原子力に依存しないエネルギー政策は可能なのか

2011年5月23日


第1話 原子力に依存しないエネルギー政策は可能なのか

工藤:こんばんは。言論NPO代表の工藤秦志です。さて、言論NPOでは、3月11日の東日本大震災以降、「言論スタジオ」という形で様々なテーマで議論を行っています。今夜は、『原子力に依存しないエネルギー政策は可能なのか』と題して、日本のエネルギー政策の転換について、議論を行いたいと思います。
 参加者をご紹介いたします。まず、京都大学大学院地球環境学堂教授で、言論NPOのマニフェスト評価委員でもあります、松下和夫先生です。よろしくお願いします。

松下:よろしくお願いします。



工藤:次に、東北大学東北アジア研究センター教授と地球環境戦略研究機関(IGES)の気候変動グループディレクターを務めている明日香壽川先生です。よろしくお願いします。

明日香:よろしくお願いします。



工藤:最後に、国立環境研究所主任研究員の藤野純一さんです。よろしくお願いします。

藤野:よろしくお願いします。



工藤:早速ですが、福島第一原発の事故以降、日本の原子力政策の見直しが大きなテーマに浮上しています。多くの世論調査でも、原発の縮小・廃止ということについての大きな転換が始まっています。また、菅首相の指示で、浜岡原発が停止になりました。全体像が描かれているわけではないのですが、明らかに、原子力政策の転換が始まっていると思います。この点について、どういう風に評価されているのかということから、まずは議論を始めたいと思います。まず、松下先生はどうでしょうか。


原発政策の変更は避けられない

松下:これまで、日本政府は原子力による発電を安全性とコスト面、それから、地球温暖化対策という観点から促進してきたわけですが、今回の事故によって、それらの根本が全て揺るがされて、再評価が必要になってきています。私自身の結論からいうと、原発のリスクと気候変動のリスクの双方に対処するためには、原発を段階的に縮小して、それに代わる省エネルギーと再生可能エネルギーを拡大していく、という方法しかないのではないかと考えています。

工藤:ということは、原発の脱却に向けた動きというのは、非常に好ましいと思っているわけですね。

松下:現実に具体的な事例として、ドイツでは既に10年、20年前からそういう取り組みを始めています。

工藤:今回の福島以降も対応が早かったですよね。

松下:そうですね。ドイツの場合は、原発の段階的廃止ということについては、国民的コンセンサスはあったのですが、その廃止のスピードをどういう風にするかということで、議論が行われていました。メルケル首相は、既存の原発の稼働期間を平均12年延長しようという提案をしたところ、それに対して強い反対が起こり、福島原発事故を契機に結果的には、その方針を改め、原発の廃止のスピードを速めることにしています。

工藤:明日香先生はどうでしょうか。

明日香:私も、今の動きは望ましい、日本をよりよい方向に持っていく動きになっているのだろうと思っています。もちろん、原発を全て止めるということは現実的に難しいとは思いますが、実質的に新しい原発を建てることは、国民感情からなかなか難しいと思います。原発の寿命は40年しかありません。いずれにしろ、新しい原発を建てなければ、すでに建っている原子炉は、いずれは廃炉するしかありませんので、数としては減っていかざるを得ないと思います。もちろん、2040年、2050年とどうなるか分かりませんけど、今の社会的な考え方を世論が継続するとなると、原発は2040年か2050年でほぼ無くなるということは言えるかと思います。スリーマイルの後、20年、30年と原発の増設は難しかったので、もし日本がそれと同じような国民意識を持ち続けるのであれば、いい悪いは別として、そうならざるを得ないというのが、現実なのだと思います。

工藤:先程、松下先生もおっしゃっていましたが、原発は安全なものだというか、コスト面で安いとか、こうした評価の見直しはこんな大変な事態になって初めて行われている。今まで原発がこういうかたちで大きく見直されるということは、明日香先生も想定していなかったのではないですか。


原発問題は一種のタブーだった

明日香:そうですね。もちろん、自分が過去において、原発というエネルギー源に強く反対していなかったのは確かだと思います。それは、反省しなければいけないと強く感じています。、最近、たまたま原発関連の映画である「六ヶ所村ラプソディ」を見たのですが、その中に「結局、賛成と反対しかなくて、中立というのは、結局賛成だ。強く反対しなかったら、結局は原発を支持していることになるんだ」という主人公の台詞みたいなのがありました。思わず、そうだったのかと思います。ただ、言い訳になるかもしれませんが、原発に関しては、はっきり言ってタブーだったわけです。これも言い訳かもしれませんが、我々は、温暖化政策なりを特にやっていたのですが、温暖化政策でも政府は変わらないと。だから原発政策なんてもっと変わらないのではないかという、諦らめみたいなものがあったのかなと、個人的には思います。

工藤:確かに、タブーみたいな状況はありましたよね。藤野さんは、今の事態をどういう風に評価されていますか。

藤野:今までも、みなさんがおっしゃっていたように、話されてこなかったことが話されるようになったのが、あるのかなと思います。私は、前から原子力について聞かれたら、必要悪だという風に答えていました。つまり、エネルギーがどうしても必要で、しかも、大規模なものが必要ならば、再生可能エネルギーがコスト的に見合わない段階では、ある程度原子力に頼らざるを得なかった、ということは実態だと思います。但し、そのやり方が本当に褒められたものかどうかというところがあって、立地しているところは東京や大消費地から離れたところです。そういうところに一度原発を建てると、どんどん建っていったり、見返りもありますけど、過度にある特定の地域だけに負担を強いてきた。こういうシステムを、今後も認めるかどうかということを考える必要は前からあったのですが、今、改めてそれを考えることなのかなと思っています。

工藤:松下先生は、先程、原発がこれまでなぜ大事と言われてきたかを3つで語っていましたが。

松下:安全性、経済性、それから、温暖化対策に寄与するということです。
工藤:それぞれが今、どう評価されているのでしょう。

松下:安全性については、今回の事故で根底から覆されたわけですが、経済性については、既に色々な研究が出ていまして、立命館大学の大島教授が詳細に研究した本を出しています。原子力に対する財政的な支援や、原子力発電所を建てると、必ず揚水発電所をバックアップとしてつくります。また、バックエンドコストと言って、放射性廃棄物の処理や廃炉処理、そういうコストを全部入れると、これまで公式に言われていたほど、原子力の経済性は無かった、むしろ、他の火力発電や再生可能エネルギーと比べて、場合によってはコストが高いという指摘もされています。


フクシマは世界の原発政策を変えたか

工藤:今回の福島原発を契機に日本の原発政策は大きく見直されましたが、世界の原発政策は、どう動いていたのでしょうか。

松下:大きく言うと、アメリカを含めて先進国では、最近、新規での建設はほとんどありませんでした。新規建設は、中国や韓国、インドなどで増えているというのが現状です。

工藤:でも、オバマさんは地球温暖化対策の一環として原発を推進することを考えていませんでしたか。

松下:原発建設に関する手続きを簡略化するなどの改正をしましたが、実際には新たな原発の計画はほとんど現実化していません。

明日香:後から、温暖化の話が出るかと思いますが、温暖化政策のために原発を推進するということは、個人的な見解として、言い訳にすぎないと思っています。実際のところは、原発を推進している人達ほど、温暖化対策をやらなくていいというか、実質的には温暖化対策の足を引っ張ってきたというところはあるかと思います。原子力に関して言えば、先程、世界ではどうかという話がありましたが、原子力ルネッサンスという言葉は、推進の人がつくった言葉でありまして、廃炉が進んでいるので、世界全体ではどんどん減っていく方向にあります。もちろん、中国なりインド、私、今日の朝までベトナムにいましたけど、ベトナムもつくろうとしています。そういうのが一部ではありますが、廃炉のスピードの方がかなり大きくなっています。今の発電容量をキープするためには、2週間とか3週間の割合で1つつくっていかないと、キープできなくなっています。ですので、世界全体で見れば、実質ベースで見ると原発は少なくなっていますし、今、おっしゃったように、コストや安全面からも、かなり見直されているところだと思います。

工藤:確かにコスト面で見れば、今回の福島原発の事故のように、実際に被害が起こった時の補償コストなどは、一民間企業としてできるレベルを超えていますよね。藤野さん、どうでしょうか。

藤野:後で話があるかと思いますが、イギリスとかの政策を見ていると、かなり野心的な温暖化政策を打ち出したときに、やはり原子力の見直しがあったり、フィンランドでも見直しがありました。

工藤:見直しというのはどういうことですか。

藤野:もう1回進めるということです。政策として揺れるのですね。ドイツでも、今回の件があったので、速やかに止めようということになっていますが、言い方は悪いですが、麻薬ではありませんが、一発入れると効きますから、経済界でもっとエネルギーを使おうという動きが出ると、直ぐに頼れる原子力という話になります。一方で、地域の立地が進まないということもありますので、常に、簡単にどっちを止めるとか止めないということを、葛藤するようなことが続いてきています。今回は、かなりショックが大きいので、流れとしては、今回のタイトル「原子力に依存しないエネルギー政策は可能なのか」のような感じになると思います。いずれまた、揺れるところに対して、ちゃんとアジェンダ設定をして、何が問題かを今あげておかないと、また前の繰り返しになってしまうのではないかと思います。

工藤:日本は菅首相の個人的なところもあるのですが、浜岡原発を止めて見直しました。しかし、世界はこの福島を契機にどういう風に原発政策を考えようとしているのでしょうか。つまり、止めたいという流れに舵を切っているのですか。それとも、安全性をベースにして、何とか維持したいという流れになっているのか、です。


先進国と途上国の原発対応

明日香:先進国と途上国で随分違うと思います。日本も含めて、先進国では、電力需要は頭打ちとなっています。なので、新しく発電所を建てる必要はありません。ですが、途上国では、人口も増えますし、1人あたりの電力消費量も増えていきます。なので、どんどん新しい発電所を建てなければいけない。かつ、途上国はどうしてもコストを考えてしまいます。それから、これはタブーだと思うのですが、原子力の場合は、軍事利用といいますか、プロトニウムを使える技術をその国で持っていたい、というのは日本を含めて、深層心理として政策決定者にあったのかなと思います。それはまさに、戦後の中曽根元首相、その前の田中角栄元首相の辺りから動いていて、おおっぴらには話がしにくいタブーになってきたということはあると思います。

工藤:発展途上国は電力需要があって、それに対応しなければいけないのは分かりますが、今回のような事故を見ると、安全性などの問題が表面化した場合のコストが余りにも大きすぎて、見直した方がいいのではないか、という風にはならないのでしょうか。

明日香:いや、起きています。私、中国の原発のことについて聞かれることが多いのですが、色々見直しは受けていますし、今は、とりあえずすべての計画は凍結になっています。ですが、中国政府は、原発推進のスピードを緩めるとは思いますが、それを止めるということは、現実的にはないかなと思います。

藤野:後、タイでも建設しようとしたものを見直して、止めようという動きがあったりします。

工藤:ヨーロッパはどうなのでしょうか。

松下:再生可能エネルギーに対する批判として、たとえ再生可能エネルギーを最大限増やしたとしても、日本の場合はたかだか1%、2%だから、温暖化対策としてはほとんど効果がないという風に言われます。ところがドイツの場合は、1990年ぐらいまでは、日本と同様1%位でしたが、現在の電力における再生可能エネルギーの比率は、16%、17%ぐらいになっています。ですから、すでに相当大きなシェアになっており、それを2020年までには35%、2030年までには50%、2050年には80%に増やす目標を掲げ、エネルギー供給の中核にすえようとしています。また、そのための具体的な手段を次々と導入しています。ドイツがこれまで考えてきたのは、原発を稼働させながら再生可能エネルギーに移行させることです。メルケル首相がやろうとしたのは、原発の稼働期間を延長して、その代わり、それによって得られる電力会社の過剰利益を課徴金によって吸い上げて、その収入を再生可能エネルギーに投資するという仕組みをつくろうとしていたのです。

工藤:フランスとかはどうするのですかね。

明日香:フランスも、もちろん見直しをしています。もう1つの原発の問題は、技術者がどんどん少なくなってきていることです。先程の廃炉と同じなのですが、定年引退する人がどんどん出るのですが、新しく大学に入って、原子力の勉強をして技術を得る人というのは少なくなってきています。それだけを考えても、システムとして問題があるのではないか、と思います。


松下:先程の途上国の原発政策に関連して言いますと、先進国は途上国に原発プロジェクトを売り込もうとしています。しかしながら、今回のような事故に対するリスクを、途上国側は先進国の企業に保険という形であらかじめ担保してもらいたいと考える。そうすると、保険料がかなり高くなってくるので、全体としてコストが高くなりますから、原発の商業性が大分落ちてくることが予想されます。

明日香:コストに関して言いますと、原発のコストは、時間に対してどんどん高くなっていきます。

工藤:それはなぜですか。

明日香:実際に、例えば、最初の想定は3000億円だけど、やってみたら4000億円になり、大体建て終わったら5000億円がかかっていたという例は多いです。コストやリスクを過少に見積もるのは巨大技術の場合はよくあることです。ですが、分散型である太陽光発電の場合は、集積生産量が2倍になると、価格は20%下がるという半導体と同じような法則が成り立つので、価格が下がっていきます。逆に、原発の場合は価格が上がっていってしまいます。だから、途上国も愚かではありませんから、10年、20年後を見たときに、コスト面でどちらが自国にとってよいのか、ということを真剣に考えていると思います。

工藤:なるほど。藤野さん、最後に、今回の事件のインパクトについてお願いできますか。

藤野:相当ありますし、かなり大きなインパクトです。これだけ福島の方が苦しまれていて、その様子がテレビを通じて世界全体に流れていますから、みなさんショックを覚えますよね。それがもし、自分の隣の20キロ圏内に原子力発電所が建つとなったときに、そこに住んでいる人は、何かしら思うところはあると思いますので、その影響はかなりあると思います。

工藤:なるほど。これから、次に休憩を挟んで、日本のエネルギー政策が、今回の事故を契機に変わっていくのか、ということについて話していきたいと思います。

報告・動画 第1部 第2部 第3部

松下和夫氏(京都大学大学院地球環境学堂教授)、明日香壽川氏(東北大学 東北アジア研究センター教授)、藤野純一氏(国立環境研究所主任研究員)をゲストにお迎えし、「原子力に依存しないエネルギー政策は可能か」をテーマに話し合いました。

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