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 2006年の日本には何が問われているのか/横山禎徳

2006年の日本には何が問われているのか
    ― 言論NPOのアドバイザー7氏はこう主張する

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横山禎徳/よこやま・よしのり (社会システムデザイナー、言論NPO理事)

1966年東京大学工学部建築学科卒業。建築設計事務所を経て、72年ハーバード大学大学院にて都市デザイン修士号取得。75年MITにて経営学修士号取得。75年マッキンゼー・アンド・カンパニー入社、87年ディレクター、89年から94年に東京支社長就任。2002年退職。現在は日本とフランスに居住し、社会システムデザインという分野の発展に向けて活動中。言論NPO理事

『高齢化社会をどう経営するか』

 「失われた10年」という言葉が今では過去のものになっているということは、やはりフェーズが変わったのだと私は思います。
 では、どういうふうにフェーズが変わったのか。そういう失われたことに逡巡する時期ではなく、新しいことをやる時期に今はなっている。小泉さんは、どちらかというと、壊す方に専念して、新しいものを組み立てるというところはできなかった。改革のテーマは構造改革という形で言われていますが、実際は超高齢化社会どのように経営するかというのが最大のテーマであって、その中に年金の話があり、医療改革などがあり、都市の空洞化などいろんなものがそこに全部入っている。地方の再生の話もそうです。これは、人口が減るだけじゃなくて、伝統的な意味での生産年齢を超えて、その人口が増えたときにどう社会を組み立てるのか。誰もやったことのないことに直面しているわけです。
だが、それに対する取り組みが本格的に始まったわけではありません。
 これを解決するためには10年はかかると思うけれど、そういうことで動き始めたという印象を国内外に示すことがまず必要と思いますね。でも、それが示せたわけではない。新年はその第一歩を踏み出して、高齢化社会をいかに経営するのかという、日本に今、問われている最大のテーマに日本の政治にはリーダーシップを発揮して取り組んでもらわないとならない。
 構造改革では、民営化ということが郵貯も含めて盛んに言われましたが、間が悪いことに姉歯事件のように、民営化すると、効率化追求であんな変なことが起こるというような、そんな雰囲気がでている。あれはかなり根の深い広がりのあるもので、来年の前半くらいはずっと問題になると思いますが、やはり効率追求、民営化すると効率追求だけになるではないかということで揺り戻しがあるのだろうと思うわけです。
 こうした状況下では構造改革、民営化というスローガンはもう古くなったと私は思っています。新しいテーマはやはり、新しい高齢化社会をどう経営するかという日本の将来に向けて前向きの経営の方法を考えることであり、この点では日本の政治もアメリカの共和党対民主党的な対立構造ではなくて、そうした新しい社会に向けての経営方法をどっちが先に出すかという、競争が政治のレベルでも始まる必要があります。
 われわれの言論NPOもそうした知の競争に挑み、日本の言論の存在感をより重いものにする必要があります。2006年はそのスタートの年だと思います。

2005年12月30日 15:00

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