【インタビュー】デフレ脱出に向け先ず需給ギャップの縮小を

山口泰 (日本銀行副総裁)
やまぐち・ゆたか
![]()
1940年生まれ。64年東京大学経済学部卒業。同年日本銀行入行。総務局企画課長、横浜支店長、電算情報局次長兼業務管理局、ニューヨーク駐在参事、調査統計局長、企画局長を歴任。96年日本銀行理事に就任。98年4月より現職。
![]()
今日本で進行するデフレの原因とそれに対する対策は、政府側にそれが貨幣的な現象であり、金融政策での対応が可能との見方があるものの、日銀はデフレの原因は需給ギャップの拡大にあり、需要を強化して成長率を高め、それを縮小することとして認識が依然、微妙に食い違っている。政府が日銀と足並みを揃えて、デフレ対策と不良債権処理に踏み出そうとしているなかで、日銀の考えるデフレに対する見解は何か。日銀の山口泰副総裁に伺う。
![]()
今現在、流通合理化や技術進歩の影響もあって、世界的に一般物価の下落傾向がみられるが、日本におけるデフレの最大の要因は、需要の弱さに起因する需給ギャップの拡大であるとみている。一方、通貨の供給不足が今日のデフレの主たる原因であるとは思っていない。実際、ここ1年ぐらいの間、最も狭義の通貨であるマネタリー・ベースは、顕著な伸びを示しているにもかかわらず、物価は格別反応していない。「デフレは貨幣的な現象だ」、「通貨の供給を増やせば状況が変わる」との主張の背後には、中央銀行がより広義の通貨であるマネー・サプライを自由自在にコントロールできるという前提が暗黙裏に存在している。しかし、実際には、所得が増えることなどによって、通貨への需要が増大しない限り、マネー・サプライは増加しないし、物価も上昇しない。また、一部論者が指摘しているような「通貨と物価の間に一定の関係がある」との主張も、実は、金利が低下し、経済活動が活発化すると、通貨に対する需要が増加し、その結果として、マネー・サプライの増大と物価の上昇とが同時に起こるということを意味している。現在のように、もはや金利の低下余地がない状況の下では、マネタリー・ベースという流動性だけ増やし続けても、所得の増加や通貨需要の増大は期待できず、経済活動の面でなかなか効果は出てこない。通常の手段を使い切ってしまった現状では、金融政策だけでプラスのインフレ率にもっていくのが困難であるということは、ここ1年半の量的緩和の経験でも示されている。
したがって、現在のマクロ経済運営の最優先課題は、需要を強化し、成長率を上げ、需給ギャップを縮小させることだと考えている。デフレの解消は、そうした政策の結果としてのみ実現するものである。仮に、デフレ阻止に向けて一層強力な対策が必要ということであれば、財政政策面でももっと知恵を出してもらう必要がある。思い切った歳出内容の見直しにより、需要強化を実現することができるだろうし、減税も排除すべきではないと思う。
現在の日本は、プラスの経済成長と比較的安定した物価下落の状況にあり、現時点でデフレ・スパイラルに陥っているとは考えられない。もちろん、今後、金融システムの動揺を伴うデフレ・スパイラルの危険性が出てきた場合には、日本銀行は全力を挙げてこれを阻止するつもりである。しかし、そうした事態に陥らないように、政府、日本銀行が力を合わせて、金融システムの安定性を取り戻すことが何よりも重要である。
そういう意味では、不良債権の処理加速はぜひとも必要なことだが、その際銀行サイドのみならず、それと対をなす産業、企業サイドの処理を並行して進める必要がある。また、不良債権の処理加速は、短期的には経済のデフレ圧力を強める可能性があるため、具体的な状況次第では、追加的に需要強化策を講じることも必要になってこよう。しかし、今、最も大事なことは、不良資産の残高が着実に減り始めたという実績を示すことであり、それが日本の銀行システムに対するパーセプションの改善にも繋がっていくものと考えている。
![]()
工藤 今の日本の持続的なデフレ、物価の下落現象については、内閣府の岩田一政さんも財務省の黒田財務官も、戦後、世界的にもあまり例がない異常な現象だという話をされています。このデフレへの認識やその原因について、どうお考えになっていますか。
山口 デフレというのは一般物価の持続的な下落ということを指して言う言葉ですが、物価のことですから、やはり需要と供給のバランスが崩れている、あるいはコストが顕著に下がっているということが原因になっているのだろうと思います。そのように見ていきますと、まず原因については、私の見方は大体次のようなことになります。
第一に、やはり需要が弱い。その結果として、需要と供給との間に大きなギャップが生じている。そういう状態がここ何年間かの日本経済の中で続いていますから、それが物価に反映されてきている。こういう面が一番大きいのではないかと思います。特に需要と供給のギャップということをさらに突っ込んで考えていくと、企業部門の中で貯蓄と投資のバランスが貯蓄超過の方向に大きく変化してきているということが大きく影響している。これは、日本の企業セクターにとっては恐らく第二次大戦後初めてのことで、高度成長期は言うに及ばず、その後相当期間にわたって、企業セクターは投資が貯蓄を相当上回る、投資超過の状態がほぼ恒常的に続いていたのですが、最近はむしろ、キャッシュ・フローのレベルよりも投資のレベルの方がかなり下回る貯蓄超過の状態に至っている。そういうところに需要の弱さが典型的に現れているのではないかと思います。
第二に、日本経済の中でコストの構造も急速に変化してきており、それが物価に影響を及ぼしているということも言えます。これについては、日本銀行はかねてから、国内で様々な合理化、特に流通面における合理化が進捗しており、コストの低下が可能になっているということを指摘しております。ここには、当然ですが、IT技術を駆使した技術進歩の影響も含まれていると思います。そのほかに、やはり国内品よりも圧倒的に安い輸入消費財が大量に流れ込んできているということの影響を無視できません。実際、消費者物価指数のなかで、この後者の方、すなわち流通過程の合理化や技術進歩の影響、それらによる価格体系の変化ということは、程度の差こそあれ、世界的に生じている現象ではないかと思います。現に、最近ではアメリカのような国でも今後デフレになるリスクはどれぐらいあるのだろうということがかなり強く意識された議論が行われるようになってきています。それだけでなく、実際に物の値段をとって見てみますと、アメリカ、イギリスといった比較的需要の強い国においてさえ、はっきりとデフレ傾向が見られます。そういう意味では、グローバルに財の価格の下落傾向が生じている、そのような世界的な環境の中で日本のデフレという現象が進行しているのではないかと思っています。
デフレは金融的な現象なのか
工藤 中国市場やグローバル化などを含めて世界的な構造的な変化が起こっている。榊原英資さん(慶応大学教授)は21世紀はデフレの時代に入ったとおっしゃっていましたが、そのような現象に加え、日本では要因は需給ギャップが拡大しているということですね。
山口 そうです。そういう意味で整理しますと、やはり日本に固有の事情というものがあり、これはバブル崩壊以後の低成長の中で需給ギャップが累積的に拡大してきているという問題だと思います。そのような状態が続いている間に、グローバリゼーションの下でモノの価格に強い低下圧力がかかる、また世界的に一種のバブルの崩壊が起き、先進国共通に財価格の下落傾向が顕著になってきている。これらが二重写しになっている状態ではないかと思います。
工藤 この原因については、内閣府や財務省などいろいろなところで話を聞きましたが、別の指摘がありました。つまり、今のデフレというのは極めて貨幣的な現象、マネー的な現象なのだということです。これは金融政策で対応ができるというものです。岩田さんも黒田財務官も、この金融的な現象という点については同じ認識を示しています。これに関連して、特に90年代前半の金融政策についても、財政拡張の中での金融引締めという金融政策上の過ちがあったのではないかという指摘がありました。こうした議論についてはどうお考えですか。
山口 90年代の初め、特にバブル崩壊直後の金融政策についていろいろな議論があるということは承知しております。たまたま今年8月に行われたカンザス・シティー連銀主催のコンファレンスでもそれが一つの大きなテーマになりました。私自身そこでパネリストとして参加して、この問題を論じてきました。その骨子を申しますと、第1に、バブル崩壊から間もない時期に、数年後のデフレ傾向を正確に予知して「大胆な」金利引下げを実施すべきであったという類の議論は、あまり現実的でないこと。第2に、90年代の日本経済に対する影響という点では、一般物価のデフレよりも、資産価格のデフレの方が重要と思われること、などです。ただ、その問題と、ここ最近生じてきている消費者物価の持続的な下落の傾向、これに対して金融的な影響、特にマネー・サプライ、通貨というものがどういう影響を及ぼしているのかということは、ひとまず別に論じることができるのではないかと思います。
現在の日本の消費者物価の下落率は、年間で0.8%ないし0.9%で、この程度のいわばマイルドな物価下落について金融的な現象、通貨的な現象が支配的な影響を及ぼしているという見方については、私はかなり懐疑的です。もちろん、物価に対してマネタリーな影響がドミナントになるというケースは歴史上幾らもあったわけですが、通常それはかなり高い物価上昇率、ハイパー・インフレとか、そこまではいかなくても、かなり高いインフレが生じたようなときに、あまりにも緩和的な金融政策あるいは金融市場の状態というものが支配的に大きな影響を及ぼしたということではなかったかと思います。
日本の場合は、ここ数年間、マネタリー・ベースという最も狭義の通貨は、年7~8%程度伸び続けていました。ここ1年間ほどは年2~3割という非常に高い伸びを示しています。さらに、より広義のマネー・サプライ(M2+CD)を見ても、年間3%程度は増え続けていました。そういうところから見て、通貨の供給不足というものが今日のデフレの主たる原因であったとは思っておりません。恐らくそういう論を張られる方々は、マネーをもっと大幅に供給すれば物価は上がるはずだという議論をしておられるだろうと思います。その種の議論に対するコメントとしては、まずその場合のマネー、通貨というのは一体何なのかということがあります。最も狭義の通貨、マネタリー・ベースであれば、ここ1年ぐらいの期間、年間2~3割という非常にシャープな伸びを示しており、それに対して物価は格別何の反応も示していないという状況です。
では、より広義のマネー・サプライについてはどうか。これは年間3%ぐらいの伸びに変化はありませんが、マネーの供給を増やしさえすれば状況は変わるのだと言う場合には、この広義のマネー・サプライというものも中央銀行が自由自在に変化させ、供給させることが可能であるという前提が暗黙裏に入り込んでいるように思います。実は、そこがあまりよく理解されていないように思います。広義のマネーというものは、企業や家計が必要と感じて保有する通貨のことですから、そういう通貨保有が増える背後には、やはり所得が増える、経済活動が強くなる、あるいは資産価格が上昇するということが通常は必要なのです。ですから、それを抜きにして、そういう状況でもないところにいきなり広義の通貨供給量を増やすということは、中央銀行といえどもなかなかできるものではありません。この点は、現在のように銀行システムの信用仲介能力が弱っている時にはとくに重要です。教科書の世界では、日銀が銀行システムに対する準備金の供給を増やせば、広義マネーが比例的に増える筈ですが、日本の現実は全く異なっています。
さらに、インフレがマネタリーな現象であるという命題をよく考えてみますと、実は、それは因果関係としてはまず金利の変動というものがあり、金利が大幅に下がり、経済活動が活発になり、マネーに対する需要が増え、結果としてマネー・サプライが増えていく、物価が上がるということが順序立てて起きていく。それらの中間をすっ飛ばして観察すると、あたかもマネーと物価が対応しているように見えるというケースが多いのではないかと思います。現在の事態は、残念ながら金利の低下余地がもはやなくなっている状況で、こういうときにマネタリー・ベースという流動性だけ増やし続けても、なかなか経済活動の面に効果が出てきにくいということは、ここ1年半の量的緩和という中で私どもが痛切に経験していることです。この経験をぜひともよくよく吟味していただきたいと思います。
デフレ・スパイラルの可能性について
工藤 今の日本経済はデフレからデフレ・スパイラル、つまり恐慌的な経済の落ち込みへのかなり不安定な際どい状況にあるとの見方が一部にあります。岩田さんはそういう認識でしたし、黒田さんもデフレ・スパイラルだという言葉を使いました。山口さんは今のデフレが続いた場合、そこに陥っていく可能性はあると見ていますか。またそれに対する当面のリスク要因についてはどのようにお考えですか。
山口 現状が恐慌に近いデフレ・スパイラルになっているという理解だとすれば、私にはよくわからない理解です。今年に入ってからの経済の推移を振り返ってみますと、1-3月はほぼゼロ成長、4-6月は年率3.8%成長、7-9月は年率3.2%成長ということで、ヨーロッパ経済などよりも多少ともベターであるという成長パフォーマンスになっています。消費者物価は引き続き下がり続けていますが、年率1%弱程度の下がり方で、特にスピードが増しているということにもなっていません。なぜ消費者物価の下落が加速していないのかについては、必ずしも十分解明されたとは言えませんが、ともかく今申し上げたようなプラスの経済成長と比較的安定した物価の下落というものがただいまの現状ですから、デフレ・スパイラルというには当たらないと思います。
このことは、実はもっと深く考える価値のある問題だと思います。つまり、概念的に言えば、物価がじりじりと下がっており、いわゆる実質金利と観念されるような金利が望ましい水準よりは比較的高いところにあると解釈されるにもかかわらず、スパイラル的な経済の悪化が必ずしも生じていないのはなぜなのだろうか。教科書に書いていないようなことが起きていると思います。そこで、ご質問の「危機的なデフレ・スパイラルに陥るリスクがあるのか、ないのか」という点に戻りますと、私は、それは金融システムにどういうことが起きていくのかということと切っても切れない問題ではないかと思います。歴史上の経験を振り返ってみますと、本物のデフレ・スパイラルになっていった場合は、ほとんどの場合、金融システム上の本当の危機というものが同時に進行していることが多かったからです。そういう意味でも、私どもは、金融システムが様々な問題を抱えているということは既に明白なことですから、それが文字通りの危機にならないように、これは政府、日本銀行、力を合わせて金融システムの安定を早期に取り戻すということがぜひとも必要なことではないかと思っています。金融システムの動揺を伴うデフレ・スパイラルの危険に対しては、日本銀行は全力を挙げてこれを阻止しなければならないと考えています。
政策のプライオリティーは需給ギャップの縮小
工藤 では、現在のマクロ経済運営のプライオリティー、最優先の課題は何なのかということをお聞きしたいと思います。政府は、財務省や内閣府を含めて、デフレを止めることが最優先の課題だという認識を示しています。それについてはどうお考えですか。
山口 私は、冒頭申し上げたデフレーションの原因についての理解ということを前提に考えますから、やはり需要を強化すること、それによって成長率を上げていくこと、需給ギャップを縮小させていくということ、それが優先的な課題だと考えています。
デフレの解消というものは、それらの結果としてしか実現してこないことだと思います。デフレの克服は重要なことであるという点においては私も認識を共有いたしますが、しかし、物価だけ先に引き上げるということがどうやって可能なのか、私にはよくわかりません。何となく物価という表面に現れた現象を、流動性の供給、通貨の供給によって是正することが先にあり、それができれば、あとは景気の回復がフォローしてくるというように理解される方がおられますが、順序が全く逆だと思います。
工藤 ただ、デフレが進行すると、結果として企業や個人の持つ債務の実質負担を高めてしまいますし、今は名目賃金の下げが物価の下げを上回り、実質賃金も下がる段階になっています。こうしたデフレ問題の持つ意味の重大性ということに関して、政府の方はかなり強い意識を持っています。これに関しては、内外価格差の是正やグローバリゼーションの進展の中で良いデフレと悪いデフレがあるという話もあります。この点では竹中平蔵さんともよく議論したのですが、相対価格の下落は良いとしても、絶対価格の下落は阻止しなければならないということをかなり強く言われます。やはりデフレは困るものだ、非常にまずいものだという認識なのではないでしょうか。
山口 私もそのように認識はしております。ただ、政策論として、まず物価の下落を止める、それは主として金融政策や通貨の追加的な供給によって可能であるという理解に対して、私は異議を唱えているのです。まず必要なのは、そういう意味ではデフレ対策というより、需要強化対策であり、成長政策であると思います。なぜなら、物価というものは需給バランスが引き締まることの結果として下げ止まるし、上がり始めるわけで、現在の日本は供給力に対して需要が非常に少ないわけですから、強引にでも供給力の方を整理淘汰するか、需要を何とかして追加的に創出して需給ギャップを改善するか、どちらかが必要なわけですね。
ただ、供給力を強引に整理淘汰するというのは、一時的にはデフレ圧力がさらに強くなるということになりますから、やはり私は需要の追加、需要の創出を何とかして知恵を出して考えていく必要があると思います。デフレ阻止を優先させるというのであれば、その方向で財政政策にも知恵を出してもらうことが必要かもしれません。
不良債権処理と需給ギャップ縮小とをどう両立させるか
工藤 ただ、このようなデフレの中で不良債権処理の加速と産業の建て直しという課題を日本経済は今、背負っています。これらの問題と需給ギャップの議論はどのようにして両立していくのでしょうか。時間軸を違う形で考えるのでしょうか。
山口 これはなかなか難問であり、ジレンマだと思います。つまり、不良債権の処理を加速させることは、金融システムを早期に健全化させるためにはぜひとも必要なことだと思います。しかし、加速させる措置が一時的、短期的には経済のデフレ圧力を強める可能性を持っているということも否定できません。ですから、本来的には総需要を何とか改善・強化していくということと、不良債権の処理のスピード・アップということを、同時に進行させる必要があります。それが望ましいということになりますが、総需要の追加と、特に民需の可能性をもっと引き出すということが言うは易く実現するのは簡単ではないわけですね。
しかし、金融システムの方も今のままでは脆弱で、これを早期に健全化させていくという必要性もかなり切実です。ですから、金融システム政策については新しい竹中プランが内容を整えつつありますので、整々と処理を進めていくということが必要だと思います。それが結果として本当に経済にデフレ圧力をさらに持ち込むことになるのかどうかということは、具体的な状況を見ながら判断していくほかないと思います。具体的な状況を見ていったところで、例えば金融機関による貸し出し態度が非常にタイト化していくとか、あるいはその結果としてマクロ的な成長率が著しく弱まっていくというようなことが心配される場合は、それに対するマクロ的な需要強化策を打っていく必要が出てくるのだろうと思います。
ただ、今申し上げたのはあくまで考え方で、現実にどういうことが必要になるのかについては、今後の実際の状況の推移の中で考えていくほかないと思います。
工藤 需給ギャップの解消の問題は、例えば、潜在成長率を上げ経済の天井を上げるという点ではサプライ・サイドの問題があります。財政政策などの需要の問題をおっしゃいましたが、どちらの方が優先に考えるべきなのでしょうか。
山口 これは日本国全体の経済の運営の問題になりますから、政府が一体何に最優先の目標を置くのかということによって決まるのだろうと思います。文字どおりデフレ圧力を弱め、克服していくということに最優先目標を置くのであれば、財政だけではありませんが、財政の持つ需要追加という機能も軽視すべきではないということになると思います。
構造改革を優先させるという場合には、構造改革の定義ははっきりしていませんが、やはり一般的にサプライ・サイドの強化だと解釈されていると思いますので、そういう解釈に立ちますと、これは目先のデフレ圧力を甘受しながら、より長期的な観点に立ってサプライ・サイドを強化し、将来に向けて成長力の天井を引き上げていくことを目指すということになります。政府としてどちらを選択し、どちらに軸足を置くのかという問題なのだろうと思います。
工藤 政府としては後者の方ではないでしょうか。改革なくして成長なしと小泉総理はおっしゃっていますから。
山口 今はそういうような方向を目指しているように見えますね。
政府との政策協調やインフレターゲットをどう考えるのか
工藤 次に、政府との政策協調に議論を移したいと思います。今のデフレに対しては、需給ギャップの解消が最優先だというお話でした。しかし、政府としてはデフレを解消するということで、日銀と足並みを揃えて取り組むということをアナウンスしています。これに対してはどういう政策的な協調、足並みということを日銀としては考えて進めようと考えているのですか。
山口 現在は経済情勢についての大きな認識は政府、日本銀行とも共有していると思いますし、共有した認識を前提にして、政府は政府で様々な政策を展開されている。それに対して日本銀行の方は、金利面と資金供給面の両面において最も強力な金融緩和政策を実行中である。こういう状況だと理解しています。
ここからさらに政策協調ということを政府が言われる場合、それは一体どういうことなのか、明確な提言というのがあるのだったら出していただきたいと思っています。それを私どもは真摯に検討する用意はあります。竹中大臣にそういうようなことを申し上げたことはありますが、明確な提言というものにまだ接するに至っておりません。
工藤 そうですか。先の黒田さん、岩田さんの話をベースにしますと、日銀は物価安定の目標を大体2%ぐらいまで上げて、そのために、非伝統的な手段を活用して大幅に国債を購入しても物価下落を何としても阻止する。長期国債を月ベースで大きく買い続けるべきだと。そういう姿勢を断固として示して、今のデフレ阻止と物価を安定させるという目標を貫くべきではないかとおっしゃっていました。これについてはどうお考えですか。
山口 いくつかの論点がありますね。大前提として、政府と日本銀行の今よりも強い協調関係ということを提案なさるのであれば、まず需要サイドを強化するため、需給ギャップを縮小するために、政府として具体的にどういうような協力をしてくださるのか、それを明確にしていただきたいと思います。物価を2%上げるということの負担がすべて日本銀行にかかってくるというようなことは、経済がまずまずノーマルと言われる状況にあり、かつ、金融システムも大きな問題なしに正常に機能を発揮しているという状況であれば不可能なことではないと思います。それでも、最近各国が経験していることは、物価はまあまあの安定状態に維持することができても、同じ政策の下で資産価格が大幅に変動してしまう、そのことによる経済の振れが非常に大きくなるというような新しい問題に直面しています。
しかし、日本経済は、インフレーション・ターゲッティングを採用している国とは一般経済情勢の面でも金融システムの面でも、全く異なる環境の中にあり、残念ながら金融政策上も通常の手段を使い切ってしまったようなところにいるわけですから、金融政策だけで物価の下落を食いとめ、さらにはプラスのインフレ率に持っていくというようなことは実際上困難と言うほかありません。
それが総論なのですが、各論としては、国債なら国債という資産を大量に買っていけばインフレが発生すると言われています。本当にそう考えるのであれば、実は現在のゼロ金利という状況下では同じ効果を政府自身が自ら行動してつくり出すことができるのです。政府は年々巨額の国債を発行しているわけですから、長期国債から短期国債に大量に発行を切り替えるだけで、日本銀行の長期国債オペと同等の、あるいは金額によってはそれをさらに上回るような変化を国債市場全体の中でつくり出すことができます。本当にそういう効果があると信じるのであれば、そういうことも可能であるということをまず申し上げておきたいと思います。
工藤 国債の貨幣化というものですか。
山口 国債の貨幣化、マネタイゼーションというのは、一国の金融システム全体として(中央銀行もその一員ですが)、国債の引受けや買取り等を通じて財政赤字をファイナンスする状態を指します。日本銀行は昨年の3月にいわゆる量的緩和というフレームワークを採用して、そのときは長期国債の買い入れ額は月間4000億円でしたが、その後追加してきまして、現在は月間1兆2000億円という買入れをしております。ですから、買入れ額は3倍に増えてきているわけです。年間では約14兆円の買入れになりますが、これは今年度国債発行予定30兆円(当初予算)の5割近くにのぼります。この結果、金融市場の中で何か目に見えた変化が起きたかどうか、あるいは国民のインフレ予想に目に見えた変化が起きたかどうかということを点検してみますと、これは私見ですが、そういうことはほとんど認められないわけです。いくらでも追加していくとどこかで何か変化が起きるかどうかというのは、これはだれもテストしたことがない政策ですから、やってみなければわかりません。
工藤 岩田さんは、戦前の昭和恐慌のときは2倍ぐらいに日銀が国債保有を増やしたということ、アメリカの恐慌のときでも2倍まで国債を買うことによってデフレを解消させたという話をしていました。それぐらいドラスティックにやればデフレは解消できると言っています。
山口 戦前の経験については私どもも相当勉強してみました。戦前のいわゆる高橋財政期には、閉鎖経済の中で一種のケインズ的な財政拡張政策を行い、かつ、為替相場を大幅に下落させたわけです。日銀も国債保有を増やしましたが、国債残高に占める比率は、現在よりずっと低い水準にすぎません。
日銀の国債買入れがもつ経済効果を整理してみると、第1にマネタリー・ベースの増加という量的緩和があります。これは2~3割も著増していますが、物価がそれに反応している証左は無い。第2に、やり方次第では長期債利回りが下がるということです。しかし、10年もの国債の利回りは1%という歴史的な低さですから、さらに下がったとしても僅かでしょう。その経済効果も極めて限られている。すると残るのは、日銀の国債買入れがなんらかの理由で国民のインフレ予想を刺激することがあり得るだろうか、という問題になります。第1、第2の「まともな」効果がワークしないまま、ブラック・ボックスの中でインフレ予想が生まれるとも思えませんが、仮りにそうしたことが起るとすれば、それは国民の間に「日銀は通貨の価値を決定的に傷つけるのも辞さず、どこまでも緩和を進めるらしい」という類の見方が広まる場合のことだと思います。そうなれば、一種の換物運動が起きるかもしれませんが、果してそれが大方の国民の望む帰結なのでしょうか。
工藤 今お話を伺っていまして、デフレに対する認識は、政府などの多くの論者とはかなり食い違っているように思えます。認識が食い違ってマクロ政策の協調ということが果たして可能なのかと考えてしまいます。これについては、認識の共有化、政策手段に対する考え方の共有化ということを図るべきだと思いますが、それはできないものでしょうか。
山口 金融政策の面で最大限の緩和効果を追求すべきであるという点については、私どももそう思っております。ただ、今日のデフレというのは一体なぜ生じているのかということについての理解の仕方が、私とほかの方々とではかなり違うのかもしれません。ですから、その辺りの認識をもう少し共有できるのかどうかということが一つのポイントではないかと思います。物価というのは、決してそれだけで生じている表層的な現象ではなく、実体経済のいわば結果として生じている面が圧倒的に大きいと思いますので、やはり経済活動全体を活性化させていくという政策の中からしかデフレの克服ということは出てこないのだろうと思います。また、世界的なデフレぎみの環境ということを考えますと、時間がかかっても根気よく知恵を出しながら、いろいろな手を打っていくということしかないと思います。
金融システムに対する不安解消と構造改革の最終目標
工藤 さて、不良債権処理と産業再生という問題で私たちは議論をしていますが、最終的にどのようなところまで持っていくのか。そこのところが非常に重要という気がしております。どこまでいったら成功したと言えるのか、不良債権処理と産業再生の目標設定をどのように考え、どのようにそれを進めていくべきなのか。その場合、日銀はどのような役割を果たせるものなのかということについて、どうお考えですか。
山口 今回、いわゆる竹中プランが出てくるまでの過程で、銀行のバランスシートをクリーンアップしていくということは、実は企業サイド、産業サイドでもそれなりのリストラクチャリングが進まないと難しいのだという認識がより明確になったのはよかったと思います。今度新しく産業再生機構というものができる。そうすると、整理回収機構(RCC)というものと2つのところが産業なり企業なりのリストラクチャリングのいわば受け皿になっていくということになるわけですから、私は、本当に再生可能な企業と、それがいろいろな角度からどう考えても難しいというような企業とをきちんと整理し、線引きしていくということが非常に重要だと思います。
銀行サイドで不良資産を不良資産として認識し、それに対して引当金を強化していく、最終的にそれをバランスシートから落としていくということは是非とも必要ですが、それだけでは銀行サイドの手当てにとどまるわけですから、それと対をなす形で産業、企業サイドの措置が並行して進む必要があると思います。
どこまでいけばいいのかということについては、とりあえず竹中プランの中では平成16年度に不良資産比率を半減させるという目標が示されているわけですね。まずそれを実現してみるということではないでしょうか。ここまで10年近い時間の中で銀行界は累計すると80兆円から90兆円ぐらいに上る大量の不良資産の処理をやってきました。これは大変な処理金額だと思いますが、にもかかわらず不良資産の残高がなかなか減らないということが、内外の市場が我が国の金融システムを見る視線がだんだん厳しくなってしまったバック・グラウンドだと思います。ですから、不良資産の残高が新しい政策体系の中で着実に減り始めたということをまず実行して見せるということが非常に大事だと思いますし、それが目に見えてくれば日本の銀行システムについてのパーセプションは変わり始めると思います。
工藤 私はデフレで不良債権が増えているという銀行の言いわけはあまり好きではないのですが、ただ、現実論としては企業の構造的にダメになっているところがデフレの中で表面化したということがあると思います。これは、かなり大きなすそ野がある話だと思います。例えば、キャッシュ・フローの何十年分という負債を抱えている企業はかなり大きいボリュームがありまして、そこまでを調整していくのか。つまり、市場をベースにした判断が構造改革の最終の話だとすれば、かなり大きな負担を政府は覚悟しなければ、スキームだけを考えても処理は進まないと思っています。つまり、そこまでいくことを今考えるのかということが私の疑問なのですが。
山口 それはなかなか難しい問題ですね。というのは、竹中プランなるものを実行していく過程でどれぐらいのデフレ圧力がそこから新しく生まれてくるのかというのはまだよくわからないわけです。それが実はやってみたら大変に大きなプレッシャーになって出てきた。結果として景気回復どころではなく、岩田さんたちのおっしゃるデフレスパイラルというようなことにもし仮になってしまうのでしたら、経済全体の運営の中で最適な不良資産処理のスピードというのはどれぐらいなのかという問題が改めて浮かび上がってくるということなのだろうと思います。また、そのような場合には、公的資金の投入がよりさし迫った問題になり得るでしょう。まだそこのところは何とも言えませんので、とにかく早く金融システムについての不安感を払拭するということは、これはこれとして非常に重要な課題ですから、最善を尽くしてみるということだと思います。
工藤 今の金融システムの状況については、株の下落を含めて、そういう不安を日銀としては非常に感じているということですね。
山口 私どもは、金融システムが残念ながら大きな問題を抱えてしまっており、それに対して早急により強い措置をとるべきではなかろうかと考えまして、銀行が保有している株式の買い取り措置を決め、次いで不良資産問題についての私どもなりの考え方の整理を世の中に問うたわけです。そういう認識をしております。
歳出内容の変更と減税を
工藤 最後に、需給ギャップの問題について再度お伺いして、インタビューを終えたいと思います。これまでの政策も、需要面を拡大するということで財政拡大などが行われ、それがある意味で需給ギャップ下の経済を支えてきたのは事実です。しかし、それはもう限界で、需要ではなく、成長の天井の問題、潜在成長率やサプライ・サイドの問題をやらなければいけないという議論が今の構造改革の政府側の発想にあると思います。さきほどの有効需要の拡大、景気対策という点については、財政ということでしたが、減税の話をしているのか、それとも歳出の話をされているのか。つまり、財政拡大は今までこの10年間やってきましたが、同じ繰り返しをするのか、効果があるのかという問題があります。
山口 これは私見ですが、減税を含んだ財政政策というぐらいの頭で申し上げました。旧来型の歳出追加ということに戻るだけでは意味がないと思います。ただ、経済財政諮問会議などの議論でも、歳出の規模は変わらなくても、歳出の中身を変えていけば、同じ歳出金額の持つ経済効果は変わってくるのだというような議論や理解が行われていると思います。そうであるならば、かなり思い切った歳出内容の修正ということも当然考えられていいのだと思います。減税も排除すべきではないと思います。
工藤 今日はどうもありがとうございました。
(聞き手は工藤泰志・言論NPO代表)
2002年12月11日 14:54
前の記事:【論文】恐慌的デフレ・スパイラルをどう回避するか
次の記事:【論文】日本のデフレは金融的な現象







