山形県知事の主張 第5話:「地域のアイデンティティーは失うべきではない」

齋藤 弘 (山形県知事)
さいとう・ひろし
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1957年生まれ。81年東京外国語大学外国語学部卒後、日本銀行に入行。この間、国際通貨基金に勤務し、預金保険機構勤務、日銀退職、山形銀行入退行を経て、2005年山形県知事選挙に当選。
「県民と『助け合い』、『分かち合い』、『育みあう』ふるさと山形づくり」、「百年後にも誇りに思える元気なふるさと山形づくり」、「子ども夢未来宣言~子育てするなら山形県」などを提唱し、「百年後にも元気な山形」の実現のため、様々なアクションプランを実践している。
地域のアイデンティティーは失うべきではない
私は指定金融機関制度も変わらざるを得ないと思っています。皆さんが意外に念頭に置いていないのが地方自治の金融的側面なのです。税収というのは年間を通じて入ってくるわけではなく時期が決まっているため、資金繰り上、困る時期がある。そのときには縁故債を引き受けてもらって資金調達を円滑にしないと事業展開できない。そこで、指定金融機関制度というものを設け、地方自治体の資金繰りの安定性を確保してきた。その一方で、指定金融機関も、余資を運用できるメリットもありましたが、今や逆に余資の運用に困って、事務コストだけかかって大変だということが、この金利情勢下で生まれてきているわけです。
一方、われわれは、引き続き資金調達の安定性確保のニーズを満たしながら、他方で財政再建の一環として効率化を図る必要もあります。これに対して、指定金融機関は、余資運用では稼げない金利情勢にあるから、むしろ地方自治体との取引において手数料の適正化を図る、と言ってきているわけです。
そこで、手数料の適正化を図るというのであれば、もちろん手数料は安い方がいい、しかも透明性・公平性も確保できるようにしようと、入札制導入踏み切ったわけです。
これは効果が出ています。例えば、「やまがた夢未来債」(ミニ公募債)のように、資金使途を高校の建設や、道路の整備に特定して25億円のミニ公募債を発行し、県民に買ってもらう。従来、その受託行は当然、指定金融機関であったわけです。それをロットと金額は発行サイドで決めるが、金利と手数料は競争だということにした。その結果、平成17年度は引き続き指定金融機関が落札しましたが、手数料は35銭から19銭へと相当安くなりました。そして、18年度は指定金融機関以外が初めて受託行になりました。そうしたら、金利は国債よりも安く、また手数料は安くなった前年よりもさらに安くなって、発行コスト全体としては相当圧縮されることとなりました。
さらに、そういうミニ公募債だけでなく、銀行等引受債も実は50億円分入札としました。そうしたら、フランスの地公体向け資金を専門に扱っている銀行が落札したのです。それは二十年物でしたので、地元行もなかなか難しかったとは思いますが、それを落札したフランス系銀行も本邦進出後、初めての取引となったそうです。
ただ、多くの地方自治体では、実質公債費比率や経常収支比率が相当程度高く、そのまま、単独で、全額を市場から資金調達するような場面を想定した場合、調達コストが相当高くなる、また、調達の安定性を確保できなくなる可能性も出てくるでしょう。
もっとも、今の制度を前提にすれば、極端な話、金利というのはどの自治体も同一でいいのではないか、という見方もできます。なぜならば、デフォルトリスクはないのですから。また、いろいろな自治体がIRを一生懸命やっていますが、デフォルトリスクがなく、いわば政府保証が全部付いているわけですから、現行制度を前提にしているのなら、多くは期待できない。なお多くの人が、夕張市は破綻した、おれたちのところは夕張市のようにならないようにと言っていますが、それは問題の性質が全く違う。夕張のケースでは、いわば粉飾決算をしていたわけですから、単に借入金残高が積み上がって困ったという事情とは全然違います。夕張市のようにならないようにということを言いますが、夕張市と、借金で苦しんでいるというだけの自治体とは、問題の本質が異なります。
このように、地元金融機関との良好な関係は維持しながら、やはり財政の健全化に必死になって取り組んでいかなければなりません。もちろん、今後自治体が自立の道を歩み始めるとすれば、IRはこれからとても重要になると思います。分権改革を進める上で、資金面の自立には制度再構築を含め相当の努力が必要だ、ということです。
地方の自立的経営という問題ですが、2006年から、岩手、宮城、山形で連携して自動車関連産業の集積に強力に取り組んでいます。これは貿易論を念頭に置けばいいのです。つまり、リカードの古典的な比較優位論です。自分のところの比較優位のある分野に特化してそれぞれが行い、それで足りないものは相互に補完し合えば、お互いの厚生が増すという議論です。
仮に山形県は農作物が得意かもしれない、宮城県は農作物を耕作するための機械製造が得意かもしれないというのなら、山形県は農作物に、宮城県は農作物ではなくて機械製造に特化する、そうして余剰分を交換する。この場合とそれぞれが単独で生産する場合を比較すると、前者のケースがより高い厚生を実現できる、という考え方です。それができるのが広域経済圏です。この例では、事業単位が山形県と宮城県となっていますから、2県間の貿易論のようにいわれるわけですが、これが取り払われれば、別に関税もなければパスポートも要らないのですから、それはもう自由に行えるのです。
こうした関係では、協力できる分野はどこでもいいのではないでしょうか。福島県や新潟県は地理的に微妙な立場にあると思いますが、一緒にやらせていただいております。その際、地域のアイデンティティーはやはり失いたくないので、お話したようなプロジェクトを展開しながら自信をつけ、実際にその地域に根差した産業を引き続き持続していかなければならないと思っています。
山形県はアイデンティティー、つまり誇りを取り戻しつつあると思いますが、私はいまだ十分ではないと思っています。典型的なものとして、世界文化遺産への登録に向けたプロジェクトに、今、県民運動として取り組んでいることです。世界遺産、その中のジャンルとして文化遺産の登録を、「出羽三山と最上川が織りなす文化的景観」というタイトルでやっているわけです。例えば、即身仏、つまりミイラは全国に十数体ありますが、山形県に8体もある。そういう精神性、今まさに21世紀に皆が生き方を模索し始めて、ベクトルが心の内に向かっているときに、山形県にはもともとそういう文化があるということを、うまく表現し、理解してもらえれば、非常にアピーリングな土地柄なのではないのか。しかし、プレゼン、アピールすべき人が、自分たちの良さに全然気付いていない。
私も十分ではありません。私は山形県で生まれ育ちましたが、高校卒業後は離れてしまいましたし、また海外にも住んだことがあるので、なおさら山形県の良さ、素晴らしさには、あらためて大変感じ入っています。そうやっていろいろ考えていくと、自らの土地を自らが愛せないで、なぜ他人に理解し、愛してもらえるでしょうか。世界文化遺産登録や観光誘客などの取り組みを通じて、「ここは素晴らしい、皆さん来てください」と言いますが、本当に自分たちが心から素晴らしいと思っているのか。自分たちがこのぐらいしか思っていなかったら、他人にもそれくらいにしか見えないわけです。自分たちが自らの地域を心から愛して、初めて、他人にもその意識を同じレベルまで引き上げてもらい、そして価値を認めていただく、という作業を続けていかなければならない。
地方分権改革とは、自らが自らの地域を、心から愛することでもある、ともいえるのではないでしょうか。
2007年05月30日 14:03








