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 第1話: 「アジアの世紀と懸念される日本のナショナリズム」

加藤紘一(衆議院議員、元自由民主党幹事長)
かとう・こういち
profile
1939年生まれ。64年東京大学法学部卒業、同年外務省入省。67年ハーバード大学修士課程修了。在台北大使館、在ワシントン大使館、在香港総領事館勤務。72年衆議院議員初当選。78年内閣官房副長官(大平内閣)、84年防衛庁長官、91年内閣官房長官(宮沢内閣)などを歴任。94年自民党政務調査会長、95年自民党幹事長に就任。著書に『いま政治は何をすべきか—新世紀日本の設計図』(99年)、『新しき日本のかたち』(2005年)。


「アジアの世紀と懸念される日本のナショナリズム」

 21世紀はアジアの世紀だとよく言われていますが、多分そうなるのだろうと思います。今、世界のGNPで考えてみますと、アメリカを中心としたNAFTAブロックは13.3兆ドルのGNP、EUがほぼ同じで13.4兆ドル、アジアは9.8兆ドルです。このアジアの中には、日中韓、香港、台湾、そしてASEAN諸国とインド、パキスタンを入れてあり、2004年、2005年、2006年の世界銀行の統計に基づいて計算しました。他方、世界の人口は64億人ですが、NAFTAが4.3億人、EUが4.5億人なのに対し、アジア諸国は32億人で、世界の半分です。そして、アジア諸国の人々の色々な意味での能力は最近急速に上がってきています。アメリカのIT産業は、中国とインドで成り立っていることはよく知られています。このアジアの地域で経済活動が相互交流することによって、特に知的所有権の寛大なる交流を通じて発展し合ったならば、非常におもしろい社会ができます。

 単にGNPだけではありません。様々な異なった宗教と文化がある。だから、アジアはまとまりにくいと言われていますが、色々な異なった価値観、宗教、文化、文明があることは、これからの世の中では、それ自体が豊かなことであるということをみんなが感じるときが来るのだと思います。そういう中で、アジア諸国の中で大きな指導的な役割を果たさなければならないのは、日本と中国とインドだと思いますが、その日本と中国の間で、相互信頼、相互理解が何かによってブロックされると、それは大変な損失になります。大きな国力を持つ中国と日本が総合的に考え、色々な意味で仲よくするために、よほど努力をしなければならないのだと思います。

 私は政治家をやって35年になりますが、最近の日本国内を見ると、ナショナリズムが、その間で最も強く、なおかつ懸念されるものとなっています。我々は今、ナショナリズムというものにぶつかり、ある意味では戸惑っています。国歌を歌うことを何となく控えるように教えられてきた日本が、今、国歌を歌おう。日本の主張を述べようということは避けなければならないと思っていたのに、それを言うべきであると思うとき、それはいいことなのだろうか、それとも健全な当たり前のことなのだろうかと、みんな戸惑っています。本当は国歌ということを言わなかったはずの若者が、ワールドカップの応援に行くと、頬っぺたに旗を塗って応援します。それを見て、60代、70代の方の中には、最近、若者が変わって怖くなってきたという言葉を言う人もいます。

 一方、大きな新聞メディアや雑誌メディアとは全く異なる漫画については、その中で最も売れているのは、小林よしのりという作家の描く「ゴーマニズム宣言」です。それは、「傲慢かましていいですか、傲慢な態度をとらせていただいていいですか」という意味で、「とにかく今まで静かにしていたのだから、こういう人生、こういう国は嫌だ」と、それは理屈のない傲慢さかもしれませんが、そういうことを言わせてくれという漫画で、彼が1つ描くと30万部、40万部も売れます。既に4~500万部ぐらい売れており、若者が読んでいます。私も読みました。

 ちょっとこれは無視できない問題だろうと思っています。私たち国会議員は一種の世論調査業でして、国民の意識を新聞の世論調査のデータで見るだけでは満足できません。なかなか優等生答弁で世論調査に答える国民が多い中で、我々国会議員が選挙区や色々なところで直接有権者に会って感じる意識調査はかなり本物です。もし間違えると当選しないわけですから、本気で調査しているのですが、やはりナショナリズムについての分析は非常に大切なことだと思っております。


※第2話は9/12(火)に掲載します。

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2006年09月10日 11:31

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コメント

世界が見えない日本のマスコミ080517
 江戸時代まで、日本の世界は“日の本(ひのもと)、唐土(もろこし)、天竺(てんじく)”が天下(てんか)で良かったのだ。現代の日本のマスコミでも、変わらない様な錯覚を覚える時がある。ヨーロッパやアフリカ、中南米では何事も起こっていないのであろう。日本人は日本列島内で生きてゆけば良いのであろう。世界の事などどうでも良い。日々記者クラブ発のニュースで満足していれば問題は無い。遠い世界の事など知る必要が有るだろうか。

 日本人が国際化など出来る訳がないだろう。現代の国際情勢などマスコミにとって関心の外の事なのだから。事件があれば取材クルーが飛んで行って報道するが、通常は関心の外である。日頃、夫々の地域の人々は問題をどの様に感じ関心を持っているのか、日本人と関係が無い事には、全く関心を持たない日本人を作っているのは、他でもない“日本のマスコミ”の責任ではないであろうか。

 現代のマスコミは“記者クラブ”に寄りかかり自ら取材する努力を忘れている。報道機関としては落第点である。“官庁の広報機関”であるとするなら、当然合格点を差し上げる。

 更に問題なのは、マスコミ機関が皆横並びで、報道機関毎の変わり映えが無い事で有る。皆横並びに記者クラブ発のニュースを発信しているのである。従って、専門的ニュースに係る専門家は不必要である。タレントが面白おかしく茶化しながら、番組を盛り上げることが、視聴率向上の決め手に成って来る。教育番組は、クイズ番組にでもしなければ、番組が盛り上がらない。番組を盛り上げるのはタレントの仕事に成って来る。

 そうではなかろう。本来、日本の様に大きなマスコミを抱える国で、日本列島内に縮こまっていたのでは、世界は見えてこないし、日本人を国際人には育てられない。日本人を国際人に育ててゆくには、日本のマスコミ自体が、世界のあらゆる所に進出して行かねば成らない筈である。国際的マスコミ人や世界的学問研究者を輩出して行く覚悟が、本来求められているのではなかろうか。

 私は、日本人はその様な力を持っている筈であると考えている。その様な努力こそ日本人の国際化を促す道と考えている。小さな事件を追いかける事が、本来の報道人ではない筈である。報道機関の“社会部“は現代的には”国内部“と言う小さな部署であるべきだ。現代的には”社会部“は”国際社会部“であるべきだ。 本稿はyahooブログ「感性文化」http://blogs.yahoo.co.jp/toudaimori_ytにも投稿します。

投稿者 由井寿一 : 2008年05月17日 19:48

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