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 このテーマ「日本の外交 どこがおかしいのか」にコメントする・見る

言論ブログでは、本物の議論の提案をしていきます。
2月・3月は「日本の外交 どこがおかしいのか」をテーマに語っていただきました。

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2006年02月01日 01:25

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コメント

私も現在の日本の外交不在、特に近隣諸国への全くの配慮の無さに危機感を覚えています。1932-1945年の間に近隣諸国、特に中国で1000万以上の人名が失われた事に対して”不幸な事”で済ましています。其れより更に問題なのは同じ時期に200万以上の日本の若者の多くが無駄な死を遂げている事に対して政府が(特に小泉首相)その事実を直視しせず唯ただお国のために戦ったと美化している事す。
歴史の評価は既にはっきりしているのです。あの時期日本は其れまでの多くの西欧諸国(米国も含めて)がしてきたように他国の植民地化そして侵略戦争を行ったのです。唯違いはそのやり方が大変下手だったのと天皇の下の軍国主義で内外の人命を大変軽く見たことです。
日本の戦後60年の歴史は世界に誇るべきものです。又本当に忌まわしい軍国主義の時代は日本の歴史に中で本当にわずかのものです。其れにもかかわらずが近隣諸国に対して友好的な付き合いが出来ないのは日本国自体ががあの戦争の責任を国民に対して認めていないからです。それどころか最近の政府高官の発言はかっての軍国主義の復活すら匂わせます。靖国神社参拝など論外です。日本国首相は近隣諸国(特に中国,韓国)並びに日本国民にあの太平洋戦争(日中戦争も含めて)は過ちであったと認め二度とそのような過ちを繰り返さないと誓うべきです。そして今後顔を高く上げて堂々と近隣諸国並びに世界との外交を進めて行くべきです。
(グレン・S・フクシマ氏第4話「日本の外交は戦略的とは言えず、孤立を深めているようで懸念している」への投稿 2006年02月15日 11:00)


投稿者 牧野昭次郎 : 2006年05月30日 11:23

「靖国神社に参拝するのは心の問題だから、、、、」と言う人は多い。その根底には「心の問題には他人が立ち入ることは許されない」という前提がある。しかし「人間の心に間違いはない」のだろうか。心の中は間違いだらけであると思う。その点では釈迦やキリストも完全な心ではなかったであろう。もちろん、普通の人よりは遙か良い心を持っていたであろうと思うが。
 食うに困る人が、食べ物を盗んだとしよう。腹が減れば食べたくなる、しかし金がない。そこで『盗む人』と『盗まない人』に分かれる。その分かれ道は心の分かれ道の問題でもある。窃盗は法律に触れる問題であるが、法律以前の倫理の問題でもある。
 では靖国神社をどう考えるべきか。靖国神社の成り立ちと、戦後処理の経過を考えれば自ずと答えが見えてくる。靖国神社は神が造ったものではなく、人間が造ったものである。その神社に心を持って行っただけの話である。新しいものを造って、そこに心を持って行けば同じことである。なぜ靖国にこだわるのか私には理解できない。靖国神社にこだわる必要は何もない。それでも靖国にこだわるというのは「利害」が入り込んでいるからだろう。「利害」を思うのは人間のもっとも間違った心である。「利害」で動いている限り人間社会に平和はやってこない。論理的に正しい方向に向かって動くべきである。それが正義である
(加藤紘一氏 第2話「靖国問題」への投稿 2006年03月10日 09:39)

投稿者 堺の一休 : 2006年05月30日 11:44

栗山 尚一氏の第2話について

大変順当な見方であり、先生の意見に賛同します。
「歴史は繰り返す」と言われていますが、昨今の状況を見ているとこのままではいずれ30年位すると戦争を起こしそうなそんな足音が聞こえる気がしてなりません。
 
2-3年前、G7の会議の折り、イタリーのべ首相を相手に平気で「ボンジョルノ、スパゲッティ ナポリタン」と声を掛ける小泉首相では”honorable"とはほど遠いように思います。
(栗山尚一氏 2話「靖国問題をどう考えるか」への投稿 2006年03月18日 12:27) 

投稿者 匿名 : 2006年05月30日 11:49

ドイツの60年来の「努力」の中身を教えて下さい。東西ドイツに分かれて1990年の統一まで45年間、日本はサンフランシスコ講和、対アジア、対中、対韓全て国際的に見ても非難されるべきところの無い講和と平和条約を結んで居ます。
西ドイツがNATOに加盟し、なし崩しに国民皆兵徴兵制を認められたのはソ連、東欧諸国に対する西欧諸国の西ドイツの利用で有り、西ドイツの自主的なものでは無いのでは無いでしょうか東ドイツを始め東欧諸国との間に講和条約、平和条約が結ばれたのでしょうか?1990年のソ連崩壊、東西ドイツの統一まで何もしていない、ナチスに託けてドイツ人には責任は無い、但しナチスの残党は自分達で処理をする。
これだけの事では無いでしょうか?努力の内容と対応を国として何をし、東西統一後もどのような謝罪をドイツとしてしたのかをお教え願いたいと思います。
(グレン・S・フクシマ氏第1話「なぜ、日本では近隣国との問題を乗り越えるための議論が少ないのか」への投稿 2006年04月09日 14:38)

投稿者 古田 : 2006年05月30日 11:55

首相の靖国神社の参拝については、私も反対で、
一国のシンボル的にも見えてくる首相が、公式に参拝するなどということは
大体こうした神社自体が「ここに英霊等を祭ったことにしたよ、だからここに
英霊などがいるのだよ」という仮想の約束事の上に成り立ったもので、

 ここに参拝する殆どの人は、何らかの自己をパーフォーマンスする為である
と考えられます。 小泉さんの場合も間違いなくこれだと私は断言したいです。

 なぜなら、小学生位のわけのわからない子供ならともかく、分別のある大人で
一国の首相ならば、個人の思いと、首相である立場から生ずる誤解を勘案すれば
参拝することは当然控える立場をとる事と成るはずだと思うからです。

 兵隊で幸いにも生き延びてきた人が近くにいまして、その子供がわたしとほぼ
同じ年齢なのですが、終戦記念日の八月の十五日の正午には、何をしていても、
その場で立ち止まって黙祷をささげるという躾を受けておりました。

 このように、本当に戦没者に哀悼をささげる気持ちがあるなら、どこでもそれ
は出来る事であり、わざわざ神社などの宗教施設に行く必要は全く無いのです。

 小泉さんが首相に当選した一ヶ月位は何か新しいことをしてくれるだろうと、
期待しておりましたが、靖国神社参拝をしたことで、この人は偽者だと見抜いた
積りです。 

 大半の国民は小泉さんという人が、結構どこにでもいる、余り物事を深くも考
えない、流行歌のような人と思っていたのではないかと私は思ってます。
honorableなどととても思えません。 それでも当時の役割だったのかな?一応
その位置にいたのだから、そうなのだろうと思う程度ですね。

 ちょっと違いますが、これと似た例で柳沢大臣の「女性は産む機械」発言が
マスコミや民主党などの野党に利用されておかしなことになってます。
 大臣であるから、発言に気をつけないのだから、当たり前といえば、それま
でですが、、

 あの発言全体を聞くと、決して大臣が女性を産む機械と思っているわけでは
ないことが判ります。 あれは、人口というものを統計とかそういう立場から
考察する時、例えば数値化に類した思考形態をとり、何かに例えようとした時
に、直ぐに思いつく安易な例えを使用してしまった。
 それが運悪く人間の人権に結びつくものであったということでしょう。

 それでも、この言葉というものは、誰かが指摘して主張して問題化した時に
言葉が一人歩きし始めて、報道するアナウンサーまでもが次第に「女性は産む機械」
と柳沢大臣が思っていると引きずられる始末です。

 このようなことからも、逆に首相が靖国神社を参拝することがどれほどの
悪影響を国民に及ぼすか懸念するところです。

 最近の政治の方向を見ると、先の大戦の教訓が生かされているというよりは、
忘れ去られている(喉もと過ぎれば暑さを忘れる)と思え、

 結局は戦争の方向に進んでいるように見えます。 憲法九条の戦争の放棄とい
う言葉に振り回されている間に、「戦争という言葉を反芻しているうちに」逆に
戦争する方向を向かなくてもいいのに向いているというように見えます。
そうであれば、なんと愚かしいことか思います。

こんなのは、
 私は以前から思うのですが、自衛隊の名称を以前の警察予備隊とるべきではな
いか思います。つまり海上保安庁というのがありますが、海ではこの延長線上の
海上での保安庁で処理できない規模のものについて対処する機関として、陸では
警察の処理能力を越える事態についての機関として、空でも同様な概念ですれば
これはたとえ軍隊と表現したとしても、他国のものとは性格を異にします。
 国内の警察権の延長であれば、他国に対してどうのこうのと言うものではなく
国内が外部などから侵害された場合の対処と、おのずと限定されてくるからです。
しかも秩序を維持することも原則だから、自ら誤った或いは曲がった立場からの
対応と言うことは、警察権のようなものであればしずらくなる。
 軍隊と言う時にそれは用いるための制限が無い。一国の意思決定によって、ど
のようにでも使われる性格を有するとみます。乱筆乱文で失礼しました。

 最近NHKを見ていてふと思い、栗山先生を検索してみました。
鍼灸学校時代に、お世話になり一度お宅で、お世話になったことのあるものですが、
茂久さんのお父さんではなかったでしょうか。とNHKの湾岸戦争関係の番組で話さ
れていて思いました。
 それでしたら、その節は大変お世話になり有難うございました。
m(__)M

(栗山尚一氏 第2話:「靖国問題をどう考えるか」への投稿)

投稿者 takahashi : 2007年02月21日 10:17

どうも掲載していただき有難うございました。  m(__)m
いきなりの書き出しで、僭越なものの言いようを致しまして
失礼しました。 まさか全文が載って仕舞うなどと予想もしま
せんでして、恥ずかしいやらです。 もともと思ったことをその
まま言ってしまうような人間ですのでその点、お気に障る点が
ございましたら、ご容赦願います。
 まあ、どこにでもいる材の小泉さんと変わらない程度の、浮世
の人間ですので、 (^^;)
 、、と言うことで書き込んでしまいましたので、
付け加えさせていただきますと、小泉さんについても
ぜんぜん評価しないと言うものではなくて、行政改革の
掛け声がかかったことについては、今までにこれすら
出来なかったので、一応掛け声位の実行の点について評価してます。
 まあ色々と功罪があるのだと思います。

 もしもこの時の人格が前長野県知事だった田中康夫さんだった
らなあとつくづく思います。
 既に大した実績のある田中さんが来期の都知事にでもなって
くれたら、国も変わるのではないかと、期待したいところです。
 私が思うに現と知事は、多勢に無勢で止むを得なかったのか?
もしれませんが、目立つことの多いパーフォマンス政治をして
る様に思いますのでね。

 また警察予備隊についてですが、これは単なる十年位前の思い
付きですが、提案です。この長所は、どうも現在の自衛隊法などでは、
いちいち総理大臣の許可を得なければ実行運営できないらしいですが、

○警察の延長線上の概念の予備隊では、警察が管轄地域をパトロ
 ールしていて、防犯や不信な犯罪者がいれば、見つけて逮捕など
 するように、即時対応が可能であることです。鎌倉時代くらいな
らともかく即時対応が可能でないものでは意味がありません。 

○また軍隊の意味合いの色が薄らぐ、
○また、国に付いた秩序の維持であるから、外国に自衛隊が展開して
どうのこうのというようなことは、普通行わず、敢えてする場合でも
警察的な働きで協力するに止まる。

 それから憲法九条に言う「国権の発動たる戦争」とあるように、
自衛隊では総理大臣の許可を得るところから、既に「国権の発動」に
近いものがあり、仮に総理大臣が国防のためとはいえ、他国に対して
宣言を加えた上で許可すれば(これは宣戦布告に等しい)、
これでは「国権の発動たる戦争」となってしまいます。
なんとも危なかしい事ではありませんか。
○これに反して警察の延長でしかも即時対応する仕組みでは国権の発動
 の戦争にはならない。
 することは秩序を乱し国民を害する者・物の防御と制圧、復旧となる。

「戦争はしないんだ!」と叫ぶ余りに、これを形だけ意識する余り、逆に
あり地獄のように戦争にはまって行くようなことがあってはならないと
思います。
 警察権の延長線上ならば、このようなことが起こらないとおもいます。

★この短所は、暴走することでありますが、その枠は国民の生命身体財
 産の保護、領土内の秩序維持に限定される範囲での行過ぎや暴走とな
 るから、熟考精査されたマニュアルなどの決め事を設けておけば防げ
 るでしょう。
( やはり、国民の生命だけ守れば清むと言う事ではなく、身体も損な
われてはならないと言うのが警察です。)

 正当防衛の概念は、秩序ある社会内で、しかも一般市民の保持しない
ということは防御・制圧に必要充分に近い銃を持つ警官の正当防衛概念
は、対外において、秩序が不定で、自己を防御して秩序を維持するのに
充分であることの不定性からして、当然異なる認識で無ければならない
から適切な「みなし」の概念も加えられて当然である、との認識をもっ
てます。
 こうした予備隊であっても遠い将来には縮小・消滅させることを理想
とするものである事。

それにしても、、、
 詳しいことは知りませんが、私などの一般国民としての感想では、
例えば海上保安庁は公務員的な{小人閑居して不善をなす}と言うよう
な自己保身におちいり、対外に対してその役目を果たしていないよ
うにさえ見えてなりません。(実際海保に限らず、殆どの悪しき行政
問題のための行政改革の本当の本丸は自己防衛・保存のため公務員の
成すべき義務の不実行や自己防衛・保存のため公務員の本旨から逸脱
した法の曲解の消極的意志による行政に起因するものと思います。)

 中国の調査船が手続きを踏まず領海内に進入している場合に、警告
するだけ良いのでしょうか? 警告しても引き続き進入している場合、
逮捕拿捕する事こそが当然のことではないでしょうか。
そしてそうしたことで紛争の種になると言うことは無いとおもいます。
 これは当然の警察権であるとおもわれるからです。 
逆に翻ってみれば日本の漁船などは、ロシアに韓国に拿捕され拘留され
、銃撃さえ受けています。 全く馬鹿にされるもいいとこだと思います。
海上保安庁よ御目出度くもいいかげんにしてくれ! と言いたい気分です。

 警察権力をもちながら、義務であるべき行動が出来ないとすれば
今の海上保安庁も、その意識をもう一度考え直さなければならないの
では、
、ということは例に漏れず他でもない行政改革ということですかね。
  
 勝手を書きました。乱筆乱文誤字脱字、ご容赦願います。

(栗山尚一氏 第2話:「靖国問題をどう考えるか」への投稿)

投稿者 takahashi : 2007年02月22日 10:49

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