベースに大胆な変革を志向し、自民党中心・官僚主導の既存の仕組み、システムの破壊を試みた点にある。

だが、与党と政府の政策のねじれ現象ともいうべきこの矛盾は実際の政策を具体化する過程では改革進展を阻む障害となって浮上したことも事実である。小泉首相は利益誘導政治の主役を演じてきた「族議員」を「抵抗勢力」に仕立て上げることで改革に対する国民の支持を取り付けることには成功したが、骨太の方針も総論から各論、具体論に進むにつれて党内や各省庁の抵抗が強まり、諮問会議は当初期待された「傘の頂点」という位置づけから後退し、省庁やそれらの既存の審議会との調整機関化の道をたどったからである。 

こうした障害を乗り越え改革をさらに進めるためには、首相の強いリーダーシップの発揮や諮問会議の位置付けをどうするかが問われたが、実際の政策課題をクリアーする過程では、目標実現のための首相の指導力は必ずしも十分ではなく、また政策目標や政策間の整合性、達成手段自体の曖昧さも加わって、初期の骨太の目標は十分達成できたとは言い難い。

その中で、あえて評価できる点は、予算編成プロセスの変革である。これは、従来型の自民党-財務省-各省庁という予算編成プロセスを経済財政諮問会議が予算編成の司令塔となる形で、中期的な経済予測に基づいた中期的な経済財政計画(「改革と展望」)を策定し、さらに同会議が策定した骨太方針、予算編成の基本方針に基づき毎年の予算編成が行われるという新しい仕組みに変革するもので、利益誘導政治を排する上でその意義は大きいといえよう。道路公団改革などについても、改革は途上であり、後述の通り取り組み上の問題点はあるが、国民に利益誘導政治の実態をさらけ出したことの意義は大きく、他分野においてもこうした地道な改革努力が続けられることが、国民の閉塞感の打破につながるものと期待される。

つまり、小泉政権が描いた理念、政策の基本方向は正しいと評価できても、それを実現する政策のパッケージの提示と優先順位、首相のリーダーシップとその実行体制の障害がその評価を低いものに止めている。動態的な評価軸を置いた評価の議論が作業委員会で大きく分かれたのは、その障害を乗り越えるためにはある程度の時間が必要との認識が一部の委員の中にあるからだ。また硬直化し制度化された政治や政策決定プロセスを壊しながら政策を進めること自体、「岩盤に穴をあけてその中に水を注ぐ」ような作業であり、これまでにない大胆な首相のリーダーシップを必要とするのも事実である。だが、あくまでもプロセスの解体はそれ自体が目標ではなく、国民に約束し掲げた政策を実現するための大きな手段といえるものである。この点で言えば、小泉構造改革の象徴ともいえる道路公団改革や郵政民営化は、それに帰属する既得権益や政治の構造を壊す突破口にはなったが、政策論から言えば不必要な高速道路の新規建設をストップする、或いは資金の流れを「官から民へ」反転させるという本来の目的が見失われ、民営化そのものが自己目的化している感が強い*7

小泉内閣はある意味では既存の政党、官システムの枠内でその枠組みを壊すことに政策課題の優先順位をつけた政権でもある。それが公約した政策の評価と乖離を生み出すことにもなったが、それを改革の過度的な状況と見るの否かで評価委員の意見は分かれた。この二つの重層する課題で十分な評価を得るためには、より強い指導力や政策への理解が首相や内閣全体に問われた。

既存の政権に対する外部評価はかなり厳しいものになりがちだが、私たちはこの二年間半で進めた小泉改革の政策の枠組みが、まさにこれからが実行するという段階だという状況を十分理解し、その実行に期待を込めながらも現段階では「方向性は正しいが公約とその実行という国民への総理の責任から見れば決して十分ではない」と評価せざるをえない。


4.浮き彫りになった問題点

上記のような全体評価を踏まえて、各分野における詳細な評価作業を通じて、小泉構造改革が所期の成果を上げ得ていない原因、本質的問題点が浮き彫りになったと考える。これは小泉政権のみならず、他の政党にも問われる視点であり、次期総選挙ではこうした問題が十分、議論となることを期待するものである。

第一に、改革に伴う「痛み」とは何かが明確に示されていないことである。改革に伴う「痛み」とは、例えば、不良債権処理や緊縮財政に伴う失業や企業倒産などがイメージされているが、それだけでなくより広く捉えれば、「痛み」とは過去の負の遺産処理に伴う国民負担や将来の国民負担である。あらゆる改革を断行する上で、国民負担(受益のサービスの引き下げや負担の増加)の議論はもはや避けて通れないことは明白である。にもかかわらず、政治や政党、政府がどの程度の国民負担が必要かという説明を意図的に避けているように思われる。このことが、改革が先送りないしは骨抜きにされているとの批判が根強い最大の原因である。

例えば、資産デフレが続く下で、多くの銀行が不良債権の処理の加速から実質的に過小資本の状況に陥っており、銀行の体力不足が不良債権の抜本処理とRCCや産業再生機構などの枠組みを使った産業の再生を妨げる要因にもなる。銀行に自力で不良債権を処理する体力がないならば、自立できない銀行の整理と処理原資に国民負担の必要性を議論し、それを決断する必要がある。この点を回避すると、必然的に政策は曖昧になり、問題の先送りと将来におけるさらに大幅な国民負担につながることになる。

こうした「負担」は道路公団の「民営化」や、社会保障制度の改革についても同様である。過剰債務の存在をそのままにした「民営化」企業が市場で存在できる保証はなく、年金制度改革を始めとした持続可能な社会保障制度を再構築するためには、既裁定者も含めた厳しい給付カットと保険料引き上げ、公費(税)負担の引き上げが避けられない。にもかかわらず、現在の年金改革案では、基礎年金の国庫負担2分の1への引き上げ問題を意識的に棚上げする*8だけでなく、給付カットと保険料引き上げの「痛み」を若年世代に先送りする内容となっている。国民負担を現役世代、高齢世代、将来世代も含めてどのように分担するかというロスシェアリングの議論が正面からなされない限り、改革の進展はなかなか期待できない。

第二は、改革の優先順位付けにおける誤りである。小泉内閣は、不良債権処理と財政健全化に高いプライオリティーを置いたが、前述した通り、現実には不良債権問題の解決もプライマリー・バランスの改善もむしろ遠のく結果となってしまった。骨太の方針の中でデフレの克服が明示されたのは、2003年6月の骨太方針第三弾においてであり、当初の小泉政権のデフレに対する認識は甘かったと言わざるを得ない。先にも触れたが、小泉政権が中期的な財政健全化目標を堅持するのであれば、大幅な財政出動によらないミクロの経済活性化策の推進が不良債権処理と同程度以上の優先順位を持って実施されるべきであったといえる。さらに、道路公団民営化や郵政民営化が構造改革において高いプライオリティーを与えられている。こうした公的部門の改革は官から民へと資金の流れを変えることがひとつの目的とされているが、日本経済再生の上でいかなるプラス効果を持つのかは必ずしも明確に説明されてはいない。デフレ克服と構造改革の関係、構造改革相互間の整合性、優先順位が不明確であったことが改革の成果が目立って現れていない要因の一つといえよう。

第三に、小泉改革の目標が市場経済原理の貫徹にあるにもかかわらず、公的管理の色彩が却って強まっている理由は、旧来型の弱者救済的発想の政策運営が未だに幅を利かせていることにある。公的関与にはその期限、退出などのルールが必要になる。私たちが問題視しているのは、こうしたルールが定められないまま国民負担の問題が曖昧にされ、「痛み」の回避策として中小企業に対する過度な信用保証や政府系金融機関の関与などが進められていることだ。小泉内閣が目指す「市場経済化」の方向とは明らかに逆行しているように見える。

この背景には国がセーフティーネットとして行うべき最低限の施策、すなわちナショナル・ミニマムはどこまでかという明確な線引きがなされていないことがある。不良債権の処理促進と中小企業に対する手厚い保護、金融行政における大手銀行と中小地域金融機関のダブルスタンダード、雇用面における戦略性の乏しいセーフティーネットの拡充、補助金削減と税源移譲を巡る国と地方の対立・綱引き、基礎年金のあり方を巡る本質的議論の欠如、これらはすべて市場経済原理の対極に、国民各層の自立と自己責任原則の貫徹がなければならないという当然の帰結が見落とされていることの証左である。小泉改革を称して将来のわが国経済社会のあるべき姿が見えないとの批判があるのも、こうした政策間の整合性と曖昧さが背景になると考えられる。


5. 改革を阻む真の障害は何か

以上のような問題点に加えて、構造改革の推進を阻むより本質的な問題は、突き詰めれば、与党自民党と小泉内閣の政策のねじれ現象を解消できない政策決定プロセスの未成熟さに求められる。戦後わが国の政策決定プロセスは、与党自民党内の「部会」「調査会」等の党組織と各省庁が結びつく形で、政府の政策が形成されるという仕組みの上に成立っており、自民党総裁としての首相はこうした仕組みの上に乗ってボトムアップの形で政策運営を行ってきた。

こうした状況の中で、構造改革を標榜する小泉首相は、省庁再編に伴って新設された「経済財政諮問会議」という政策決定の場を有効に活用して、従来型の与党・官僚主導の政策決定プロセスを首相主導のトップダウンの仕組みに変えようとした。同時に、利益誘導型政治の主役を演じてきた「族議員」を「抵抗勢力」に仕立て上げることによって、改革に対する国民の支持を取り付ることに成功した。このような政策決定プロセス変革の試みと独自の政治手法は、この2年間の構造改革の推進や自民党の派閥解体を促す上でそれなりに有効に機能したと評価できよう。

だが、これはあくまでも過度的な現象であり、こうしたトップダウンの仕組みを構築するためには党と内閣との政策形成の一元化や首相のリーダーシップを確保するため閣僚の任免や公約へのコミットメントが、当然必要になる。首相が公約する政策課題を閣僚が批判し、または実行を怠ることが放任されるようでは、首相主導の改革は進まないであろう。また経済財政諮問会議には学者・財界人など4名の民間議員が政策形成のメンバーとして参加したが、この諮問会議の位置付けが曖昧なことも骨太方針の具体化、遂行に問題を残した。日本の政策決定プロセスを抜本的に変革し、構造改革を強力に進めていく上で、経済財政諮問会議に期待された役割は極めて大きかったが、その性格の曖昧さや、民間議員の立場の中立性、民間議員をサポートする体制の脆弱さなどが改革の障害となっている。こうした障害を取り除くためには、諮問会議の役割自体を強化するのか、あるいは首相のトップダウン型政策運営が有効に機能する仕組みを新たに作り直すのか、いずれにしても政策決定プロセスのあり方を根底から見直すことが必要である。

以上に加えて、与党自民党と首相の政策のねじれ現象を解消することが必要である。先の総裁選はその一歩として期待されたが、その後の組閣を見る限り、まだその体制は十分ではない。さらにそれを進めるためには、例えば、自民党三役の入閣や、党の部会・政務調査会などの役職を兼任した副大臣、政務官がチームを構成し、実質的に首相をサポートする体制を構築するといったことも検討に値しよう。自民党の派閥は今や完全に存在意義を失っており、派閥の事情や個別の利害関係ではなく、小泉改革を進める共通の政策をベースとした政治家のチームとして新たに再構築される必要がある。

その意味で我々言論NPOは、小泉改革がその内容やスピードの点で、当初の期待と比べて不徹底あるいは不十分なものに止まっている最大の理由は、首相個人のリーダーシップ不足のみに帰すべきではなく、小泉首相の試みた政策決定プロセスの変革が不徹底であることに起因すると考える。


6. 政党に求められる「評価可能なマニフェスト」の作成

最後に、言論NPOは、来る総選挙において以下の経済・財政・金融などの諸問題について、達成度評価が可能な目標設定、財源、達成期限、達成手段などを明示した「評価可能なマニフェスト」を作成することを与野党各党に対して求めたい。

(1) 中期的な財政健全化の数値目標と達成時期、手段。これに関連して、消費税率の引き上げ時期と引き上げ幅。

(2) デフレ克服のための具体的な政策パッケージとその規模、(1)の財政健全化目標との整合性も含めて。

(3) 金融再生・産業再生とペイオフ解禁の時期、曖昧な国有化と銀行の整理の是非、処理原資のための国民負担の必要性の有無と必要な場合の規模。

(4) 必要な規制改革の具体的内容とタイムスケジュール。

(5) 道路公団改革に象徴される特殊法人改革のスケジュールと具体的改革内容。高速道路問題では既存計画の道路建設についての是非と公団の組織改革に伴う過剰債務の処理原資。

(6) 郵政民営化、公的金融改革の具体的なスケジュールおよび改革プランの提示。

(7) 「三位一体改革」の具体的スケジュールと補助金、税源移譲、交付税制度改革についての具体的数値目標。

(8) 持続可能な年金制度構築のための具体的改革プラン。給付の削減規模・方法、最終保険料率の水準・時期、基礎年金国庫負担の引き上げ幅と引き上げスケジュール、財源。

(9) 医療制度改革の具体的なプランと国民に求めるべき公費負担の水準。

(10) 以上の政策の優先順位付け。

我々は、わが国の構造改革が「体制内改革」か、体制外からの改革になるのかを問わず、与野党各党が真のマニフェストに基づく政策本位の政治を実行する意思を示すことが、日本経済の再生につながる道であると考える。

以上

*1 マニフェストとは、「政党が政権任期中に推進しようとする、政権運営のための具体的な政策パッケージのことであり、(1) 検証や評価が可能であるような具体的な目標(数値目標*1、達成時期、財源的な裏付け等)、(2) 実行体制や仕組み、(3) 政策実現の工程表をできうる限り明確なかたちで示した「国民と政権担当者との契約」」(新しい日本をつくる国民会議「緊急提言」より)とされている。

*2 2001年9月26日の改革工程表では達成期限は定められたが、数値目標を出している課題は6項目しかない。例えば保育所の受け入れ人員は平成16年度まで計15万人増を目標としたが、この達成結果は今年6月の「ここまで進んだ小泉改革」では直接触れられず、9月の所信表明で初めて言及されている。

*3 本政策評価は(1) 財政健全化「三位一体改革」、(2) 特殊法人改革、(3) 道路公団改革、(4)郵政民営化・公的金融改革、(5) 不良債権処理と産業再生、(6) 経済活性化、規制改革、雇用創出、(7) 社会保障制度改革、(8) マクロ経済政策の8分野について、分野毎の政策評価を行っている。


*4 難易度が高い改革とは、年金改革や三位一体改革など国民のコンセンサスを得ることが難しい課題であり、そうした改革の優先度を考慮しつつ、あるべき姿に向かってどの程度前進しているのか、或いは前進する可能性があるのかという観点から評価を行っている。


*5 公共事業の改革や国と地方の「三位一体改革」、「社会保障制度の改革」は持続可能な財政制度を構築するために不可欠の改革であるとの位置付けがなされている。


*6 一般政府の支出規模の対GDP比率を2006年度までの4年間、2002年度の水準を上回らないとする数値目標が再設定されている。

*7 詳細については、各論を参照のこと。

*8 小泉首相が自らの在任期間中は消費税率引き上げを行わないとの見解を表明していることが、基礎年金国庫負担問題の先送りにつながっているとの批判が強い。

2003年10月08日 15:39

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