フランス・イギリスの選挙を踏まえながら、民主主義とEUの未来を考える(下 )
~ブレグジット後のEU結束の行方を読み解く~

2017年6月28日

2017年6月23日(金)
出演者:
渡邊啓貴(東京外国語大学国際関係研究所所長)
鶴岡路人(慶應義塾大学総合政策学部准教授)
吉田健一郎(みずほ総合研究所欧米調査部上席主任エコノミスト)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)

 第1セッション、第2セッションでは、「ソフトブレグジットの可能性」や「ポピュリズム再燃の可能性」などについて議論が行われました。第3セッションでは、工藤の「果たしてブレグジット(イギリスのEU離脱)は将来の課題解決に向けた選択肢なのか」という問いかけから始まり、EUの改革についての見通し、国際秩序におけるEUの重要性、日本との関係にまで話が及びました。


英国内では悲観・楽観入り混じるブレグジット

IMG_6471.jpg 冒頭工藤から「イギリスのEU離脱は将来の課題解決を目指した政策でなのでしょうか
」との問いかけがあり、第3セッションが始まりました。EU離脱が合理的な選択だったのかについて各氏意見が分かれる一方、ハードなブレグジットは避けられるとの見方で一致しました。

IMG_6483.jpg 吉田氏は、イギリスがEU離脱に向かった原動力として、EUの中にある規制などの保護主義に対する反発があることを指摘しました。つまり、イギリスは自らの自由貿易主義的なテーマを追求するということが離脱のモチベーションとなっていたということです。そうした背景もあり、日本人はブレグジットに対して非常に批判的だが、イギリス人は知識階級も含めて悲観的には見ていないという見解を示しました。

IMG_6477.jpg 一方の鶴岡氏は、「イギリスはEUの中で相当大きな影響力を持っていたが、それをみすみすなくして単独のアクターになったとして、何ができるのか」と指摘、「イギリスの中でも分かっている人は悲観的になっている声が大きい」と、イギリスのEU離脱が間違った選択であったことを改めて強調しました。

IMG_6501.jpg 渡邊氏は、EUの原加盟国ではないイギリスと、独仏中心の統合であるEUとは元々距離があったということを指摘する一方、イギリスにとってもEUにとってもハードなブレグジット(*)を避けることにはメリットがあり、今回の選挙は冷静になる好機だという見解を示しました。それに対しては吉田氏も、「経済的に近しい関係の方が利益になることは間違いないので、そこを模索していくことになる」と同調しました。

(*)ハードブレグジット、ソフトブレグジットについては (中)を参照してください。


EU統合は「マルチスピード方式」で進む

 続けて工藤より、国際貿易がかなり保護主義的になっていて、国際協調的な流れが停滞している状況の中で、EU自身が域内の一連の選挙結果を踏まえて、EU変革の行方や、どのような役割が果たせるのかについて問題提起がありました。

 吉田氏は選挙結果に触れながら、基本的にはEUは国防や財政緊縮策などフランスとドイツの関係性の中で動いていく、マクロン大統領の誕生でドイツとフランスの関係が対等に近くなるのではという見通しを示しました。EU統合の今後については、人の自由移動などはすでに欠かせない社会インフラとなっていてそこは揺るがないこと、債務危機でユーロ圏の財政的な統合が必要であることが明らかとなる一方、そうした統合への反発が強まっていることなどから、今後は加盟国間で「異なる速さと深さ」で統合を進めるマルチスピード方式で進められていくだろうとの見通しを示しました。

 鶴岡氏も、財政統合としてのユーロ圏改革は当初はドイツが負担増を理由に嫌がっていたが、マクロン大統領が国内経済政策をアピールしていることから、メルケル首相にも財政統合に前向きな発言をするなど、ポジティブな側面が見られると指摘しました。ただ、EU基本条約の改正を伴う財政統合となると、国民投票が必要な国もあり、政治的リスクが極めて高いと付け加えました。さらに、イギリスにとってはEUとの離脱交渉は最重要だが、EUにとっては加盟国の結束をいかに保ち強化することが最重要課題であって、ブレグジットの話でこれ以上邪魔をして欲しくないと思っていると、双方のプライオリティの違いを指摘しました。


ヨーロッパの安全保障どうなるか

 その後、工藤から軍事面、特に NATO(北大西洋条約機構)などアメリカ軍に依存しているヨーロッパの安全保障の仕組みが今後どうなるのかについて各氏に意見を求めました。

 鶴岡氏は、「トランプ政権でNATOがどうなるかという議論もあるが、基本的には米欧同盟がなくなることは想定されていない」と、今後も大きな変化は見られないだろうという見解を述べました。その理由として、トランプ大統領がヨーロッパの国防予算を増やすよう圧力をかけていること、ヨーロッパの側でもロシアの脅威への対応として国防予算の増加というトレンドがあることをあげました。また、これまでEUの防衛協力に慎重だったイギリスが抜けたことで、協力が進む可能性があることにも触れました。

 渡邊氏はブレグジット以降、(戦後、安全保障面でリーダーシップを発揮することに消極的だったドイツの)メルケル首相が欧州防衛強化を掲げ、イニシアティブを発揮すると発言していることを紹介。マクロン大統領はそもそもド・ゴール主義者であって、徴兵制の復活、核抑止力の強化など防衛強化を掲げる一方、メイ首相ともサイバー面で協力する動きがあり、イギリスはそうした防衛協力については歓迎しているとしました。

 欧州の安全保障体制は、冷戦時代に西ヨーロッパの防衛のために発足したNATOとEU連合軍が併存しています。両者の一番の違いは前者には米国が加盟し、後者には加盟していないことで、イギリスはNATOでは米国に次ぐ存在感を示しています。イギリスがEUを抜けたとしても、英仏独の関係は複雑に展開していくと思われます。

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国際秩序におけるEUと日本の役割

 最後に、国際秩序におけるEUの重要性や、日本がどのようにヨーロッパと関わっていけば良いかについて、議論が行われました。

 鶴岡氏は、「日本にとっては価値を共有するパートナーとしてアメリカとヨーロッパを念頭に置いてきたが、トランプ政権下で保護主義的に国際協調から身を引いていくということになると、好む好まざるによらず必然的にヨーロッパの価値が高くなる」として、今後はヨーロッパの動向が日本にとってより重要な意味を持つようになると指摘し、他のパネリストもそれに同意しました。

 渡邊氏も、中国が旧社会主義圏やEUの国とも、マルチラテラルな関係を結ぼうとしており、日本もEUの動向をアメリカや大西洋の視点から見るだけでなく、中国・ロシアを含むユーラシア全体の動きとして見ていく必要があることを指摘しました。

 それを受けて工藤は、言論NPOとしてもそうした動きを追っていきたいと述べ、白熱した議論を締めくくりました。

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