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 福島県知事の主張 第4話:「談合問題と"権不十年"」

佐藤雄平 (福島県知事)
さとう・ゆうへい
profile
1947年生まれ。70年神奈川大学経済学部卒業。83年厚生大臣秘書官に就任。その後、衆議院議員政策秘書、参議院議員(2期)、国土開発新幹線自動車建設審議会委員、決算委員会理事、沖縄及び北方問題に関する特別委員会委員長、国土交通委員会理事、予算委員会筆頭理事を経て、06年福島県知事(1期目)に当選。
県民の立場に立った安定感ある県政を行う一方で、「均衡ある国土の発展」を主張し、地方への税財源移譲を進め、地方分権を提唱している。

談合問題と「権不十年」

前知事のときに不祥事がありました。談合がなぜ起こったかについては、指名競争入札が温床だと指摘されています。ですから就任して早々、この入札制度の改革に取り組みました。全国的に見ても極めて厳しい入札制度を構築するということで、県議会も県庁も県民も、全体の総意の下で進めています。

ただ、不祥事のより本質的な原因は腐敗です。私は、「権不十年」と言っていますが、10年権力の座にいると、やはり腐敗します。長過ぎる政権はよくないのです。それと同時に、自らをいかに律するか。これは基本的には個人の資質の問題ということにもなってくると思います。その後、和歌山県や宮崎県でも問題が起こりましたが、個人の問題のような気がします。我が県の場合は、長過ぎた政権ということが大きな原因ではないかと思っています。また、本人よりも周りがそうなってしまったということもあります。周りが腐敗する温床となり、問題が起こってしまうということがあるのです。

そうした構造に対応するため、入札の監視委員会を、発注者である土木部から分離して総務部に置くことにしました。これは大変な改革です。土木部からすれば、監視委員会が総務部に置かれるとなると、それだけで緊張感が出てきます。

ただ、これは選挙のあり方とも連動しますが、この10年の間に政治とカネという点では住民の意識はがらりと変わったような気がします。供応に対する感覚は厳しくなり、因習の中で続いていたいろいろ出しあってお祭りや結婚式を行うということにも神経質になってきている。それくらい昔とは比べようもない状況の中で起こった不祥事ですから、県民に与えたショックは大きいのです。

私が知事になってまだ半年足らずですが、2006年は福島県内を歩いていると暗雲立ち込めているというか、暗い感じでした。入札という言葉を聞いただけで、みんな逃げ出したぐらい、県民がぴりぴりしていました。しかし、知事選挙が終わってからは、雰囲気は明るくなったと思います。

私が知事になってからは、いい話がたくさん出てきました。福島県関係者が、全日本合唱連盟の金賞を取ったり、アジア大会で頑張ってくれたり、箱根駅伝で頑張ってくれたり、そのような話題が県を明るくしてくれました。

では、その10年の間に私なら何ができるのか。私は施策の6割は継承しますが、4割は自分自身の考えで進めたいと考えています。経営という点では先にも触れましたプライマリーバランスを保つことが重要ですが、今、1兆円近い借入金を抱える中で、今後、多数の退職者が続きます。国が面倒を見てくれるなら別ですが、その退職金の財源はどこから出すのか。借金を減らしていくというのは、10年、20年先までの長期にわたる課題で、3年、5年で結果を出すのには無理があります。これは福島県のみならず、国においても町村においてもそうです。だから、私は今を凌ぎながら、その先のことを考える必要があると考えています。

福島県の財政を良くするには、行財政の改革や歳出の削減はもちろんですが、それ以上に税収を増やすことです。ですから、企業誘致、定住・二地域居住、観光に力を入れています。そのため、私は2月から営業本部長という名刺を持って歩いているわけです。こちらの方が、東国原英夫宮崎県知事よりも早いのです。

人生の後半で、農業をしたい、林業しながら、絵を描きながらというように、人にはいろいろな生き方があるはずです。そういうバリエーションという意味では、幸いにして福島県はさまざまなジャンルで人生を選べる多様性を持った所だと思います。ふるさと回帰のために各方面の団体からなる推進協議会が4月からスタートしました。加えて、福島県出身の東京に行っている人の集まりである東京県人会が大きい存在です。さらに60の市町村が皆、類似の組織を持っています。私はそこへ行って、ふるさと回帰のため話をしてこようと思っています。

2007年05月29日 11:04

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