フランス・イギリスの選挙を踏まえながら、民主主義とEUの未来を考える(上)
両選挙の意味をどう読み取るか

2017年6月26日

2017年6月23日(金)
出演者:
渡邊啓貴(東京外国語大学国際関係研究所所長)
鶴岡路人(慶應義塾大学総合政策学部准教授)
吉田健一郎(みずほ総合研究所欧米調査部上席主任エコノミスト)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)


セッション1 英仏両選挙の読み方

 4月~5月に行われたフランス大統領選挙の主要候補者は5人いました。二大政党の一つである共和党のフランソワ・フィヨン氏、同じく社会党のブノワ・アモン氏、極右政党「国民戦線」党首のマリーヌ・ルペン氏、急進左派政党「服従しないフランス」のジャン=リュック・メランション氏、そして中道派無所属のエマニュエル・マクロン氏です。第1回投票でルペン氏とマクロン氏が勝ち残り、決選投票でEU再結束を訴えるマクロン氏が勝利を収めました。  一方、イギリスでは与党・保守党を率いるテリーザ・メイ首相が、本来なら2020年の予定だった総選挙を前倒しして6月8日に実施しました。「ハードブレグジット」路線を進むメイ氏が党内基盤を強固なものにすると目されていましたが、事前の圧勝予想と異なり、保守党は議席を減らして単独過半数割れとなったのです。


IMG_6503.jpg


IMG_6471.jpg 冒頭、司会の工藤が「フランス大統領選挙とイギリスの総選挙をベースに、EUと民主主義の将来を考えてみたい」と、今日の主旨を説明し、フランスではEU 再結束派のマクロン氏が勝ち、イギリスではEUからの離脱を主導権を持って進めたいメイ首相が負けるという結果になったのはなぜかと、問いかけました。

 フランス大統領選挙については、出演者3人の見解はほぼ共通していました。

IMG_6501.jpg 渡邉氏は「マクロンの勝利の一番大きな理由は、やはりフランス政治そのものが非常に硬直化しているためです。そういう意味では、既存政治に対する国民の反発が非常に大きかったということがあります」と、既存政党側に大きな問題があると指摘しました。本命と見られていたフィヨン氏がスキャダルで失速し、旧来の政治に対する不満を一層高め、「斬新さ」「新鮮さ」を持ったマクロン大統領誕生の後押しをしたと分析しました。

 また、ルペン氏に勝ったのは、「フランス大統領選挙の制度とも関係がある」と述べました。フランス大統領選挙では、1回目の投票で過半数を取った候補者がいない場合には、上位2名で決選投票が行われる仕組みとなっています。当初からルペン氏が決選投票に残ることは確実視されていたので、共和、社会の2大政党が従来通り一人ずつ候補者を出すことはせず、マクロン氏を対抗馬として一本化し、反ルペン票を結集させた結果、ルペン氏の大統領選出を阻止できたのです。

IMG_6483.jpg 吉田氏は渡辺氏の見方に同意したうえで、次のように追加しました。「既存政治への不信の背景に何があったのか。オランド前政権でも、サルコジ前々政権でも、失業の問題、移民の問題、難民の問題など、国民が重大だと考える問題に対して、応えていないということが不信の背景にあると思います」。

IMG_6477.jpg 鶴岡氏はさらに将来について、言及しました。「国民戦線ルペン候補は、負けはしたもののこれで終わりではなく、まだ不満のマグマのようなものは残り続けるのだと思います。したがって、こらからの5年間のうちに、例えばマクロン政権が経済面で成果を出さなかったら、また5年後に同じことが繰り返されると思います。5年間の猶予が与えられたという言われ方をするのはそういうことなのです」。


意味づけ難しいイギリスの総選挙

 次に工藤が「メイ首相は結果論とはいえ、なぜ負ける選挙をしたのでしょうか。当初は勝てると思っていたわけですよね」と、イギリス総選挙に話題を転じました。

IMG_6479.jpg 鶴岡氏によれば、メイ首相が、議会を早期に解散して選挙を行おうと決断したのは、当時の世論調査の支持率で保守党がライバルの労働党を約20%ポイントもリードしていたため。その狙いは「議席を上積みして、党内の政権基盤を確保することだった」と、説明しました。「EUからの離脱交渉を考えたときに、イギリスには勝ち目のない交渉です。どこかの段階でEUに譲歩を迫られるわけです。そのときに譲歩に反対する強硬派が党内にもそれなりにいます。彼らを抑えるためにはもう少し議席が必要でしたが、これが裏目に出てしまいました」。

IMG_6487.jpg 吉田氏は労働党の変化がブルーカラー層の支持を取り戻したためだと分析しました。労働党は産業構造の変化と都市化という時代の流れに対応して、左翼路線から中道化路線を進めてきました。結果、イギリスでも地方の製造業従事者を中心とする忘れ去れた人々が、EU離脱を実現するための政党である英国独立党の支持に回ります。これに対して、現在の労働党のコービン党首が選挙キャンペーンの中で、忘れ去られた人々を強く意識することで、ブルーカラーの支持層を取り戻しました。もう一つはEU離脱に対して「ソフトブレグジット」路線を打ち出したことで、これが若者からの支持を得るきっかけに繋がったと付け加えました。

 ここで司会の工藤が、イギリスの総選挙に関して素朴な疑問を投げかけます。「メイ首相が選挙を打って出たのは、今後のEU交渉に関して権力基盤を固めるためですよね。選挙の目的はそこですし、選挙の公約もそこが中心になるはずでした。しかし、選挙を見てみると、まず介護と福祉の問題で批判されるなど、争点が別の話になってしまう。選挙に負けたのだから、EU離脱を見直すという議論が出てくるのであれば論理的にわかるのですが、全然そういうことはない。とすると、選挙はEU離脱とほとんど関係がないという判断でよいのでしょうか」。

IMG_6490.jpg これに対して渡邊氏は「関係は大いにあったと言えると思う」としたうえで、「EU問題が国内化してしまったということです。お互いに選挙で有利なテーマを持ち出すようになって、今回は介護の問題などが論点になってしまった。ただ、これはEUと関係がないかといえば、そういうことはありません。イギリスに関して言えば、メイ首相の『ハードブレグジット』という強硬派路線に、ちょっと待って欲しいという意見がかなりあったのではないかと思います」と述べました。

 工藤が畳み掛けるように疑問を続けます。「ブレグジットに関して言えば、イギリスではEUの将来を考えるという冷静な議論が行われていないのではないかと思われています。その結果、EUの将来は非常に不安定化するのではないかと、我々は見てしまうのです。そうすると、選挙はもう一回やり直すためのチャンスだと思うのですが、選挙が終わっても結果的にはEU離脱は避けられないという論調になっていている。このことをどう見ればよいのでしょうか」。

 この疑問に対して鶴岡氏はイギリスの状況を次のように解説しました。「実は、保守党も労働党もEU離脱に関して、こうだというビジョンはなかったと思います。やはり去年の国民投票の衝撃が大きすぎました。つまり、離脱の方向性自体を問い直すということは、結局、人民の敵や民主主義の敵という扱いをこの一年間受けてきているので、決められたことは実行するというのがイギリス政治の今の基本的なスタンスです」。

 吉田氏も「労働党の政権公約の中でも国民投票の結果を受け入れると明記していますので、イギリスがEUから出て行くということを前提とした選挙だったと思います」と述べました。

 これを受けて工藤が「メイ首相は党内の求心力を失ったまま、これから非常に難しい交渉に入らないといけないということですね」と、確認しました。

 吉田氏はメイ首相にとって「保守党内での強硬派が邪魔、あるいは逆にソフトすぎる人も邪魔だったので、そこを抑えたかったのですが失敗しました。それで交渉はうまくいかなかったり失敗したり長期化したり、そういうリスクが高まったと思います」と、応じました。


⇒ フランス・イギリスの選挙を踏まえながら、民主主義とEUの未来を考える(中)はこちら
⇒ フランス・イギリスの選挙を踏まえながら、民主主義とEUの未来を考える(下)はこちら