【朝日新聞】 「対談」言論はいま不況なのか

2001年5月06日

2001/5/6 朝日新聞
対談 Opinion news project オピニオン
言論はいま不況なのか 知識人ら集まり

p010506_asahi.jpgまじめな言論誌がなかなか売れない。出版不況の中で休刊に追い込まれる雑誌も相次ぐ。政治や経済が混迷し、確かな指針が必要な時代に、論壇や言論を取り巻く状況はどうなっているのか。

司会・構成 磯洋介(企画報道室)

公共的な言論空間萎縮 専門性超えた発言必要 まじめな議論の舞台が国を立て直す政策生む

―経済論争を中心に、政治改革や国家戦略を論じようと、96年4月に創刊された「論争 東洋経済」ですが、5月号で休刊になります。休刊特集号のテーマを「言論不況」にした理由は何ですか。

工藤 編集長になってこの2年間、日本経済の再生についてかなり議論を尽くしてきた。この雑誌には、多くの知識人や政策当事者がネットワークでつながり、次々と論を持ってくる自己回転が始まっていた。しかし、出版不況の中で休刊せざるをえなくなり、そうした人たちに舞台を与えられなくなった。出版する側も、きちんとした言論を続ける覚悟が決まっていないといけない。自戒の意味もこめて「言論不況」と呼んだ。

岡本 「世界」の場合、創刊以来50年以上の歴史があり、一定のファン層があるから部数は激減しない。ただ、この雑誌を5年前に創刊していたら、かなり難しかったと思う。というのも、社会全体の方向や原則を議論しあう一種公共的な言論空間が、日本の場合、あまりに小さく細くなりすぎているからだ。

工藤 編集長をやっていて、日本の経済危機に関しては、ジャーナリズムや編集者の立場が問われた。つまり、国に頼り、解決を先送りするのかという選択だ。石橋湛山以来の自由主義、リベラリズムの精神から、個人がこの状況を自覚し、挑戦する中でしか、国は立ち直らないと考えた。2年前、そうした議論や企画を相次いで立てたが、流れは逆転し、長い間、日本は混迷した。最近、改革政権が生まれたが、日本経済の実体は、リスクを回避するかなりの管理型の社会主義に近づき、社会にモラルハザード(倫理観の欠如)や、無気力が出始めた。この責任を我々も痛感する必要がある。

岡本 危機を訴える言論人と社会との間で認識のギャップがある。日本は高度経済成長から2度の石油危機を乗り切ったという“成功神話”のせいで、危機だといわれても怖くて方向を変えられないのではないか。
工藤 だから、経済学者の中には、「実際に危機を起こせ」という声すらあった。国民も覚悟を決めないと、だれかに期待を託すだけで、ポピュリズム(大衆迎合)の甘いわなに捕らわれてしまう。

岡本 私もポピュリズムが今、一番怖いと思っている。この10年、国民はいろんな人に期待をかけて、裏切られてきた。例えば、89年は土井社会党、93年は非自民の細川連立政権、95年は青島幸男東京都知事。期待は失望に変わり、もう期待をかける人がなくなって、石原慎太郎 都知事とか、今度は小泉純一郎首相になったのではないか。国民自身がこの国を動かしていくという当事者意識をもっと持たないと。

工藤 一緒に立て直そうという覚悟が必要だ。

―評論家の山崎正和さんが、言論衰退の理由の1つは、知識人が大学や企業に組織化されて、専門領域以外は発言しなくなったため、と指摘しています。

岡本 今、知識人と言われること自体が嫌だという人がいる。我々はアナリストだとか専門家であると。専門のことは言うけれども、それ以外のことは言いたくない。しかし、今こそ日本社会の全体を見すえながら、自分の専門を超えて発言する人たちが必要になっていると思う。同時に、言論の衰退は、実は四半世紀ぐらい前から始まっていると思う。

―といいますと。

岡本 保守とか革新とかいうが、論争はほとんど60年代で終わっている。あとはともに豊かになろうという経済的な価値観に一元化してしまった。それが証拠に、地方における総与党体制というのは70年代から80年代に完成している。今、その一致していた価値、つまり経済大国それ自体が問われている。そうであれば、もっと根源的な議論がなされなくてはいけないはずだが、あまりに弱すぎる。

工藤 原理とか論理を深い形で議論できる人が本当にいなくなった。今の経済問題は株式市場の暴落をどう防ぐか、不良債権処理をどう進めるかなどの技術論が中心だ。アメリカニズムとか世界的グローバル化の中で日本はどう行動するか、どのような国を目指すのか、などといった議論が必要だが、議論の立て方が欧米と日本の知識人の間でも視野の差が出てきているような気がする。

―編集者の役割は。

岡本 エディターというのは、かなり意識的にそれぞれの会社で教育していく必要がある。そうでないと、売れるかどうかだけが価値の基準になってしまい、右往左往することになる。石原都知事が売れるとなったら、あらゆる雑誌に石原さんが出てくる。

工藤 いろいろな人の知的ネットワークを通じて、言論運動をもっと発展させようという動きも始まっている。例えば、経済界や官界、学会の有志で組織する「言論NPO(非営利組織)」。私も協力しようと思っている。

―インターネットを議論の場にするんですか。

工藤 当面は。年間のテーマ、例えば構造改革なら構造改革を徹底的に議論する。月間や、週間ベースで議論の真剣勝負の場を設けると聞いている。日本が瀬戸際に追い詰められているなかで、多くの知識人がまじめな発言の場を求めている。そうした議論の舞台から、この国を立て直す政策が生まれるのではないか。

岡本 「世界」でも3月から、ボランティアの方々が幾つかの論文を選んで、英文でインターネットに載せている。すごいアクセスがある。海外からみて、日本が何を考えているのかわからないからだと思う。やはり金融にしても、食糧、環境にしても問題が完全にグローバルになっている。議論には、空間の広さが必要だ。

工藤 そうなると、その動きは会社の枠を超えていきませんか。

岡本 超えざるをえない。

工藤 でしょう。だから、NPO的になってきた。

岡本 幕末のときに、「横議、横結、横行」という言葉があった。当時の藩を超えて横に議論し、横に結びつき、横に行動していく。これからは横議、横結、横行していく時代だと思う。


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「世界」編集長 岡本厚さん おかもとあつし 54年、東京生まれ。早大卒業後、77年岩波書店入社。雑誌「世界」に配属され、政治、教育、安保問題などを担当。96年から現職。98年金大中・韓国大統領に単独インタビュー。

元「論争 東洋経済」編集長 工藤泰志さん くどうやすし 58年、青森県生まれ。横浜市立大学大学院経済学修士修了。東洋経済新報社に入り、「金融ビジネス」編集長を経て、99年4月から「論争 東洋経済」編集長を務めた。

■ポピュリズム 反権力的なカリスマで、国民の人気を取る政治手法。20世紀の中南米諸国で、都市化を反映して現れた。宮沢喜一・元首相が、民主党結成に動いた菅直人氏や鳩山由紀夫氏らの「市民政治」をこの言葉で評してから、日本でにわかに使われだした。

■ 石橋湛山 政治家、評論家。東洋経済新報社編集長、社長を歴任。自由主義的立場から政治・外交論を執筆。戦後、自由党に入り、46年吉田内閣で蔵相。公職追放を経て、56年に自由民主党総裁に選ばれ、石橋内閣を組織したが、病に倒れ、3ヶ月の短命内閣に終わった。

■ 「言論NPO」 山崎正和、佐々木毅、小林陽太郎氏ら学界、経済界の言論人が個人の資格で参加し、インターネット上で論争の場を提供する非営利の組織。設立準備グループの連絡先は日置雅晴法律事務所(電話03-5960-5286)。HPはhttps://www.genron-npo.net 写真 中井征勝 イラスト 白岩淳
 

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