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2006年09月29日
日中の相互不信とメディアの役割/第9回:「中国のメディアと言論の自由」

「第9回/中国のメディアと言論の自由」の発言者

範士明(北京大学国際関係学院助教授、博士)
ファン・シミン
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1967年中国吉林長春に生まれ、主に国際関係の中のニュースの伝播、中米関係、公衆世論の問題などを研究することに従事していた。《中米の関係史》、《メディアと国際関係》などの課程を講義し、国内外の雑誌の上で著述した論文を発表した。範士明は北京大学で法律学の学士(1990)、法律学の修士(1993)、法律学博士(1999)の学位を取った。米国のハーバード大学の費正清東アジア研究センター(1998)を訪問、研究したことがある。そして日本新潟大学(2001-2002)、東アジア大学(2004)などでは、客員教授を担当したことがある。

山田孝男(毎日新聞東京本社編集局総務)
やまだ・たかお
1952年東京生まれ。75年早大政経学部を卒業し、毎日新聞入社。長崎支局、西部本社報道部、東京本社社会部を経て84年から政治部を中心に活動。政治部長、東京本社編集局次長を経て06年から現職。

劉北憲(中国新聞社常務副社長兼副編集長、「中国新聞周刊」社長、高級編集者)
リィウ・ベイシエン
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1983年大学卒後中国新聞社入社以来、編集役、ジャーナリスト、社会の反響を呼んだ一部の報道記事を書き、編集。中国新聞社編集長室副主任、主任、報道部主任。90年代初任副編集長として、重要ニュースの企画、報道を担当。1997年香港に派遣を受け香港分社長兼任編集長。2000年本社に帰還、副社長兼任副編集長。2004年常務副社長兼任副編集長。2002年より『中国新聞周刊』社長、一度編集長を兼任。

木村伊量(朝日新聞ヨーロッパ総局長)
きむら・ただかず
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1953年生まれ。76年早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。同年朝日新聞社入社。82年東京本社政治部。93年米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員、94年ワシントン特派員。政治部次長、社長秘書役、論説委員(政治、外交、安全保障担当)を歴任し、2002年政治部長。編集局長補佐を経て2005年6月東京本社編集局長。2006年2月より現職。共著に「湾岸戦争と日本」、「竹下派支配」、「ヨーロッパの社会主義」等。

熊澄宇(清華大学教授)
ション・チョンユィ
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1954年生まれ。米国ブリンガムヤング大学にて博士号取得、清華大学教授、文化産業研究センター主任、ニューメディア研究センター主任。国家情報化専門家諮問委員会委員、教育部報道学教学指導委員会委員、国家新聞出版総署(国家版権局)新聞業顧問。多くの高等教育機関で客員教授を務める。これまでに中国共産党中央政治局の招聘に応じ、集団学習の講義を持ち、国家の重大プロジェクトの指揮及び起草業務に数多く参与する。学術著作8冊を出版。
「中国のメディアと言論の自由」
範士明
昨年、議論をするときに、私からこのような言い方で申し上げたと思います。メディアの報道は大体3つの影響を受けると。1つはポリティックス――政治、そしてパブリック――公共、そして最後にポピュラリティーもしくはプロフィティー、同じ意味であります。メディアが報道するときに、どうしても異なる方面からの影響に配慮しなければならない。そして自分の利益を考えなければなりません。そして社会の良識としての位置づけを考えなければならない。そして避けられないことに、政治への配慮もあるでしょう。このような影響はどの国でもあるかと思います。
すなわち、繰り返しになりますが、メディアは政治の影響を受けている。これは各国において同じ現象が見られます。しかも、政府にしてみれば、どの国であっても、それがアメリカ、日本、中国を問わずして、自分にとって有利な報道をしてもらいたいというモチベーションがあるでしょう。これが1番目です。
そして2つ目に、メディアの多元化、そして開放、オープンになったことです。
そして、恐らく、中国はもっと言論の自由化に踏み切れば、中国の政治体制そのものに影響を与えるのではないか、切り崩されていくのではないかという問いです。
ただし、その問題提起には仮説があると思います。すなわち情報がオープンになった、そして情報が自由に流動する、これによって民主が生まれるという仮説があると思います。
私は学校で教育に携わっている者ですから、少なくとも我々の既存の学術研究の中で、これを裏づけるような根拠はないと思います。情報をオープンにすることによって、それが民主につながるというようなしっかりした根拠はありません。むしろ政治面の民主によって情報がよりオープンになるというような結果が得られております。
ですので、私の理解である中国の現状について申し上げますと、片や、中国は確かに昔と比べて情報がオープンになって、しかも多元化しております。ただし、もう一方、中国政府は、現在、情報の管理、マネジメントをするとき、積極的に情報資源を活用するという能力がむしろ高まっていると思います。
現在の中国においては新しいバランスが構築されております。すなわち、情報がより多元化され、しかも自由になっております。それと同時に、政府は新しい技術その他を駆使してメディアマネジメントをしている。情報の管理、ニュースの管理能力そのものも高まっております。絶えず新しいバランスが形成されているという状況にあるかと思います。
山田孝男
今、範先生はどこの国でも政治的なプレッシャーはあるとお話しになりました。大きな意味ではそうでしょうが、やはり日本と中国では現状は違うだろうと思います。日本には検閲はありませんし、政府の意思によって定期刊行物が廃刊になるというようなこともありません。
私は先ほどのご指摘で、日中関係が悪化した原因として、やはり日本側の歴史認識というご指摘があったので、また重ねて伺うわけですが、そうしますと、中国側の歴史認識というものはどういう性格の世論なのか、認識なのかということです。
それを少し角度を変えて言いますと、ことしの1月だったと思いますが、日本のメディアでも大変話題になった週刊誌『氷点』の発行停止問題があります。当時の報道から思い出しますと、私の理解では、要するに中国での歴史認識、近代史の認識、特に1900年の義和団の乱における従来の歴史認識とは違う見解、つまり中国側にも、義和団の側にも悪い点があったという指摘です。
それから、日本の歴史教科書です。新しい歴史教科書をつくる会でしたか、この問題。日本での教科書の採択率がたしか0.4%にとどまっていて、要するに日本の教科書には非常に多様性があるけれども、中国ではそうでもないというようなことが指摘された。つまり、従来の中国の見解とは違うことを掲載したために廃刊になったのだということです。
報道で承知していることですが、この私の認識はゆがんでいるのでしょうか。
劉北憲
では、この問題は私からお答えしたいと思います。
決して、政府の機関が『氷点』に対してそのような決定をしたということではありません。中国青年報の直接の上級部門が『氷点』の責任者に対して、ある問題について新しい認識を持っている。確かにそれはそうなのですが、そして最終的に『氷点』は継続して発行が可能になりました。決して停刊されたということではありません。
木村伊量
きのう、劉先生ともお話をしたことは、同じメディアと言っても成り立ちも違うし国の体制も違うし、それぞれが抱える問題も違うわけですから、お互いの違いをことさら言い立てても仕方がない。しかしながら、やはりいつも疑問に思っていることは、タブーなく、こういう場で見解を披露しあって疑問点を解消していくことから始めたい。私はむしろ中国の側の皆さんから、日本のメディアのあり方はこれでよいのか、常日ごろ中国で見ていて、この報道は少しおかしいのではないかということがありましたら、遠慮なく言っていただきたい。
熊澄宇
私たちが討論をしていることは、メディアが日中関係の推進にどう役割を果たすかということですが、私は前半でメディア自身の特徴とメディアに対する認識を話しました。そして山田先生は例を出されました。それは1つの現象に対してどう見るかということです。
例えば日本の瀋陽の領事館の事件の報道についておっしゃいました。それはその画面上で、とても視聴率がとれると考えたので、そういう絵を使ったということがありました。この絵は思想、イデオロギーとは何の関係もないものです。それは1つの報道ですとおっしゃいました。恐らくそれはニュースに携わる方の認識だと思いますが、私たちの国は文化の背景も社会体制も違います。メディア観、メディアに対する観念も考え方も違います。
といいますのは、どういう報道が中立で客観的なものであるか、何が主観的で、偏って、何か意図を持ったものであるかということになります。私は幾つかのタイトルを読んでみたいと思います。それは日本の新聞の社説のタイトルです。それは去年の4月、対日デモ、反日デモがあったとき以降のものです。
毎日新聞の社説は、中国の反日の波は非常に深層に至ったものである。それから、中国のリスクをいち早く解消しよう。また、中国の反日の風潮の、これは市場経済の国の恨みが骨髄に達したというものです。それから中国に関する環境がどう変わっていくのか。また、日中関係を超えて第一歩を踏み出そうというものでした。このようなタイトルのものが社説として出ておりました。
もう1つの新聞のタイトルを読みたいと思います。最初のものです。デモがコントロールできなかった、ですから、また起こるのではないかということです。もう1つは、デモが広がりつつある、中国の責任は明確だ。3番目は、日中外相会談は説得力のある姿勢が必要だ、中国は大国の責任を果たすべきだ、反日デモについては中国のリスクの本質を見るべきだ、反日デモの暴動化をなぜコントロールしないのか。日中外相会談において中国側が謝らないのは理解できない、謝罪の握手もなかった、何の意味もない。
同じ事件でタイトルがいろいろに変わってきています。メディアの言葉の使い方からわかるように、主観的な、あるいは中立的な、偏ったタイトルがあることがわかります。
メディアは社会の発展の過程の中で、確かに重要な大きな役割を果たします。政府と大衆の間の世論の世界の中で、政府も発言をしますし、一般大衆も何か意見を言うスタイルがあります。しかし、メディアというものは社会の空気として、社会の良心として、社会の公器として、その良心として、良識を持って、そして自律、自分で自己を律する必要があります。どのように問題を見るか、どのようにそれを書くか、その出発点が必要です。
多くの方がおっしゃいますが、よく中国の言論の自由に話が及びます。私の理解を申し上げますと、言論の自由というものは公民が自分の考え方を述べる空間における権利ということだと思います。社会が違えば社会の発展段階も違います。言論の自由についても違った認識や違った発展のプロセスがあります。
しかし、中国の国情と社会制度が違います。これは西側の国とは違うものです。国が違えば、その国民は自分の国の制度について選択の余地もあります。私たちは中国の制度をほかの国に押しつけるつもりもありませんし、ほかの国の制度を中国に押しつけてほしくもないのです。国によって国情も社会制度も違いますから、私たちは各国の選択を尊重します。そして自分の国は自分の国の選択を尊重すべきです。
※第10話は10/1(日)に掲載します。
※以下にコメント投稿欄がございます。皆さんのご意見をお待ちしております。
(尚、戴いたコメントは担当者が選択し ”日本のメディアに物申す!/コメントする・見る” ページにも掲載させて頂きます。どうぞご了承ください。)
2006年09月27日
日中の相互不信とメディアの役割/第8回:「中国のインターネットメディアの実態はどうか」

「第8回/中国のインターネットメディアの実態はどうか」の発言者

木村伊量(朝日新聞ヨーロッパ総局長)
きむら・ただかず
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1953年生まれ。76年早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。同年朝日新聞社入社。82年東京本社政治部。93年米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員、94年ワシントン特派員。政治部次長、社長秘書役、論説委員(政治、外交、安全保障担当)を歴任し、2002年政治部長。編集局長補佐を経て2005年6月東京本社編集局長。2006年2月より現職。共著に「湾岸戦争と日本」、「竹下派支配」、「ヨーロッパの社会主義」等。

熊澄宇(清華大学教授)
ション・チョンユィ
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1954年生まれ。米国ブリンガムヤング大学にて博士号取得、清華大学教授、文化産業研究センター主任、ニューメディア研究センター主任。国家情報化専門家諮問委員会委員、教育部報道学教学指導委員会委員、国家新聞出版総署(国家版権局)新聞業顧問。多くの高等教育機関で客員教授を務める。これまでに中国共産党中央政治局の招聘に応じ、集団学習の講義を持ち、国家の重大プロジェクトの指揮及び起草業務に数多く参与する。学術著作8冊を出版。
「中国のインターネットメディアの実態はどうか」
木村伊量
昨年のフォーラムで範士明先生のお話を伺った中に、メディアというものは、とにかく3つのPの影響を受けているという指摘がありました。1つはパブリック、公共性という問題、それからポリティックス、政治性、もう1つはポピュラリティー、いわば通俗性ということでしょうか。
さきほどのお話の中で1つ私がわからないことは、やはり報道に携わっている者はプレッシャーを感じるというようなことでした。これは私の誤解なのかもしれませんが、これは何らかの政治的なプレッシャーということなのでしょうか。そのあたりも含めて少し詳しくお話をお伺いできればと思っております。
もう1つは、先ほど来出ていますが、いわゆるメディアでも非常に多角化した、多様化しているという話が熊先生の方からもありました。現在、中国のインターネット人口は非常に増えてきていると聞きます。
しかしながら、インターネットの属性といいますか、これは昨年もこの会議で議論になったところですが、インターネットはいろいろな雑多な情報、中には必ずしも信頼の置けないものも含まれています。それが日中間の感情的な対立をあおるような道具に結果としてなってはいないのか。
それから、このインターネットという地球大に瞬く間に広がるメディアの性質を考えると、本当に中国という今の国家のあり方、社会のあり方とどのように共存ができるのでしょうか。ひょっとすると中国の社会体制を突き崩すような動きになりはしないか。
熊澄宇
ネットの出現と、ネットのプラットホーム、サイバースペースの出現は、全く新たな状況をもたらしています。ネットワークというものはサイバースペースとして、サイバーなものではありますが、リアルな社会を直接反映するものです。人類社会を離れて存在することはできません。ですから、ネットでもいろいろなことが起こります。それはリアルな社会を反映しているものなのです。
そして中国のネットワーク、インターネットの中でも新たなメディアがあらわれています。それもまた社会の進歩を反映しているものです。以前見たことがありますものは、ウェブサイト、ポータルサイトやニュースサイトを通じてニュースを発信して国民と交流をするというものです。BBSという形もあらわれました。ニュースグループというものもあります。それは1つのプラットホームでみんなが交流をするというものです。
それから、ここ2年、ブログが出現しました。数百万から数千万のブログ人口が広がっています。こういう新たな情勢は、実際には社会の開放をあらわしています。
私は情報を出したことがありますが、すべてのメディアには先決条件があります。それは、すべて認可を得なければ発表できないということです。日本の新聞も同じではないでしょうか。記者が取材をして、その後、上の人に許可を得ます。例えば編集長とか編集部の人ですね。許可を得て発表するという形になると思います。
ブログはパーソナルに情報発信をするプラットホームですが、これには認可を得るというプロセスがないわけです。そして中国の現状を見ますと、法律に違反しない限りは、ネット上で個人的に興味のある情報を発信することができるわけです。
ブログでアクセス数が一番多いものは3つあると思います。第1には政治家のブログです。そういう現象は世界じゅうにあると思います。政治家は有権者とインタラクティブに交流する必要があります。
第2には、もっと多いアクセス数になりますが、これは例えば芸能人のものですね。芸能界の人にはファンというマーケットがあります。影響力もあります。それはよいニュースでも悪いニュースでもたくさん、日々発生します。中国も同じです。中国でも芸能人のブログには非常に人気があります。
それから3番目に、企業家のブログですね。こういったブログを通じて企業の知名度を上げていくということがあります。
実際には、今は共存をしながらイノベーションをしていくという状況があると思います。新聞でもテレビでもネットでも、メディアの形は共存しているという状況があると思います。そして相互に補うという関係でもあります。人によってメディアに対するニーズは違います。また、メディアによって強みも違います。例えばテレビは直接画面を見られます。そしてネットであれば情報の伝達が速いです。また、新聞は保存することができます。このように相互補完の関係があります。そして融合という現状もあります。例えばそれは、ともにそれぞれ変化をし合っています。今、中国の一部の新聞にたくさんページがあるということは普通の状況になっています。新聞が雑誌に近くなってきているのです。
中国のネットについてはいろいろな考え方もあります。批判する方もいます。中国のネットの管理はきつ過ぎると言う人もいます。ことしの5月、私はアメリカのコロンビア大学の教授に会いました。その人は“だれがメディアをコントロールするか”という本を書きました。彼とディスカッションをしました。彼は、ネットワークがあらわれ始めたばかりのときは、ネットというものは皆コントロールできないものだと考えていました。その原理は、これは戦争に対応するためのものであって、破壊できないものだという考え方がありました。しかし、ネットにもさまざまな制限があります。例えば技術上の制約です。もう1つには政治、文化、民族、言葉の違いによる制限、制約があります。ですから、コントロールできないと思われていたネットワークが、実際にはコントロールされるようになっているということは、人々の認識の高まりであるかもしれません。そして、だれがネットをコントロールしているか。そして政府がコントロールしているという結論に達しています。それは中国もほかの国もそうです。
そのときに私は個人的な考えを述べましたが、ネットを発展させるためには秩序立ったスペースが必要だということです。秩序があるということは、ある程度の管理があるということです。秩序がなければ発展ができないということです。例えばそれは道路の信号のようなものです。この管理をどのようにしていくかが問題です。中国政府のネットに対する管理については、私も考えを述べたことがあります。幾つかの考え方を述べました。
1点目に、ネットで何かが起きれば、それはネットがあるから起きたのではないのかもしれません。それはネットがないときにもあったかもしれません。それは人がいれば、よい人も悪い人もいます。ネットはその上で人が活動しているものですから、よいことをする人もいるし、悪いことをする人もいます。ネットがあるから悪い人があらわれたというわけではありません。この認識は因果関係の問題なのです。
それから、ネットの発展の過程において、私たちの管理ですが、発展のためにある程度のスペースを残しておく必要があります。新しい技術はどんどん発展しています。私たちの管理は社会を前に動かしていくための管理です。ですから、発展をさせるということを前提として管理をしなくてはいけません。
そして、ネット上の管理は国際的な考え方とリンクしていかなければいけません。それは、このネットというものは国際的なプラットホームです。そしてプロトコルは国際的に共通のプラットホームを使っています。
そして、国によって国情が違い、文化の背景も違い、政治の制度も違います。ですから、それは国によって調整が可能です。
しかし、中国のネットワークとニューメディアの出現は、ある程度社会の変革を後押ししています。ニュースとそのほかの情報がよりオープンになるために、社会の発展に役割を果たしています。
※第9話は9/29(金)に掲載します。
※以下にコメント投稿欄がございます。皆さんのご意見をお待ちしております。
(尚、戴いたコメントは担当者が選択し ”日本のメディアに物申す!/コメントする・見る” ページにも掲載させて頂きます。どうぞご了承ください。)
2006年09月25日
日中の相互不信とメディアの役割/第7回:「日本の歴史認識の問題点は何か」

「第7回/日本の歴史認識の問題点は何か」の発言者

添谷芳秀(慶応義塾大学法学部教授)
そえや・よしひで
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1955年生まれ。79年上智大学外国語学部卒業。81年同大学大学院国際関係論専攻・修士課程修了。同大学国際関係研究所助手を経て87年米ミシガン大学大学院国際政治学博士(Ph.D)、同年平和安全保障研究所研究員、88年慶応大学法学部専任講師、91年同助教授の後、95年より現職。専門は東アジア国際政治、日本外交。主著書に『日本外交と中国 1945―1972』(慶應義塾大学出版会、1995年)、Japan's Economic Diplomacy with China (Oxford University Press, 1998)、『日本の「ミドルパワー」外交―戦後日本の選択と構想』(ちくま新書、2005年)などがある。

今井義典(日本放送協会解説主幹)
いまい・よしのり
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1944年生まれ。68年日本放送協会(NHK)に入り、地方局、国際部などを経て、ワシントンおよびニューヨーク特派員。95年から3年間はヨーロッパ総局長。この間86年から朝の「ニュースワイド」、93年から「おはよう日本」のキャスターをそれぞれ2年間担当。その後国際放送局長、解説委員長を経て、現在は解説主幹。
「日本の歴史認識の問題点は何か」
添谷芳秀
私が1つ思っていたのは、小林さんのコメントと関連するのですが、軍国主義にしても、民族主義、国家主義にしても、こういう「主義」という立て方にそれなりの問題が潜むということなのだろうと思います。我々が日本国内で日本における民族主義的な雰囲気、あるいは国家主義的な雰囲気というものを感じているということは全くそのとおりだと思いますが、ここで多少、先ほどの問題提起を一歩進めますと、我々が日本的なコンテキストでそれを取り上げている取り上げ方と、中国の方から日本を見て同じような心配をなさるということは、必ずしも同じことではないのではないかということが、あえて言えばさらなる問題提起ということになろうかと思います。
1つだけ具体的なことを申し上げますと、これは必ずしも中国だけではなくて韓国でもそうですし、あるいは東南アジア、それから欧米にも一部そういう見方があるわけですが、特に小泉内閣になってからの日本の一連の外交政策に対する解釈です。例えばイラクへの自衛隊派遣、小泉首相による靖国訪問、それから、いわゆるアジア外交全般、日米のミサイルディフェンス防衛の問題、場合によっては台湾問題に対する日本政府の変わりつつある姿勢等が、いわゆるこういう国家主義であるとか、民族主義というような理解の中で一連の体系を持った日本外交の変化である、システマティックな変化であるというような理解がかなり常識的に語られます。、例えば中国の側に存在するのだろうではそうした傾向が強いと思いますけれども、日本国内で見ていると、それらはかなりばらばらに起きている、別々の脈絡コンテキストでそれぞれの背景を持って起きている出来事なわけです。そこに国家主義であるとか民族主義というような枠組みでもって、最近の日本の政治の変化の雰囲気を体系的に理解してしまうというのは、私は必ずしも正しいと思っておりませんし、なおかつそういう前提で中国メディアが日本に起きている政治的な出来事もを解釈されし、それが中国の人々に伝えられるということは、最初に申し上げた、間違った前提での相互理解ということの一面なのだろう。これは最初に申し上げた日本側の中国理解にも同じようなことがあるわけです。例えば、中国外交すべてを共産党支配体制のもとでの体系的な対日政策であるかのような解釈が日本国内でも現にあるし、恐らくふえているのだろうと思います。しかしそして、その構図自体の中でマスメディアが果たす役割というのは実はかなり大きいのではないか。
今井義典
張さんのおっしゃられたドイツのナチスの問題と日本との比較について、私の知っている限りのポイントをはっきりさせておきたいと思います。
1つは、中国との戦争、歴史の中における日中戦争についての認識というのが、日本の国民の中で対米戦争といいますか、太平洋戦争と比較して非常に認識が薄いということは言えると思います。中国には満州の建国以降、日中戦争の中で延べ数百万人の日本の兵隊が行って、40万人、50万人の日本の兵隊が命を落としている。勿論中国側にはそれをはるかに上回る犠牲者がいました。しかし、特に、沖縄戦や原爆の投下によって日本が壊滅的にアメリカに負けた「太平洋戦争」という認識の中で、中国に負けたのではないのではないという思いが日本の中にあります。対中戦争が中国の歴史の中で極めて重大な戦争であったのにもかかわらず、日本の国民の間でその侵略者、加害者としての認識は十分とはいえないものがあると思います。歴史の中に消えてしまった、あるいは埋めてしまったといえます。一方、中国においては、中国の建国の歴史の中で、日中戦争のウエートは非常に大きく、人々の心の中にきわめて鮮明に残っているのだと思います。そしてこの戦争が現在の中国の存在、正当性の一つの根拠なのですから。
もう一つ、ナチスの問題ですが、これは私の親しいユダヤ人に聞いたことですけれど、ナチスの犯罪は、ドイツ人、あるいはドイツの国家としての犯罪というよりはナチスという1つの政治グループによる犯罪である、そして、日本の侵略戦争、植民地化戦争と違ってナチスはユダヤ人を殲滅する、600 万人の人たちを戦闘ではなくて殺してしまったということにまず質的な差があるということ。それから、実はこれは余りよく言われていないことだそうですが、ヨーロッパのユダヤ人が感じていることは、実はヨーロッパのほかの国々もナチスのユダヤ人殲滅に積極的か、消極的か、否応なしにか、協力したという罪の意識がある。この意識のもとで、戦後出直すときにナチスの問題を早く片づける、そして、このような過ちを犯さないということを常に認識している。そこに大きな差が日本と中国の関係と比べるとあるのだろうと思います。
ですから、日本の歴史認識に問題があることは間違いないと思います。ただ、ナチスと同列に議論することには私は大きな抵抗を覚えます。
※第8話は9/27(水)に掲載します。
※以下にコメント投稿欄がございます。皆さんのご意見をお待ちしております。
(尚、戴いたコメントは担当者が選択し ”日本のメディアに物申す!/コメントする・見る” ページにも掲載させて頂きます。どうぞご了承ください。)
2006年09月23日
「アジアの将来と日中問題」 / 発言者: 小林陽太郎

小林陽太郎(富士ゼロックス株式会社相談役最高顧問)
こばやし・ようたろう
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1933年ロンドン生まれ。56年慶應義塾大学経済学部卒業、58年ペンシルベニア大学ウォートンスクール修了、同年富士写真フィルムに入社。63年富士ゼロックスに転じ78年代表取締役社長、92年代表取締役会長、2006年4月相談役最高顧問に就任。社団法人経済同友会前代表幹事。三極委員会アジア太平洋委員会委員長、新日中友好21 世紀委員会日本側座長なども兼任。
投稿者 gnpo : 23:41
日中の相互不信とメディアの役割/第6回:「相手国のイメージは現状より先行きの不安を反映する」

「第6回/相手国のイメージは現状より先行きの不安を反映する」の発言者

張一凡(チャイナデイリー香港版執行編集長、チャイナデイリー評論員)
ジァン・イファン
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1950年12月5日北京生まれ。『香港の窓』の英語週刊、国務院報道事務室、国務院華僑事務の事務室、中国社会科学院のニュース研究所と中国科学院に勤務した。また、武漢大学と中国社会科学院の大学院で(文学の修士を得た)学び、アメリカのGeorge Washington Universityで国際関係を研修した。1997年中国日報の香港版に入社し、編集長の補佐(1997年)、広告部総監督(1998年)、編集長室主任(2000年)、編集長(2004年)と中国日報の古参評論員(2006年)を担当。2001年から香港の新聞界同業組合(The Newspaper Society of Hong Kong)の委員を担当。

範士明(北京大学国際関係学院助教授、博士)
ファン・シミン
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1967年中国吉林長春に生まれ、主に国際関係の中のニュースの伝播、中米関係、公衆世論の問題などを研究することに従事していた。《中米の関係史》、《メディアと国際関係》などの課程を講義し、国内外の雑誌の上で著述した論文を発表した。範士明は北京大学で法律学の学士(1990)、法律学の修士(1993)、法律学博士(1999)の学位を取った。米国のハーバード大学の費正清東アジア研究センター(1998)を訪問、研究したことがある。そして日本新潟大学(2001-2002)、東アジア大学(2004)などでは、客員教授を担当したことがある。
「相手国のイメージは現状より先行きの不安を反映する」
張一凡
正直に申し上げますと、日本はもう戦後61年を経過しておりますが、日本が軍国主義化しているかというと、日本は1つの国として今後、軍国主義の道を進むことはないと考えています。歴史上で起こったことを申し上げたいと思いますが、1970年ごろ、中国は文化大革命の時期でした。中国国内で日本の映画が放映されました。例えば、山本五十六の映画、また、中国の新聞では日本の軍国主義を批判する文章が発表されました。そのとき私は若く、20代でした。私の父は日本とかなり縁がある人物で、私は日本との外交の仕事をしておりました。父は非常に厳しい中で日本から中国へ渡った友好代表団の受け入れを行いました。そして、中国に訪問する日本の人たちの口から、日本は軍国主義ではない、戦争しないということを信じてもらえるかというような話がありました。国交正常化する前に日本に行くことができた団体というのは、もちろん国交の正常化を望んで、非常に情熱を持った人たちだったわけです。ですから、私の父は周恩来総理にお会いしたときに、周恩来総理に、日本の軍国主義は復活したかどうか日本の人に話を聞いたと告げました。そして、そのとき、日本は日本の軍国主義を復活させるかどうかについて検討するというような言い方をしたのです。そういう報道がされてしまいました。
70年代にそういう問題が一度出てきました。そして、72年に国交が正常化されてから、もうその問題は言われなくなってしまいました。そして、80年代ももうそういう話は出なくなりました。90年代になってまたその話が蒸し返されてきたわけですが、日本は戦後、平和憲法がつくられています。そして、国際的ないろいろな局面の変化なども起こっております。また、冷戦も終わりました。50年前の戦争のような道を歩むということは、もうあり得ないと思っています。これは私自身の見解で、もしかしたら同意されない方もいらっしゃるかもしれませんが、工藤さんが質問されたこの問題については、私ははっきりとした私の見解として申し上げます。
範士明
工藤さんから質問をいただきました。私に問いかけられた問題だと思います。むしろ多くの中国人がこのように軍国主義が形成、それが復活されるというような意識を持ったのはなぜでしょうかという問いかけだと思います。私の答えは非常に簡単です。要は、感情的に気持ち的に申し上げまして、もう1人に対する見方、観察をするとき、または一つの国がもう一つの国を見るときに、それをただ単に一つのサブジェクトとして見ているわけではありません。やはりその心を見きわめようとしているわけであります。すなわち、相手側の国を見ると同時に自分の心、そのものを見きわめようとしているプロセスです。他人に対する認識は、そもそも自分の心理状態、気持ちの現われでもあります。
なぜ多くの人が日本は依然として軍国主義であると思い込むのか。原因について申し上げますと、そういう心配、懸念を抱いていることが、世論調査に反映されているのだと思います。日本の世論調査も同様な結果を見せていると思います。中国に対しては覇権主義と答えた人が一番多かったと思いますが、覇権主義に関しては、中国人にしてみれば覇権主義ではないと答えるでしょう。覇権主義と言われますと、アメリカを連想いたします。なぜ日本の多くの方は中国は覇権主義であるというふうに答えるか。やはり心配が効いていると思います。すなわち、中国はそのうち覇権主義になってしまうのではないかという懸念を抱いているがゆえに、そういう回答を選んだと思います。軍国主義の復活に関しても同様に、中国は調査を受ける側として自分の心配事を表しているだけだと思います。ですから、その結論から、日本は軍国主義だと思われているような受けとめ方ではだめだと思います(この調査結果を見たい方はこちら/pdf)。
張一凡
ちょっと補足説明をいたします。なぜ中国人は日本が軍国主義を復活させることを心配するかということですが、歴史認識に関して、日本の国民が第2次世界大戦をどう見ているかについて、例えば中国との戦争、そして北朝鮮を含めた朝鮮半島に対する植民地支配に関しては、日本の方は自分の見方、認識を持っているでしょう。歴史問題の認識はどちらかというと成熟していないと思います。日本をドイツに例えたいと思います。ドイツは第2次世界大戦を起こしました。今も反省をしておりまして、しかも、日本と比べましてかなり深く反省していると思います。例えば、西ドイツの旧総理がポーランドに行き、その被害者に土下座したというようなことがあったのですが、日本の指導者には求めようとは思っておりません。日本の戦争に対する認識については、もちろん村山元首相の談話がありますし、そして、昨年の小泉首相の発言もありますので、日本は反省していないと言い切ることはできません。ただし、ドイツと比べまして、そこまで掘り下げて反省されていないと思います。
もう一つ、今、EUを見ていますと、EUができていまして、しかもユーロで結ばれているわけです。ただし、それができたのはドイツとフランスの和解が成立したからです。それがなければ今日のEUはないでしょう。現在、日本は中国のみならず、韓国との間にも同様に摩擦が起こっているわけです。それはそもそも歴史問題に起因するものだと思います。午前中、王毅大使が述べましたように、この問題を解決するのは、むしろ日本の国民、日本の皆さんのご判断に任せます。
※第7話は9/25(月)に掲載します。
※以下にコメント投稿欄がございます。皆さんのご意見をお待ちしております。
(尚、戴いたコメントは担当者が選択し ”日本のメディアに物申す!/コメントする・見る” ページにも掲載させて頂きます。どうぞご了承ください。)
第3話: 「将来の目指すべき姿が、まだ見えない。」

小林陽太郎(富士ゼロックス株式会社相談役最高顧問)
こばやし・ようたろう
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1933年ロンドン生まれ。56年慶應義塾大学経済学部卒業、58年ペンシルベニア大学ウォートンスクール修了、同年富士写真フィルムに入社。63年富士ゼロックスに転じ78年代表取締役社長、92年代表取締役会長、2006年4月相談役最高顧問に就任。社団法人経済同友会前代表幹事。三極委員会アジア太平洋委員会委員長、新日中友好21 世紀委員会日本側座長なども兼任。
「将来の目指すべき姿が、まだ見えない。」
私は、ここで1つ私どもの委員会でごく最近議論しましたことをご紹介して結びに持っていきたいと思いますが、先ほど大国ということをちょっと申し上げました。実は、私どもの委員会でいろいろ議論を重ねております中で、日中間の目に見えている例えば摩擦の問題でありますとか、確かに幾つか現象があります。メディアによる報道、あるいはいろいろな世論調査もそういったことをかなり直接的に反映して、中国の日本観、あるいは日本人の中国観に反映をしながら推移をしているわけでありますけれども、実は私どもの委員会の中で1つ大きなことについて合意をいたしました。
それは、いろいろ誤解その他もあるのだけれども、誤解を生み出している重要な原因の1つは、中国が、あるいは日本が将来どういう国になることを目指しているのか。それは特にアジアとの関係において、世界との関係を含めてでありますけれども、どうもそれがお互いにはっきりしないのではないか。例えば日本も我々から見たって感心をしない過去がある。しかし、その過去そのものが、日本の将来における行動についてのイメージとして邪魔をしている方々も依然としてアジアには消えていない。我々は、そんなことをするはずがないではないか、日本が軍国主義化するなんて考えられないと言っても、イメージは決して簡単にはなくなっていかないわけであります。
あるいは中国について、覇権主義だという言葉が出てきます。中国の方々は、例えば、私どもの委員会の尊敬する私のカウンターパートで、中央党校の副校長でもあった、鄭必堅・改革開放フォーラム理事長も、そんなことは考えられないと。もともと中国は覇権主義の国ではないし、現在大変な問題を国内に抱えていて、国内のそういった問題の解決については、日本を含めて先進諸国、あるいはアジアのほかの国にできるところはいろんな形で助けていただきたい。参考にしたいサンプルもいろいろある、と言っておられる。今、中国の調和ある平和的な発展、台頭というのは、鄭必堅先生が中心になって胡錦濤主席に進言をされた1つの考え方だと承知をしておりますけれども、具体的にどういう形でそれを行うかということが、中国の最大の課題であると言っておられます。日本の戦後60数年の歩みというのは大変参考になるということも何遍もはっきり明言をしておられます。
そういうことがあるのに、なぜ何となく中国に対する不安感や不信感があるのだろうか。それは、メディアの方がたくさんおられますけれども、本当は信頼しているのに不信感があるみたいにメディアがおもしろおかしく書き立てるからそうなのだろうか。正直言うと、そういう面がないとは思いません。しかし、不信感のもう一つの原因は、調和的発展の先に一体どういう国づくりをするか。絶対覇権主義ではありませんよ、なるほど、そうだなというふうに日本の人たちが、あるいはアジアの人たちが思う、そんな国のビジョンが十分に示されていないからではないか。であれば、お互いがどのような国なろうとしているのかについて、意見交換、すり合わせをしようではないか、ということを委員会では話し合ってきております。
まだすり合わせは決して終わっていませんが、ただ、私は、その1つの参考として、この3月に京都で私どもの第4回の会合をやりましたときに、鄭必堅先生が言われたことは非常に強く印象に残っておりますし、これは今後の我々の委員会の中でも、あるいはできれば日本の中国観、特に識者がどういうふうに中国のあり方を認識するのかということについて、少しでも参考にすべきことかなと思っております。
簡単に申し上げますと、3つのことを言われました。中国が目指しているのは、1つは平和の大国である。2つ目は文明の大国である。3番目は親しまれる大国である。考えてみると、日本も今まで平和の大国で来ている。日本が文明の大国と言い切れるかどうかわかりませんが、我々もいろんな形で文明・文化に貢献をしたい。また、親しまれる大国であり続けたい。ここだけとれば日本も中国も全く同じビジョンを将来に持っている。
ただ、問題はむしろそこから先でありまして、それを実現するためにどのような手段を中国が、あるいは日本がとるのか。実はそういったことについて、今のところ、ある意味では透明度が足らない。あるいはコミュニケーションが足らない。こういったところがいろんな意味での誤解等を生んできているのではないかと思います。私どもの委員会も、極めて小さい努力ながら、そういったことを1つ1つ掘り起こして、具体的に、平和と文明と親しまれる、それを将来のビジョンとして抱える中国に関して、そこに向かう手段の幾つかについては、日本としても過去の経験に基づいて、あるいはこれから我々が持ち得る技術的ないろいろな知見を駆使して、例えば環境でもエネルギーでも十分に中国に協力することはたくさんあるのではないかと考えております。
最後に1つだけ申し上げたいと思いますが、メディアの重要性は我々は大変に強く認識をしておりますし、また、そういう意味でメディアに対してきちんとした情報公開をするということ、透明度をきちんとするということもあわせて非常に重要なことだと思っております。
そういう点から言いますと、世論調査に対して、いろいろな形でリーダーのポジションにある人たちの発言、行動というものがいかに大きな影響を与えるのかということを、我々は再認識すべきことだと思います。ご本人はそういう意図がなくても、結果的に違った方向に解釈をされるということはいろいろあるわけです。アジアはまさに転換点に立とうとしている。しかも、アジア諸国は、問題点を克服しながら、可能性の部分を少しでも多く現実に結びつけながら、アジアの未来を切り拓いていくためには、中国と日本の前向きの参画抜きにはそれができないということを実感している。そんななかで、あるべき日中の姿勢、姿というのはどういうことなのか。また、日中が要らざる摩擦に必要以上の時間をかけることのないようにするためには、リーダーの言動はどうあるべきなのか。ここにお集まりの方々はいろいろな局面においてそういうポジションにいらっしゃるわけなので、お互いにその点を自戒して、日中関係を中心にしたアジアの未来というものがさらに展望が開けていくように、そのような役割をぜひ前向きに果たしたいと思います。私どももあと2年弱、委員会の任期も残っておりますけれども、その間にできるだけの努力をして、できるだけの貢献を是非していきたいと思っております。
※小林陽太郎氏のこのテーマにおける発言は以上です。
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2006年09月21日
第2話: 「日中に問われる”新しい”関係とは何か」

小林陽太郎(富士ゼロックス株式会社相談役最高顧問)
こばやし・ようたろう
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1933年ロンドン生まれ。56年慶應義塾大学経済学部卒業、58年ペンシルベニア大学ウォートンスクール修了、同年富士写真フィルムに入社。63年富士ゼロックスに転じ78年代表取締役社長、92年代表取締役会長、2006年4月相談役最高顧問に就任。社団法人経済同友会前代表幹事。三極委員会アジア太平洋委員会委員長、新日中友好21 世紀委員会日本側座長なども兼任。
「日中に問われる”新しい”関係とは何か」
安倍官房長官が先ほどのご挨拶で、小泉総理が中国は脅威ではなくてチャンスだと言われたと述べられました。その通りであります。また、インドも脅威ではなくてチャンスであります。また、それにASEANを加えたアジア全体も脅威ではなくてチャンスであります。ただ、ここで、中国、日本、インド、あるいは世界の超大国であるアメリカなどのいわゆる「大国」は、そうした大国が持つひとつの必然ということについて、思いをいたす必要があろうかと思います。
大国は経済力が大きいとか、あるいは中国のように人口とともに国土が極めて大きいとか、軍事力が非常に大きいとか、そういう認識が世界にはある。日本の場合は、国は小さいかもしれないけれども、非常に凝縮された経済力があるという認識の一方で、誤解や、あるいは一部には確信的にそう思いたい人もいるかもしれませんけれども、日本の過去の行動から考えて、その再軍国化がどうも心配だ、というイメージを依然として持っている人もいる。
私が申し上げたいことは、大国に対しては、いろんな意味でそれをチャンスとし、また、そのチャンスを物にしていこうという向きは当然あるわけでありまして、これはこれで大切にしていかなければいけませんが、また一方で、いろんな理由で、何となく不安感を感じたり、ある種の心配を感じたり、それが高じれば脅威感になったりということはあり得るのだということは、我々は頭に入れておかなければいけないと思います。
アジアという観点からいたしますと、ASEAN諸国の中国に対する感じ方、あるいは日本に対する感じ方は、もちろん日本はASEANの国々にとって輸出や投資の大変なチャンスでもありますし、中国は伸び率からいって、さらにそれを上回るチャンスであります。しかし、あの大きな国が一挙に出てきたらどうなのだろうか、あるいはナショナリスティックな考えから何か変なことはしないだろうか、そういう意味の大国に対する不安感、それは根拠がないものかもしれない、あるいは誤解かもしれない、しかし、そういうものはそう完全にはなくならないのだということを大国の国民、特にリーダーシップのポジションにある人たちは、それが政治であれ経済であれ、あるいは行政であれ教育界であれ、謙虚に心に持ち続けなければいけない。それは非常に重要なことだと私は思います。
私個人は、仕事を除きますとアジアとのおつき合いはそんなに長いわけではありませんが、仕事の上では40年ぐらいになります。しかし、中国とのおつき合いは、更に短いものです。新日中友好21世紀委員会のような非常に大切なお仕事を引き受けたわけですが、私の前任の石川前慶應義塾大学塾長や、岡部教授といった方々ほど、中国について、あるいは中国を含むアジアについてのエキスパートではありませんし、お二人に比肩し得る歴史観なり、あるいは文明観なりを持っているわけではありません。なおかつ大切な言語はどうかということになりますと、これはまさに忸怩たるところがありまが、私は中国語を話せません。では、なぜ私がその座長を務めるのか。これは一言で言えば、まさに新日中、あるいは新中日というように、この二国間の関係を、中国における日本エキスパート、日本における中国エキスパート、そういったエキスパートによる単位から少し視野を広げて、欧米について少し知見のある人、あるいは直接中国の地を踏んだことはないけれども、宇宙から何遍も中国を訪問したという向井千秋さんのような人を交えて、一言で言いますと、かなり複眼的に日中の関係を考えようではないかという発想が根底にあります。それが結果的に大局的に戦略的に日中間の関係を考えることにつながるのだというのが、日本側のメンバー選択の根拠です。この委員会はもともと胡錦濤さんと小泉総理のお二人の話し合いの結果生まれたものでありますから、そういう配慮が働いていたのだと思いますし、従来流の選択基準からしますと私はとても資格はありませんけれども、そういった視点から考えれば何とかお役に立ちたいと思ってお引き受けをいたしました。
そのことを申し上げるのは、あえてここで言う「新しい日中関係」の「新しい」というのはどういうことかというところに絡んで申し上げているつもりであります。私が申し上げたいのは、日中あるいは中日、この二国間関係だけということではなくて、まさにアジアの視点から、あるいは世界の視点から、私どもの視点というものをもう少し複眼的に持って考えること。そして、その中で日本が、中国が、あるいは日本と中国が一緒になって、あるいはさらに最近のまさに際立った台頭ぶりを示しているインド等と私どもはどういう関係をつくることが結果的にアジアや世界にとって役に立つことになるのかを考えることが大切だと思うのです。
私は専門家ではないので、中国の専門家のお話を伺っていますと、中国の基本的な外交姿勢の1つは、中国はまだ大国ではないということが基本だと。あるいはそれをベースにして余り表に立ってリーダーシップはとらないということも1つのスタンスだと伺っています。現在もそうかどうか、これはまた王大使を含めて中国側の先生方に伺いたいと思いますが、一般的な見方からすると、中国のGNPを13億分の1という人口で割ると、まだまだ途上国だという見方が出てきます。しかし、これは実態としては余り意味がないということは我々はよく知っております。感覚的には、私は、中国はもう堂々たる大国だと思います。
もちろん日本も将来に向かって人口問題その他、大きな問題を抱えておりますけれども、先ほど何人かの方が触れていただいたように、戦後60年間、平和というものを基軸に据えながら、経済を中心に、あるいはいろんな技術面でもここまで持ってきた、そのことについては日本人として大いに誇りにしておりますし、また、さっき申し上げたようなアジアの未来に向かって、日本が特に中国と協力をして、ほかの国と協力をしてどれだけの貢献ができるのかということは、現在、日本が直面をしている1つの大きな課題だと思っています。
※第3話は9/23(土)に掲載します。
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日中の相互不信とメディアの役割/第5回:「両国民の認識に構造的に埋め込まれた誤解こそ問題」

「第5回/両国民の認識に構造的に埋め込まれた誤解こそ問題」の発言者

小林陽太郎(富士ゼロックス株式会社相談役最高顧問)
こばやし・ようたろう
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1933年ロンドン生まれ。56年慶應義塾大学経済学部卒業、58年ペンシルベニア大学ウォートンスクール修了、同年富士写真フィルムに入社。63年富士ゼロックスに転じ78年代表取締役社長、92年代表取締役会長、2006年4月相談役最高顧問に就任。社団法人経済同友会前代表幹事。三極委員会アジア太平洋委員会委員長、新日中友好21 世紀委員会日本側座長なども兼任。

工藤泰志(言論NPO代表)
くどう・やすし
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1958年生まれ。横浜市立大大学院経済学修士修了。東洋経済新報社入社。「金融ビジネス」編集長を経て、99年4月から2001年4月まで「論争 東洋経済」編集長を務める。同年11月「言論NPO」を立ち上げ、多彩な言論状況を作り出している。同名の雑誌も創刊。「新しい日本をつくる国民会議(21世紀臨調)」の常任政策委員を務める。主著に『土地神話の行方』。
「両国民の認識に構造的に埋め込まれた誤解こそ問題」
小林陽太郎
複眼的な物の考え方を可能にするために、メディアのあり方というのは、私は幾ら重要性を議論しても議論し過ぎることはないと思っています。
1つだけアンケートについて感想です。メディアに依存する度合いが高いという色々な結果が出ていますが、私がある意味では非常におもしろいと思いましたのは、中国の調査結果に出ている、日本を主導する政治思潮、あるいは日本が直面する重大問題についてです(この調査結果を見たい方はこちら/pdf)。まず、思潮の方は、何々主義と主義で括るというのは非常に簡単ですが、ある意味では非常に危険な括り方だと思います。これはいずれもマルティプル・アンサーですから、かなり極端な部分は平均化されているとは言いながら、そういう問題がある。しかし、問題があると言いながら、日本の人たちも、中国の人たちも、相手の政治思潮などについては結構いいところを見ているのではないかというのが私の率直な感じです。
日本の主導的な政治思潮の最初に軍国主義があるというのは、やや意外かもしれませんが、民族主義とか、日本人の排他性とかいうことを考えれば、こういう答えが出てくるのは当たり前に思えます。経済中心主義ですが、これは自分の反省も含めて経済人の非教養性を考えれば全くそのとおりです。国家主義については、依然として行政が非常に高い優位性を持っているという状況を考えれば、国家主義と言われても不思議はない。ですから、そんなにおかしな答えでもないという気がいたします。
また、日本の抱えている重大問題はまさに人口の高齢化と人口の減少です(この調査結果を見たい方はこちら/pdf)。これは日本人が考えている問題ともぴったり合っています。外交危機、隣国の責任、信認を失う、これは必ずしも中国、韓国だけではないと思いますし、外交の問題が小泉内閣の積み残した最大の問題だということについては、日本の中でも非常に問題意識が高い。そのことを中国でもかなり正確にとらえている。これは多分中国のメディアの報道が、そういう意味ではかなり中庸を得ていたからだろうと思います。ですから、複数のメディアが、中国の、あるいは日本の視聴者に対して、こういう面については結果としては割に正確な情報を複眼的に提供したことになっているのではないかと考えています。
ただ1つだけ、問題を感じています。これはテレビの場合です。NHKは別として、日本のテレビの場合、幾つかのキャスターの話を聞いていますと、これはとにかくアクセントを極端に濃くしないと視聴者がわかってくれないと判断しているからなのか、かなりひどい物の言い方をしています。かなり断罪的に相手をやっつけるとか、経済人をやっつける、あるいは逆にほめるときはまた極端にほめ上げる。そういうようなことはテレビが特に極端ですが、新聞などでも、これも極端な物の言い方を許していただければ、一般の読者が内容をちゃんと読むということを期待しているのか。いいニュースも、悪いニュースも、かなり極端なというか、上に振れても下に振れても世論調査に現れる。私が申し上げているのは日本のメディアに対してでして、これをベースに考えたときそういうことがあるのではないかと考えております。しかし、一方で、メディアはそれぞれ売らなければいけないということがあるわけで、いわゆるバランスのとれたような物の書き方をしていても全然売れない、読んでくれないという現実はあるのだろうと思います。
ただ、我々視聴者、あるいは読者の立場から考えると、それはそうかもしれないけれども、なおかつその中で、見られるもの、読まれるものをつくるのがプロのメディアパーソンの仕事ではないかとあえて言いたいと思います。特に日本の場合、黒白極端にはっきりさせないと意見を言ったことにならないとか、見てもらえないとか、少しそういうことが強くなり過ぎて、一般的な視聴者、読者がそれによって影響を受けている面がある。これは日本の場合、否定できないと思います。
最後に、1つだけ私個人の経験として申し上げます。北京に行った時に、たまたま私が新日中友好21世紀委員会の日本側の座長ということもあったので中央電子台に出ないかというようなお話がありました。その時、北京在住の日本のメディアの方から、小林さん、気をつけた方がいい、小林さんの言ったことをそのまま流してくれるとは限らない、中国側に都合のいいところだけ残してばっさりやられる危険もあるよというようなことを言われました。また、具体的にそういうことが実際にあったという政治家の話も聞きました。
ただ、結論から申し上げると、私が中央電子台に出て、委員会の活動とか、どういう考え方で進めているかということについては、全くカットされたりすることなしにそのまま流れました。したがって、こういうことはお互いの経験がこれからだんだん積み重なって信頼というものをつくり上げていくのだろうと思います。それは日中間のメディアに対する信頼もありますし、いわゆる視聴者、読者のメディアに対する信頼感というものもそういう形でつくり上げていく必要がある。
現実に今度の調査に出たように、本当にフェース・ツゥー・フェースの経験、日本人が中国に行く、中国の方が日本に来るというのは非常に少ない状況であるだけに(この調査結果を見たい方はこちら/pdf)、そういう意味では間接的にその情報を提供しているメディアとしては、非常にチャレンジングで、なおかつその中で商売をしなければいけないという現実があることは十分に承知しておりますけれども、それを超えてメディアの責任というものについて、ひとつ正面切って向かい合っていただきたい。これがノンメディアマンからの率直な希望です。
工藤泰志
今までのお話を聞いて、実を言うと新鮮な話に聞こえたのは、先ほど今井さんが中国で世論調査はできないのではないかと質問したことに対して中国側が、「えっ、そういう認識なの」と驚いたということです。
つまり、このセッションの意味というのは、メディアの責任を議論することではなく、お互いの間に相互認識や相互理解でギャップが広がっているのではないか、そういう問題がある、それが課題だとすれば、その課題に向かい合いましょうという、そういう議論だと思うのです。その認識のギャップをよく見てみますと、例えば今の世論調査ができるのかとか、行動の自由があるのかとか、現状に対する理解の問題が1つあると思います。それが本当は事実はこうなんだけれども理解していないというのでしたら、それは議論の中で埋まっていくと思います。しかし、そうではなく、構造的に認識に埋め込まれているようなもの、そういう問題というのはかなり取り組んでいかないと固定化してしまうわけで、非常に怖いと私たちは思っています。
先ほど軍国主義とか、いろいろな問題がありました。それは確かに設問の問題を含めて、いろいろな問題、課題はあると思います。しかし、例えば世論調査に示されたように、中国で1600人の人たちに僕たちが面接をして、1600人をここに集めるというのは不可能なわけで、1つの国民が考えていることの参考で、調査内容は判断材料にはなっているだろうとは考えております。だから、これがちょっと違うとか、こうだということを議論しても余り意味がなくて、1つの判断材料として、提案されていることに対してどう思うかということです。僕たちは日本側をかなり分析しています。
実は、中国に聞きたいことがあります。
例えば、この1年の間に日本に対する感覚というか、印象がよくなったということですが、なぜよくなったのでしょうか(この調査結果を見たい方はこちら/pdf)。そういうことを率直に私は聞きたいのです。どういう理由によってよくなっているのか。例えば先ほど文化の問題がありました。この1年の間に中国の中で日本の芸術作品がたくさん出たのでしょうか、何かテレビ番組で非常におもしろい文化が出たのですか。先ほど「おしん」の話をされました。「おしん」というのは僕たちからすると随分と昔の話なのですが、今それを題材にされてもぴんと来ないのです。去年は異常だったのが、よく考えてみて冷静になって直ってきたということでしょうか。つまり、この1年の変化、起こっていることの理由についてどう思っているのか。
その上で、先ほど小林さんは、軍国主義、民族主義、いいことを突いているではないかとおっしゃいました。しかし、私が怖いのは、靖国神社の前に軍服を着た誰かが1人立っていて、それをテレビが100 回放送したら、中国の国民は、日本は軍服を着た人たちがいつも歩いていると思い込んでしまのではないかということです。つまり、軍国主義と中国がとらえていることについては、ひょっとすると中国の国民は日本のことを平和主義とか民主主義ではなく、軍国主義だと本気で思っているのではないかと不安に思いました。
だから、中国の人たちに、日本はどんな国だと思っているかと率直に聞いてみたいのです。日本は軍国主義だと思っているのか聞いてみたい。ここでデータで出されていることについて、自分自身はどう思っているかということです。そして、これはこのとおりではないかというのでしたら言っていただきたいのです。また、それはちょっと違うのではないかという話にもなると思います。メディアというのはそれを批判されるよりもそれを改善するために大きな力を持っていると考えるべきだと思います。
※第6話は9/23(土)に掲載します。
※以下にコメント投稿欄がございます。皆さんのご意見をお待ちしております。
(尚、戴いたコメントは担当者が選択し ”日本のメディアに物申す!/コメントする・見る” ページにも掲載させて頂きます。どうぞご了承ください。)
現在のテーマ:「アジアの将来と日中問題」
『言論ブログ』では、本物の議論の提案をしていきます。
8・9月は「アジアの将来と日中問題」をテーマに、以下の方々に発言していただきます。
<第2回 東京‐北京フォーラム(2006年8月3・4日開催)発言録より抜粋>
▼ このテーマ「アジアの将来と日中問題」にコメントする・見る
8・9月の発言者

小林陽太郎(富士ゼロックス株式会社相談役最高顧問)
こばやし・ようたろう
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1933年ロンドン生まれ。56年慶應義塾大学経済学部卒業、58年ペンシルベニア大学ウォートンスクール修了、同年富士写真フィルムに入社。63年富士ゼロックスに転じ78年代表取締役社長、92年代表取締役会長、2006年4月相談役最高顧問に就任。社団法人経済同友会前代表幹事。三極委員会アジア太平洋委員会委員長、新日中友好21 世紀委員会日本側座長なども兼任。
◆第1話:9/19(火) 「アジアの世紀と成長の限界」
◆第2話:9/21(木) 「日中に問われる”新しい”関係とは何か」
◆第3話:9/23(土) 「将来の目指すべき姿が、まだ見えない。」

加藤紘一(衆議院議員、元自由民主党幹事長)
かとう・こういち
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1939年生まれ。64年東京大学法学部卒業、同年外務省入省。67年ハーバード大学修士課程修了。在台北大使館、在ワシントン大使館、在香港総領事館勤務。72年衆議院議員初当選。78年内閣官房副長官(大平内閣)、84年防衛庁長官、91年内閣官房長官(宮沢内閣)などを歴任。94年自民党政務調査会長、95年自民党幹事長に就任。著書に『いま政治は何をすべきか—新世紀日本の設計図』(99年)、『新しき日本のかたち』(2005年)。
◆第1話:9/10(日) 「アジアの世紀と懸念される日本のナショナリズム」
◆第2話:9/12(火) 「育てるべきナショナリズムとは何か」

中川秀直(衆議院議員、自由民主党政務調査会長)
なかがわ・ひでなお
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1944年生まれ。慶應義塾大学法学部卒業、66年日本経済新聞社入社、73年同社退社、故中川俊思代議士の秘書を経て76年衆議院総選挙初当選。96年国務大臣科学技術庁長官、同年自由民主党総務会長代理、98年衆議院議院運営委員長、2000年党幹事長代理、同年7月内閣官房長官(IT・沖縄担当兼務)・沖縄開発庁長官、2002年党国会対策委員長(歴代最長)などを歴任。2005年より党政務調査会長に就任、現在に至る。
◆第1話:8/31(木) 「21世紀のアジアに盟主はいらない」
◆第2話:9/2(土) 「アジアの多様性と水平的思考」
◆第3話:9/4(月) 「アジアの交流は民間が主導する」
◆第4話:9/6(水) 「新アジア主義と政府の役割」
◆第5話:9/8(金) 「98年平和と発展のための友好協力パートナーシップ宣言と公共外交」

松本健一(評論家、麗澤大学国際経済学部教授)
まつもと・けんいち
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1946年群馬県生まれ。東京大学経済学部卒業。京都精華大学教授を経て現職。主な研究分野は近・現代日本の精神史、アジア文化論。著書に『近代アジア精神史の試み』(1994、中央公論新社、1995年度アジア・太平洋賞受賞)、『日本の失敗 「第二の開国」と「大東亜戦争」』(1998、東洋経済新聞社)、『開国・維新』(1998、中央公論新社、2000年度吉田茂賞受賞)、『竹内好「日本のアジア主義」精読』(2000、岩波現代文庫)、『評伝 佐久間象山(上・下)』(2000、中央公論新社)、『民族と国家』(2002、PHP新書)、『丸山眞男 八・一五革命伝説』(2003、河出書房新社)、『評伝 北一輝(全5巻)』(2004、岩波書店、2005年度司馬遼太郎賞、毎日出版文化賞受賞)、『竹内好論』(2005、岩波現代文庫)、『泥の文明』(2006、新潮選書)など多数ある。
◆第1話:8/25(金) 「ナショナルアイデンティティーの再構築」
◆第2話:8/27(日) 「多くの国々が陥るナショナリズムの罠」
◆第3話:8/29(水) 「求められる共通のアジアアイデンティー」
投稿者 gnpo : 10:27
2006年09月19日
日中の相互不信とメディアの役割/第4回:「相互理解に向けてメディアの果たす役割は大きい」

「第4回/相互理解に向けてメディアの果たす役割は大きい」の発言者

劉北憲(中国新聞社常務副社長兼副編集長、「中国新聞周刊」社長、高級編集者)
リィウ・ベイシエン
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1983年大学卒後中国新聞社入社以来、編集役、ジャーナリスト、社会の反響を呼んだ一部の報道記事を書き、編集。中国新聞社編集長室副主任、主任、報道部主任。90年代初任副編集長として、重要ニュースの企画、報道を担当。1997年香港に派遣を受け香港分社長兼任編集長。2000年本社に帰還、副社長兼任副編集長。2004年常務副社長兼任副編集長。2002年より『中国新聞周刊』社長、一度編集長を兼任。

範士明(北京大学国際関係学院助教授、博士)
ファン・シミン
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1967年中国吉林長春に生まれ、主に国際関係の中のニュースの伝播、中米関係、公衆世論の問題などを研究することに従事していた。《中米の関係史》、《メディアと国際関係》などの課程を講義し、国内外の雑誌の上で著述した論文を発表した。範士明は北京大学で法律学の学士(1990)、法律学の修士(1993)、法律学博士(1999)の学位を取った。米国のハーバード大学の費正清東アジア研究センター(1998)を訪問、研究したことがある。そして日本新潟大学(2001-2002)、東アジア大学(2004)などでは、客員教授を担当したことがある。
相互理解に向けてメディアの果たす役割は大きい
劉北憲
中日両国の交流において、国民の感情の問題がありました。去年、中国の記者が日本で重要な人物に対して取材をしました。そのとき大変印象深い言葉を承りました。いつ中日両国は家族のように、お互いの顔色を見ずにできるだろうかとおっしゃいました。中日両国というのはほかの2国間よりも感情的な要因というのが大変深いと思います。このような感情的な要因がありますが、私たちはそのためにデータだけに頼って悲観的な判断をすべきではないと考えています。
私たちはこのような角度から中日関係を考え、さらに多くの感情的な要素を積み上げて、それによってともに両国関係をさらによい方向に進めていくことが必要だと思いますし、また、それがメディアの責任だと思います。
範士明
このフォーラムだけでなく、ほかの場所や、個人的にも聞いたさまざまな恨み、不満がありました。私たちメディアの役割がよくないとか、かえっていろいろな問題を引き起こしているというようなことを聞いています。先ほど劉先生も、張先生も、きょうの発言や調査の中から非常に重くそれを受けとめたとおっしゃいました。私自身は一つ、それは必要ないということを言いたいと思います。私たちメディアの人間はもっと心を大きく、リラックスしていいと思います。中日関係におけるメディアの役割については次の見方をしております。
1つの見方ですが、これは中日関係も含めてです。ニュースメディアの国際関係における役割について簡単に言いますと、ニュースメディアの報道というのはさらに多く国際関係、または二国間の変化の結果を報道すべきであり、国際関係や二国間関係が変化した原因を余りたくさん報道すべきではないと考えています。私が考えるに、中日関係における問題というのは、完全にメディアに責任を負わせることはできないと思います。また、主な原因がメディアにあるとは言えないと思います。
大衆のお互いに対する見方について、調査においては何度も証明されていることがあります。それはニュースメディアがお互いの国民が相手の国を理解するための手段となっているということです。しかしながら、だからといってお互いにマイナスのイメージを持たせるようなことをメディアが引き起こしているわけではありません。皆様ご存知のように1人の1つの見方、また、見方を形成するときに情報を知る手段の1つとしてメディアがあるわけです。あくまでも1つの手段にすぎません。ですから、情報源というのは重要ですが、決してそれだけに責任があるということではありません。これが1点目です。
そして、2点目は、新聞メディアは、両国関係において、決してマイナス面、消極的な役割ばかりではありません。メディアが果たすべき役割というものは非常に大きな責任を持っていますけれども、その中で自分たちの役割を発揮することができます。中日関係について言えば、徐々に、また瞬間的に、また間接的な意味で言えば、メディアは大きな影響力を持っています。ニュースメディアは、これまである情勢というものを強めたり弱めたりすることができます。しかしながら、それをつくったのはメディアではありません。ですから、もちろんある建設的な役割も発揮できます。メディアの役割として、積極的な役割を果たしていくことは重要です。
きょう趙啓正先生も熊先生からもお話がありましたが、中国においては多くの日本のテレビが放映されました。「おしん」のように、小さいころ見たテレビドラマもあります。「サインはV」などもありました。このような文化の交流において、趙先生がおっしゃったようにメディアというのは大変大きな役割を発揮できる余地、空間があります。
第3点ですが、新聞、テレビのメディアに対する評価です。これは区別をつけずに言いますと、私たちは中国メディアとか日本メディアとか、単純に言うことができないと思います。その役割を簡単に言うことはできません。メディアにはさまざまなメディアがあるからです。
メディアの役割については、メディア自身の運営ということを考えていかなければなりません。さまざまなメディアは機能を持っています。また、その効果というのもさまざまです。現在、メディアによる世論形成について言われていますが、それだけではないと思います。商業的な角度から見た場合、どのような報道が行われているのか、また、娯楽的な報道が行われている場合もあると思います。そういったさまざまな機能ということも考えていく必要があると思います。
もう一つ、忘れてはならないことは、メディアに対して圧力をかけているパワーがあるということです。それは決して軽視できません。メディア以外からかかってくる圧力、プレッシャーというものを決して見落としてはならないと思います。
※第5話は9/21(木)に掲載します。
※以下にコメント投稿欄がございます。皆さんのご意見をお待ちしております。
(尚、戴いたコメントは担当者が選択し ”日本のメディアに物申す!/コメントする・見る” ページにも掲載させて頂きます。どうぞご了承ください。)
第1話: 「アジアの世紀と成長の限界」

小林陽太郎(富士ゼロックス株式会社相談役最高顧問)
こばやし・ようたろう
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1933年ロンドン生まれ。56年慶應義塾大学経済学部卒業、58年ペンシルベニア大学ウォートンスクール修了、同年富士写真フィルムに入社。63年富士ゼロックスに転じ78年代表取締役社長、92年代表取締役会長、2006年4月相談役最高顧問に就任。社団法人経済同友会前代表幹事。三極委員会アジア太平洋委員会委員長、新日中友好21 世紀委員会日本側座長なども兼任。
「アジアの世紀と成長の限界」
私は、どちらかというと言論NPOの当事者側の1人でございますから、基調講演という形でお話をするにはややふさわしくないと思っておりますが、新日中友好21世紀委員会の日本側の座長を務めさせていただいておりますので、その立場で、また、そういう中で得ました私の率直な感触をもとにして、「アジアの未来と新たな日中関係」ということについて、今後の皆さんのご議論の参考にしていただくようにお話をさせていただきたいと思います。
話は少し昔に戻りますが、現在の日中関係の基礎をなしているのは、1972年の日中国交正常化の際の共同声明を含む3つの文書です。思い起こしてみますと、この全く同じころにいろいろ重要なことが起こりました。その中の2つのことを皆さんに思い起こしていただきたいと思います。
皆さんはハーマン・カーンという名前をご記憶でしょうか。当時、極めて有名で、日本では特にその著書が飛ぶように売れた未来学者ですが、ハーマン・カーンが、21世紀はまず日本、そしてアジアの世紀だということを未来学者の立場からいわば予言をいたしました。そして、もう一つはローマクラブが「成長の限界」という報告書を発表したことです。70年代の最初ですから、世界が60年代の高度成長期を終えて、言ってみれば変化の時代に入ったときに、1人は30年後の21世紀は日本とアジアの世紀だと言い切り、もう1つのグループは、もうそろそろ有限の資源に目を向けて、むしろ先進国を含めて将来の歩みを謙虚に見詰め直すべきだという警告を発しました。
今あえてこういうことを申し上げるのは、21世紀になった今日、「アジアの未来」ということを考えてみますと、まさにハーマン・カーンの予言そのものが、アジアの未来における可能性について極めて積極的に実現をされつつあると思いますし、またローマクラブの警告というのは、20世紀の残りにおける問題点よりは、むしろこのところ中国あるいはインドといった大国を始めとするアジア諸国の急成長の中で、大変な説得力を持って多くの人々に語りかけていると思います。
最初にそれを申し上げた上で、「アジアの未来」についてさらに続けたいと思います。人口は国力の最も基本的なベースとなるものですが、特に中国、そしてインドという非常に大きな人口を持った2つの国が、経済的に第二次産業やあるいはIT産業を中心にして、成長を続ける。また、ある見方をすると、成長を続けざるを得ない問題点を国内に抱えながら今進んでおります。私は個人的には今や両国とも戻ることのない1つのハードルを越えたと思っております。
もちろん当面、GNP等の指標ではアジアにおける最大の経済国は日本でありますけれども、少なくとも明るい点を見ますと、この二大大国とアジアが将来に向かって非常に大きな可能性を持ち続けるということについては、誰も疑いを持たないと思います。しかし、ローマクラブだけの話ではありませんが、このところ中国、インド等の急速な発展が環境やエネルギーの問題について、あるいは国の中における格差問題について、従来では考えられなかった大きなスケールとダイナミズムを持って問題が顕在化しつつあるのも事実です。
私どもがアジアの未来ということを考えるときに、欧米やその他の先進諸国が、またその場合には日本も入りますが、その明るいところだけに目を向けて、可能性をすべてそこで刈り尽くすという形で参画をするのは、決して賢明でもないし、また私どもがするべきでないということは、だれにもわかるところであります。むしろ今、極めて重要な問題として浮かびつつあるのは、かつては巨大な人口が足を引っ張って、決してテイクオフはしないだろうと言われていた両国がテイクオフをした。その後の発展の過程が両国にとっても、あるいはアジアにとっても世界にとっても好ましい形で発展ができるように、どうやって一方で起きている問題点というものを最小化しながら、あるいは軽減しながら、将来に向けて乗りこなしていく、マネージしていく、ハーネスしていくことができるのかというのが、今のアジアだけではなく、世界の1つの重要な関心事になっていると思います。
※第2話は9/21(木)に掲載します。
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2006年09月17日
日中の相互不信とメディアの役割/第3回:「相手国について偏った報道をしていないか」

「第3回/相手国について偏った報道をしていないか」の発言者

張一凡(チャイナデイリー香港版執行編集長、チャイナデイリー評論員)
ジァン・イファン
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1950年12月5日北京生まれ。『香港の窓』の英語週刊、国務院報道事務室、国務院華僑事務の事務室、中国社会科学院のニュース研究所と中国科学院に勤務した。また、武漢大学と中国社会科学院の大学院で(文学の修士を得た)学び、アメリカのGeorge Washington Universityで国際関係を研修した。1997年中国日報の香港版に入社し、編集長の補佐(1997年)、広告部総監督(1998年)、編集長室主任(2000年)、編集長(2004年)と中国日報の古参評論員(2006年)を担当。2001年から香港の新聞界同業組合(The Newspaper Society of Hong Kong)の委員を担当。

山田孝男(毎日新聞東京本社編集局総務)
やまだ・たかお
1952年東京生まれ。75年早大政経学部を卒業し、毎日新聞入社。長崎支局、西部本社報道部、東京本社社会部を経て84年から政治部を中心に活動。政治部長、東京本社編集局次長を経て06年から現職。
第3回: 「相手国について偏った報道をしていないか」
張一凡
私はこのフォーラムに参加して、やはり重いという感じを受けています。というのは、きょう午前中に公表された日中両国の世論調査の結果ですが、日本のメディアの中国の情報に対する注目度が下がっているということです。また、日本の調査によりますと、メディアが新たな不安と対立を呼んでいる。これが大きなディスプレイに表示されまして大変驚きました(この調査結果を見たい方はこちら/pdf)。中国側のことについては申し上げませんが、双方のメディアが日中関係の中で果たすべき役割を果たしていないということです。真実の報道、これは双方の国に対して、お互いのことについての真実を伝えるということですが、それがまだ足りないのではないかと感じております。
先ほど熊教授のお話の中にも、趙啓正さんのお話の中にもありましたが、中国の日本に関する報道が中国の総参謀部の主導を受けているのではないかという話を例として出されました。この報道の中に書かれていたのは、中国の日本に関する報道というのは国家安全部人民解放軍総参謀部が主導しているということです。人民日報の記者がその記者と会いました。そして、趙啓正さんがその話をしました。この報道を書いた記者本人は中国で育って、そして十数歳まで中国にいまして日本に帰国したという人でした。ですから、まだ20代の若者です。中国側とすると、これは本当にひどい話だと思いました。国家安全部人民解放軍が報道を主導するというのはあり得ないことです。しかし、そういう人が報道の中でそういう情報を書いてしまうわけです。これは真実の報道とは言えません。
世論調査の報告からもわかりますように、日本の人たち、そして、中国の大衆の70%から90%はメディアを通じてお互いのことを理解しています(この調査結果を見たい方はこちら/pdf)。そして、私は日本に来たのは初めてです。ですから、日本に対する私の理解というのも、テレビとかラジオ、本、新聞などから得ているものなのです。
私は、中国の新聞の日本に対する報道については、チャイナデイリーの立場から言うと、私たちは英文の新聞です。そして、中国のことを報道するのをメインとしております。日本に関する報道も少なくありませんが、例えば評論、論説について言えば、私たちの日本に関する論説は多くはありません。量的に見ると、チャイナデイリーの論説での日中関係の報道というのは足りないと言えます。日中関係は対外関係の中で非常に重要な位置を占めております。第1位ではないかもしれませんが、第2位にはもちろん入ります。そういった部分では不足していると思います。ですから、チャイナデイリーとしては、日本関係の報道を強化していくべきだと考えます。
私たちのウエブサイトでも論説を発表しています。1つは過激なものもあります。ネット利用者が過激な書き込みをする場合もあります。しかし、これは中国の主要な考え方ではありません。ですから、これは多元化の社会に進んでいるということでご理解いただくべきだと思います。
私がおりますチャイナデイリーでも、日本に関する報道については非常に慎重な態度をとっております。そして、大局の見方から報道するようにしています。例えば去年3月、4月に発生した反日のデモ活動ですが、これは私たちは日本に関するデモと呼んでおりますけれども、中国政府は、これについては影響が大きいということで報道が多かったです。中国では、きょう参加している楊大使を初めとして日中関係に携わる重要な方々が日中関係の重要性について各地に赴いて演説を行いました。しかし、きょう午前中の会議の中では、それについては余り多く報道されていなかったということでした。ですから、中国の善意の報道というのがプラスの反響を呼び起こしていないという現象があります。
ことし3月に、胡錦濤主席が北京を訪問した日本の7団体の指導者に会いました。そのときにも講話を発表したのですが、これについて非常に積極的に本格的に報道いたしました。このような日中関係の改善というのは私たちは非常に重要視をしております。ですから、日本のメディアに中国の日本に対する見方を知っていただきたい。例えばある特定のネットに発表された言論ばかりに執着する、あるいはそういったものばかりに重きを置くのではなくて、重大な問題に関しては、中国側のメディア、例えばチャイナデイリーも含めて発表している論説、社説などについても注目していただきたいと思います。
山田孝男
去年、北京でこの会合に参加させていただいて、分科会で非常に印象に残っていることがあります。お互いにあの報道は何だとクレームを言い合った中で、たしか2004年春だと思いますけれども、瀋陽の日本総領事館に北朝鮮の脱北者の一家が駆け込んで、中国の警察が日本の総領事館の敷地の中に入り込んで捕まえてという映像を特ダネで日本のメディアが繰り返しニュースで流したということがあり、中国の複数のメディアの方が、中国が悪意を持って暴力的に日本を攻撃しているという歪んだイメージをなぜ意図的に日本のメディアは流すのかと言われて、私は虚をつかれる思いがしたのです。
あえて言えば、資本主義メディア特有のといいますか、おもしろい映像がとれた、これは視聴率がとれるという、イデオロギーや政治的な意図とは全く関係のない次元で日本のメディアが張り切って大きく報道したわけです。中国は反日デモを配慮して報道しているということがありましたが、それに対しては、全く配慮のない、実に非礼な意図的な操作ではないかという指摘があります。
それから、もう一つ、分科会で私が印象に残っているのが、たしか人民日報の方だと思いますが、どうして産経新聞や読売新聞はいないんだと。先ほど張先生がおっしゃったことですけれども、「中国の報道は全部国家安全部がコントロールしている」という報道は恐らく産経新聞ではないかと思いますが、朝日新聞や毎日新聞ではなく、産経新聞と一戦交えたいと、おっしゃった方がいました。
きょうの世論調査結果というのは、特徴は、日本側は対中感情がやや悪化しているということですね(この調査結果を見たい方はこちら/pdf)。これは先ほどの全体会議で麗澤大学の松本健一さんがおっしゃったことが私は胸にストンと落ちるのです。というのは、冷戦後に米ソの傘の中にいるという枠組みが崩れまして、自分の国は自分で守るということからナショナリズムが勃興してきた。極東の軍事ということをほとんどアメリカ任せ、もちろん今でもアメリカに頼っているわけですが、非常に現実主義的な政治意識というものが日本に芽生えてきた。そういう中、靖国神社については、発端は小泉首相の挑発であると私は思いますが、しかしながら、それに対する中国側の批判というもの、あるいは南京大虐殺ということが中国側の世論調査にも出ていまして、歴史認識と言えば南京大虐殺を思い出すということが最も多く出ています。こういうことは日本側から見ますと、つまり、現実的な政治意識というものが非常に研ぎ澄まされてきたといいますか、そういう日本人の意識にとって、中国共産党政権の戦術的な駆け引きとしてそういうことを言っているのではないかという受けとめ方が日本人の間で広がっている、そういう状況があると思います。
それは実際にそういう側面があると思います。歴史認識問題というのは、近現代史、国の成り立ち、憲法や民族や宗教というものと非常に深くかかわっておりますので、どこの国でも非常にデリケートな問題であります。そこのところは中国のメディアの皆さんに昨年もお尋ねいたしました。中国に言論の自由はあるのですかと言うと、当たり前ではないですかと先ほどもおっしゃったけれども、それはありますよと。中国の新聞の一面トップを見てごらんなさい、みんな違うでしょう、日本の東京で新聞を買ったらみんな一面トップは同じではないですかと去年やられましたけれども、それももっともだなと私は思いました。しかし、ここで申し上げたいのは、今申し上げた歴史認識というような問題、非常にデリケートな限られた問題については、中国のメディアというのは多元的な報道ができない環境にあるのではないかということです。そこのところはどうなのかという疑問は私はどうしても持つということを申し上げたいと思います。
※第4話は9/19(火)に掲載します。
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2006年09月15日
日中の相互不信とメディアの役割/第2回:「お互いのことはまだ十分に知らない」

「第2回/お互いのことはまだ十分に知らない」の発言者

熊澄宇(清華大学教授)
ション・チョンユィ
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1954年生まれ。米国ブリンガムヤング大学にて博士号取得、清華大学教授、文化産業研究センター主任、ニューメディア研究センター主任。国家情報化専門家諮問委員会委員、教育部報道学教学指導委員会委員、国家新聞出版総署(国家版権局)新聞業顧問。多くの高等教育機関で客員教授を務める。これまでに中国共産党中央政治局の招聘に応じ、集団学習の講義を持ち、国家の重大プロジェクトの指揮及び起草業務に数多く参与する。学術著作8冊を出版。

今井義典(日本放送協会解説主幹)
いまい・よしのり
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1944年生まれ。68年日本放送協会(NHK)に入り、地方局、国際部などを経て、ワシントンおよびニューヨーク特派員。95年から3年間はヨーロッパ総局長。この間86年から朝の「ニュースワイド」、93年から「おはよう日本」のキャスターをそれぞれ2年間担当。その後国際放送局長、解説委員長を経て、現在は解説主幹。

劉北憲(中国新聞社常務副社長兼副編集長、「中国新聞周刊」社長、高級編集者)
リィウ・ベイシエン
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1983年大学卒後中国新聞社入社以来、編集役、ジャーナリスト、社会の反響を呼んだ一部の報道記事を書き、編集。中国新聞社編集長室副主任、主任、報道部主任。90年代初任副編集長として、重要ニュースの企画、報道を担当。1997年香港に派遣を受け香港分社長兼任編集長。2000年本社に帰還、副社長兼任副編集長。2004年常務副社

