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2006年03月14日
「日本の外交 どこがおかしいのか」 / 発言者: 栗山尚一

栗山尚一(元駐米大使)
くりやま・たかかず
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1931年東京都出身。東京大学法学部中退。54年外務省入省、85年駐マレーシア大使、89年外務省事務次官を経て、92年から95年まで駐米大使。帰国後2003年まで早稲田大学、国際基督教大学客員教授として活躍し、現在に至る。著書に「日米同盟 漂流からの脱却」、論文に「和解-日本外交の課題」など。
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第4話:「日本はどのようなアジアを目指していくべきなのか」

栗山尚一(元駐米大使)
くりやま・たかかず
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1931年東京都出身。東京大学法学部中退。54年外務省入省、85年駐マレーシア大使、89年外務省事務次官を経て、92年から95年まで駐米大使。帰国後2003年まで早稲田大学、国際基督教大学客員教授として活躍し、現在に至る。著書に「日米同盟 漂流からの脱却」、論文に「和解-日本外交の課題」など。
「日本はどのようなアジアを目指していくべきなのか」
二つの巨大な国に囲まれる中で、日本はどのような価値のある国を目指すのか。これが、日本が考えなくてはならない基本的な問題です。それに関連して、グレン・フクシマさんがアメリカと日本の関係をかなり特殊だと指摘していました。それはある意味では無理もないように思いますが、少し誤解があるように思いました。
これは、ドイツと日本と比較するとよくわかります。戦後の日本は、国際社会に復帰するときに、ある意味で非常に不幸でした。アメリカだけが頼りだったのです。他の連合国は、日本から賠償をとるべきだとか、天皇を裁判にかけるべきだとか、色々なことを言いました。ソ連だけでなく、イギリスや豪州も含めて、非常に反日感情が強かったときに、それを押さえて平和条約を作ったのは、アメリカの力でした。
そのときに、冷戦で日本を西側陣営の中に取り込まなくてはというわけで安保条約を作り、日本に米軍を置き、日本を守るという体制をアメリカは作りました。これはまったく二国間の関係です。
ところが、ドイツの場合は、軍事的にはNATOができ、経済的には石炭鉄鋼共同体から始まるヨーロッパの統合というプロセスがあって、その中にドイツを取り込んでしまおうという、フランスのイニシアティブを他の西ヨーロッパの国々がサポートして、ドイツをそこに引き入れました。そういう形になって戦後のドイツというものができた。日本はそれがなく、戦後ずっと、アメリカだけとの付き合いになってやってきたわけです。
不幸なことに、日本の周りの国は、西ヨーロッパのような状況にはならなかった。日本は、アジアという地域的な枠組みを作って、その中に日本を置いて、そこを通じてアメリカとの関係を作っていくということはできなかったわけです。やろうと思ってもそれはできなかった。
こうした冷戦中の50年間の背景がありますから、フクシマさんが言われるように戦後の日本の外交は、ある意味でアメリカ一辺倒でした。それは、日本の置かれた環境からいってやむをえないことで、他に選択肢がなかった。冷戦が終わって、初めて、そこにある程度、アメリカ一辺倒でない選択肢ができる余地が少しずつ今できつつあるわけです。しかし、そこで非常に問題となるのは、ヨーロッパのような国と違って、全然体制が違う国、全体主義の国を入れた枠組みというのはできないということです。そこをどうやっていくかということが問題なのです。
日本のこれからというのは、二つの座標軸があります。ひとつは平和の問題です。あらゆる紛争や対立に武力を使わないというルールを、このアジア太平洋という地域で確立するということに日本は全力を尽くすということです。もうひとつは、やはり民主主義の問題です。ブッシュのように力で民主主義を広めるということは日本はありません。しかし、長期的にみて、民主主義が広まっていくということは、この地域の安定、平和や発展ということにプラスなんだという認識は正しいと思います。
ですから、どうやってそういう方向にもっていくかということを日本はもう少し真剣に考える必要がありますし、それをやる上で、日本には少しずつ仲間ができてきています。一番近いところでは韓国ですが、アセアンでもだんだん民主主義的な方向に行っている国が出てきていますし、豪州、ニュージーランドやカナダのような国もあります。そういう国との協力関係を作っていく。その中で、長い目で中国を取り込み、中国が変わっていくことを促していく。それは長いプロセスですが、長期的にはそういう方向しかないと私は思います。
中国が、われわれが理解している意味での民主主義国になることは、予見しうる将来、私はないと思います。ただ、中国の指導者が好むと好まざるとにかかわらず、今の一党独裁的な体制というものが、もう少し多元的な体制に変わっていくということであれば、それは可能だと思います。それは、日本にとっては、長い目でみて、日中関係が良くなる唯一の道だと思います。それまでは、色々な問題が出てきます。靖国神社に行かなくても、東シナ海の石油の問題が解決するわけではないし、やっかいな問題としては、台湾の問題もあります。歴史の問題では、中国は必ず、歴史教科書の問題を持ち出すでしょう。日中間で政治面でも経済面でも今後とも問題があることは、避けられません。
そのときに、やはり、中国が急速に大きくなってくることに対するある種の漠然たる恐怖感を日本人が持ち、それに対する一種のナショナリズム的な反応というものが日本側に高くなってくると、日中関係は非常に悪くなっていきます。
私はアジア外交という言葉をこれまで使わないようにしてきました。「アジア太平洋」と言っています。それは、私が現役のときに外務省の中でも言っておりましたが、そのような発想は定着しませんでした。私は「アジア外交というのはやめてくれ」と外務省の次官のときに言ったことがありますが、それは、アジアというのは非常に視野が狭いということを言いたかったからです。
アジアというのはそもそも何かというと、日本人は普通アジアといったときに直ちに考えるのは、大陸なのです。中国であり、朝鮮半島であり、アセアンです。しかし、これからの問題というのは、経済にしても、環境にしても、安全保障にしても、アジアだけで解決できる問題は大変少ないのです。また、日本はアジアの国かという問題もあります。日本は大陸国家ではありませんから、歴史的に海洋国家なのですね。海洋国家というより、むしろ、日本は太平洋の国なのです。
福沢諭吉以来、脱亜入欧とか、その逆だとか言って、戦前に近衛さんが東亜と言ったということがありますが、日本がアジアの国だと考えると、視野が狭くなり、太平洋というものが視野からなくなってしまいます。これでは、日本の外交としては非常にうまくいかないと思います。太平洋の国としては、南の方に行けば豪州やニュージーランド、アセアンの国も半分は太平洋の国です。太平洋の向う側にはアメリカやカナダがあり、更にいえば、ロシアもそうです。視野をアジア太平洋に広げて日本の政策を考えていくべきです。
アジアだけで物事を解決しようと思うと、日本の思うようには絶対なりません。経済的にみてもそうです。FTAなどを考えるときに、やはりグローバル化時代ですから、そういう視点でものを見るべきだと私は思っています。
※本テーマにおける栗山尚一さんの発言は以上です。
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2006年03月12日
第3話:「中国にどう向かい合うのか」

栗山尚一(元駐米大使)
くりやま・たかかず
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1931年東京都出身。東京大学法学部中退。54年外務省入省、85年駐マレーシア大使、89年外務省事務次官を経て、92年から95年まで駐米大使。帰国後2003年まで早稲田大学、国際基督教大学客員教授として活躍し、現在に至る。著書に「日米同盟 漂流からの脱却」、論文に「和解-日本外交の課題」など。
「中国にどう向かい合うのか」
中国との関係は、日本側の努力だけではできない面があります。いわゆる愛国教育など、中国の国内体制から来る中国のナショナリズムが国民教育の土台にあって、それが基になって、中国の一般的な大衆を含めての対日観というものが出てくるからです。世論調査をしますと、必ずしも中国人が圧倒的に反日ではないという数字もあるようですし、日本のポップカルチャーなどに対する親近感も中国人の中に出てきているということは、長期的には良いことだと思います。
しかし、どこの国際関係でも、一般論として非常に難しいのは、力関係が急速に変化するときです。常に、それをコントロールしていくことが大変難しいということです。70年代から80年代にかけて、日本の経済が急速に巨大化したときに、アメリカとの間に貿易摩擦など様々な問題が起きました。アメリカは、それまでは、弟分で、しかも、優等生であり、戦後、自分たちが教育して、民主主義を受け入れて、「愛いやつ」という感じで日本を見ていたのが、急速に大きくなった。その日本と、いったいどう付き合ったらよいかということになった。エズラ・ボーゲルのジャパン・アズ・ナンバーワンという本が出て、アメリカ人が一種、日本に対して恐怖感を持った時代がありました。
それと同じようなことが、中国との関係で起こっています。日本はまさに、近い中国が巨大化しつつある、これとどう付き合うかということに戸惑いがあります。それが、中国が脅威であるという議論にも繋がっているわけです。そこにひとつ基本的な問題がある。
もうひとつの中国との関係の問題は、中国の国内の問題です。鄧小平以来、中国の改革・解放と称されるものが進んで、中国共産党のイデオロギー的な正当性というものを、中国人があまり信じなくなりました。そこで、中国共産党としてどうやって十数億の国民をまとめていくかというときに、共産主義のイデオロギーの代わりに何を求心力とするかというと、ナショナリズムということになりました。ですから、経済の開放化が進めば進むほど、中国共産党としては、どうしてもナショナリズムに依存して、体制の求心力を維持していくことが必要なのです。
その際のナショナリズムをどこに向けるかというと、その原点は日本なのです。その前の19世紀のヨーロッパの植民地主義に抵抗したということも歴史の一部ですが、いわゆる抗日戦争を戦い、共産党にとってはより直接的な日本との戦争というものを戦って、日本に勝ったということが、中国のナショナリズムの原点です。それはある程度、理解しなくてはならない。
しかし、経済の補完関係、依存関係がここまで大きくなると、それが行き過ぎても困るわけです。その点は、中国共産党や中国政府として意識をしています。先般の反日デモも、アメリカにいる中国系の団体がインターネットで煽ったという話がありますが、最近では、インターネットの管理で、中国とアメリカとの間で問題が起きつつあります。インターネットの企業が中国に進出するに際しては、規制を受け入れて自己検閲をやらされています。
中国政府や共産党にとってのジレンマは、ナショナリズムを放っておくとコントロールがきかなくなる。かといって、ナショナリズム教育をやめると、それに代わる共産党の正当性を国民に示す拠り所がなくなる。一方においてはナショナリズムの暴発をなんとか抑えなければ、自分にふりかかってきますから、それをある程度抑制しなければならないという意識はありますが、それを全面的に否定するということは、これは自己否定になりますから、できないわけです。例えば、歴史教育、いわゆる愛国教育的なものを、やめろといっても、やめられない事情が中国側にあるわけです。ですから、そこは日中関係にとっては非常に難しいところです。
一般的な処方箋はないのですが、長い目で見れば、中国がある程度変わらなければ、この問題は解決しません。中国は、日本的、あるいはアメリカ的、欧米的な民主主義国には当分ならないと思いますが、もう少し、全体主義的な色彩が薄い社会になる可能性は、長期的にはあると思います。そうなれば、この問題はある程度、対応可能な状況にはなると思います。短期的には、問題を本質的に解決することはできないでしょう。個々の問題をそれなりにその都度処理していくということしかない。それが全面対立にならないように、ある程度問題を封じ込めていく必要があります。
日米間でも、80年代に経済摩擦以外に、防衛費をどうするかなど防衛摩擦がありました。当時よく言われたことは、経済摩擦が日米関係全体に影響しないように、経済摩擦は経済摩擦として冷静に対応して処理をしていくことが必要だということでした。それは基本的には正しいことですが、私が当時、現役時代に言っていたことは、そうは言っても、民主主義の国では、経済摩擦は経済摩擦だけにとどまらず、一般的な国民のお互いの対日観や対米観に影響を及ぼさないわけがない。影響を及ぼせば、結局政治的な関係にも影響が出てくる。だから、経済摩擦そのものをきちんと処理する必要があるということでした。
今の日中関係にも同じような問題があると思います。石油の問題、経済の問題、資源の問題、それらを問題として冷静に処理して行くということは、言うは易いのですが、なかなか難しい。しかし、それをやらないと、日中関係は当分よくならないと思います。
日本の国内では、やはり戦争の総括がどうしても必要だと思います。ただ、今更、戦後半世紀以上経って総括しろといっても、総括というものはなかなかできない。なぜ総括できなかったかというと、そこには戦後教育の問題があり、戦後に歴史教育ができなかったのは、日教組の問題もありました。日教組があまりにも左のイデオロギーで固まり、そういう教育をやろうとした。それに対して、それをコントロールしなければならないというもうひとつの対立軸があって、その狭間に現実に戦後の世代の人は置かれ、まともな歴史教育が行われなかった。
やはり、村山談話や小泉談話に出ている政府の認識というものが、どういう歴史的な背景に立ってそのような認識になっているのかということを、これからの21世紀の日本人がきちんと勉強しなければならないという気がしてなりません。
※第3話は3/14(火)に掲載します。
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2006年03月10日
第2話:「靖国問題をどう考えるか」

栗山尚一(元駐米大使)
くりやま・たかかず
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1931年東京都出身。東京大学法学部中退。54年外務省入省、85年駐マレーシア大使、89年外務省事務次官を経て、92年から95年まで駐米大使。帰国後2003年まで早稲田大学、国際基督教大学客員教授として活躍し、現在に至る。著書に「日米同盟 漂流からの脱却」、論文に「和解-日本外交の課題」など。
「靖国問題をどう考えるか」
靖国神社の問題は非常に難しい問題で、この問題についての長期的な解決策は何か、私にも、正直言ってよくわかりません。小泉さん個人に限りませんが、個人が靖国神社に参拝することについて、外国にとやかく言われるいわれがないというのは、そのとおりだし、個人が戦没者の霊を追悼したくて靖国神社にお参りすること自体を批判するつもりはまったくないのです。ただ、唯一言えると思っていることは、総理大臣たるもの、参拝をすることになるというと、それが本当に、純粋に個人としての参拝かどうかということは、ご本人の心情は別として、外から見ると、非常に曖昧になってしまうということです。
それを前提として考えますと、総理大臣、あるいは日本政府は、村山談話があり、また小泉さん自身も去年8月15日に談話を出され、インドネシア(バンドン)で演説しています。ここでは、村山談話と基本的に同じことを言っており、しかも、小泉談話の新しいところは、戦後の日本の60年は、戦前の反省を踏まえての歴史なんだと言っていることです。それと総理の参拝は一致しないではないかということが、私が総理の靖国神社参拝を支持できない基本的な論点です。
靖国神社には、遊就館というものに表現されている、靖国神社という神社の歴史観があります。これは明らかに、あの戦争というものを、自存自衛のために日本がやむを得ず戦った戦争だと正当化しようとしています。これは間違いない事実なわけです。そういう歴史観というものは、持つのは自由かもしれませんが、国際的にはまったく受け入れられていないということを考えなくてはなりません。
最近まで、アメリカのいわゆるインテリで知日派と言われる人たちは、靖国神社そのものについては関心がありませんでした。ただ、一般的には、どうも日本は、過去の歴史ときちんと向き合ってないのではないか、第二次大戦の結果を受け入れていないのではないかという疑問を、アメリカ人は広く持っています。それはヨーロッパもそうです。アジアの人ばかりではありません。
それが最近になって、靖国神社を中国が問題にするようになり、どうして中国がそれだけ問題にするのかということについて、アメリカの新聞記者が興味を持ち、遊就館という話がありますので、取材に行ってみたそうです。そこで、日本が戦争の結果を受け入れてない疑問が裏付けられてしまった。靖国神社参拝と遊就館というものが一緒なのではないか、今まで持っていた疑問がどうも事実ではないか、最近になってそういう認識が出始めている。前の駐日大使のべーカーさんも今のシイファーさんも遊就館を見に行ったそうで、行くと、これはやはりアメリカ人であれば不愉快になるはずです。
このまま放っておくと、中国や韓国との関係ばかりではなく、アメリカとの関係と、アジア全体との関係、ヨーロッパとの関係も含めて、国際社会の中で、どうも日本がおかしいと思われる、もっと大げさに言えば、孤立するという道につながるのではないかと、私は非常に心配しています。
白石隆さんが、このブログで今の日中関係の責任の半分は江沢民にあると発言していますが、私もそのとおりだと思います。江沢民が来日したときに、はじめから終わりまで、歴史を鏡として云々ということばかり言いました。それで日本人は、実際嫌になったわけです。国民感情としては当然です。だから、日中関係を大事だと思っていたのだとすれば、外交的に見れば、江沢民は非常に失敗したわけです。この年には金大中も訪日しましたが、其の対比で中国は失敗したということは欧米のメディアも書いています。
しかし、中国に半分責任があるとしても、和解のプロセスというのは、加害者の方がイニシアティブをとらなければならない。被害者の方がイニシアティブをとるという問題ではないわけです。そこの認識が、日本人一般に足りないという気がしているのです。
※第3話は3/12(日)に掲載します。
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2006年03月08日
第1話:「日本は過去の歴史に向かい合うべき」

栗山尚一(元駐米大使)
くりやま・たかかず
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1931年東京都出身。東京大学法学部中退。54年外務省入省、85年駐マレーシア大使、89年外務省事務次官を経て、92年から95年まで駐米大使。帰国後2003年まで早稲田大学、国際基督教大学客員教授として活躍し、現在に至る。著書に「日米同盟 漂流からの脱却」、論文に「和解-日本外交の課題」など。
「日本は過去の歴史に向かい合うべき」
今までこのブログで発言をした4氏の方の話を読んで、もっともだという感じの指摘がいくつもありました。特にナショナリズムの問題をどうするのか、それは私が最近、ある論文に書いたもっとも言いたかったことです。
このナショナリズムの問題は日本側にも、中国、韓国の側にもそれぞれ出てきており、現象面としては、強くなってきているように思えます。それぞれの国に個別の事情があって、共通の理由があるわけではないのですが、右傾化とまではいきませんが、歪んだナショナリズムが出てきている。このまま放っておくと、これからの日本の外交に悪い影響が出るのではないかという懸念があります。
今後の日本にとっては、特に、近隣国との和解というものが、非常に重要な問題になっているように思います。近くて隣にある国との間に、仲良く安定した関係というものができるということは当たり前のことではありますが、日本の安全保障という意味でもとても重要です。しかし、一番本質的な問題は、国の生き様とか品格です。国際社会において日本がどういう国だと思われるのかということです。
日本がアジアの国々との間での和解ができるかできないかということが、21世紀の国際社会における日本の品格を、非常に大きく左右すると私は思います。日本はこれから、少子高齢化が進んで人口が減り始めます。日本は経済大国と言われてきましたが、日本の人口がだんだん小さくなり、それを補うものが何かないと、日本の国際的な影響力が次第に小さくなっていくと思います。それにどうやって対応していくのかということについて、日本の指導者は考えなくてはいけない。
日本の国際的な影響力を保っていく、ある意味では、もっと強くしていく、日本の発信力を高めていく、ということを考えていくことが求められていると思います。そこで非常に大きな要素となるのは、日本が日本の歴史とどのように向き合うのか、そして、それへの反省というものを土台にして、どのように日本が国際社会の中で行動していくか、ということが、基本的には問われていると思います。
ドイツとの比較で言うと、ナチスのユダヤ人のホロコーストとか、ジェノサイドなど、本当にひどい国家的な犯罪で、日本は色々と言われていますが、そんなことはしていないわけです。にもかかわらず、村山談話では、日本は20世紀の前半に国策を誤り、と書いています。では、どのように誤ったのか、ということについて、国内的な総括が戦後なされませんでした。
唯一あるのが、極東軍事裁判で勝者の裁判ということです。それに対する漠然とした国民感情の反発がありますが、日本人自身が国策をどのように誤ったのか、誰の責任だったのか、それに対してきちんとした総括を今日まで行っていないというところに、私は懸念を持っています。
戦後の人たちが、ほとんど例外なく、学校教育は縄文時代から明治維新くらいまでで終わってしまい、それ以後の歴史については、きちんとした歴史教育というものが行われていません。若い人に聞いても歴史教育は受けていないという話がでます。政治家の人たちも例外ではないわけです。そういう状況で育ったわけですから、国策の誤りと言っても、その歴史的背景や責任のあり方を考えることはできないのです。
中国や韓国と日本がまったく同じような歴史認識を持つということは難しいと思います。ただ、基本的に南京事件で何万人死んだ、殺されたといったことの数字で議論することは私に言わせれば枝葉末節の話だと思います。事実としてどのくらいの人が日本軍によって殺されたのかということは、なかなかわかるものではありません。中国側も数字を大きく言うということもあるでしょう。しかし、本質的な問題は、国策を誤って、植民地支配と侵略戦争をやったということを、日本として受け入れるかどうかということなのです。
この植民地支配の問題でも、欧米だって植民地支配をしたではないか、侵略戦争と言っても国際的に確立した定義なんかないではないか、侵略かどうかということは、後世の歴史家が判断することだという人も往々にしています。しかし、後世の歴史家がどうとか言っても、日本が侵略戦争を行ったということでは、国際的な評価というものは、厳然としてあるのです。
植民地主義というものが正当化、正当視されないということが、20世紀になって、ひとつの歴史の大きな流れとして出てきたときに、日本が後発の植民地主義国として、欧米の国々がやったことを、いわば後追いしてやったわけです。そこに、基本的に村山談話で言う「国策の誤り」というものがあったと私は思うわけです。
そこのところが日本人の中で認識されていない。それが、戦前の日本がやった政策というものが、必ずしも一方的に非難されるべきものではない、自虐的な歴史観だという主張を招いており、それがだんだん強くなってきているという気がしてなりません。そこに大きな問題があるように思います。
日本は近代の歴史にきちんと向き合っていないのではないかという見方は、中国、韓国だけではなく、世界や東南アジアにも一般的にある見方です。シンガポールのゴ・チョクトン元首相も、最近の講演で私と似たようなことを言っています。東南アジアの国が、日本の過去のことは水に流して、良い関係になっていると思うことは、実は、若干甘いと思います。こうした見方は欧米にも強くあります。今の日本に問われていることは、そういう日本に対する見方に、どう反論するのかということなのです。
※第2話は3/10(金)に掲載します。
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2006年03月06日
「日本の外交 どこがおかしいのか」 / 発言者: 深川由起子

深川由起子(東京大学大学院総合文化研究科・教養学部教授)
ふかがわ・ゆきこ
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早稲田大学大学院商学研究科博士課程修了。日本貿易振興会海外調査部、(株)長銀総合研究所主任研究員等を経て、98年より現職。2000年に経済産業研究所ファカルティ・フェローを兼任。米国コロンビア大学日本経済研究センター客員研究員等を務める。主な著書に『韓国のしくみ』(中経出版)、『韓国・先進国経済論』(日本経済新聞社)、などがある。
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第6話:「外交反転の機会は内政改革から」

深川由起子(東京大学大学院総合文化研究科・教養学部教授)
ふかがわ・ゆきこ
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早稲田大学大学院商学研究科博士課程修了。日本貿易振興会海外調査部、(株)長銀総合研究所主任研究員等を経て、98年より現職。2000年に経済産業研究所ファカルティ・フェローを兼任。米国コロンビア大学日本経済研究センター客員研究員等を務める。主な著書に『韓国のしくみ』(中経出版)、『韓国・先進国経済論』(日本経済新聞社)、などがある。
「外交反転の機会は内政改革から」
前回選挙時の自民党のマニフェストにあった「凛とした外交」とやらは、またしてもこの「雰囲気」、情緒過多の体質を露呈した例でした。選挙には選挙戦略があり、もちろんやたらに複雑なこととくどくど説明することはできません。しかし、何が「凛とした」ことなのか、具体的政策もなく、「米国一辺倒ならアジアとの関係は長期的に改善する」という論拠は何なのか明示することもなく、このような情緒だけに訴えるのは何でも「雰囲気」で処理するレベルからの卒業できていないことを証明したようなものです。国民も恐らく、情緒過多体質の危険性を知っている層があり、その声が「中国や韓国から言うからではなく、自分のものとしての総括を」という声として上がってきているのではないかと思います。「凛とした」などという表現では自分できちんと総括する作業をし、論証と明確な論理を持った上で行動することと、自分の気分どおり、わがままに行動することとが全く区別できなくなってしまい、ますます欺瞞の批判を受け易くなると思います。
ただし、奇妙なことに、小泉政権はアジアとの間では摩擦を引き起こし、ワン・フレーズ政治による煽情性を維持してきましたが、反面、経済政策については八方に配慮し、「雰囲気」に流されて市場へのアピール感に乏しい政策を小出しにする伝統は引き継ぎませんでした。首相自らが“改革”の張本人となることを目指し、捨て身のポーズで責任を叫んだ結果、政治と行政の関係も激変したと思います。実はこうして国内政治では「雰囲気」に流された決定を脱皮しつつあるのに、外交ではこれによって失敗した過去を擁護するという大きな矛盾が続いてきたところがあるように思います。逆に言えば、アジア外交反転の本当の可能性は国内の思考や政策決定システムの転換に潜んでいるのではいるのではないかと思うのです。
単純化すれば戦争は国家戦略で起きるわけだし、国民がみんな死んでしまえば国家は存立しないので、当然のことながら犠牲を最小にして勝利することを目指すものだと思います。しかし、かつての戦争の末期には精神的にも追い詰められ、もはや死ぬことが目的であるかのような、一種の集団ヒステリーが「雰囲気」として支配していたところがあったのではないでしょうか。しかし、では何故、死ぬことが目的になったかと言えば、いろんなすり替えがあったのではないかと思います。最近ではノモンハンをめぐるさまざまな告発でも明らかにされてきたように、損耗が大きいかもしれないが、この作戦を途中でやめると、兵学校とか士官学校を一番で出た私が昇進できないから、この際しょうがないや、という次元の判断が本当はいろいろあったとすれば、それは小泉政権が批判してきた官僚の利己的自己保全、責任すり替えと共通の基盤があるのではないかと思います。これを批判して、自分は責任をとる、腹を切る、ということならば何故、同じように明快、論理的なことがアジア外交には出来ないのか、ということなのです。
多くの国民は「雰囲気」に流されることの危険性を学びつつあると思います。先般、海運会社の方から伺った話は印象的でした。湾岸戦争の際、物資を運ぶ仕事が持ちかけられ、その会社はこれを断ったそうですが、それには理由がありました。その会社は太平洋戦争時に海外に物資を運ぶ仕事を手がけました。「お国のため」という雰囲気には到底逆らえず、無理な命令に従い続け、利益がなかったわけではないが、実は海軍以上の確率で社員に死者を出した。末期になるとまともな友軍の保護もなくなった。しかし民間人だから靖国にも祭られず、年金も出ない。以来、どんなに儲かる話であっても、情緒的な「お国のため」の類の話には絶対に乗らない、が社是となった、のだそうです。
今後、消費税引き上げ、公務員削減をめぐる攻防は「ここまで財政を破綻させた責任は誰がとるか?」と不可分になると思いますが、国民は同様に財政危機キャンペーンの「雰囲気」で増税を押し切られることには強い不満を持っていると思います。景気がここまで回復するまでに民間はどれだけの努力を払ってきたか。企業は信用収縮に苦しみ、資産を切り売りし、合併させられ、個人は長年まじめに尽くしてきた会社にリストラされ、給料が下がり、10時間を越える海外出張をエコノミークラスでこなすような、いじましい努力を経て利益が出せるまでに改革をしてきたわけです。これに比べれば不祥事の続く公的セクターの努力は驚くほど不十分、というのが一般的感覚でしょう。官僚組織はコストを積み上げて行って予算を策定しますが、民間は予算これだけの中でどうにか辻褄を合わせて目標を達成しようとします。官僚たちの言う最近は厳しくなった、だから時系列では努力しているのだ、という論理とは違うのです。財政危機ならある予算の範囲で政策を達成する方法を工夫すべきですし、その中でここまでの危機を招いた責任も自ずと明らかになってくるところがあると思います。水のもれている蛇口そのままに増税だけを押し付けられたのでは国民は到底、納得できないでしょう。公的セクターの堕落には政治にも政治の罪が、役所にも役所の罪があり、両成敗で身奇麗になると共に、「ここまでやるか」という努力を見せてもらうことが民間の協力を引き出すためにも必要だと思います。
実はこの過程がアジア外交にもそのまま応用できるところがあると思うのです。率直に言ってアジアの大衆は靖国神社について詳しく知っているわけではありません。日本人の若者でも外交問題になって初めて常識程度のことが分かった、という人は少なくないでしょう。まして日本語の出来ない外国人が詳しく知っているわけなどないのです。そしてその無知が記号化を通じて国内政治に利用されてきた側面もないとは言えないかもしれません。
しかし「だから取り合う必要はなく、説明する必要もない」と言い続け、思考停止を決め込むのはあまりに怠慢すぎ、傲慢すぎます。もう景気が立ち直ったから良いではないか、さあ増税だ、というのと、日本はさんざん援助し、アジアは成長したではないか、もう全ては帳消しだ、というのにはどこか似た問題のすり替えがないでしょうか。国民が増税の前に「ここまでやるか」を政府に求めているのと同様、アジアも日本人による日本人のための総括に「ここまでやるか」を求めているのではないかと思います。この点で小手先の外交政策をどれほど繰り出したところで、現状の打開策になることはないでしょう。自らの総括と共に、そのプロセスを思い切った強力さで外部に情報発信し、徹底した説明責任を果して外交攻勢に転じることが日本の立場を再構築することにつながると思います。それは新しいことに取り組むことではありません。改革で内政に問われている常識的な責任の明確化、説明責任を外交に延長するに過ぎません。そして内政・外交が一体化した一貫性を持つことによって初めて日本人の最大の長所である真摯さ、まじめさ、それに優しさが生き、不得手な戦略性を補う土着的な外交パワーを持てるのではないかと思います。
※本テーマにおける深川由起子さんの発言は以上です。
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※次回3/8(水)の発言者は栗山尚一氏です。引きつづきご期待ください。
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2006年03月04日
第5話:「責任のとれる体制は曖昧な意思決定過程の排除から」

深川由起子(東京大学大学院総合文化研究科・教養学部教授)
ふかがわ・ゆきこ
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早稲田大学大学院商学研究科博士課程修了。日本貿易振興会海外調査部、(株)長銀総合研究所主任研究員等を経て、98年より現職。2000年に経済産業研究所ファカルティ・フェローを兼任。米国コロンビア大学日本経済研究センター客員研究員等を務める。主な著書に『韓国のしくみ』(中経出版)、『韓国・先進国経済論』(日本経済新聞社)、などがある。
「責任のとれる体制は曖昧な意思決定過程の排除から」
先日、中国出身で日本で起業し、成功した人が「日本人はリスクを取らな過ぎるか、無謀に取りすぎるかのどちらかで極端だ」と評していました。これはいろんなことに言えるのではないかと思います。
さすがに先般の金融危機で、自分の預金を銀行一行に集約しておくことの危険性は学んだようですが、もともとリスクを分散するとか、保険をかけておいて、最悪の場合でもこれだけは残るというのを確保するとか、といったことがあまり得意ではない気がします。特に一定の思い込みに支配されてしまうと、合理的なリスク分散が何だか「相手に対する信頼のなさ」とか、「非積極的な姿勢」とかといった感情的な次元で捉えられてしまい、「じゃぁ、思ったようにいかなかった時どうするんでしょう?」というのは実は考えていなかったりもします。これではリスクをとっていないようでいて、状況次第では巨大なリスクをとることになります。「日はまた昇る」式の楽観に無意識のうちに囚われているのかもしれません。しかし、根拠のない楽観は根拠のない悲観に劣らず有害になり得ます。
外交にも同じようなことが言えるように思います。ポスト冷戦の国際社会は複雑で冷戦時代のようなイデオロギーによる単一軸はもはや存在しておらず、合従連衡が繰り返されています。イデオロギーなき後、地域主義が世界的に台頭してきたのは自然な成り行きといえるでしょう。何故なら、地理的に近接する国には必ず古来からの交流の歴史があり、文化的接触があります。交流は文明を共有し、相互の影響によって文化的繁栄につながることもあれば、宗教や民族をめぐる摩擦、最悪の場合には戦争といったことにもつながります。鳥インフルエンザのような疫病が流行ればたちまち拡散し、戦争で難民が発生すればすぐに流入します。従って物理的に、またイデオロギーからの開放によって国境が低くなればなるほど、近隣の出来事は遠い世界の出来事よりも影響が大きくなり、とりあえず近隣で問題を早く解決しようとか、まとまって他地域に対抗しよう、という発想が生まれます。
欧州連合には米国、アジアとそれぞれ競争せねばならない、という現実認識があったと思います。東アジアの場合には通貨危機があり、これに結束して対応することが初めての地域主義を生みました。その立役者となったのは1ドルも支援しなかった米国に対し、600億ドルもコミットした日本で、ASEAN+3(日韓中)という枠組みが東アジア地域主義の基本的枠組みとなりました。
しかしながら、その後は中国の外交攻勢にあい、さらに靖国問題を始めとした一連の日中摩擦が続くことで日本は自分の作ったASEAN+3の枠組みを自分で壊す行動を始めました。05年末の東アジア・サミットにインド、豪州・ニュージーランドを入れ、アメリカまでを入れようとしたのは典型例で、中国はこれを逆手にとって、日中関係以外で他の東アジアにも「一貫性がなく、頼りにならない日本」を積極的にアピールし、それなりに成功してきたと思います。ポスト通貨危機では日本は支援はしましたが、実は自分自身が不況を続けていたため、東アジア各国に市場を提供できたわけではありません。
それができたのはWTO加盟を果たした中国で、今や東アジアにとって中国の市場潜在性は抗し難いものとなっています。持続性のない援助や、ワン・ショットの経済支援より、持続的な市場提供の方が強いカードなのは当然です。もちろん、華人問題を抱えるASEANにとっては中国の見方は複雑ですし、北朝鮮を抱える韓国と言えども事実上、中国の誘いを断って米韓FTAの優先交渉を決定したわけですから、単純ではありません。しかし、靖国問題を巡ってケンカを売り続けたことは「アジア無視、対米一辺倒の日本」「アジアの力になれない日本」というレッテルを日本に貼る絶好の機会を中国に提供し、日本にとっては大きな損失をもたらしたといえると思います。
そもそも中国は日本のアジア通貨基金(AMF)構想を米国と組んで潰した国ですから、ASEAN+3が途中でうまく行かなくなる事態は当初から存在していました。しかし、いつもどおり、日本には「うまく進まなかった時はどうするか?」の戦略は用意されていませんでした。そして地域主義全体における大局的判断がないまま、靖国問題はズルズルと個別の技術論や感情論、政局の道具として引きずられ、正面から向き合うリスクをとらないまま、より大きなリスク、つまりアジアの対日不信増幅というリスクに直面するようになったのです。
日本以外の国では良かれ、悪しかれ、何か大きな動きが始まる時には「張本人」とみなされる、明確なリーダーシップが存在し、失敗した場合にはその人及び関連一派が処断されて新しい動きが始まります。大統領制なら制度そのものがこれを助長する傾向を持ちますし、内閣制の国でもクール・ブリタニカで英国が蘇る過程ではこうした試行錯誤が多々繰り返されてきました。
しかし、日本では必ずしも論理的な思考や目線の高い戦略を明示的に誰かが決断するのではなく、「その時はそういう雰囲気だったのだ」という曖昧な思考、曖昧な責任で決まっていることが少なからずあります。日本人の間ではそれでも意思決定に至る“潮目”を誰が作ったか、などで何となく了解できているかもしれませんが、それが必ずしもポストに関係ない人であったりもしますし、外国人には到底、理解できない曖昧な意思決定過程が存在していると思います。曖昧な意思決定は責任の所在を曖昧にし、責任断罪を経た転換に比べて方向転換において速度が落ちるのは当然だと思います。日本人にとってはそれは単一民族、同質社会の中で正面衝突を避ける「和」のシステムであり、であればこそ、靖国に関連して「死ねばみんな神になる」とか、戦犯を外す、外さないは意味がない、というような議論が生まれてくるのではないかと思います。
しかし、戦争といった重要な決定が「雰囲気」といった感覚的な表現で説明されることは外国人にとっては誰も責任をとらないシステムとしか理解されないでしょう。被害感が強く、責任追及と見せしめ文化を持つ中国や韓国はもちろんですが、初めに法律ありき、の欧米人にとっても全く、理解不能な構造だと思います。さらに明らかに無謀・無能な作戦で犠牲になった方の遺族たちからも指導層に対する「本当は死ななくて済んだのでは」という疑問や批判が噴出してこないことも国際的には不思議に見えるでしょう。日本人がどう決意していようと、近隣国は自分自身による総括のない国にはまた同じことを繰り返す危険があると思っており、この疑心がある限り、政府開発援助(ODA)のバラマキも、そこで日本人が示してきた個々の誠意も帳消しなのです。
さらに始末に悪いことに、日本が記録とその保存、ということに関しては非常に几帳面な国であり、本気で調査し、総括しようとすれば自分たちより遥かに高い能力を持っていることをアジアはよく知っています。であればこそそれをしない日本にさらに大きなストレスが溜まってゆくことになるのです。
※第6話は3/6(月)に掲載します。
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投稿者 gnpo : 13:12 | コメント (0) | トラックバック
2006年03月02日
第4話:「現実を直視する勇気こそ必要」

深川由起子(東京大学大学院総合文化研究科・教養学部教授)
ふかがわ・ゆきこ
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早稲田大学大学院商学研究科博士課程修了。日本貿易振興会海外調査部、(株)長銀総合研究所主任研究員等を経て、98年より現職。2000年に経済産業研究所ファカルティ・フェローを兼任。米国コロンビア大学日本経済研究センター客員研究員等を務める。主な著書に『韓国のしくみ』(中経出版)、『韓国・先進国経済論』(日本経済新聞社)、などがある。
「現実を直視する勇気こそ必要」
中国の反日運動は北京の暴動だけが報道を通じて印象に残りましたが、しかし、実は米国の中国系はもちろん、反日はもはや彼らの強力なロビーによって米国に強い影響力を持つユダヤ系社会にまで浸透しつつあります。日中戦争の話はいつの間にか東洋版ホロ・コーストに仕立て上げられ、英語のできない日本人が国内で日本語で正当性などを論じている間に、事態はより不利に変わっているのです。もちろん、米国内の中国民主化勢力は中国政府と同じ価値観に立っているわけでありませんが、それでも歴史問題では一緒に行動することができ、中国にとっての反日はバイ以上に使い勝手のあるカードなのです。
一方、米国は伝統的に東アジアが結束することには強い警戒心を持っており、日本と中国を天秤にかけながら、東アジアにおけるポジションを確保する手法をとってきました。こうした米国にとって、日中の争いは絶好のチャンスを与えることになります。そう考えると、日本の国内だけしか見ない外交政策は中国に対しても、米国に対しても同時に外交ポジションを弱め、このままでは孤立のリスクさえ懸念されるようになるかもしれません。
もちろん、自ら孤立を望む選択肢というのもあるわけですが、日本の場合、そこまで覚悟があってやっているわけでもないでしょう。現状の世論は中国を中心とするアジア民族主義に違和感があり、他方で歴史観に乏しく、徹底した国益主義の米国にも生理的、センチメンタルな反発が残る、という中途半端なもののように思えます。合理性を無視した民族主義、精神主義の昂揚で自ら戦争に敗北し、悲惨な体験をした日本人の一定年齢以上の世代には、民族主義暴走に対する、本能的アレルギーがあっても不思議ではありません。
また、より若い世代は繰り返しTV画面に流れるウィーン条約を無視した、中国民衆の大使館攻撃とか、或いは韓国の親日派追及や、いとも容易に遡及立法をしてしまうような体制に法治主義の欠落を感じるのかもしれません。言論の自由に対する体制の差もありますが、すっかり多元主義・個人主義が浸透し、意見がまとまらないことが常態と化した日本に比べ、一定のキャンペーンがたやすく社会を動員できるアジアに対し、不気味さを覚えることも少なくないと思えます。こうした違和感と比較すれば、もはや日本人にとっては例え言葉が通じなかろうと、文化的紐帯がなかろうと、個人主義の欧米人といることの方が却って楽だ、という感覚があるのでしょう。
しかし、他方で日本が欧米社会で生きてきたのはせいぜい明治以来、せいぜい150年あまりに過ぎず、歴史の桎梏は現代にも常に形を変えてのしかかります。マホメッド風刺画をめぐるイスラム圏との対立や、中東問題で欧米と足並みを一応、揃えたとはいっても、日本は所詮、歴史感覚を持ってこれに付き合えているわけではないはずです。そしてこうした姿勢を共有するのはやはりイスラム教の影響が少ない東アジア圏しかないと思います。反面、中華思想とそれへの生理的反発など、当然のことながら東アジアには「自然のメンバー」しか理解しようのない、地域固有の「しがらみ」が共有されています。アジアに位置し、長い歴史や文化を共有してきたことは否定のしようがないのです。米国に寄っていると思っていても、「では米国のような強烈な自己主張社会、競争社会になりたいですか?」と問われれば大多数の日本人は(実際にはすっかり失っているにせよ)未だ「謙譲の美徳」とか「判官びいき」とか、東洋的なセンチメントを放棄したくないと答えるのではないでしょうか。
結局、米国との運命共同体化には不安を覚え、東洋的世界を放棄したくはないが、かといって最近のアジアにも付き合い切れない日本にとって、一番安易な道は思考停止だったように思います。
思考を停止すれば、唯一の先進国・日本と貧困・圧制のアジアという旧来図式に逃げ帰ることができ、経済的・軍事的に膨張する中国とか、総合電機メーカー8社を束ねても三星電子1社の利益が出ない、といった現実から逃避することができるからです。そしてここでは欧米が日本のキャッチアップをいかに嫌々でも受け入れてきたか、例えば欧州が仕方なく、日本人のブランド買い大衆観光を引き受けてきたか、など自らを相対化する思考も放棄することもできます。
しかし、問題はこれが不良債権問題先送りがそうであったように、持続不可能であり、無為のうちにより事態を深刻にさせつつある、という点なのです。日本はアジアから引っ越すことはできません。勇気を持って現実を直視し、対応を議論することが本当の意味での「凛とした」外交を支えるし、アジアもまた横綱相撲のとれる日本、国力にふさわしい広く、深い思考を持った日本を期待しているのです。
※第5話は3/4(土)に掲載します。
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