大阪府知事の主張 第2話:「押さえ付けられている手をはねのけたい」

太田房江 (大阪府知事)
おおた・ふさえ
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1951年生まれ。75年東京大学経済学部卒業後、当時の通商産業省に入省。産業労働企画官、生活産業局住宅産業課長、近畿通商産業局総務企画部長、岡山県副知事、消費者行政担当審議官を経て、2000年2月に大阪府知事に就任。初の女性知事として日本中の注目を集めた。
「地域主権」、「生活者の視点」、「公民協働」を政策の基本に据えて府政をすすめ、「子育て・少子高齢化対策の推進」、「多様な人材の活躍支援」、「大阪産業の成長支援」や「災害に強いまちづくり」への取組みを強化している。
押さえ付けられている手をはねのけたい
知事は経営者だといっても、決められない部分があまりに多い、だから、経営者たり得ないと思われるかもしれません。ただそれは自治体側に自立した経営ができる財源や制度面での担保がないからです。例えば企業誘致をしても、100%全部税収が地元に来るのであればインセンティブも働きますが、税収の75%は地方交付税が減少する仕組みになっています。児童虐待で大阪はワーストワンです。児童福祉司、ケースワーカーは交付税の想定する標準だと6万8000人に1人です。それを足りないと思っても増やすことができない。国には実情を考慮した配置基準への見直しを働きかけていますが、それを待つわけにはいかないので私どもは4万人に1人のケースワーカーを置くために単費で補っているのです。
経営者というのは本来、隅から隅まで全部自らが決められるはずです。しかし、両手を縛られているようにそれができない。つまり、財源と権限を全部、地方に持っていくという本来の地方分権改革の目的が全く達せられないままに今、分権改革が進んでいるということがその背景にある。
私も中央省庁の出身ですが、単なる国とのパイプ役ではなく、タフ・ネゴシエーターになろうと考えているのはそのためです。知事になったのは、選挙によって府民から選ばれたからです。府民の皆様が私に負託をくださったということは、かつて国家公務員試験を受けて通産省に入ったこととは全く違う重みが自分の中にあります。
昔、私が官僚であったかどうかは知事になった今は全く関係がありません。府民のために働くことが私にとっての今の最大の価値であり、その意味では、勝手知ったる実家をある種壊すというのか、押さえられている手をはねのけるために、国家公務員であった時代の経験も使わせてもらうという意識が今の私の中には非常に大きい。
分権改革をめぐって知事と国とがコップの中で争っているとみられたりするのは、1つには制度があまりにわかりにくいことがあるからです。例えば教員給与の2分の1を国が負担する義務教育国庫負担金をどうするかといったときに、住民の皆さんは国庫負担率が2分の1から3分の1になっただけだと思う。しかし、私たちは3分の1残っていて、そこに国の関与がくっついているのが問題だと言っている。国の関与はゼロにならなければ全然変わらない。
身近な自治体があなたに一番合ったサービスを提供しようとしてもそれをさせないように、その手を押さえるのが国です。そのことを実態に合わせてわかりやすく言わないから、なかなか理解が広がらない。
最近、新型交付金や再建法制の問題が出てきて、自治体の財政状況が注目されています。しかし、私は再生と再建ということをずっと言ってきました。削減するという意味での行財政改革だけでは決して地方財政は良くなりません。再生、つまり地域経済の活性化、税収の増、これの両建てでやっていく以外にないのです。
私は今のシステムや地方経済の状況を考えると、3大都市圏は財政再建の力は十分持っていると思います。問題はそれ以外の地方です。理想をいえば、道州制を受け皿としつつ、その中での新しい財政調整システムはいかにあるべきか、つまり、東京や3大都市圏に集中している財源をどのように再配分していくのかということについて、まじめな議論が行われるべきだと思います。
先日の東京都知事選で、浅野候補が「東京にとっての東京」と「日本にとっての東京」という言葉を使われました。それを東京都民がどこまで理解したか私にはよくわかりませんが、そういう意味合いでの日本にとっての東京をどう考えるのか。財政調整をどうするのか。それは国も加わってまじめに議論を始めなければ、道州制そのものもできないと思います。
菅義偉総務大臣が地方税制を見直すとおっしゃっています。しかし、そんなに簡単にできる問題ではないと思います。「小異を捨てて大同につく」ではなくて、かなり「大異を捨てて大同につく」でなければ、ヒト、モノ、情報などの東京一極集中がこれだけ進んでいる中で財政調整システムの新しい姿はできてこない。やはり国の強いリーダーシップでどこまでそれぞれの地域で必要な行政サービスを支え得る税財政システムそのものを見直していくかということをやらなければなりません。
そのときに3大都市圏の大阪を担っている私のような知事がどういう立場を取るか、だと思います。事務方は税収が伸びているときは絶対見直さないでくれと言います。おそらく東京都知事もだと思いますが、税収は全部欲しい。苦しんできた時期もあるのだから、何で急に持っていかれるのかということになります。そういうときに「大阪にとっての大阪」と「日本にとっての大阪」をどうバランスを取るのか、これからが私のような立場の知事の見識を問われる場面です。
道州制では、道州が司法権まで持つのが最も純粋な地域主権だと思います。分権というより主権だと思いますが、今の憲法の制約上、そこまで持っていくのはなかなか難しい。ですから、今の地方自治法上考えられる最大の地域主権を求める道州制ということで、国は基本法だけを決めて、細目は条例で決める。今はほとんどが何とかに関する法律でできているがこれは条例で決める。そういう立法上のかなりの権限移譲を含めた道州制が望ましいと思っています。
2層制という言葉がありますが、道州と市町村、それがこれからの地方分権が目指すべき姿だと思います。そうなると、大阪府や兵庫県はいずれは無くなるわけですが、それが住民の視点から見て望むべき住民サービスを提供する枠組みとして適切なのであれば、私どももそれに賛成すべきだという立場です。
2007年05月23日 17:55
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