【vol.19】 榊原英資 論文『構造デフレ下での経済政策とは何か 第1回』

2003年3月11日

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■■■■■言論NPOメールマガジン
■■■■■Vol.19
■■■■■2003/03/11
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言論NPOは、日本の政策課題について本物の責任ある議論を、ウェブ、雑誌、フォー
ラム等で展開しています。人任せの議論では決して日本の将来は切り開けないからで
す。政策当事者や財界人らが繰り広げる、白熱の議論の一部を皆さんに公開します。
                      https://www.genron-npo.net

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●INDEX
■ 榊原英資 論文『構造デフレ下での経済政策とは何か 第1回』


●TOPIX
■ 3月15日(土)言論NPO シンポジウム『NPOが日本社会を変える』締切迫る!

■ 3月15日 言論NPO シンポジウム『NPOが日本社会を変える』パネリスト紹介

■ 3月7日(金)言論NPO アジア戦略会議・シンポジウム 報告


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■ 榊原英資 論文『構造デフレ下での経済政策とは何か 第1回』
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現在のデフレが金融的で現象であり、また需要不足に基づくものという議論に榊原英
資慶応大学教授は真っ向から異を唱える。榊原氏はそれをグローバリゼーションの中
で世界的に進行している構造的な現象とし、世界経済は構造デフレの時代へと大転換
しており、政策目標は激しいデフレの阻止に置かれると主張する。その視点にたっ
て、同氏はデフレ下での不良債権処理は一種の徳政令であり、国が企業再生ファンド
を組成するなどの提案を行い、産業や業界の再生の視点から取り組むべきだと語る。

●構造的な現象としてのデフレ

この10年間の日本の不況の原因について、多くの論者は需要不足を指摘している。マ
クロ政策、金融財政政策で需要を喚起すれば、それでデフレは解決するという議論が
行われているが、デフレの問題は、構造要因が非常に大きく、そうした議論の立て方
は間違いだと私は考えている。最初に、この視点から日本経済の置かれている状況を
考えてみたい。

まず、投資については、投資の収益率の著しい低下がみられる。例えば、自己資本利
益率をみると90年代はほとんどゼロに近い状況であり、企業の生産性の向上という点
についてもゼロに近い。その原因は2つ考えられる。

1つはグローバリゼーションの進展である。中国やインドの存在を考えると、中国な
どに投資するほうが収益率が高い。輸出関連産業の立場で、収益構造からみて、日本
からディスインベスト(投資を減額)し、中国やアジアの比較的安定的な国に移すほ
うが有利ということになる。特に、今まで設備投資を主導してきた輸出関連産業は、
日本国内で投資をするインセンティブがなくなっている。国内ではコストが高過ぎる
という問題がある。そこに、グローバリゼーションでコストが安い市場が出てきた。

もう1つは、本来、日本にも収益が高い分野はまだ存在しており、例えば食品加工な
どの農業関連、医療関連や教育等の分野の収益率は、相当高いはずである。だが、こ
れらは規制が非常に強く、参入が困難であるという問題がある。いわゆる国内的製造
業や国内的サービス業と言われるものが社会主義体制下に置かれており、その結果、
投資が進まない。例えば、トヨタが流通に参入しようとしたり、三洋電機が農業に入
ろうとしてもそれはできない。ポテンシャルな収益の高い分野が存在しても、日本の
政治絡みの規制でブロックされている。

これら2つの要因により、日本国内では投資需要が出なくなり、銀行借り入れもしな
いということになる。結果として、構造的に銀行貸し出しの低下が続いてきた。しか
も、銀行貸し出しの大部分は不動産、流通、建設、サービス業であり、これらが75%
を占めている。そこは後で説明するようにいわゆる不良債権となっており、撤退した
いという世界なので、投資需要がないということになる。

消費についても、少なくとも今までの製品に関してみれば、日本は既に飽和状態にあ
る。携帯電話やパソコンで消費は若干持ち上がってきたが、恐らく、潜在的な消費需
要は医療や教育といった分野にあるだろう。しかし、それらは規制によるコントロー
ルを受けていることから、消費が出てこない。少なくとも、商品についてのクオリ
ティー・コントロールは行われておらず、比較も評価もできず、情報も出てこないた
め、潜在的需要があってもあまり伸びない。モノという意味では日本が飽和状態にあ
る中で、モードを変えるだけの製品をいくら生み出しても、日本の産業を支えていく
力はない。

まり、投資も消費も、構造的な要因で出ていないのであり、マネーをどれだけ刷って
みても、それは流動的な資産で持たれるだけということになる。明らかに問題はミク
ロであり、需要という面からみても構造問題なのである。しかも、それは世界的な現
象である。


●グローバリゼーションと世界的なデフレ

モルガン・スタンレーのスティーブン・ローチ(チーフエコノミスト)などが最近、
指摘していることだが、アメリカがデフレに入りつつあると言われている。アメリカ
の製造業に関しては、これまでもデフレ状況にあったが、最近ではサービス価格まで
が低下してきている。これまではサービス価格がおおむね3%程度の上昇率でインフ
レ状況にあったが、最近では、サービスの中でも特にコンピュータ関連については、
会社のバックオフィスのオペレーションやコールセンターオペレーションなどをすべ
てインドにアウトソースするようになっている。サービスも、主としてインドや中
国、台湾、フィリピンなどにアウトソースするようになり、サービス価格も急激に低
下するようになった。そこで、アメリカもいよいよデフレに入ってきたことをス
ティーブン・ローチは指摘したのである。

サービスについてアメリカで起こっているこうした現象は、まだ日本では起こってお
らず、日本では相変わらずコンピュータ関連はハードウエアメーカーからセットで購
入している。これをアウトソースし始めると、日本でもサービス価格も落ちていくこ
とになる。グローバルにみると、中国やインド、あるいは東欧諸国などが、非常に安
い価格の製品とサービスを、相当なハイクオリティーで供給することができる。その
ことによって、世界的なデフレ構造に入ってきているのである。

これは、明らかにひとつの大きな構造変化である。そのことと、規制や社会主義と
いった日本の構造問題が重なり、日本がほかの国より厳しいデフレに直面することと
なった。ほかの国は規制がないだけ、日本よりデフレのスピードが遅いということに
なるが、グローバリゼーションによって世界的なデフレに突入しつつあるわけであ
る。

歴史的にみれば、こうしたグローバリゼーションに伴う現象は、市場の拡大に伴って
生じてきたものである。市場の拡大が価格を低下させ、生産の中心が移り、一方でカ
ネがあふれていることから、どこかでバブルが起きるという現象は、例えば19世紀末
にも起こった現象だ。

19世紀末の市場の拡大は、アメリカでありアルゼンチンであり、オーストラリアで
あった。ヨーロッパからこれらの地域などいわゆるウエスタン・オフシュートへ、資
本や人口の大規模な移動が起こった。当時は農業革命が起こり、農産品価格が急激に
低下したが、今、同じことが製造業とサービス業で起こっているのである。

それがグローバリゼーションであり、中国などのエマージング市場が次々と参加し始
めているわけである。グローバリゼーションの本質はアメリカナイゼーションではな
く、中国とインド、さらにはロシア、東欧の世界経済への参加である。中国は、製品
の供給面で出てきており、ポテンシャルな需要はあっても、農村の疲弊や所得格差な
どを背景にそれを刺激できず、供給能力だけが急激に増えてしまった。北京の某政府
高官は、中国は農業も含め99%の産業で供給過剰であると説明している。

従って、中国のデフレは止まらない。しかも、外資が次々と中国に入って供給を増や
している。それを世界に輸出するのであるから、止めることのできない世界的なデフ
レ要因となる。中国の人口13億人のうち7割は農村にあるが、そのうち1億5000万人
だけが都会に出て工場で働き、3年ぐらいたつと農村に帰る。農民の出稼ぎで、農村
がその送金で潤っているという構造である。この1億5000万人だけでも、日本の人口
より多いのである。


                          ──次号へつづく──

●上記の記事はウェブサイトにも掲載されています。
https://www.genron-npo.net/debate/contents/021224_a_01.html

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●TOPIX

■ 3月15日(土)言論NPO シンポジウム『NPOが日本社会を変える』締切迫る!


午後1時~5時、日本財団ビル2F・大会議室(東京都港区赤坂1-2-2)
http://www.nippon-foundation.or.jp/org/profile/address.html
パネリストは、北川正恭(三重県知事)、松井道夫(松井証券社長)、後房雄(名古
屋大学(教授)、穂坂邦夫(志木市長)ほか。

定員:200人。入場無料。申込締切:3/14(金)17:00


●お申し込み、プログラムなど詳細は下記まで
https://www.genron-npo.net/about/history/030227_sympoanno.html

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■ 3月15日 言論NPO シンポジウム『NPOが日本社会を変える』パネリスト紹介

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【セッション1】『新しいNPOの可能性』13:30~15:10
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○後房雄 /うしろ・ふさお(名古屋大学大学院法学研究科教授)
Profile
1954年富山県生まれ。77年京都大学法学部卒。82年名古屋大学大学院法学研究科博
士課程修了。同年名古屋大学法学部助手、同助教授。96同教授。89年~91年ローマ
大学へ留学。96年より民間政治臨調(現、21世紀臨調)メンバー。97年市民フォー
ラム21・NPOセンター設立、代表理事。


○穂坂邦夫/ほさか・くにお(志木市長)
Profile
1941年生まれ。71年埼玉大学経済短期大学部卒業。埼玉県職員、足立町(現志木
市)職員を経て、志木市議会議員、埼玉県議会議員を勤めた後、2001年より現職。
第8代志木市議会議長、第99代埼玉県議会議長を勤め、現在、志木市体育館協会会長
に在任中。77年学校法人医学アカデミーを設立、理事長に就任。81年「医療法人瑞
穂会城南中央病院」を設立、会長に就任。現在は、老人保健施設「瑞穂の里」や訪問
看護ステーション「みずほ」を併設している。


○筑紫みずえ/つくし・みずえ(株式会社グッドバンカー代表取締役社長)
Profile
パリ大学に学びフランス系エネルギー会社等を経て、90年スイス系のUBS信託銀行に
入社。96年営業部次長。98年コンサルタント会社「グッドバンカー」を設立し、翌
99年社長に就任。日本初のSRI(Socially Responsible Investment:社会的責任
投資)のコンセプトによる金融商品で、環境問題の観点から積極的に評価できる企業
にのみ投資する「エコファンド」を企画。環境省・中央環境審議会委員、文部科学
省・科学技術学術審議会専門委員、経済産業省・産業構造審議会委員。


○井上英之/いのうえ・ひでゆき(ETIC ソーシャルベンチャーセンター)

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【セッション2】『自立型社会への転換とNPO』15:20~17:00
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○北川正恭/きたがわ・まさやす(三重県知事)
Profile
1944年生まれ。67年早稲田大学第一商学部卒業。三重県議会議員を経て、83年衆議
院議員初当選。90年に文部政務次官を務める。95年より三重県知事。ゼロベースで
事業を評価し改善を進める「事務事業評価システム」の導入や、2010年を目標とす
る総合計画「三重のくにづくり宣言」の策定・推進など、「生活者起点」をキーコン
セプト、「情報公開」をキーワードとして積極的に県政改革を推進している。 言論
NPOアドバイザリーボード。

 ▽これまでの言論NPOでの主な発言
 ・地方の自立を阻害するグランドデザインなき道路改革(2003/1/4)
  https://www.genron-npo.net/library/sammary/006_184.html
 ・「民」主役の民主主義の創造とNPOの意義(2002/12/27)
  https://www.genron-npo.net/debate/contents/021227_a_01.html
 ・『日本の改革』に何が問われているのか(2002/2/22)
  https://www.genron-npo.net/library/sammary/002_003.html
 ・NPOと力を合わせ、地方の成熟を図ろう (2002/2/22)
  https://www.genron-npo.net/library/sammary/002_100.html

○松井道夫/まつい・みちお (松井証券代表取締役社長)
Profile
1953年長野県生まれ。76年一橋大学経済学部卒業後、日本郵船を経て87年義父の経
営する松井証券に入社。95年より現職。経済同友会幹事、東証取引参加者協会理事、
国際IT財団理事等を兼任。著書に『おやんなさいよ でも つまんないよ』。言論NPO
理事。

 ▽これまでの言論NPOでの主な発言
 ・自らを破壊できない日本経済に「産業再生」はあり得ない(2002/12/24)
  https://www.genron-npo.net/debate/contents/021224_c_01.html
 ・近づく「マーケットの死」 (2002/9/10)
  https://www.genron-npo.net/debate/contents/020910_i_02.html
 ・ビッグバンの建て直しをどう進めるか(2002/7/11)
  https://www.genron-npo.net/library/sammary/005_037.html


○司会: 工藤泰志(言論NPO代表)

●上記の記事はウェブサイトにも掲載されています。
https://www.genron-npo.net/about/history/030227_nposympoprof.html

●お申し込み、プログラムなど詳細は下記まで
https://www.genron-npo.net/about/history/030227_sympoanno.html

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■ 3月7日(金)言論NPO アジア戦略会議・シンポジウム 報告
 「変貌するアジアに日本はどう向かい合うか─真に開かれた国づくりを目指して」

3月7日(金)午後1時から6時半まで、経団連会館・経団連ホール(千代田区大手町)に
て、言論NPO・アジア戦略会議シンポジウム「変貌するアジアに日本はどう向かい合
うか─真に開かれた国づくりを目指して─」を笹川平和財団の後援により開催しまし
た。雨天にもかかわらず約300人という大勢の方々にご参加いただき、ありがとうご
ざいました。

なおシンポジウムの内容は、後日ご報告いたしますので、そちらをご覧ください。


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   言論NPOは、ウェブサイト以外に、出版、政策フォーラム、
   シンポジウムなど、多様な活動を展開しています。
   また、自由闊達で質の高い言論活動を通じ、日本の将来に向けた、
   積極的な政策提言を繰り広げていきます。
   この活動は、多くの会員のご支援があって初めて成り立ちます。
   新しい日本を築き上げるため、言論NPOの活動をご支援ください。
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