民主主義診断の議論第4弾
代表制民主主義への不信と社会の分断は、日本とも無関係ではない各国共通の現象

2019年11月15日

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 言論NPOは、11月8日、日本の民主主義診断の第4弾として、「世界の民主主義はなぜ壊れたのか」と題し、米国、英国、ドイツ、イタリアの民主主義を研究する政治学者4氏を招いて議論を行いました。4氏は、各国において学歴や所得、地域などによる社会の分断と党派対立の先鋭化が進み、同時に政党や議会、メディア、知識層といった代表制民主主義の仕組みが市民の信頼を失っている現状を説明。こうした現象は日本とも無関係ではない、という点で一致しました。

 議論には、ドイツを専門とする網谷龍介氏(津田塾大学学芸学部教授)、英国を専門とする池本大輔氏(明治学院大学法学部教授)、イタリアを専門とする伊藤武氏(東京大学大学院大学院総合文化研究科教授)、米国を専門とする岡山裕氏(慶應義塾大学法学部教授)が参加しました。


kudo.png 今回の議論は、言論NPOとも連携しているFONDAPOL(フランス政治刷新研究基金)が欧米各国で実施した世論調査結果も参考に行われました。司会を務めた言論NPO代表の工藤泰志は、「全ての国に一致しているのは、程度の差はあれ、政党、議会、政府、メディアといった代表制民主主義の仕組みへの市民の不信であり、市民が既成の政党から退出している」と指摘し、それぞれの国で民主主義がどのような困難に直面しているのか、4氏に問いました。


自らへの不信に特効薬がないドイツの既存政党

amiya.png 網谷氏は、ポピュリスト政党「ドイツのための選択肢」の躍進に言及。「ドイツは戦後、ナチスの克服を国是とし、また民主主義のルールに従わない政党は認めないという立場をとっているが、同党はそうした価値観に反する言動を続けている。ドイツは連立政権を基本としているが、同党が躍進した状況でどのように連立を形成するか、また、同党を政権形成のゲームに加えていいか、既存の政治にとって大きな悩みとなっている」とし、現状は、同党はグレーゾーン的な扱いで、州議会選挙への立候補を「手続き上の瑕疵」を理由に認めない対応をとるなど、試行錯誤している状態だと説明しました。

 また、他国と比べるとそうでもないものの、ドイツでも政党への信頼が低いことに対し、「ドイツの既存政党は若者の参加拡大や党首の直接選挙など様々な取り組みをしているが、どれも特効薬になっていない」と指摘。「ドイツは景気が良いこともあり、ポピュリズムが欧州の他国に比べ大きな問題になっていないが、今後、国民にとって大きな負担となる社会変化があったとき、今の政治システムが維持できるかは疑問だ」と語りました。


政治改革の頓挫がポピュリスト政党の躍進につながったイタリア

ito.png 伊藤氏は、「五つ星運動」と「同盟」の2党だけで一時は半数近くの議席を占め、政権をつくったという点では、ポピュリスト政党が「主流化」したイタリアの状況を「最も悪いという意味でのモデルケース」と表現。イタリアでも日本と同様、90年代以降、既存政党内部からの政治改革によって戦後制度の転換を試みる動きがあったが、それがうまくいかず、ポピュリスト勢力が脇役から主役になって支持を集めるようになった、と経緯を説明しました。

 また「同盟」に見られる排外主義は、移民の流入に対し過大な負担を強いられている、といった多くのイタリア国民の不満も利用したものであり、これらが、急進的な支持者だけでなく、既成政党に不満を持つ人たちをそこから引き剥がして自らの支持者とし、躍進しているのが、両党の特徴だとしました。

 そして、伊藤氏は、両党がイタリアで躍進した別の背景として、「ユーロ導入に伴う緊縮政策を経て、『自国の政策は自国で決めるべきだ』というEUへの不信感が、EUの要求に沿って政策を進めてきた既成政党への不信感につながっている」と解説。そして、イタリアでは政党への不信の高さはこの100年間変わっていないが、その中身に変化が生じているとし、「かつて、政党は組織として人々の生活を支え、政策を巡って人々とのコミュニケーションも機能していた。しかし、現在は政党が政治的リーダー個人の持ち物となって、社会に根差さなくなり、『リーダーが好きか、嫌いか』という対立によって党派間の分断が大きくなっている」と、政党組織と市民との距離が広がっている状況に言及しました。


政治家と市民、専門家と市民の乖離が広がる英国

ikemoto.png 3日前に英国から帰国したばかりという池本氏は、「最大の問題は英国社会の分断にある」と発言。かつての階級社会が、最近は世代や学歴による対立へと変質しているとし、EU離脱を巡っても、若い世代や学歴の高い人は残留支持、年配の人や学歴の低い人は離脱支持という分断の構図が生じた、と語りました。そして、「民主政治の本質は多様性の尊重だが、その際、対立を修復するための手続きに関する合意がないとうまくいかない。2014年のスコットランド独立を巡る住民投票、16年のEU離脱の国民投票などが相次ぐのは、議会の中で合意ができなくなったために、市民の投票に頼るようになったことを意味するが、それでも世論はまとまらず、分断は収まっていない」と状況の深刻さを語りました。

 また池本氏は、伊藤氏も指摘した政治と市民との距離について、イギリスではここ数十年、政治の「エリート化」が進んだ、と紹介。「例えば、かつて労働党の議員は労組出身のたたき上げの人ばかりで、一般の人と同じ感覚で動いてくれるという評価があった。しかし、今の労働党議員は高学歴化し、ブレア労働党政権の閣僚で労組に所属したことがあるのは1人だけだった。『専門家は自分たちとは違う人だ』という認識が、あらゆる分野の専門家に対して出ている」とし、専門家や有識者と一般の人との距離が広がっている現状を語りました。さらに、英国の国会議員の8割は「国会議員は自分の判断に従って行動すべき」という考えを持っているのに対し、一般市民の7割は「有権者の意思に従うべき」と考えていることを紹介。国会議員の役割に関しても、国会議員自身と一般の人の間で認識の乖離があることを明らかにしました。

 また、工藤が「英国では、首相が議会を開かなかったことを裁判所が違憲とした一方、今回のような議会の解散は個別法によって可能となっている。英国において、行政へのチェックアンドバランスの機能はどうなっているのか」と問うと、池本氏は「成文憲法や違憲立法審査の規定がない英国は、本来、あまり裁判所が政治に介入しない国だ。しかし、EU離脱の意思を通告する際に議会の立法が必要だという判決が出されたのに加え、議会の閉会にも裁判所が介入したように、最近は実質的な違憲立法審査が行われるようになっている。これは、憲法上の政治手続きに関与しない傾向の強い日本の司法とも異なる、興味深い変化だ」と答えました。


政策的な距離以上に、党派間の対立感情が煽られる米国

okamoto.png 岡山氏は、米国では二大政党がイデオロギー的に分極化しており、感情的な争いになることで政策がつくれない、という「決められない政治」が生まれていると紹介。その原因は「制度と実情のミスマッチ」にあると述べました。岡山氏は、「18世紀後半に制定された米憲法は、政党政治への不信を前提としており、圧倒的多数の合意がないと法律を作れない制度が今も残っている。だが、二大政党の勢力は全国規模では拮抗している。この結果、多数派には政策をつくれない不満、少数派にはいかに多数派の足を引っ張るかという誘因が生じ、非生産的な争いにつながっている」と語りました。その上で、「属性による支持政党の違い自体は以前から存在するが、党派間の敵対的、感情的ないがみ合いが激しくなっていることが現在の特徴だ」と述べました。

 また岡山氏は、米国における民主主義への仕組みへの信頼について、「法案審議に手間のかかる議会への評価は伝統的に低い。一方、政党やメディアについては、自分が支持するものと、それに対立するものとの間で、信頼度のギャップが大きくなっていることが米国の特徴だ」と紹介しました。

 さらに、米国で行われる世論調査では、個別政策への市民の態度は比較的中道にまとまっているが、SNSやメディアで対立が煽られることで、「対立勢力は自分たちと利害を共有していない」という党派的な対立感情が広がっている実態を説明しました。


 これに関連し、網谷氏は、調査において「政党」が自分の支持政党を意味するのか、複数政党が競い合う政党システム全体を意味するのか、が明確でないと指摘。「議会での合意形成が連立政権により行われるイタリアやドイツでは、政党よりも議会への信頼が高い。これに対し、米国のように、どの党が政権に責任を負っているか明確な国では、議会より政党の信頼が高い。同様に、米国など政党間競争の構図が明確な国では、ドイツなど連立政権の国に比べ、政治への信頼度が与党支持者で高く、野党支持者で低いという差が大きくなりやすい」と分析し、国ごとの政治システムの違いによる、民主主義の仕組みへの評価に違いが出ることには、留意が必要だとしました。


世論の分断の背景には、グローバル化や中間団体の弱体化がある


 
 4氏のこれまでの発言を受けて司会の工藤は「各国に共通しているのは、社会の分断が固定化する一方、既成の政治が市民の支持を失い統治の仕組みが壊れてきていることだ」と総括。その原因は何か、日本はそうした現象と無関係なのか、と問いかけました。

 岡山氏は、社会の分極化の結果、「政治で議論すべき焦点が定まらなくなっている」と指摘。二大政党を支える利益団体や社会運動の中に、温暖化懐疑論や人種差別、性差別など、
いったん社会の合意が形成されたはずの論点で極端な主張をする動きがあり、こうした声が今後、米国政治を左右する可能性に言及しました。

 岡山氏は、この動きが国際秩序に及ぼす影響についても指摘。「米国で唯一、全国民の選挙で選ばれた代表である大統領は、全体の国益を代表して動くという前提から、外交関係においてかなり強い権限を与えられている。仮に大統領が極端な声を背に、外交政策で憲法違反などに踏み切った場合に、止める手段があるのか、という議論はあるが、その手段がない、というが実際のところ」と懸念を表明し、実際にトランプ大統領の関税を巡る言動にその予兆が表れている、と警鐘を鳴らしました。

 伊藤氏は、「市民」と「国民」の境界の問題を提示。これは、増加する移民や難民にどこまで国民としての権利を与えるか、という対立軸になっているが、それだけでなく、階層間の分断により、「市民」という共通のアイデンティティが壊れ始めている、と発言しました。具体的には、イタリアの既成政党は、豊かで移民に慣れている都市部の高学歴層からしか支持を得られておらず、それ以外の市民は、「自分たちはエリートとは違う人種であり、生活水準や市民権の程度において差別を受けている」という認識だと紹介。現在のポピュリスト政党は彼らの代弁者として支持を得ている、と述べ、「五つ星や同盟にもいつか賞味期限は来るが、そのとき、同じ役割を担おうとする政党は必ず現れる。イタリアはこうした分断が先に表面化しているだけで、他国も無縁ではない」と指摘しました。


 池本氏は、分断の背景にグローバル化の影響があることを指摘。「グローバル化で恩恵を得た人は自分をコスモポリタン(世界市民)と認識する一方、グローバル化で貧困に追いやられていると感じる人はナショナリズムに目覚めている」と述べました。

 また、英国の状況として挙げた専門家への不信の背景として、専門家の政治への影響力が強くなっていることを紹介。専門家による意思決定の仕組みであるEUの成立に加え、中央銀行が政府から独立したのが1998年と比較的最近である英国の事情に触れ、「金融政策という、所得分布にも影響を持つ決定が、中銀という専門家によって行われていることへの不満がある」と紹介しました。

 加えて池本氏は、日本の政治改革のモデルとなった英国の小選挙区制の問題点に言及。「全国的な対立を処理する仕組みとしては分かるが、グローバル化が進む世界における地域格差や地域間対立を処理する仕組みとして適していない、という議論がある。英国では各地域で支持政党が固定され、その結果、大差で当選者が決まる選挙区が増え、実質的に有権者の選択肢が奪われている」と指摘しました。


 網谷氏は、ドイツの既存政治が支持を失う背景を、中間団体の弱体化に求めました。同氏は「かつての欧州では、出自により身分が決まっており、労組に所属する労働者は労働者として生活し、労働者として政治的権利を要求するのが、伝統的だった。しかし、そうした集団による生活習慣の違いが70年代以降に解体し、市民が身分よりも個人としての生き方を追求するようになったことで、政党や社会組織が民意をとらえにくくなっている」と語ります。そして、ドイツでは明確なステータスとしての身分の差がなくなり、建前では個人の平等が進んだが、その一方、所得などの面で量的な格差が出ている、と説明し、それは日本にも共通する現象だ、と語りました。


世界の状況から見る、日本の民主主義改革のポイントは

 最後に、工藤は、言論NPOが診断を進める日本の民主主義に対し、4氏にコメントを求めました。

 岡山氏は、米国では党派対立により格差の解消に向けた政策決定が動かない中、自らを向上させるのではなく、他人を引き下げることで満足を得ようとする傾向が出ていると指摘。属性で人を分けて「あいつらには良い思いはさせない」という意識をつくらず、階層間の対話を推し進められるかが、米国が示す日本への教訓だとしました。

 伊藤氏は、政党が組織からリーダー個人のものとなったイタリアの状況は、官邸主導が進んだ日本の変化に似ていると指摘。イタリアで民主主義体制自体が崩壊していないのは、決定者に対する信賞必罰の仕組みが存在しているからだ、とし、日本においても、政策決定における説明責任の所在が明確になったことを、政治の質の向上にどう生かすかが鍵になると述べました。

 池本氏は、他の体制に比べた民主政治の優位性は、問題があれば自己変革を遂げることで体制自体は維持するという「柔軟性」だと指摘。日本においても、今は、政治のあり方をつくり変える「生みの苦しみ」の時期にある、と語りました。

 網谷氏は、ドイツの歴史上、「民主主義の危機」と言われなかった時代は存在しないと発言。目の前の課題を地道に解決するしか道はない、と述べました。そして、言論NPOが9月に実施した「日本の政治・民主主義に関する世論調査」の結果から得られる示唆として、司法への信頼が世界でも高いことを指摘。「最終的な国民生活の改善には、民意の反映だけでなくガバナンスを支える専門機関の質が欠かせない」と述べ、こうした機関への信頼の高さを日本の民主主義改革にどう生かすか、という論点を提示しました。

 工藤は、日本の民主主義の問題として、市民のデモが活発化している諸外国と違い、日本は政治に無関心な市民が多いこと、さらに言論NPOの世論調査でも若い人は民主主義自体への理解が薄く、民主主義への懐疑的な見方が広がっていることを指摘しました。そして、市民が主権者として課題解決を担う意識を持たない限り、民主主義が日本でも壊れる可能性がある、と語り、これらの議論を踏まえ、11月19日の創立18周年特別フォーラムで日本の民主主義に対する問題提起を行うことへの決意を改めて表明。白熱した議論を締めくくりました。