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 山形県知事の主張 第4話:「もう県単位の発想はやめにすべき」

齋藤 弘 (山形県知事)
さいとう・ひろし
profile
1957年生まれ。81年東京外国語大学外国語学部卒後、日本銀行に入行。この間、国際通貨基金に勤務し、預金保険機構勤務、日銀退職、山形銀行入退行を経て、2005年山形県知事選挙に当選。
「県民と『助け合い』、『分かち合い』、『育みあう』ふるさと山形づくり」、「百年後にも誇りに思える元気なふるさと山形づくり」、「子ども夢未来宣言~子育てするなら山形県」などを提唱し、「百年後にも元気な山形」の実現のため、様々なアクションプランを実践している。

もう県単位の発想はやめにすべき

まず国との関係では、国と地方の役割分担の見直し、その上で権限と財源の移譲は引き続きやっていかなければなりません。それから、これまでやってきて足りなかった部分は、先ほどの議論にあったような分権改革が国民運動にはまだなっていないことです。それは単に国と知事会の空中戦のような議論をするのでなくて、先ほどのような実話を語って、国民に、県民に、分権改革が必要だと思っていただけるような運動を、自らが展開していくということです。

もう1つやらなければいけないのは、道州制の議論とは別に、実態論として、県単位の発想を超えて経済の広域化、広域連携を強め、それを進めておくことだと思います。つまり、行財政区分が一緒になる時点で実態的にはすでに一体だから何の違和感もないと思っていただけるような素地を、そうした議論とはまた別にきちんとつくっておくべきです。

それを今、私は宮城県と一緒にやっています。山形と宮城は、全国に3つある県都同士が県境を接しているところの1つですので、なおさらヒト、モノ、カネの交流がある地域です。その強みを生かして、そういう実態をつくっていくということだと思います。

もう県単位の発想はやめようと言っていますが、それを1つずつ実践していくことだと思います。人の交流は相当広がっています。山形の人はしょっちゅう仙台に買い物に行くし、仙台の人は週末になると観光なり、そばを食べに、山形にどっと出掛けてきます。それをさらに進めるために、例えば今回、山形県は、宮城県のインフラ整備に5000万円の出資をしたわけです。仙台空港アクセス鉄道が、仙台駅から仙台空港まで第三セクターでつくられたものがありますが、そこに山形県は出資しました。海外渡航する山形県民の8割が仙台空港を利用するということもあるし、仙台空港と仙台駅との間を往復するそのアクセス鉄道がそのまま仙山線、仙台駅と山形駅との間も直通で運転していただけるようにという気持ちも込めています。事実、先のゴールデンウイーク期間中に、臨時の山形駅・仙台空港駅間直通列車の運行が実現しました。またソフト面でも、山形県のPRを無償で積極的に仙台空港、仙台駅などで行ってもらえるというメリットもあります。他県が道路をつくったり、鉄道を敷設して橋を架けたりするときに、それらが隣の県民の利便性向上につながるからというその1点で他県に出資するというのは、非常に珍しい。しかし、これからはそういう動きがなければならない、それが県境を越えた発想に転換することだと思います。

山形県の人口は120万人です。宮城県は230万人、仙台市が100万人です。仙台市を除くと、宮城県と山形県の人口はほぼ拮抗します。ですから、仙台市というのは山形県と宮城県との共有物として育てていく価値がある。実際、山形県に住んでいて宮城県に、仙台市に仕事で通っている人がいますし、逆の人もいます。

特に山形市と仙台市が動いています。民間ベースでは、もう10年も前からより積極的にそ
ういう仙山交流を、協議会まで立ち上げてやっています。例えば、山形県の金融機関も、仙台戦略というものを展開している。潜在需要があるからです。

こうした広域行政と住民に近い行政ということを考えると、将来的に現行の県という行政体の役割は消滅すると思います。中2階ですから。国から地方へ権限と財源を移すといったときの地方というのは、行政規模が小さい村まではいかないけれども、一定規模の市や町、まさに基礎的自治体に移すと考えるべきです。県というのは、仮に向こう30年間その存在意義があるとすれば、大きくなった30万人都市以上の基礎的自治体が幾つかできてくる中の広域調整のようなものでしょう。県の後期高齢者医療広域連合のようなものを支援していくということだと思いますが、それだけ基礎的自治体が大きくなると、道路を整備したり橋を架けたりというのも、基礎的自治体で可能となるわけです。

市町村合併はもちろん一生懸命やっていきます。合併したところでは、何か手触り感がないといいますし、合併がこれからの課題だというところでも、合併したら結局自分たちの地域のアイデンティティーのようなものが埋もれてしまうのではないかといって、遠巻きにして疑心暗鬼で見ているところがあります。そこで、合併というのはこんなにいいものだと、手触り感をもってもらうことが大切だと思うに至りました。具体例として、平成19年度の予算では、生活に一番密着した道路予算について、県全体では1割以上削りましたが、合併の進む庄内地区だけは1割増しにしたのです。新規案件十数件を設け、すでに着工しているところについては予算の積み増し、さらに工事工法の工夫によって前倒し完工する、といった具合です。こういうことで合併というものはいいものなんだということを住民に感じていただく。そうすれば、合併を遠巻きにして見ていた向きは、合併を前向きにとらえるようになるものと期待しているところです。

私は、2月の議会で合併は必要だということ以上に、もっと踏み込んだ言い方をしました。合併をしないと判断した市町村長は、今後インフラ整備やその自治体で提供するサービスが、合併したところに比して明らかに劣後している場合には、住民に対して大きな責任を負うことになる、と。合併問題はすでにそうしたステージにあるものととらえています。


2007年05月29日 14:03

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