【vol.63】 北川正恭×横山禎徳『日本の再設計とタックスペイヤーの視点(2)』

2004年1月13日

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■■■■■言論NPOメールマガジン
■■■■■Vol.63
■■■■■2004/01/13
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●INDEX
■ 北川正恭×横山禎徳『日本の再設計とタックスペイヤーの視点 第2回』


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■ 対談『日本の再設計とタックスペイヤーの視点 第2回』
  北川正恭 (早稲田大学大学院教授 (前三重県知事))
  横山禎徳(社会システムデザイナー)
                       聞き手 工藤泰志・言論NPO代表
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今なぜマニフェストが必要なのか。そこではいかなる争点を描くべきなのか。前三重
県知事の北川氏は、タックスペイヤーを起点として政策プログラムを競う民主導の政
治への突破口としてマニフェストを位置付ける。横山氏は、官僚の無謬性を政治が覆
し、主婦を焦点に据えたわかりやすい政治により、従来の制度の再設計と顧客の視点
へのギアチェンジを図ることの必要性を主張する。その上で、横山氏は国のシステム
デザインの必要性を、北川氏は民間シンクタンクの新しい役割をそれぞれ強調する。


●「楔」からの波及効果と「北京の蝶々」

横山 日本の首相は、アカウンタブルなのは国会議員に対してだけで、国民に対して
   はそうではありません。アメリカの大統領のような国民に対するアカウンタビ
   リティーがない。だから、何のために内閣支持率というデータをとるのか、私
   には全くわからない。直接的に我々が影響することはできない仕組みですか
   ら。そういう限られたアカウンタビリティーの中で存在している説明方法とい
   うのは、税を支払う側にはわかりにくい。説明の内容が高度だというのではな
   く、ただ単にわかるように説明してくれていないということです。企業にして
   も、金融関係の「情報開示をした」と言うが、例えばデリバティブに関して
   「想定元本がいくら、再構築コストがいくら」という開示をしたところで、わ
   かる人がどれだけいるか。政治にしろ企業にしろ、国民にどうわかってもらう
   かということに、もっとエネルギーを使うべきだと思います。何がわかってい
   て、何がわからないのかがわからない状況にあって、どう言ったらわかるの
   か、それはやはり主婦がわかることです。

   また、国民にわかってもらっただけではなく、直接的な感覚まで持ってもらわ
   なければなりません。例えばサラリーマンは源泉徴収されるから、「税を払っ
   ている」という感覚がないタックス・ペイヤーです。それについて「納税者意
   識を持ちましょう」という議論がありますが、そんな抽象的な話では通じませ
   ん。それを理解してもらうよう説明すると同時に、「やっぱり税金を払ってい
   るんだ」という感覚を持てるような仕組みもつくる必要があるのではないか。

北川 マニフェストはそうしたさまざまな問題を惹起する材料でありツールであると
   見てもらえばいいのです。例えば、受益と負担の関係を明らかにすることが情
   報公開であるとすれば、日本は中央集権なので税金を中央に集めて集権官治の
   体制が行われている。しかし、情報公開の最も良い方法は当然、分権というこ
   となので、地方分権の必要性ということを、マニフェストはすぐに教えるわけ
   です。ある知事にマニフェストを書いてくれと頼んだら、「財源を国に握られ
   ているから、無責任なマニフェストは書けない」と言われました。ならば、ど
   うして「選挙公約」ができるのか。今までの知事と市長のあり方こそが問題な
   のであって、歳入の自治なき自治はあり得ないわけですから、分権の必要性が
   はっきりしてくるわけです。

   ある政党に対して「マニフェストを入れてくれ」と言いましたら、今度は「公
   職選挙法に抵触する可能性がある」と言う。文書図画の類の問題などを言うわ
   けです。ならば、公選法を変えればいい。あるいは政治資金規正法を変えても
   いい。イギリスでは、国会選挙の選挙資金の上限は130万円です。日本も130
   万円にしようという動きが出てこなければおかしい。例えば、会社に勤めてい
   る人が半年間休んで選挙に出て、通ればそのまま議員や首長をやる、落選した
   らまた戻るというような制度も考えるべきです。役人の裁量権などと言います
   が、政策立案や政策を検証するアセスメントをするようなシンクタンクも整備
   していかなければ民主主義は達成されない。多数決がすべてではない。真理や
   道理を支えるものがある。では、それは何なのか。このように、この社会をも
   う一度再構築して、民主主義を支える制度の整備をしていかなければならない
   でしょう。

横山 何か物事が変わるときというのは、マスタープラン的には変えられなくて、あ
   る種のミニプラン的な楔(くさび)を打って、その波及効果が次々とチェー
   ン・リアクションのように出ていくときだと思います。私は都市デザインを
   やっていましたが、既存の都市をデザインするとは、まさにそのような楔を打
   つ作業です。マニフェストは、そういう意味での楔、スタートだということで
   しょう。

   問題は、何かそういう楔を打とうとすると、「君は青いね」「世の中、そんな
   甘くない」などと、わけ知りおじさんがたくさん出てくることです。そこで、
   自然に素直に考えればおかしいなと思いながらうやむやにしてしまうというこ
   とが続いている。定義が曖昧なまま言葉が出回る、ということも出てくる。例
   えば企業経営でよく、「プロフィットセンター化」と言うわけですが、セン
   ターというならこのほか、たくさんのものがあります。プライスとコストとボ
   リュームのコントロール権を持っていなければプロフィットセンターではな
   い。プライスは本社が決めて、売れと言われたら、それはレベニューセンター
   でしかないのに、プロフィットセンターだと言います。

   同じような問題がいろいろなところにあります。地方分権にしても、これだけ
   の責任をとるためには、自治体にプライスとコストとボリュームに関しては自
   由に決めさせてくださいということなのです。それを政治の言葉で言えば地方
   自治と言うかもしれませんし、分権と言うのかもしれない。要するに言葉の定
   義を曖昧にしたまま観念的にみんなが勝手に使っていた。そこは明快にすべき
   だと思います。

北川 「北京の蝶々」というカオス理論があります。北京で1羽の蝶々が舞ったら、
   とうとうニューヨークでハリケーンが起きたという複雑系の論理です。一つの
   揺らぎが次から次へと副作用を起こして、どんどん解決していく。社会を変え
   ていくときには、二元対立ではなく、異分子を投入して生態系を変えていくと
   いう作業も必要なのです。私は、マニフェストがまさに第1回目の北京の蝶々
   になるのではないかと思う。マニフェストがあらゆる問題を提起して、政治資
   金規正法も公職選挙法も、あるいは公務員法も変え、そして地方分権を本当に
   変える。そうして政治の慣行まで変えていくのではないかと思う。

   今までの選挙は、有権者との間にマニフェストどころか一枚の契約書さえない
   から、候補者は、ただ自分の名前を印象づけようと連呼するだけです。たすき
   にリボン、白い手袋で「頑張ってます」「命賭けてます」という選挙のどこが
   民主主義なんだと思いませんか。「選挙ってそんなものだ」というみんなの思
   い込みを、誰かが青臭い議論で本当に変えなければならない。


●マニフェストの視点から小泉改革はどう評価されるのか

工藤 マニフェストという議論から見た場合、小泉改革は初めにそのような公約を
   作ったというよりも、一生懸命作りながら走っているのですが、小泉さんが
   やってきた改革の2年間というのは、どのように考えればいいのでしょうか。

北川 マニフェストを小泉さんがどこまで理解しているか、正直言って疑問ではあり
   ますが、少なくとも生活者起点という、タックス・ペイヤーのサイドに立とう
   という部分は若干見られてきて、今日の政策が生まれつつあるとは言えると思
   います。骨太方針でも工程表が出てきて、非常に曖昧ですが、それはそれでい
   いと思います。

   一方で、民主党は自由党と合併しましたが、私はこれは明らかにマニフェスト
   効果だと思っています。右肩上がりの時代の利益分配のサービス合戦から、政
   策プログラムの競争へと変わらないと天下はとれないということを、野党はこ
   こへ来て初めて理解をしつつある。利益分配合戦なら権力のある与党に勝てな
   い。だから今の状況が50年間も続いてきたわけであって、まさに全く別のサイ
   ドから政策立案していく。そういう作業がないとダメだということです。総選
   挙においても、改革、革命に近い政策が与党からも野党からも出てくることを
   私は歓迎していて、それが出てくるよう我々は運動体としてやっていく。それ
   がマニフェスト運動かなと思っています。

横山 私は、構造改革、構造改革と何度も言うだけでは、何も伝わらないと思ってい
   ます。改革の後の姿がとうなるのか。今、何をしているのか。何が起こり、ど
   の程度進んだのか。それをきちんと説明しなければならないでしょう。一般の
   人がわかるように説明するということは、必ずしも衆愚ではありません。何の
   説明もないから、改革がどこに行き着くのかわからない。痛みを覚悟しろとい
   うのはいいのですが、どのぐらい痛むのかがわからずに、みんな不安になって
   いるのです。痛みがいつまで続くのか、そして、痛みに耐えれば今の生活より
   いいことがあるのか。それも見えない。

   私は、小さなスケールですが、企業改革をたくさんやってきて、そこで感じた
   のは、最大の問題は多くの人が不幸にでも慣れてしまうということです。どん
   な人も、企業の業績が傾いたときでさえ、それぞれの小さな幸せをつくってい
   るということです。国の改革も同じだと思います。「小さな幸せグループ」が
   大量に存在しているわけです。構造改革をするということは、とりもなおさず
   その小さな幸せを壊すことになる。だとしたら、その次にもっと大きな幸せが
   くるんだと説明しなくてはいけないはずなのに、それが全然ない。結構長い間
   我慢して、次には何もない、厳しくなるだけだとなると、やはり面従腹背、総
   論賛成各論反対で、今の小さな幸せを守ったほうが賢いのではないかと思って
   しまう。

北川 そこはおっしゃるとおりですね。もっとビジョンをしっかり描いて、それに
   よって戦略戦術が立ち、マネジメントができていく。そういった作業がない。
   もう一つは、数字や文字で示すことがなく、工程表もないから、改革がどれく
   らい達成したか、検証のしようがない。だから曖昧さだけがあるわけです。

   私が三重県庁でやったことは、工程表づくりだったのです。数値目標に対し
   て、予算、組織定数、人事と、後の評価をどう連動させるか。それが未整備な
   がらもリンクしたなと思ったから、知事を辞めたのです。それができていなけ
   れば、やめる勇気はなかった。工程表をつくり、明々白々のもとにさらけ出
   し、公正なルールによって運営していく。これは、つまりマニフェストです。
   それを国はまだ全然やっていない。


   役人というのは前例主義に縛られる。ところが、最近、マニフェストを書いた
   ある知事と何回かお会いして話をしたときに、当選して初登庁してみると、自
   分がマニフェストで約束したことに合う組織になっていたと言っていました。
   だから、役人の無謬性というのは嘘であり、役人は責任はとれない。政治が結
   論を出し、政治が責任をとるということになれば、必ず役人はそちらのベクト
   ルへ向く。マニフェストがそれを実証するわけです。


                          ──次号へつづく──

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