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 佐賀県知事の主張 第1話:「ローカルマニフェストはすでに踊り場にある」

古川 康 (佐賀県知事)
ふるかわ・やすし
profile
1958年生まれ。82年東京大学法学部卒業後、自治省(現・総務省)入省。自治大臣秘書官、長崎県総務部長などを経て、03年無所属から佐賀県知事に当選。日本で初めてマニフェストを掲げて選挙を戦った政治家の一人であり、当時全国で最も若くして知事となった。07年に再選を果たし、現在2期目。全国知事会政権公約評価特別委員長。
「がんばらんば さが!」をキーワードに、「くらしの豊かさを実感できる佐賀県」の実現を目指して県政に取り組む。

ローカルマニフェストはすでに踊り場にある

今回の統一地方選ではマニフェストの配布が二種類ですが、認められました。マニフェストを軸とした政治は地方でもこの間かなり進みました。もちろん問題点はないわけではありません。課題は幾つかあります。1つは、選挙の期間中はマニフェストをなかなか配れないので、政策を一番訴えたいときに、一番訴えたいツールが使えないことをどう考えるのかということ。佐賀県知事選挙の場合、マニフェストは13万枚つくれたのですが、手配りで配れたのは1万8000枚だけでした。街頭演説している場だとか、例えば業界団体の人を集めて、毎日2000人とか3000人の集会をやっていればすぐ配れますが、それはあまりせずに、10人とか20人の小さな集会でずっと手配りで配布していたからです。手配りでは、スタッフが読んでくださいね、ぜひ目を通してくださいねと言えるし、私も演説で説明しますから見てくれます。残りの11万枚は新聞折り込みで配りましたが、読んでくれた人は、私は寡聞にしてほとんど知らない。10人ぐらいに聞いて1人いたのが私の家族でした。だから宅配が新聞折り込みという配布手段だけ認められているということにも違和感があります。

マニフェストを使った選挙はいろいろな意味でまだ改善の余地はあると思います。マニフェスト以前の選挙は、氏名連呼以外は選挙公報と個人演説会、政見放送しかなかった。個人演説会は支持者を集めるだけの会で、政策を訴える手段はほとんどなかったと言ってもいい。それに比べ、選挙というのは政策をテーマにするのだということが伝わった。このこと自体をまず、この4年間の運動として私は評価したいと思います。

マニフェストを4年前につくったときは、つくるだけで注目もしてもらえたし、自分なりに満足感もありました。その後、マニフェストが一般化して、特に首長選挙ではマニフェストを出さない人は本気か、という感じにもなりました。その反面、マニフェストは候補者が真剣につくればつくるほど分厚くなり、各項目が網羅されるようになりました。その結果、有権者から縁遠くなってしまったと思います。結局、市や県がつくる総合計画を縮小したようなものになってしまい、本当に何をしたいのか、どういったことを実現したいのかということが伝わらなくなってきている。それを私も1年ぐらい前から痛感していました。

つまり、マニフェストはつくるだけではだめで、有権者のもとに届けなければならない。とにかく手にとっていただける、どういう地域にしたいかがわかってもらえる、つまり、物理的に有権者のところに届くというだけではなく、有権者の心にも届くというものを私は実現したかった。

そう考えたときに、では、私がどれぐらい先を見据えて、どういう佐賀県になればいいと思っているのかということを絵にかいてみようと思いました。10年後、佐賀県をこんなふうにしていきたい、そのために4年間があって、具体的に何をしていけばいいのかを書こう。そうしたら古川康は佐賀県をどうしようと思っているのかがわかっていただけるのではないか。そう思って、法定文書以外のマニフェストを試みにつくったのです。これはネットではずっとオープンにし続けられましたので、これをムービー版にしたものもつくりました。

しかし、私もいろいろ試みをしてきましたが、それでも今、地方のローカルマニフェストは踊り場にあるように思います。私は、自分なりに今度、1つの突き詰めた形をつくっていこうと思ってやっていきながら、一方で限界も感じました。それは、そもそもマニフェストが本来排除しようとした、あれもやります、これもやりますというものと似てきていないかということです。

財源問題を書こうとする。とにかく交付税1300億円の水準が12月20日にならないとわからない状態だと、先を見据えてこれをやめて、その分の財源をこうしますといったことが、ほとんど書けない。責任を持とうと思えば思うほどいい加減なことは言えなくなる。

現実には、踏み込んで書いた人は、結局、当選した後、否定しています。そして、選挙のときだけ選挙民に受けることを言って、知事になれば、すみませんでしたと言う。絶対それは許されないと思います。それを信じて投票した人はどうなるのか。勉強不足でしたと言うのか。私はそれを不思議に思っているのですが、メディアの人たちは割とそうした問題に甘いのです。

国政はまだマニフェストを軸とした制度をつくる側だからいいかもしれません。が、日本版ローカルマニフェストというのは、すでに踊り場かもしれません。皆さんがマニフェストをつくるのが当たり前になった。政策が大事だというのは共通認識になってきた。しかし、それ以上のものにはなっていない。もともと政策を通じた有権者との約束というマニフェストが本来実現しようとした部分までは、今のままではなかなか到達できないかもしれません。本当はそのためにも、地方の自立が必要なのですが。

2007年05月16日 14:12

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