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2008年03月21日

「地方の再生」と地域提携 3知事座談会

 地方は「自立と再生」に向けてどう動こうとしているのか。山陰地域の2知事と佐賀の知事が地域の将来に向けて話し合った。

出席者:平井鳥取県知事、古川佐賀県知事、溝口島根県知事
コーディネーター:言論NPO代表工藤


投稿者 gnpo : 18:48

「地方の再生」と地域提携 3知事座談会 / 第6話:地域提携の可能性

2008年1月12日
福祉フォーラム実行委員会主催 「Japan’sea 福祉フォーラム8 in とっとり」


出席者:平井伸治鳥取県知事、古川康佐賀県知事、溝口善兵衛島根県知事
コーディネーター:言論NPO代表工藤泰志

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第6話:地域提携の可能性

工藤 もう1つ、提携というか、つながりという点では、市民社会の中でのつながりがあって、私もNPOですが、変化を感じる。どういう変化かというと、今までのコミュニティーは地域社会のコミュニティーでしたが、それを超えた横断的な何かの人の動き、ネットワークが今、日本全体にずっと続いてつくられているのではないか。

 北海道で、たまたま北海道の自立の議論を北海道の人たちとやっていたときに、私は、もし夕張市で何か1枚のドラマがあれば、絵とか写真でもいいのですが、多分、全国の人が支援に来るのではないかと言ったことがあります。そうしたら、地方の新聞社の人が、そんなことはない、夕張の破綻は人災だからと言いました。でも、あのとき成人式の話がテレビに出たら、いろいろな人たちが応援に行ったではないですか。

 東京でも、社会に貢献したいという人がかなりいる。それはすさまじい大きなエネルギーなのです。それを地域と結びつけることが必要な気もします。東京だけではなく、地域社会にも、市民の自立的な公を担おうという動きがいっぱい始まっていると思いますが、どう考えていますか。


「県庁職員にプラスワン運動への参加促す」

古川 すごく一杯あると思います。昔からの、例えば自治会や婦人会など、地域の縁で集まっていた団体のことを地縁団体といいますね。そういう地域の縁(えにし)で集まった方たちもあるし、志(こころざし)の縁で集まるNPOを担っている方もあるでしょう。そういった方たちを含めて、佐賀県ではCSOという言い方をしています。シビル・ソサエティー・オーガニゼーション、市民社会組織です。昔からやっていた人たちも、そして今、何かをやろうということで集まっている人たちも、私たち行政のパートナーですよという宣言をしてやっています。

 大きく2つに分けると、1つは、まず足元からやろうというので、職員に入れと言っています。婦人会とか地域の団体には普通みんな入りますから、役員をやれと。そして、県行政を一歩下がって見てみてくれと言っています。そうして見たときに職員の目にはどんなふうに映るかということです。

 例えば自分の子供が障害を持っている職員もたくさんいます。そういった職員たちは、そういう団体にも入って、その中で会長をやっている職員もいます。いろいろな団体の事務局長をやり、そういう中でいろいろな声を聞いてくる役割をしている職員もいます。障害を持つ子供がいる職員が障害福祉課で働いている例もありますし、そうした希望はなるべく聞くようにしています。もちろん自分が関わっているものに対してだけ有利になるようにとか、そんな仕事をする人はいません。基本的には、こういうものがきちんと県政の中で大事だということでやっていくのですが、でも、現場のことをよくわかっている人が実際に担当になると、気持ちが通じる点で全然違うことがあります。

 私は今、そうやってまずは県庁職員に、これは「プラスワン運動」と呼んでいるのですが、職場と家庭だけではなくて、地域での役割も果たしてくれと言っています。プラスワンだということで、やる職員が増えてきました。

 佐賀県は今でも消防団の組織率が全国1位です。先日、有田町の消防団に行きましたら、人間国宝になっているような人が帽子をかぶって行進していたりするわけです。そういう地域です。そうした昔からある地域のよさを絶対失いたくないと思うのです。

 一方で今、NPOの活動をやろうという人も増えてきています。そこで今、佐賀県が政策としてやっているのは「協働化テスト」というものです。例えば学校の教員だとか警察官の仕事、どうしても公務員でなければならない仕事以外の職務について、どこかやるところはありませんかといって募集しているのです。これを「協働化テスト」と呼んでいます。

 県庁の2000ぐらいの業務を、どこかやる人はいませんかといって、ずっと公募をしています。応募してくるのは400件ぐらいです。もちろんやりとりして、これはできませんねということもあります。しかし、例えば、県庁の中にある県民からのいろいろな相談を受ける窓口は、もともと県が直営でやっていたものを、いまNPO法人が受託してやっています。消費生活センターの相談業務も「NPO法人消費生活相談員の会さが」というところが受託して、実はそこが県内のそれぞれの市にある業務も全部受託しているのです。


「行政と違う形で公を担う組織が地域には必要」

古川 その結果、どうなったかというと、各市の相談と県に来る相談とを突き合わせてよくわかるようになりました。それぞれの市と県でやっていたころには情報が共有できていなかった。しかし、例えば、悪徳商法は日を追うようにして攻め上ってくる。福岡あたりから悪いものが入ってくるときは、東のほうから入ってくる。鳥栖市にきのう何か怪しげな水抜き工事をするという相談が来ているとかという話が来ると、2~3日しないうちに佐賀市に来る。NPO法人に委託したことによって、そういった情報を共有でき、レベルも高くなった相談を受けることができるようになりました。そういうことがいろいろな意味でできるようになると思います。

 ただ、課題も感じています。表現に気をつけないといけませんが、NPOの活動は、世帯主が一生やれる仕事になかなかなっていないのです。家計の補助者の人が収入を得ることを目的にせずにやれるNPOはいっぱいあります。しかし、主として家計を担う人が一生この仕事をやっていくだけの財政的、そして組織的にきちんと基盤を持った組織が、行政と違う形で地域に存在することが望ましいと思っているのですが、なかなかそういう形になっていません。

 私どもも、とにかくコストだけで外注すると、単に単価の安い下請けに出しているだけの話になっていってしまうので、そうではないということで一生懸命いろいろな工夫をしようとしているのですが、まだできていません。今、「新しい公共」という概念がありますが、そう言われる前から、そもそも私たちは、鳥取県も島根県も佐賀県もというか、我が国は昔からそういったことをみんな思っていたと思うのです。これからは、そういったものをもう一遍取り戻す作業をぜひやっていきたいと思います。そうすることによって、コストが縮減されるということではなく、より無駄がなくて、満足度の高い住民サービスが提供できるようになるのではないかなと思っています。


工藤 鳥取と島根の強みの中にボランタリー比率が高いという話がありました。そこが2県に関してはかなり強みとして戦略ができるのではないですか。

古川 そうですね。

溝口 古川さんはおもしろい話をされましたね。さすが先輩知事です。CSO(civil society organization)という言葉もおもしろいし、県の職員にそういうところで活動しなさいというのもおもしろいですね。

 私も、例えば退職した県庁の職員などは、公的な仕事もやっているし、そういう社会貢献活動に現実に入っている人が非常に多いのですが、もっとするようにしたらどうか、場合によっては、いろいろある社会貢献活動団体に現役の人が短期間出向するようなことはできないかということを研究しています。

 まだ研究段階ですが、県の職員などがシビル・ソサエティー・オーガニゼーションのようなところでやるのはいいことですね。自治会活動は土日などにかなり参加しています。自治会長のようなことやる人が多いのですが、そうでないところもやれるかどうか。きょうの話を参考にして少し考えたいと思います。

平井 私も結局、今までとは違った地域社会に生まれ変わらせていく1つのキーワードは、県民が担い手であって、しかも主役である、ということになってくるのではないかと思うのです。今までどちらかというと、これは公的なことだから、もう県庁にやってもらおうとか、市役所にやってもらおうということだった。ですが、皆さんだんだんわかってきて、どうせ頼んでもお金がないしな…と。やってくれるのが10年後や20年後になるかもしれない。それなら自分たちで一遍やってみよう、ここは元気出そうやと。そういう時代に今なってきていると思います。それがかねてからの地域でお互いに支え合う風土とマッチして、NPOの数もどんどん増えてきています。


「県の業務によっては丸ごとNPOなどに任せることも」

平井 鳥取県も、実はホームページで募集をしています。こういう業務があります、NPOなり何なりでこれを引き受けてもらうことはできますか、提案してくださいと。職員にも、消防団への参加といったように、地域参加をするよう働きかけています。やってみると、だんだん参加者が増えてきて、消防団の加入率もかつての2倍、3倍ぐらいに増えてきました。このように、今までやっていなかったことで、これからやらなければならないことがいっぱいあると思います。私は、従来からの単なる業務委託といった市民参加の時代から、次のステップへ行かなければならないと思っています。例えば、地域の公園の管理、河川や道路の管理、そういうものは丸ごと契約して、地域のNPOや地域団体に任せてしまうことができないだろうか。これは新年度でぜひパイロット事業のようにして、どこかモデル的にやってくれるところはないか探してみたいと思うのです。

 世界的に見ると、そういうことはもう当たり前のことです。例えばニューヨークのタイムズスクエアは、地域のスーパー町内会が経営します。ごみ拾いをする清掃員やガードマンは地域の自治体で雇っているわけです。それだけではなく、タイムズスクエアのあたりも歩道を広げ、世界中から来るお客さんを入れようとして、常に公共事業をやっていますが、この公共事業も、実は町内会がやっているのです。「コミュニティー・ディベロップメント・ディストリクト」ということでして、そういう地域を発展させる地区といいますか、オーガナイゼーションをつくってやっています。NPOの一種です。これに確かに市も補助金を出しますが、自分たちでも独自財源をつくっていますし、実は固定資産税の上乗せ課税をやっていて、これが主たる財源になっています。

 このように、もう公共団体がすべてやる時代ではないかもしれないなと思うのです。例えば、こういう小さな河川公園のようなところのスポットを丸ごとお任せします、イベントもどうぞ好きにやってくださいというわけです。今までだったら、何かやろう、改変しようと思ったら、常に役所の許可をもらってどうのこうのということになりますが、そうではない。もう皆さんにお任せしますからということです。モデル的に幾つかつくり始めてもいいのではないかと思っていまして、単にNPOとの協働ということでくくって言う委託的なものでなく、町づくりを皆さんでどうぞやってください、そういう世界をつくってみたいと思っています。


「市民が自立の試みを自分の問題として考え挑戦する時代に」

工藤 きょうは自立をベースに、ここまで話が広がるとは思わなかったのですが、それぞれ今、日本に問われている課題の1つ1つを、皆さん見事に追求して話していただいたと思います。

 私は、日本の中にきちっとした議論を起こしたいということでNPOをやっていますが、その活動の中で私も変化を感じています。インターネットの中ですごいコミュニティーができていて、そのコミュニティーにおける議論は、1カ月何億というか、すさまじいボリュームです。人を誹謗中傷するとか、レベルは低いのですが、でも、最近何か変わり始めたのです。

 私たちの言論NPOは難しい議論ばかりしているので、誰も見向きもしなかったのですが、最近、私たちのところに一緒に組まないかというアプローチがあります。まじめな議論をきちっとしたいという動きがかなり広がっているのを実感します。多分それは、日本の、地域も含めて未来に対して、自分たちも何か参加したいのだなという感じがします。

 知事の皆さんが言われたことは、逆に言えば、非営利セクターなり市民が問われている課題であって、つまり、結果として自立していくような市民市場を官ではなくて私たちがつくらないと、本当の意味での協働にならないわけです。それは私もまだ答えを出していませんが、多分、間もなくその答えを出さなければいけない。そうしないと、地域とか市民社会から、競争社会ではない、まさに共生の中でも競争力を持つという社会がつくり出せないような感じがしたわけです。

 きょうは、この3知事のお話を伺って、この3知事を得ている地方は幸せだと思いました。目線が市民側だし、経営の意識を持っていますし、この中で次に向けてのドラマなり挑戦が多分始まるのだなと思いました。ただ、それでも前途はかなり厳しい。それに対して答えはたった1つです。知事だけではなく、市民が自立の試みを自分の問題として考える、自分も一緒に挑戦するのだということです。多分それが一緒になったときに、地域から変革の改革が始まるんだなと実感しました。

 きょうは2時間にわたって、皆さん、非常にお疲れさまでした。どうもありがとうございました。


profile

溝口善兵衛(島根県知事)
みぞぐち・ぜんべえ
profile
1968年東京大学経済学部卒業、大蔵省入省。77年から80年在西独大使館書記官。80年主計局主査、大臣官房企画官、銀行局企画官、85年世界銀行理事代理。89年国際金融局開発政策課長、国際金融局総務課長、93年副財務官。94年在米国大使館公使。主計局次長、総務審議官、官房長、国際局長を経て、2003年財務官就任。04年より国際金融情報センター理事長。06年退任。

平井伸治(鳥取県知事)
ひらい・しんじ
profile
1984年東京大学法学部卒業後、自治省入省。福井県財政課長、自治省選挙部政党助成室課長補佐、カリフォルニア大学バークレー校 政府制度研究所客員研究員鳥取県総務部長、副知事、総務省自治行政局選挙部政治資金課政党助成室長を歴任後、2007年 2月に総務省を退職し、4月鳥取県知事選挙初当選、鳥取県知事に就任。

古川 康 (佐賀県知事)
ふるかわ・やすし
profile
1958年生まれ。82年東京大学法学部卒業後、自治省(現・総務省)入省。自治大臣秘書官、長崎県総務部長などを経て、03年無所属から佐賀県知事に当選。日本で初めてマニフェストを掲げて選挙を戦った政治家の一人であり、当時全国で最も若くして知事となった。07年に再選を果たし、現在2期目。全国知事会政権公約評価特別委員長。「がんばらんば さが!」をキーワードに、「くらしの豊かさを実感できる佐賀県」の実現を目指して県政に取り組む。

工藤泰志(言論NPO代表)
くどう・やすし
profile
1958年生まれ。横浜市立大学大学院経済学修士課程卒業。東洋経済新報社で、『週刊東洋経済』記者、『金融ビジネス』編集長、『論争 東洋経済』編集長を歴任。2001年10月、特定非営利活動法人言論NPOを立ち上げ、代表に就任。

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「地方の再生」と地域提携 3知事座談会 / 第5話:行政区域を超えた連携の意味

2008年1月12日
福祉フォーラム実行委員会主催 「Japan’sea 福祉フォーラム8 in とっとり」


出席者:平井伸治鳥取県知事、古川康佐賀県知事、溝口善兵衛島根県知事
コーディネーター:言論NPO代表工藤泰志

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第5話:行政区域を超えた連携の意味

工藤 世界を意識しながら連携し、競争する。しかも、経済圏というレベルでは、もう行政区域を超えて動き始めている。この動きの先はどんなふうになっていくのですか。つまり、そういう連携なり、経済的な展開が、行政区域を変え、デモクラシーという問題を上回ってしまうのでしょうか。


「グローバリズムの中におけるリージョンの新たな枠組み」

平井 多分、今は時代の変わり目だと思います。その理由は、1つは、古川知事が強調されていますが、経済はもう世界化しているということだと思います。EUができたときに、1985年に地方自治憲章をつくりました。いわば地方自治の憲法です。EUとして国同士がまとまるときになぜ地方自治の憲章をつくったかというと、結局、国境が取り払われていく中で、最後に住民生活と密着するところは地方のレベルである、ここの財政などをきっちりしましょうということです。例えば第9条には、特に財政の自主財源をきちんと保障しましょうということが書いてあるのです。

 今、アジアも変わってきたと思います。確かに国境はあり、日本、韓国、中国、ロシア、こういうように分かれています。しかし、事実上の国境は、経済界の手によってもう既に取り払われつつあるわけで、お互いに競争したり結びついたりということになりました。現に物は行ったり来たりしています。その中で、それぞれの地方がしっかりしていこうということになった場合には、地方自治をきちんとやろう。さらに、地方自治を取り巻くところ、これもヨーロッパもそうですが、リージョンとしてある程度グループをつくって、そこでまた新しい発想、枠組みをつくっていこう。こういうようになってきているわけです。

 こういう世界のトレンドを、今の日本は追いかけるようにして来ているのではないかと思います。ですから、それぞれの地方の中で市民社会が成熟してきて、行政との対話がきちんとしてくる。そして、パートナーシップに基づく事業がいろいろな意味で展開されてくる。そういう市民の力が成長してくるに従って、県庁や市役所なども変わってきている。さらに、市民活動、県民活動はそもそも境目がないから、それが他地域と結びついていく。そういう成熟化の時代を今迎えつつあるのではないかと思います。

工藤 よくこういうデザインをするときは、道州制といったように、まず形から入る人が多い。でも、形よりも実態的に何かの変化がそれを動かしてしまう。古川さん、そう理解していいですか。


「暮らしから見たら、県という制度は邪魔ではないか確かめる時代」

古川 私もそうだと思う。結果的にどうなるかという話です。佐賀県の東の端に鳥栖市があります。人口6~7万人で、鹿児島本線という九州の縦のラインと長崎本線という九州の横のラインのちょうど分岐点です。高速道路も分岐点です。そこにシンクロトロン光研究センターという放射光施設を県立で新しくつくりました。そこのオープニングに、福岡県知事がぜひ自分を出させてくれというお願いをしてこられました。なぜですかと言ったら、「これをあなたのところがつくってくれたから、うちの県がつくらなくて済んだ。こんなありがたいことはない。一言、感謝の意を表したい」と言う。福岡県の企業にもぜひ使えと言うからとか、いいものにしていこうやという話をされるわけです。それはもうやりましょうというので、やっていっています。

 福岡県にも医療施設はじめいろいろなものがあって、我々も助かっている部分があります。例えば精神障害の分野などは福岡に非常にいい先生がおられて、実態として、福岡県と佐賀県の両県をみていただいています。

 戦後、テレビ局もそうですし、医科大学もそうでしょう。何でも各県単位でやってしまって、昔から持っていた地域とのつながりをある意味切ってしまっている部分があると思います。全部フルセットで、各県でそれぞれ1個やりなさいと。それが逆に何か阻害要因になっているところが、今だんだん解き放たれつつあるなという感じがしています。

 私は、地デジに対応して、今度はテレビ局の再編もあるのではないかと思っていました。佐賀県にベースを置く民放は1局しかありません。フジテレビ系列のSTSというところで、あとはみんな福岡の局を見ている。それはそれで全然困りませんが、ローカルニュースだけは困る。私のような立場からすると、STS以外の朝日系列やTBS系列を見ていると、私の顔がほとんど出てこないのです。選挙のときなど、……。

工藤 麻生さんばかりですか。

古川 そう、麻生さんばかり出て、ちょっとあなたたちも頑張らないといかんよとかと言われる。私が出るときは、大概、何か困っているときとか、よくないニュースですね。福岡のマスコミは余りいい話は取り上げてくれないのです。例えばRKB毎日は福岡県の県域の局ではなく、佐賀県も含めたところでも電波が出せることを正面から認めるようにしてくれという話をするのですが、なかなかうまくいかないのです。

 今回、デジタル化を今の局の体制のままだけでやると、それぞれの局の資本が非常にきつくて、多分山間部も含めたところで、今見られている状態を全部確保するのは非常に大変だと思います。それよりも本当は塔が1つあれば、電波は4つも5つも出せるわけなので、まとめてテレビ局を少し統合したほうが、実はどこの地域に住んでいても、きちんと鮮明なデジタル波が見られることが確保できるのではないか。逆に各県単位というのが邪魔をしているのではないかなと思ったりもしています。

 だから、そういったところについて、いろいろな知事さんたちとも一緒に声を出していって、まず権限が先にありきとか、枠組みが先にありきではなくて、暮らしという面から見ていくようにしたい。県という制度が邪魔になっていないか、県域が邪魔になっていないかチェックするような時代になっているのではないか、言い換えれば、県とか県域とかがだんだん崩れていくのではないかなと思います。

工藤 今のような話は、多分5年前や10年前にはだれもしなかったのではないですか。変わったなと感じましたが、溝口さん、今の話をどう思いますか。


「行政が障害にならないような協調を強化する過程に」

溝口 おっしゃるとおりでして、経済活動が県境とかに影響されないで動くようになり、それがますます進んでいると思います。そういう中で、行政が障害にならないような協調を強化していくというプロセスにあるということです。道州制がそのずっと先にあるのでしょうが、その道筋はまだはっきりしませんね。これは日本全体でこれからよく議論しなければいけない問題だと思います。知事会でも議論をしています。

 国と地方との関係、あるいは仮に「道(どう)」というものができた場合に、「道」と「道」の間でやはり格差は残りますから、そういうものをどう調整していくのか。あるいは、「道」の中に含まれる地域の中でも格差はありますね。そういうものを一体どうするのか。難しい問題がありますので、これはしっかり議論していかなければならない。しかし、それは行政という、いわば人工的な世界の話です。そうではなく、日常生活、経済活動はそれと関係なく動きますから、行政がその流れに遅れないようにしなければいけないというのが当面の私の関心事であり、課題だろうと思っています。

工藤 EUの統合では、フランスとドイツが、単なる国だけではなくて、住民を含めてすごい交流をした。島根県と鳥取県はそういう相手方ですか。

平井 特に県境のところではそうです。

溝口 いろいろなところで交流がありますから、平井さんも考えは一緒ですが、県の職員なども時々一緒に集まって研修をやっている。研修といいますか、話し合う場をつくったりして、知事だけではなく、課長とか課長以下のレベルでも議論ができたりする。お互いに同じような問題を抱えているでしょう。産業振興ですと、鳥取はどういうやり方でやっているのか、島根はこうやっているよと意見交換したり、いろいろな問題を議論できるのではないかと思います。そういう問題も今年は平井さんと一緒にやっていきたいと思っています。


「島根、鳥取はアダプトプログラムなどで一緒に」

平井 お互いの県境のところは中海という海でして、これはラムサール条約の指定湖沼なのです。ここをきれいにしなければいけない。ちょうど今、新年度が水質環境保全の計画をつくり直さなければいけないときでして、こんなことは両県で絶対一緒にやらなければならないですね。

 すごいのは、この県域の人たちがみんなでこの中海のことを考えてくださっていることです。中海を大切にしましょう、というNPOの活動は幾つもありますし、あるいはアダプトプログラムといいまして、ここからここまではうちの会社、ここからここまではうちの町内会がやりますという活動もある。中には鳥取県議団の場所とかもあるのです。そのような形でアダプトプログラムでやっておりまして、溝口知事とも一緒にごみ拾いをしたこともあります。

 経済界では、安来、松江、境港、米子の各商工会議所の皆さんは、例えば中海、大山、隠岐といった圏域のすばらしい観光情報をポータルサイトに出そうと一緒になってやっている。これは米子の商工会議所がやりましょう、松江の商工会議所が担当して中海に船を浮かべるプロジェクトをやりましょう、といったように、相互乗り入れといいますか、一緒になってプログラムを組んでやってきているのが現実です。本当に人は完全にごっちゃになっていまして、例えば安来(島根県)の商工会議所の会頭さんの会社は米子(鳥取県)にあります。米子の前の商工会議所の会頭は、実は島根のルーツの方です。このように、ほとんど混在しているわけです。ただ、県境だけが引かれていたということではないかと思います。


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溝口善兵衛(島根県知事)
みぞぐち・ぜんべえ
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1968年東京大学経済学部卒業、大蔵省入省。77年から80年在西独大使館書記官。80年主計局主査、大臣官房企画官、銀行局企画官、85年世界銀行理事代理。89年国際金融局開発政策課長、国際金融局総務課長、93年副財務官。94年在米国大使館公使。主計局次長、総務審議官、官房長、国際局長を経て、2003年財務官就任。04年より国際金融情報センター理事長。06年退任。

平井伸治(鳥取県知事)
ひらい・しんじ
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1984年東京大学法学部卒業後、自治省入省。福井県財政課長、自治省選挙部政党助成室課長補佐、カリフォルニア大学バークレー校 政府制度研究所客員研究員鳥取県総務部長、副知事、総務省自治行政局選挙部政治資金課政党助成室長を歴任後、2007年 2月に総務省を退職し、4月鳥取県知事選挙初当選、鳥取県知事に就任。

古川 康 (佐賀県知事)
ふるかわ・やすし
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1958年生まれ。82年東京大学法学部卒業後、自治省(現・総務省)入省。自治大臣秘書官、長崎県総務部長などを経て、03年無所属から佐賀県知事に当選。日本で初めてマニフェストを掲げて選挙を戦った政治家の一人であり、当時全国で最も若くして知事となった。07年に再選を果たし、現在2期目。全国知事会政権公約評価特別委員長。「がんばらんば さが!」をキーワードに、「くらしの豊かさを実感できる佐賀県」の実現を目指して県政に取り組む。

工藤泰志(言論NPO代表)
くどう・やすし
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1958年生まれ。横浜市立大学大学院経済学修士課程卒業。東洋経済新報社で、『週刊東洋経済』記者、『金融ビジネス』編集長、『論争 東洋経済』編集長を歴任。2001年10月、特定非営利活動法人言論NPOを立ち上げ、代表に就任。

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「地方の再生」と地域提携 3知事座談会 / 第4話:地域の未来図をどう描いているか

2008年1月12日
福祉フォーラム実行委員会主催 「Japan’sea 福祉フォーラム8 in とっとり」


出席者:平井伸治鳥取県知事、古川康佐賀県知事、溝口善兵衛島根県知事
コーディネーター:言論NPO代表工藤泰志

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第4話:地域の未来図をどう描いているか

工藤 重要で本質的な質問をしたいと思います。平井知事が10年後のビジョンをつくるという話をされていますが、自分たちの地域の未来が見えていますか。ないしは未来はこういう形にしたい、単なる空想とか初夢ではなく、こういう形に私はしていきたいということを伺いたい。そのために、今こういうことが一番のキーワードになっているとか、どういうふうに皆さんの頭の中で設計されているのかということを聞かせてほしい。

古川 10年後の姿を去年の4月、私の2期目の選挙のときにマニフェストに書きました。物語にして、10年後にこんな佐賀県にしたいと。それを文章にして、実際にフラッシュムービーで映像にして、こんな感じにしたいということを出しました。

 ただ、10年間、知事をやるのかというと、4年間しかやれないので、10年後のこういう佐賀県の姿を目指して、今後4年間取り組ませていただきますということで出しました。そこで出したものは、佐賀県が、教育、環境、福祉という分野において、いろいろな人が暮らしやすい県になっている、そうした地域をつくる支えとしての産業基盤ができてきている、そこは世界を相手にしているというイメージで書いています。

 さきほどの平井知事のお話に出たような中小企業が世界の何%を占めているか、結局、世界の何%かにすぎない。今、世界シェアの何割を取る企業だったら世界の中で生き残っていけるのかということですから、そういった企業をどうやって誘致できるかといったことを今、一生懸命やっています。例えば佐賀県には、去年、小糸製作所という自動車照明器の会社が来てくれました。これは世界で1位、2位を争っている会社です。それが来てくれたことによって、関連の企業が企業誘致なしに来てくれるのです。小糸製作所から来てくれと言われるものだから、静岡県の関連会社などが自動的に何社も来てくれる。前はお願いしないと来てくれなかったのがどんどん来てくれるようになってきているという事実がある。その関連の企業も世界の中のシェアが非常に高い企業です。

 シリコンウェーハの生産で世界1位、2位を争っているSUMCOと信越化学工業という会社がありますが、そのSUMCOが世界一の拠点を伊万里にということで、企業誘致を始めて、水がないからだめだと言われるのを、とにかく水を持ってくるように県と市が努力することで、誘致に成功したのです。それは、何十キロもパイプを引いて、海をせきとめたところへ水を持ってくるという話を、何とか地元の理解も得て実施することにしたら、今度はさらに研究所も来てくれるようになった。


「世界で戦える産業基盤で地域を支える」

古川 繰り返しになりますが、産業振興を頭に描くときには、世界相手の中で何とかやっていける企業が地域を引っ張り、そこで働く人たちがそこに住む、それによって、例えば小売にしても流通にしても、いろいろな人たちがお金の使える環境ができていく、そういうイメージなのではないかと思っています。

 語弊がある言い方ですが、工藤さんもいらっしゃるので、あえて問題提起ということで申し上げますと、教員の数もそうですが、公務員の数が地方で減っている。さらに言えば、米子もそうだったと思いますが、国鉄時代、国鉄の職員が米子に何百人もいた。それが今JRになって何人になったか。多分ここにも鉄道官舎などがあったのではないか。昔の電電公社もそうです。あえてそういう言い方をしますが、電電公社や国鉄、あるいは電力会社もそうですが、実はそのような人たち、いわば準公務員的な人たちがいろいろな地域にいた。

 そういった方は、地域の中では比較的高い所得水準を持ち、しかも、毎月給料が支払われるという非常に安定した業種だったわけです。それが割と地域を下支えしていた。その分がどんどん減ってきている。いろいろな改革の中で、半分は親方日の丸のようだった組織が、民間企業として立派になったのはいいことだとは思いますが、それによって、地方においては、そこにいた人たちが相当減ってきていることを如実に感じます。

 今、佐賀市内にある空きビルで一番大きいのはNTTのビルです。これは地方都市に共通している話で、どこかのまちに行ったときに、一番大きな空きビルというと、大概大きな無線の鉄塔の立っている旧電電公社、今のNTTのビルが残っているケースが多いと思います。妙に国費が入っていたりするものですから、先日も貸してくれないかと頼みに行きましたら、会計検査院が入るかもしれないからだめだと言われたことがあります。そのように、なかなか良い使い道がなくて残っているというケースもあったりするのです。

 そういった過去のことを言ってもしかたありませんが、これからはきちんとした地域を支える産業、新しい主役が生まれてくる。それは農業も漁業も同じです。例えば今度、水産基地も再生していこうと思っていますが、小さなまちの漁業施設だから、これくらいでいいだろうではなく、そこで加工したものがEUにもアメリカにも輸出できるような、HACCP(食品の衛生管理方式)対応の設備でないと意味がなくなっています。世界の一定以上の水準のものを整備しないことには、そもそもつくったことがむだになるという話になっていってしまう。そんな時代だと思っています。いずれにしても、世界をいつも目の端に置きながら、地域に暮らす豊かさが実現できるような地域社会を築いていきたい。それが私の夢です。

工藤 世界的に戦えるような産業基盤を何としてもつくってみたいということですね。それは佐賀県だけで大丈夫ですか。九州も、隣の県も、いろいろなところも同じように今動いていますね。そのあたりはどういうイメージを持っていますか。


「自立するからこそ連帯を」

古川 だからこそ連帯しなければいけないと思うのです。自立は孤独にやっていくということではなくて、自分たちでやりなさい、考えなさいと言われれば言われるほど、自分たちだけでできることと、できないことも出てきて、そういったものは連帯してやっていくしかないと思います。地理的に隣はやりやすいという部分はあります。しかし、例えば、東京でもいいし、上海でもいい、物産センターを出そうかというときに、福岡県と佐賀県だと、実は共通してしまう。ところが、鳥取県となら余り競合せずに済む。これに、例えば山形県などが入ると、お互い特産物がダブらないから、一緒にやったほうがいいものができるということはあり得るかもしれない。自立だからこそ連帯する。そういう時代ではないかと思います。

工藤 今の話は本日の大きなキーワードだと思いますが、島根と鳥取はまさに一緒に、隣なので、そこあたりはどうですか。連帯ということも含めてどんなイメージを今考えていますか。

平井 溝口知事からもお話があると思いますが、私は今、古川知事がおっしゃったことで非常に大切だなと思い、かつ、過去を振り返って思い起こすのは、佐賀も島根も鳥取も、それぞれに日本海、玄界灘から向こうの大陸へと歴史的にはつながっていた地域です。弥生時代のことを考えていただければ、吉野ヶ里遺跡があります。あるいは荒神谷、加茂の遺跡などが島根県にありますし、私どものほうですと、この近くに、同じ市内に妻木晩田という遺跡がありまして、ここは152haあって、900の家の跡があります。大変大きなところで、我々は多分、全国で最大規模の弥生時代の遺跡ではないかと言っています。なぜここにそれぞれの遺跡があったかということを思い起こすと、今の古川知事のお話はつながってくると思うのです。これは大陸とつながっていたからです。

 今までの数十年は、戦後ずっとパックス・アメリカーナ、アメリカが支配した時代でしたが、ようやくここに来て、パックス・アシアーナと申しますか、アジアが支配する、そんな時代になってきています。このときに、同じ海に面した地域で連帯していくことができれば、随分と世の中が変わってくるのではないかと思いますし、そういう視点で10年後となれば、必ず対岸のところはもっと経済成長していますから、足跡をくっつけるかどうかだと思うのです。

 先ほど伊万里に新しい企業の進出の動きがあったとおっしゃってピンときました。企業は絶対に中国・上海など、向こうのほうを見ながら考えていると思います。我々の山陰は、確かに今までどうも大陸などとの結びつきにおいて弱い面はあったかもしれません。九州のほうが、それが進んでいるので、自動車工業などが発達してきたのだと思います。我々のところも、実は同じポテンシャルを持っていると思っていまして、こうした歴史観で10年後を考えてやっていく必要があるのではないかと思います。


「山陰全体で国際リゾートをつくる」

平井 連帯ということであれば、これは、今までぶつ切り的に見ていたものを組み合わせて見ることで変わってくるものはあると思います。実は今、溝口知事に大変ご協力いただいて、お願いしているのは、この山陰のところを国際的なリゾートにできないだろうかという構想です。豊かな人が、かつてはアメリカにいたものですから、アメリカからの外国人観光客ばかり念頭にありましたが、今は大分変わってきていて、特にアジアでは、台湾、中国、韓国、ロシアのお客さんにどうやって入ってきてもらおうかということがよほど大切な時代になってきています。

 しかし、まだそうした意識が私たちには乏しかったと思います。鳥取県といって売り込みに行っても、向こうの人から見たら、もっと広いところを見ないと意味がないわけですから、山陰国際観光協議会というものをつくりました。山陰全体でこの圏域にお客さんを呼び込むことが必要だと思います。これは東京や大阪との関係でもそうだと思います。むしろ、そうした意味で、場面、場面によっては両県が一緒になってやれることはあると思うのです。

 医療などもそうです。米子には、かつて米子医専がありました。いま、これは鳥取大学の医学部になっていて、山陰地方の病院には、多くの医師がここから散らばっています。田島のほうにも行きます。そういう意味で、安来の人や松江の人でもこちらの病院に来る。医療圏は、まず県で切れていて、さらにそれを医療圏に分けますが、実態としては両方にまたがったことで処理をしていかなければなりません。本来、医師不足の問題、あるいはがんに対する対策、これはこれから大切になっていきますが、がんの登録制度なども、それぞれのところの県ごとにやっていますから、こんなことも乗り入れていかなければならないでしょう。

 ですから、それぞれが自立して頑張れるところは頑張るのですが、ただ、対外的なこと、あるいは住民生活のことを本当に考えるのであれば、一緒になって連帯してやることの重要性が今は高まってきたと思います。


「鳥取、島根の連携は日常茶飯事に」

溝口 島根県は、昔は山と川で交通が分断されていて、それがいろいろな地域の交流にとって大きな障害でした。そこはかなり改善してきています。米子、境港、安来、東出雲、松江、さらに出雲に続く地域は、事実上1つの産業集積地となってきています。人口が65万ぐらいあって、日本海側では、新潟近辺、富山湾の近辺と並ぶような集積地です。そういうことから、関係市長のレベルでいろいろやっていますし、知事のレベルでも、平井さんとはしょっちゅういろいろな場でお話しすることがありまして、鳥取、島根の協力、連携がいわば日常茶飯事といってもいい。そういう時代になってきつつあるということを実感します。

 観光は1つのエリアとして、大きなエリアとして捉えて、例えば米子空港の役割を考える。アジアに開いた空路ですから、我々も一緒になって振興していかなければいけないと思っていますし、中海、宍道湖と続く、あるいは大山に続く地帯一帯が面として観光ができるようにする。さらに広くは、隣県の岡山、広島、山口とも、中国圏として進めている連携の動きを強化しよう、これは自然な流れです。その中でも、鳥取、島根両県の協力は、行政のレベルだけではなくて、企業経営者のレベル、商工会のレベル、観光協会のレベル、いろいろなレベルで進めるようになります。

 もう1つは、環境保護ということで一緒に中海、宍道湖の周辺の掃除をする。そんなことで住民の方々も共通した意識になってきています。私はそういう動きをさらに進めなければいけないと思っています。

工藤 もともと今回のこのセッションは、島根と鳥取とは知事が仲が悪いと聞いたことから引き受けたということもあるのですが、全然そんな心配はなかったですね。

溝口 少なくとも平井さんと私は(07年)4月になったばかりでして、過去にあまり引きずられてはいないと思います。


profile

溝口善兵衛(島根県知事)
みぞぐち・ぜんべえ
profile
1968年東京大学経済学部卒業、大蔵省入省。77年から80年在西独大使館書記官。80年主計局主査、大臣官房企画官、銀行局企画官、85年世界銀行理事代理。89年国際金融局開発政策課長、国際金融局総務課長、93年副財務官。94年在米国大使館公使。主計局次長、総務審議官、官房長、国際局長を経て、2003年財務官就任。04年より国際金融情報センター理事長。06年退任。

平井伸治(鳥取県知事)
ひらい・しんじ
profile
1984年東京大学法学部卒業後、自治省入省。福井県財政課長、自治省選挙部政党助成室課長補佐、カリフォルニア大学バークレー校 政府制度研究所客員研究員鳥取県総務部長、副知事、総務省自治行政局選挙部政治資金課政党助成室長を歴任後、2007年 2月に総務省を退職し、4月鳥取県知事選挙初当選、鳥取県知事に就任。

古川 康 (佐賀県知事)
ふるかわ・やすし
profile
1958年生まれ。82年東京大学法学部卒業後、自治省(現・総務省)入省。自治大臣秘書官、長崎県総務部長などを経て、03年無所属から佐賀県知事に当選。日本で初めてマニフェストを掲げて選挙を戦った政治家の一人であり、当時全国で最も若くして知事となった。07年に再選を果たし、現在2期目。全国知事会政権公約評価特別委員長。「がんばらんば さが!」をキーワードに、「くらしの豊かさを実感できる佐賀県」の実現を目指して県政に取り組む。

工藤泰志(言論NPO代表)
くどう・やすし
profile
1958年生まれ。横浜市立大学大学院経済学修士課程卒業。東洋経済新報社で、『週刊東洋経済』記者、『金融ビジネス』編集長、『論争 東洋経済』編集長を歴任。2001年10月、特定非営利活動法人言論NPOを立ち上げ、代表に就任。

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「地方の再生」と地域提携 3知事座談会 / 第3話:自立への道筋を探る

2008年1月12日
福祉フォーラム実行委員会主催 「Japan’sea 福祉フォーラム8 in とっとり」


出席者:平井伸治鳥取県知事、古川康佐賀県知事、溝口善兵衛島根県知事
コーディネーター:言論NPO代表工藤泰志

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第3話:自立への道筋を探る

工藤 3人のお話を聞いて、非常に可能性を感じ、楽しみだなと思いました。しかし、私も青森県が故郷で、田舎に時々帰るのですが、地域のバスにしても本当に高齢者ばかり。地方は仕組み的にはなかなか自立する段階まではいっていない。今、条件整備という話もありましたが、本当に、地方が国も超えて世界に向けて動き出すために、どういう仕組みの設計が求められるのか。

古川 江戸時代の末期のころ、佐賀藩も財政難になっているのです。しかたがないからみんなが、今風に言えば、ベンチャー(ビジネス)をやったわけです。例えば、江戸時代の佐賀県の主産業は焼き物(陶磁器類)でした。17世紀半ばごろ、中国は明から清に変わって国内が混乱したので、陶磁器の輸出ができなくなる。そのすきをねらって、伊万里、有田がヨーロッパとかオスマントルコ向けを中心に輸出を始めて、これが主産業になっていくわけです。よく考えると、当時もそうやって域外の富のあるところに自分たちの製品を持っていき、それで富を得て、何とか財政需要を賄っていたわけです。

 そんなことがどうしてできたのかというと、江戸幕府は、実は跡継ぎのこと以外は、あまり細かなことにほとんど興味を持たなかった。珍しい政権だと思うのですが、だから、ある意味放っておいてくれたわけです。

工藤 今は余り放っておいてくれないわけですね。

古川 今はものすごく丁寧に気を使っていただくものですから。でも、例えば、境港の港湾整備のあり方は、わざわざ江戸の幕府に考えていただくよりも、平井知事にお任せするとか、または、もっと身近なところにお任せするほうがむだなこともせずに済む、必要なことが早くできるのではないかと思います。だから、自分たちの目の届くところで、そうしたきちんとした判断をしていく社会にすることが、やりたいこと、やらなければいけないことができることにつながると思う。その意味での分権ということなのだろうと思います。


「国の一律行政が地域の活力を失わせる」

平井 国全体で一律にやろうというのは本来無理があると思いますし、活力を失わさせている原因にもなっているのではないかなと思います。

 例えば、ゲーテは1828年にドイツの主権はすばらしいという話をしている。それはフランスをばかにしているのですが、フランスはパリへの一極集中で、地方には文化がない。ドイツの場合はミュンヘンに、あるいは至るところにそれぞれの領主がいて、その領主は自分のところに美術品を集めたり、あるいは学校を開いたりする。だから、ゲーテは自慢をするわけです。ドイツは主権がきちんとそれぞれの地方に存在しているから、学校がない町はない。そういうことを言うのです。

 これは、実は現代にも通ずる話ではないかと思います。1つのところで全部考えをまとめて、すべてのことを行き渡らせようというのはそもそもシステムとして無理があるわけです。小さな島国とはいえ、1億2000万人の人が住む国ですから、なかなか難しい。

 障害者の自立支援も、もっと現場の感覚で物事を組んでいくようにしなければならないと思います。例えば障害者の問題でも、今3つの障害を1つの対策でやろうというのは理想としては正しいと思いますし、例えば職業を持てるようにしていこう、お金もうけができるようにしよう、それで最低賃金ぐらいは障害者の方も稼げるようにしようではないか。これは方向性としては正しいのですが、ただ、東京で通用することと、鳥取とか佐賀とか島根で通用することとは必ずしも一致しません。

 例えば、こちらは人口が少ない。介護保険であれば、青森もそうですが、高齢化が進んでいるので、高齢者は一杯います。ですから、介護保険のお客様もいて、ある程度のスケールメリットは地方でも大都会でも成立し得る。しかし、障害者ですと、発生率の問題ですから、人口が希薄な地域では、障害者へのサービスを効率よく、といっても、限界があるわけです。例えば、広いところから集めてこないと、20人の施設はできない。そうであれば、実際に送迎のサービスをやらないと、その施設はもたないことになります。これは多分、島根も佐賀もそうだと思います。

 ただ、ここまで障害者自立支援のシステムは予定していないわけです。東京や大阪であれば通える。少なくとも保護者の方とか周りの人が通わせるお手伝いをすればいいということになっていますが、山の奥のほうからどうやって行くのかということになると、これは通用するものではありません。

 あるいは、児童のデイサービスもそうです。障害のある子供で、しかも、学齢期未満の、学校へ入る年頃の前の障害児を鳥取県で集めようすると、人口がそんなに多いところではありませんから、東京や大阪みたいにはうまくいかない。しかし、これは全国一律の要件になっていますから、なかなか適応ができないということになる。

 だから、それぞれの地域なりの福祉の姿があっていいと思うのです。例えば、私どもであれば、障害者のサービスも、高齢者のサービスも、児童のサービスも、みんな一緒に1つの施設で提供するということを考えたい。しかし、現在の国の制度では、託児の施設と障害者とか高齢者のサービスとは相入れないものになっていて、1つの施設にまとめると、補助金返還の問題が生じてしまう。そういう矛盾があるのです。

 この辺は、国のほうの哲学なり法律なりの考え方はわかるのですが、そうはいっても、現場はこうだよというところから物事をつくり上げていくことが必要なのではないか。これが、分権が必要だと言われる本当の理由だと思います。そういうことをぜひ、江戸幕府のころのように、本来は地域の自主性で物事を動かせるように変えていく必要があるのではないかと思います。


「きめ細かなところまで霞が関で決めるのか」

古川 平井知事の児童デイサービスの決まりがおかしいではないかという話ですが、先日、政府主催の全国知事会議のときにも官邸で発言されました。私はなるほどな、と思って、あのときの発言要旨をいただいて、佐賀県はどうだろうと思って調べてみたのです。佐賀県の場合、比較的平地が多くて、大都市がないという点では共通していますが、割とみんなが自由に行き来できる地形的な環境があって、そういう問題はありませんでした。

 つまり、いろいろなのです。だから、この人口の場合はこうだとかと、それもまた一律で決めたらおかしいということなのです。本当に事情はいろいろなので、それをきめ細やかに補助金を配るときの要綱で決めてしまうのは、どうしても無理があるのではないでしょうか。おかしな使い方はだめ、そのときにはピシャッと厳罰が下るとしても、だからといって、そういったきめ細かなところまで霞が関でお決めになるのはどうかと本当に思います。

 サービスを複合させるという話がありましたが、佐賀県は宅老所とか、地域共生ステーションと呼んでいるところで、例えば介護保険なら介護保険のサービス以外のものも必ずやってほしいと、子供でも障害者でもお年寄りでも、そういった人たちをとにかく理由を問わずに預かるというものを、小学校単位で1か所ずつ整備していこうということでずっと進めてきています。

 こうしたことの共通点ではないかなと思うのは、比較的人口が散らばっている地域だと、1か所のところがいろいろな機能を果たさないといけないということです。専門のものをいっぱいつくろうとすると、どうしても遠くから集めないといけない。無理がない形にするには、何でも屋さん的に、コンビニエンスストア的にいろいろなことをやります、やっていいですという仕掛けにしていかないと、サービス提供がなかなかできていかないでしょう。

 今の制度では、それはいいよと国が言わないとできないということになっている。それはいささかおかしいのではないかということをずっとこれまでも訴えかけていて、少しずつ改善はされています。
溝口 おっしゃるように、具体的な仕組みは、地方が創意工夫できるようにしないといけません。その点で遅れているところがありますから、それを進めるのが我々の大きな課題です。

 もう1つは、私も外国に住んでみて感じたのは、日本の地形は山や川で分断されていて、ヨーロッパやアメリカなどと比べると、平坦なところが少ない。つまり、発展の条件は良くはない。そういう後進国が先進国に追いつこうとするときは、大体、先進国の高い技術・文化がまず入ってくる大都市から発展していく。今、アジアでそれが起こっています。中国では上海とか北京といった大都市が発展して、農村は貧しいままということが起こる。これはある意味で発展するときの1つのパターンです。

 そうした発展の過程で日本が行ったことは、そういう遅れた山間地域でも、大都市と同じような基礎的な行政サービスが受けられるようにするということです。それをずっと戦後やってきたのです。教育がその典型です。社会保障も同様です。その過程で、あまり平等というか、どこでも同じようにできるようにするために国の行政がやや細かくなり過ぎたから、そこを逆転しなければいけない時期に差しかかっていると思います。地域、地域で多様性を認めていい時期に差しかかっていると思います。しかし、まだ格差がありますから、その格差の是正は、国の地方に対する財政の手当ての充実という形で行っていかないといけません。近年、日本全体の経済が悪くなったため、効率性の追求にやや施策の重心を移してきましたから、それは少し戻してもらう必要がある。そういう動きが最近、少し始まりましたから、それを推し進めていく。それが1つです。


「若者がもう少し地方に残るような政策を」

溝口 もう少し大きい目で見ますと、島根もそうですが、そんなに就職の場が増えないので、若者は大都市に行って働き場を見つけようとする。大都市は刺激もあって、何でもあって、流行も早いし、チャンスもあり、若者の期待に応えてくれるような気がします。しかし、私は東京に長く住んでいましたが、大都市の環境とか、いろいろなことが影響していると思いますが、だんだん我々の子供たちが大都市に住んで子育てするのは難しくなっているように感じます。

 大都市に若い人たちが随分集まる。時々、東京に行って都心を歩くと、若者だらけで、我々は圧倒されるような感じがあります。しかし、日本全体を見ると、ややバランスを欠くようになっている。もう少し若者が地方に残るように国は政策として取り組まなければいけない。格差があるから支援をする、貧しいから支援をするという視野だけではなくて、日本全体が各地に生き生きした文化がある、生産の場がある、そういうふうにするためには何をしたらいいか、という、もう少し広い視点が必要です。それには、地方を住みやすくすることが必要です。地方のさきほど申し上げたような条件整備をもう少しやる、あるいは国立大学でも、大体、大都市にありますから、それを本当はもう少し地域分散をする、等々、いろいろなことがあり得ると思います。そういう目で国づくりをやっていく。これは島根県だけの問題にとどまりません。地方から声を上げていかなければいけません。

工藤 そこはどうでしょうか。地域に戻りたくても働き場がないというのも一方であります。たまに帰るのは非常にいい。ほっとするのですが、暮らせない。

溝口 そこに産業を起こさないといけませんね。それで、我々は産業を起こすのにどうしたらいいかと一生懸命なのです。

平井 確かに、溝口知事がおっしゃるこの論点が今の中心課題になってきたと思います。国は少し道行きを誤りつつあるのかなと思います。東京一極集中で全部集中していることは、子育てもやりにくくなったという話でしたが、それだけではなく、本当は高コスト構造も生んでいる。例えば、地代や住宅費、あるいは物価にしても高くなってくる。集中がゆえのコストがかかっている。よその国なら、こういうものは本来、地方に分散されて、それぞれに土地があり、それを活用し、そこの人を活用し、となっていく。そうならないとおかしい。


「いまは第2の過疎時代、国は産業再配置を」

平井 現在のように全国一律の制度だけでやっていくのは、どうもうまくいかないと思いますので、私は、ぜひ古川知事、溝口知事にもご理解をいただいて、産業を再配置するための改革手法を、国としてとるように働きかけなければならないのではないかと思います。例えば、企業が本社を佐賀県に移したら、それについて国は恩典を与える。税法上だとか補助金とか、そういうものを本来はやるべきではないかと思うのです。

 人口動態統計をみると、鳥取県は昨年、平成19年10月に60万人を切ってしまい、59万9830人です。ちょっと増えたり減ったりはしているのですが、まだ60万には届かない。なぜ減っているのか調べてみました。1つは自然減があります。少子高齢化ですので、お年寄りのほうが多くて、子供が少なければ、これはどうしても自然減になる。この自然減もだんだん大きくなっている。もう1つ特徴的なのは、平成14年くらいから社会減が起こっている。それまでは社会減は起きたり起きなかったりだったのですが。

 実は佐賀県も島根県も、平成13年、14年ぐらいから急に社会減が増えている。これは全国そうなんです。青森県も、秋田県もそうです。実は今は第2の過疎というべき時代なのではないか。今回は前の第1の過疎の時代であった高度成長期と違い、自然減と社会減が同時発生しているので、非常に深刻な状況だと思います。ようやく、ことしの正月になって、総務省が何かそうした地方への活性化の話を始めようとしているように見えるので、それはいいことだと思いますが、とにかく地方に産業を再配置するような新しいことを考えなければいけないと思います。

 それは無理やりと思われるかもしれませんが、実はそうではない。例えば、今、両知事にも飲んでいただいている「よなごの水」というペットボトルの水です。これはどこがつくっていると思いますか。これは米子市がつくっている。市の水道局の水をペットボトルに入れて売っているのです。

 実は、この会場でエコアジアという環太平洋地域などの環境大臣の会議をやりまして、そのときに米子市の水道局長が試みにつくってみたものです。そうしたら、なかなかおいしいということで、すっかりその気になりまして、そのうち売り出した。それがこの「よなごの水」です。今、この米子の水だけではなくて、倉吉市も水を売っていますし、本当のミネラルウオーターもコカ・コーラが既に工場を置いています。さらにことしの夏までには、サントリーが新しい工場をつくります。奥大山の水です。今、水と生きるというサントリーのロゴと一緒にコマーシャルが始まり、大山のすばらしい景観が全国に流れるようになっています。

 さっき溝口知事が強調されたように、見失われかけていたけれども、なるほど、本来、価値があることに今ようやく気付き始めている。ですから、食品加工業、あるいは伝統産業、そういうものも含めて、産業も新たな活性化ができる時代になってきたのではないかと思います。

 かつて新産業都市(建設促進法)などで産業分散をしたときに、各地域にそれなりの企業が立地しました。我々、鳥取県で言えば、電子産業や自動車関連の産業というものもありまして、技術もばかにならない。例えば、大画面のテレビの後ろ側にプラスチックのパネルがありますが、あの成形パネルをつくる型枠の全世界の8割を鳥取県の中小企業がつくっているのです。

 このように、それぞれの地域に、それなりの技術もあるので、決してできないことではないと思います。それぞれの人口規模、例えば70万、60万に合うような本社機能や産業機能の移転を、本来は進めていくべきなのではないかと思います。

工藤 つまり、地域にはそうした種がいっぱいある、それをうまく生かす仕組みをつくりたいということですね。

平井 そうです。実際企業誘致などに行ったりして、それでいろいろな手ごたえもないわけではありません。


profile

溝口善兵衛(島根県知事)
みぞぐち・ぜんべえ
profile
1968年東京大学経済学部卒業、大蔵省入省。77年から80年在西独大使館書記官。80年主計局主査、大臣官房企画官、銀行局企画官、85年世界銀行理事代理。89年国際金融局開発政策課長、国際金融局総務課長、93年副財務官。94年在米国大使館公使。主計局次長、総務審議官、官房長、国際局長を経て、2003年財務官就任。04年より国際金融情報センター理事長。06年退任。

平井伸治(鳥取県知事)
ひらい・しんじ
profile
1984年東京大学法学部卒業後、自治省入省。福井県財政課長、自治省選挙部政党助成室課長補佐、カリフォルニア大学バークレー校 政府制度研究所客員研究員鳥取県総務部長、副知事、総務省自治行政局選挙部政治資金課政党助成室長を歴任後、2007年 2月に総務省を退職し、4月鳥取県知事選挙初当選、鳥取県知事に就任。

古川 康 (佐賀県知事)
ふるかわ・やすし
profile
1958年生まれ。82年東京大学法学部卒業後、自治省(現・総務省)入省。自治大臣秘書官、長崎県総務部長などを経て、03年無所属から佐賀県知事に当選。日本で初めてマニフェストを掲げて選挙を戦った政治家の一人であり、当時全国で最も若くして知事となった。07年に再選を果たし、現在2期目。全国知事会政権公約評価特別委員長。「がんばらんば さが!」をキーワードに、「くらしの豊かさを実感できる佐賀県」の実現を目指して県政に取り組む。

工藤泰志(言論NPO代表)
くどう・やすし
profile
1958年生まれ。横浜市立大学大学院経済学修士課程卒業。東洋経済新報社で、『週刊東洋経済』記者、『金融ビジネス』編集長、『論争 東洋経済』編集長を歴任。2001年10月、特定非営利活動法人言論NPOを立ち上げ、代表に就任。

投稿者 gnpo : 17:10 | コメント (0)

2008年03月19日

「地方の再生」と地域提携 3知事座談会 / 第2話:経営者としての知事に求められること

2008年1月12日
福祉フォーラム実行委員会主催 「Japan’sea 福祉フォーラム8 in とっとり」


出席者:平井伸治鳥取県知事、古川康佐賀県知事、溝口善兵衛島根県知事
コーディネーター:言論NPO代表工藤泰志

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第2話:経営者としての知事に求められること

工藤 どうもありがとうございました。今の話の中にかなりキーワードがありました、活力とか自立とかです。ただ、私は、これから議論をしていただくことですが、確かに活力を持つような地方経営とか自立は重要ですが、そこまでの本当の答えを地域社会が見出しているのだろうかということが疑問なのです。

 日本はいまかなり厳しい。例えば、東京と地方との格差、財政問題、人口減少、高齢化という問題が多分、地域社会の中で非常に目に見える段階になっている。こういう大きな変化の中で、知事に問われている課題は変わってきている。一言で言えば、顔が見えるようになったのがこれまでの知事の地方の改革の1つの成果でした。知事や県庁が市民に何か見えてきた。それまではなかなか見えなかった。でも、見えてきたのはいいのですが、見えた知事が活力を持つ地域社会の経営が本当にできるのだろうか。まさに仕事ができるかということを問われている。
 
 私は地方の知事に会いに行っているのですが、きょうのお三方はまさに仕事ができる人ですが、あれ、こういう知事でいいのだろうかと思う人もかなりいるわけです。

 さて、地方の自立、また未来を考えた場合、地域社会の経営者として何をすべきか、その答えを皆さん見つけていますか。見つけているのでしたら、それは何か。見つけていないとすれば、何が今大きな課題になっているのか。そういうところから議論を始めたいと思います。


「県庁の中のシステム改革から、社会全体を動かす改革へ」

平井 地方の経営者として今問われているのは、今の話にも随分と出てきましたが、1つは、どうやって市民の活力というか、県民の皆さんの力を総合的に蓄えていくというか、発揮させていく。それができるかどうか。そこにかかっているのではないかと思います。

 工藤代表の話にもありましたが、これまでの改革派と言われるムーブメント(活動)は、いかに県庁などをオープンにするか。そして、県がやっていることと県民の皆さんとの接点をつくっていく。それはいわば県庁の中のシステム改革、行政の中のシステム改革の部分だったと思います。しかし、もっと踏み込んでいって、社会全体を動かすようなことになってこなければいけないのではないか。それが地域の活力、あるいはゆとりなど暮らしの豊かさにつながっていかないと、本当の意味の改革とは言えないのではないか。

 小泉さんの構造改革で随分とドラスティックな改革がなされてきたわけですが、それに伴って切り捨てられたものも一杯ある。それが地方のほうにしわが寄ってきているかもしれない。ですから、それをはね飛ばすためには生半可なことではないと思うのです。1つは、国に対していろいろと求めていかなければならない。地方として共同で声を上げていこうという運動も大切になってくると思います。もう1つは、では、我々の側で何ができるかということを考えていかなければならない。そういう意味で、従来とは質的に違った私たちの取り組みが求められるのではないかと思います。

 溝口知事のお話にもありましたが、今、随分と輝きを持った市民の力といいますか、県民の力が出てきているのではないかと思います。前とは随分と変わってきていると思います。試みにデータをとってみますと、鳥取県はボランティアへの結集率が34.5%。全国で一番ボランティアの参加率が高い県になっています。そして、第2位が実は島根県でして、結集率はほとんど変わらないぐらいです。山陰の人たちは、そうした意味で、地域でお互いに助け合っていこう、地域のことに貢献するのは、自然とともに暮らしているのと同じように、いわば当たり前の生活の一部になっている面があると思うのです。

 こういう世界であれば、大都会と我々は勝負できると思う。ここが生かせるようになれば、本当の意味で地域の力強さが、私どものような地方区でも生まれてくるのではないかと思います。それは佐賀でも同じだと思うのです。

 我々の地方部は、そういう意味で、都会とは違った力を出さなければならないのではないかというのが1つだと思います。
 
 あともう1つ、我々は、どうも足元のことばかり見て、分析主義的になっているのではないかということです。これが1つ気になります。特に県庁みたいな大きな組織の中でやっていますと、何か新しいことをやろうと思うと、すぐに100ほど問題点を挙げてくるのです。これは、我々の足元の地域社会でも同じことがあるかもしれない。因幡(鳥取県)のほうでは、「煮えたら食わあ」という。料理がグツグツと煮えてきたら、それを食べよう。それまではじっくりと見ているだけ。どうなるかなと見ている。こういうことでは、恐らくこれから突き破る、ブレークスルーのような展開にはなってこないと思う。

 ですから、前知事の片山さんの県政とはちょっと違うのは、先を見ましょう、将来のビジョンを考えながら、未来を考えながら、今を語る。そういう県政にしなければならないと思っています。今、県民の皆さんと一緒に将来のビジョンをつくり直そう、共通の理解を持とうとしています。共通の理解でこんな夢に向かって進んでいきましょうというものがあれば、我々はこういうことをやろう、うちの会社はこういうことをやろう、行政にはこういうことをやってもらいたいというのがおのずから出てきて、それぞれに別々の力で動いていっても、1つの方向性を持って地域を動かしていけるのではないかと思います。

 こういう将来のビジョンは世界観とも関わると思います。実際、我々の小さな地域だけの中で完結しようと思ってももう無理です。例えば、東京の若い人に何が受けるかということを考えるわけです。今、伝統産業でも意外と元気なところがありまして、中井窯というところは、昔の民芸という、ちょうど青と黒の染め分けのコーヒーカップをつくり、渋谷や横浜、そういうところの「ビームス」(セレクトショップ)に出しているのです。

 ですから、この辺りで売ったら2000円ぐらいのものが5000円ぐらいで売れる。そうなると、大変元気になってきまして、今、注文が殺到してなかなかでき上がらないということになっています。

 このように、もっと外に打って出ること、外とつながっていくようなことを考えなければならないと思います。ヒット商品というのは、意外とこんなことで生まれるんだなあと思うのですが、去年、我々は和牛の博覧会をやりました。そのときに、「妖怪の里」(鳥取県)関係の業者の方が、私ども東伯の和牛とタイアップして和牛カレーというものをつくりました。和牛カレーのレトルトをつくり、全国展開して売っています。

 たまたまギャル曽根という大食いの女の子が全国のそうしたレトルト食品の食べ比べをやり、ナンバーワンということで優勝したのが鬼太郎カリー。鬼太郎の好きな鳥取和牛カレーというものです。そういうことで売れ筋になったりする。ですから、意外なところでヒットをすることがあるから、どうやって外と連携していくかということを考えなければいけないと思います。私はことし、アンテナショップにチャレンジしようと思っています。鳥取県はこれが欠けていたので、東京でも発信拠点を持ちたいと思っています。


「競争社会の中で共生の地域社会が自立できる仕組みをどうつくるか」

工藤 お話を聞いていると、知事なのか経営者なのかわからないですが、それが今重要だということですね。

 聞いていて気になったのは、日本の中には、世界とも競争するような市場主義の競争社会と、みんなで助け合っていくような社会とがある。その軸を移すのが構造改革だと考えると、問題は、共生という地域の社会が、競争が行われる社会の中で自立するような仕組み、設計をつくれるかということです。また、その競争力を持てるかということですが、それはどうですか。そこに答えを出さないと、これは衰退してしまいますね。

古川 そこが本当に毎日毎日考えている話なんです。工藤さんから前にインタビューを受けたときにも、幕末と似ていると話しましたが、江戸時代は、私たちが習った歴史では、何か身分制度があって苛斂誅求(かれんちゅうきゅう)の悪い時代だったように習いました。それが今の最新の研究では、割と安定していた社会だったと言いますね。

 そのころは、自分が何者であるか余り考えなくてよくて、自分がやる仕事は決まっている。農家は農業をやる、漁業者は漁業をやる。商人(あきんど)は商売をやることになっている。自分が何になるかということも気にせずに、そして年頃になれば、じゃ、おまえにはこういう人がいいだろうと言われて結婚して、それで家庭をつくる。ある意味で、余り不安がないような社会だった。みんながうまくやっていたわけです。

 しかし幕末になり、それまでがちっと幕府が抑えていたのがだんだん緩むにつれて、それぞれの地域は何か頑張らなければいけないということになっていく。そして、一挙に近代になったときに、みんなものすごく不安になるわけです。身分制度は崩壊する。今までよかったことが全部だめになるという中で、では、近代人とか、近代国家とか、近代の地域はどうつくっていくかということで、ものすごく模索した時期があったと思います。

 日露戦争からしばらくの間に、何となく戦前の日本ができてきたと思いますが、それは戦後、否定された。その後、みんながこつこつ頑張って、松下幸之助さんに代表されるような、そこそこ日本式の経営と日本式の社会、非常に居心地のいい社会ができたわけです。地域においては余り競争しない。例えば商都、米子を含む地域のそれぞれに商業資本があったと思います。

 私が住んでいる佐賀もそうだし、唐津もそうでした。そこで一番大きな本屋は地元の資本でした。卸という機能が結構あちこちにありました。そこで買い物をする、つくっていく、そのときに、そこの地域に資本がたまるような仕掛けがあったのだと思います。それはそれで、割と居心地のいい社会ができてきていた。


「グローバル化による格差をカバーするのは地域コミュニティーと自治体」

古川 私が小さいころは、佐賀市内で一番大きな本屋は地元の資本で、社長はもちろん地元の方でした。今、一番大きな本屋は紀伊國屋の佐賀店で、ゆめタウンの中に入っています。かつて地元資本の本屋の社長は、地域のお祭りやイベントのときには、いろいろな意味でいっぱい還元をしていただいていましたし、自分でサロンのようなこともやっておられました。本の数は、今の紀伊國屋の佐賀店のほうがはるかに多い。でも、そこの店長は、かつての地元資本の本屋の社長ほどは給料をもらっておられませんし、また、地域との関わりの度合いも低いものです。

 そういった現象が、実は島根でも鳥取でも、そして佐賀でも同じように起きてきていると思います。それはなぜなのかというと、これは溝口知事が専門家でいらっしゃいますが、とにかく世界の中で戦わざるを得なくなっているということだろうと思います。今までお互いに非常に居心地のいいところで暮らしていたものが、今、さまざまな産業が、お互いの県同士で競争しているだけではなく、中国ともアフリカとも競争しているわけです。そういったことは、いい、悪いは別にして、認めざるを得ない。その際、我が国が世界的な競争社会の中でも何とか勝ち抜いていくために、改革自体は必要だったと思います。

 ですから、こういうグローバリゼーションはどうしても格差を生んでいってしまう。そのときに、では、それをカバーするのはだれなのかというと、私は自治体がやらなければ、誰がやるのだろうと思うのです。もちろんそれは、市民、県民がコミュニティーとしてやっていくのだと思います。コミュニティーがみんなをカバーしていく。そういう機能がある。そして、自治体はそれを補完するだろうと思うのです。グローバリゼーションの波の中、もうインターネットが当たり前になっていくと、国家がものすごい壁だった時代は、実はもう終わっていると思います。世界とコミュニティーというものに世の中が分化されるような気がしています。

 そのときに、地域に問われているのは、実はそこに住んでいる人を守る機能だろうと思います。ただ、守るためにはもちろんお金も要りますし、人々の考え方や行動も必要になってきます。では、それをやっていくのにどうしたらいいかというところで、国からお金をもらってくるということを抜きに考えるとすると、自分たちの地域の中にどうやってきちんと資本を蓄積させるか、お金が回っていくようにするかということだと思います。


「教育、環境、福祉などをやるのに必要なお金を産業振興でつくる」

古川 私がいつも言うのは、自治体がやらなければいけない仕事は、教育、環境、福祉、こうした分野です。ところが、そういったものをやっていくにはどうしてもお金が必要です。そのためには、やはりきちんと企業を呼び込むなり育てるなりして、もとになる税収を生み出していかないといけない。なぜ産業振興をやっているのかというと、本来、我々がやりたいことをやっていくための資金をつくるためです。例えば、きょうも会場にいっぱいお店が出て、クッキーやら何やらおいしいものを並べておられますが、ああいうクッキーを売ることがNPOの目的ではないかもしれない。でも、自分たちの目的としているところの障害者の生活を支えていくことをやるには、クッキーを焼いたり、ほかのいろいろなこともやっていかなければならない。私は、そういった意味で産業振興をとらえています。

 そうしたことをやっていくときにも、本当に世の中がまさに世界村化している中で、どうやって地域の産業を意味のあるものにしていくのか。1つでも2つでも実現していかなければと思い、最近、ずっと頭は産業のことでいっぱいです。

金属材料の学者によると、5円玉、10円玉、1円玉といった硬貨を鋳造するのに金属を使っていますが、今、金属の価格が急速に上がっているということです。ここ数年で特に上がって、5円玉は今、つくるのに2.5円ぐらいかかっていて、このままいくと、5円玉をつくるのに5円を超える時代が来るのではないかという。そうなった瞬間、5円玉がある日、流通しなくなるのではないかという話になり、そもそも硬貨って要るのかという話になったのです。硬貨というのは電子マネーではだめなのかという話になって、硬貨に使う金属は、金属でないとだめなものに使わせてくれないかというのが、金属材料の学者の意見でした。
 
 世の中で資源が足りない、足りないといっていますが、実は一番あると言われているのは、東京のような大都市である、そこには使われなくなったたくさんの携帯電話やPCがある。そこに使われている非鉄金属を丹念に拾うと、南アフリカよりもずっと豊かな資源が日本の中に眠っているということになるのです。

 私たちの県では、公共関与の産業廃棄物の処分場がことしの冬に完成します。そこで、単に要らないものを埋めるというのではなく、新しく地域の富を生み出すような仕掛けが何か考えられないだろうか、そのようなことを考えています。とにかく地域で何か暮らしていける、将来に向けて必要となる産業を生み出すことによって、本来、住民に対してやっていきたいものを進めていけるということが自立ではないか、そんなことをつくづく感じています。


工藤 ありがとうございます。非常に教訓的なお話で、まさに経営者の意識を持っているのに驚きました。こういう知事が日本にどんどん出てきたのだなとうれしく思いました。

 溝口さんは国際金融をずっとやってこられました。私が一昨日、政府の官僚の人たちと議論したときに聞いた話ですが、国家公務員が海外出張し、ロンドンなんかへ行ったとき、ホテル代が高くて都心に泊まれない。郊外の安ホテルにみんな泊まり、重い荷物を持って都心まで地下鉄で行って交渉するという。そのとき、彼らの多くは、安いホテルに戻って、日本が何か取り残されたのではないかという疎外感というか、閉塞感を非常に感じるそうです。

 つまり、今おっしゃったように、国家を超える世界の動き、世界そのものがグローバリズムにかなり大きく動いている状況の中で、日本そのものが非常に大きく残されているのではないか。でも、国家がだめでも、地方なり国民なり個人は、自分たちの意思をもとにいろいろなことを超える力があるのです。こういう閉塞状況を地方はどういうふうに突破できるのか。

溝口 おっしゃるように、県知事には経営者の感覚が必要だと思います。県下を回ると、元気な企業、あるいは元気な農業者はいろいろ工夫をしています。ほかと少し違うものをつくる。同じ手づくりであっても、農産物であっても、ちょっと工夫がある。

 世の中は、工業化が進む、情報化が進むという流れと同時に、昔と比べて、だんだん豊かになってきている。社会が成熟化してきている。そうすると、都市の消費者たちには、普段使いのものは外国からの輸入品でもいいけれど、本当に欲しいものは手づくりのものとか、ほかとちょっと違うとか工夫しているものが好まれます。しかし、そういうものは値段が高い。そうでない低中級品は大量生産できる、近隣諸国にかなわなくなる。それはしかたがない。

 それがグローバリゼーションです。日本は欧米に追いつくように明治以来やってきて、戦後もそれをやってきて、大体追いついたような感じです。ところが、日本の後に途上国、今は新興国といいますけれども、そういう国々が出てきて、その人たちがつくる製品は、品質はともかく賃金が安いので、先進国から技術が入ってくれば、安くできる。したがって、先進国は途上国ができないものをつくっていけばいい。島根などでいいますと、産業も大都市の人が喜ぶようなものをつくっていく。農業とか伝統的な産業はそうですね。


「豊かな自然、伝統文化を生かして人間的な生活を」

溝口 島根では去年、石見銀山遺跡が世界遺産に登録になりました。これは島根のまさに地下に埋もれていた地域資源の一つです。それが掘り起こされて、石見銀山の価値が世界に認められたので、観光客の皆さんが島根に来るようになった。そういったことがこれからもっと起こるだろうと思います。豊かな自然、古きよき文化、そういうものの価値が認められるようになったのです。都市にはないものです。

 また、こちらには温かな人間関係のある地域社会が残っています。例えば、島根県松江市の古い旅館に行くと、東京の人たちは、ここのサービスは東京と違うと感ずるようです。東京のホテルなどで非常にビジネスライクの応対を受けるのと違い、古い旅館に行くと、女主人から丁寧にあいさつされたりする。あいさつする人は普通のつもりでやっているけれど、東京などの大都市から来ると、ああ、こんなものが残っているのか、いいなと感じる。

 つまり、世の中はグローバル化して、質はともかく大量生産できる製品ではだんだん競争に勝てなくなりますから、違う分野に転換していかなければいけません。日本の大企業はそういうことをやったわけです。その影響はだんだん島根あたりに来ています。しかし、ここにはいいものが残っている。これから自立していくためには、もうちょっと条件を整備してもらうといい。さきほどの道路などもそうです。私どももだんだんよくなっているのは間違いありませんが、まだちょっと遅れている。そこを少し手当てしてもらうと、自立の基盤整備に役立ちます。それは国に対する要望です。

 しかし、我々も工夫、努力をしなければいけない。地元ではいろいろなことがなされていますから、それを我々県などが背後で支援していく。そうすれば、豊かな自然、古き良き文化の中で地域社会が残り、そういう中で本当に人間らしい、いい生活がだんだん地方でできるようになるのではないか。いったん、都市に出た人が戻る動きも少しずつ出ています。大都市で生まれ育った人が農業をやってみたいというので、島根にも来て、そういう体験を1年とか2年ぐらいするようなこともしています。それも社会が成熟化してきていることの反映だろうと思います。今、世の中で起こっていることは島根にとって決してマイナス面ばかりではないというのが私の感想で、そういうプラスの面を生かしていく。それはぜひやりたいと思います。


profile

溝口善兵衛(島根県知事)
みぞぐち・ぜんべえ
profile
1968年東京大学経済学部卒業、大蔵省入省。77年から80年在西独大使館書記官。80年主計局主査、大臣官房企画官、銀行局企画官、85年世界銀行理事代理。89年国際金融局開発政策課長、国際金融局総務課長、93年副財務官。94年在米国大使館公使。主計局次長、総務審議官、官房長、国際局長を経て、2003年財務官就任。04年より国際金融情報センター理事長。06年退任。

平井伸治(鳥取県知事)
ひらい・しんじ
profile
1984年東京大学法学部卒業後、自治省入省。福井県財政課長、自治省選挙部政党助成室課長補佐、カリフォルニア大学バークレー校 政府制度研究所客員研究員鳥取県総務部長、副知事、総務省自治行政局選挙部政治資金課政党助成室長を歴任後、2007年 2月に総務省を退職し、4月鳥取県知事選挙初当選、鳥取県知事に就任。

古川 康 (佐賀県知事)
ふるかわ・やすし
profile
1958年生まれ。82年東京大学法学部卒業後、自治省(現・総務省)入省。自治大臣秘書官、長崎県総務部長などを経て、03年無所属から佐賀県知事に当選。日本で初めてマニフェストを掲げて選挙を戦った政治家の一人であり、当時全国で最も若くして知事となった。07年に再選を果たし、現在2期目。全国知事会政権公約評価特別委員長。「がんばらんば さが!」をキーワードに、「くらしの豊かさを実感できる佐賀県」の実現を目指して県政に取り組む。

工藤泰志(言論NPO代表)
くどう・やすし
profile
1958年生まれ。横浜市立大学大学院経済学修士課程卒業。東洋経済新報社で、『週刊東洋経済』記者、『金融ビジネス』編集長、『論争 東洋経済』編集長を歴任。2001年10月、特定非営利活動法人言論NPOを立ち上げ、代表に就任。

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2008年03月18日

「地方の再生」と地域提携 3知事座談会 / 第1話:地域の課題をどう認識しているか

2008年1月12日
福祉フォーラム実行委員会主催 「Japan’sea 福祉フォーラム8 in とっとり」


出席者:平井伸治鳥取県知事、古川康佐賀県知事、溝口善兵衛島根県知事
コーディネーター:言論NPO代表工藤泰志


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「地方の再生」と地域提携

 地方は「自立と再生」に向けてどう動こうとしているのか。山陰地域の2知事と佐賀の知事が地域の将来に向けて話し合った。


第1話:地域の課題をどう認識しているか

工藤 ここには、やる気がある人、つまり、地域社会や福祉などに関してやる気のある人たちが集まっていると聞きました。私が東京でやっているNPOも、まさに日本のために議論しよう、という人たちが集まってつくられた組織です。

 私は去年から地方の知事を訪ね歩いています。日本の政治も日本の将来に対する答えをまだ国民に提起していないのですが、地域はどうなんだろうか。私は、それを地方に行って尋ねているのです。地域は今、非常に困難な状況にあるけれども、可能性を持っている。では、地方の、まさに経営者である知事は、その課題にどう取り組んでいるのか。それが私の最大の関心なのです。

 きょう来ていただいた3人の知事は、お二方は新人というか、1年生ですが、古川さんはもう有名です。お三方とも中央でもかなり実力のある人たちですが、いま地方の経営者となっている。私はそれに非常に関心を持ちまして、きょうのコーディネーターを引き受けたわけです。

 きょうの議論では、地域が未来に向けてどんな動きをこれから始めることができるのか。そのために市民やさまざまな人たちと提携をしながら、新しいドラマをどうつくれるのか、に最も関心があります。きょうはそういうことを目的にして約2時間にわたって議論します。

 まず初めに、知事の皆さんに、ことし、2008年は皆さんにとってはどんな年なのか、何をしたい年なのか、自己紹介を兼ねて話していただきたいと思います。では、鳥取県知事の平井さんからどうぞ。


「県単体で勝負できる時代は終わった」

平井 鳥取県知事の平井です。私はまだ新米の知事です。昨年4月の統一地方選挙で知事になる前にも、鳥取県で副知事などで行政をやっていたものですから、いろいろな方と知り合って、一緒になって地域づくりをしてきました。

 ことしはどんな年にしなければいけないかというと、やはり気になったのは、年初早々から景気の悪い話が随分飛び込んできたことです。まずは原油1バレル100ドルだとか、こういう時代に入ってきた。これがきっかけで円高が進み、ドルが安くなる。こんなことが株価にも影響して、株は下がる、片方で金がどんどん上がってくる。

 世の中、全世界マネーゲームになっていて、余ったお金がどこかにいって、これが相場を引き上げたり下げたりということになります。これが地域の経済にも随分と悪い影響を及ぼすのではないか。それが本当に懸念された年初だったと思います。

 ですから、ぜひことしは鳥取県、そして山陰や地方が元気になるような年にしていきたいと思っています。その意味で、いろいろと仕掛けていかなければならないだろうと思います。年初早々に、例えばぜひとも企業誘致を進めたいとか、地場の企業さんに元気になってもらうような施策を県民の皆さんと一緒に考えていこう。そのための庁内のプロジェクトを1月4日から立ち上げたりいたしました。こうやって取り組んでいかないと、あっという間に地域間格差は、もっと開いていってしまうのではないかという懸念を持っているわけです。

 これからは鳥取県、あるいは島根県、佐賀県という単体で勝負ができる時代はもう終わってきたと思っています。道州制の声も聞かれるようになりましたが、道州制にいくもっと手前のところで、お互いに一緒になっていろいろなことができるのではないかと考えています。ですから、地域間の連携をしっかりとやってみたい。島根、あるいは兵庫、岡山といった隣県とのきずなを深めたり、さらにはアジアの中での日本、山陰、鳥取県という考え方で、アジアに向けて私たちが飛び出していくようなことをしなければいけないと思っています。

 昨年はアシアナ航空が米子からソウルへの飛行機を運休したいと言ってきた件で随分と県内をお騒がせしました。その後、大分県や長崎県も運休の危機にさらされていまして、今になってみると、私どもは一歩先にこの経験をしていたと思っています。何とか県民の皆様、山陰圏域の皆様の力で運休を阻止できましたけれども、これを持続させ、成長させるとともに、さらに海の道を開けないかなと思っています。これはまだハードルが高い話ではありますが、航路で対岸の韓国やロシアとつながっていくことができるようになれば、鳥取県が日本海に面した、大陸に近いこの地にあることが地域にとって初めてメリットとなってくる。そういう年にできればと思っています。いろいろとチャレンジは多いけれども、皆様と一緒になって頑張りたいと思います。


「制度よりも住民の意識のほうが問題」

古川 佐賀県知事の古川康です。去年の佐賀県を振り返ってみると、いろいろなことがありましたが、非常にいい年だったと思っています。

 1つは、去年1月の頭に『佐賀のがばいばあちゃん』という自伝的小説がドラマ化されて、CX(フジテレビ)系列で放映してもらい、20%ぐらい視聴率がとれました。そういうところから始まって、佐賀といえば「がばい」みたいな感じのイメージが割と発信できた年でした。『佐賀のがばいばあちゃん』というのは、B&Bの島田洋七さんが小学校から中学校のころ、佐賀県に住んでおられたのですが、一緒に住んでいたおばあちゃんが非常に明るく貧乏を生きているという人だったということで、そのおばあちゃんとのエピソードをいろいろ書かれた本です。

 島田洋七さんは、当時、勉強ができなかったと言っていて、例えば通知表が1と2ばっかりだったといいます。そういう成績表が返ってくると、「0じゃなければええ。1とか2を足していけば5になる。」と言ってもらったという。歴史の答案には、「ぼくは、過去にはこだわりませんと書きんしゃい。」と言う。漢字の答案には、「ぼくは、平仮名だけで生きていきますと書け。」そんなことを言われたといいますから、非常にポジティブなおばあちゃんだったわけです。

 そのほか、当時、戦後すぐの話ではあるわけですが、本当にお金がなかったというので、おばあちゃんは、道を歩くときには腰にひもをつけ大きな磁石を引きずって歩いていた。そうすると釘のような金属製品が磁石にくっつくわけです。昔は金属製品はお金になったので、そういったもので少し稼いだりしておられたわけです。最近、佐賀県内では公共事業に使う金属製品が資材置場から盗まれるという事件が発生しておりまして、何か数十年たって金属の価値が昔に戻ったような感覚もあります。

 その『佐賀のがばいばあちゃん』が非常にヒットしたので、小説は2作目、3作目が出ました。佐賀県1区選出の福岡資麿(たかまろ)代議士という、障害福祉の分野に非常に熱心に取り組まれていて、今も衆議