【北川正恭氏 インタビュー その3】 「マニフェストの波及」

北川正恭(きたがわ・まさやす)
早稲田大学大学院教授,21世紀臨調共同代表,言論NPOアドバイザリーメンバー
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1944年生まれ。67年早稲田大学第一商学部卒業。三重県議会議員を経て、83年衆議院議員初当選。90年に文部政務次官を務める。95年より三重県知事。ゼロベースで事業を評価し改革を進める「事務事業評価システム」の導入や、総合計画「三重のくにづくり宣言」を策定・推進。2003年4月、知事退任。
「マニフェストの波及」
マニフェストは必要条件であって十分条件ではありませんが、マニフェストの「気づきの道具」や「政策の大転換の道具」としての使い方が、全国で普及して各県で一つか二つでも出ればいいですね。北海道では恵庭市のマニフェストはすごいセンセーションです。私はこの北海道の流れの中で、このあと実験できるいくつかのリードできるまちを作っていきたいのです。そうでないとプラクティスにならないと思う。
恵庭市以外にも次の段階のマニフェストが出てきています。九州の柳川市は1市2町が合併するときに市長選挙が行われ、人口比率56%の柳川市の現職の市長と23%の大和町の町長が立候補しました。吉田さんという町長は従来型のいわゆる団体、商工会議所とか農協とか連合の関係ではなくて、「お願い」から「約束」へと決めたのです。「私は頼みません。これとこれとこれをします。ほかのことならばどうぞ相手の候補に入れてください。選択はあなた方です」と訴えて選挙をした。現職の市長も立派な人だったのですが、結果は、人口比率23%の町長が圧勝した。また、愛知県の新城市も小さな町の町長が大きな市の前市長に勝ちました。これは、地縁から政策へとパラダイムを変えたということで意義があります。
全国でこうした動きが始まっているということは、「格差」ともいえますが、格差はベスト・プラクティスです。ベスト・プラクティスが出てきたらそれを真似するようになり、それが標準化していくようになります。そのために、私は全国を徹底的にまわって、いいところは頑張って応援しています。
マニフェストの次の段階として、「学校マニフェスト」、「病院マニフェスト」、「建築マニフェスト」というように政治以外の分野にも広がってきています。ようするに、価値前提なんです。どういう学校や病院であるべきか、をマニフェストに置き換えると、学校や病院は多元多様ではないから、政治行政よりシンプルでしょう。
たとえば、「建築マニフェスト」は、3千万円か4千万円もかけて家を建てるときに、本当に3千万円の価値があるかということは、耐震性の問題などがあって、心配になるでしょう。そこでマニフェストとして、企業側がコンセプトや利益、資材、期限などを全部提示するんです。この建築マニフェストのマネジメント・システムに銀行が信用をつけて融資し始めました。そして、このマニフェストを公的な住宅公社で取り入れざるを得ないという運動が起こってきています。
そこでは評価するユーザーがいます。ガチガチのシステムをすべて徹底的に情報公開して、「3000万円なら300万円の利益をいただきますよ」と明確にするんです。こうしたマニフェストを使ったビジネス・モデルを本格的に作り始めたところもあります。これをビジネスにしたいと、マーケットができてきたわけです。こういうものがいろんな分野で終結したら、本当の力になってまた次のバージョンに進める。私も学術的なこと、実体的なことで力を貸していきたいです。
2006年03月22日 11:55
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