【論文】財政構造改革と日本経済

2001年10月10日

watanabe_h021000.jpg渡辺裕泰 (財務省財務総合政策研究所所長)
わたなべ・ひろやす

1945年生まれ、プリンストン大学大学院修了。 専攻、公共経済学。

要約

日本の財政は、すぐに破綻するすることはないが、現在のように政府債務が増加する状況をつづけることはできない事態になっている。その理由は現在、国債金利はきわめて低い水準にあるが、財政状況の悪化は、財政のサステナビリテイへの信頼を低下させており、これに対する市場の評価いかんで、金利が上昇に転ずる可能性を否定できない。即ち、デット・ダイナミックス(国債増加→金利上昇→利払費上昇→国債増加)が働く可能性があり、財政と経済が破綻する心配がある。また最近では、銀行が巨額の国債を保有しており、金利が上昇し、国債価格が下落すれば、多額のキャピタル・ロスが発生し、金融不安が再燃する危険がある。従って、財政構造改革が必要である。

では、どういう方法で財政構造改革をやるのか。わが国においては、現在の金利水準や防衛費の規模からみて、欧米諸国に見られたような財政構造改革に伴う利払費や国防費の削減効果は期待し難い。また、財政赤字の規模が欧米諸国より大きいので、これらの国がやったような、歳出にキャップかぶせる、あるいは、新規歳出は他の歳出の削減や歳入増と見合いでなければ認めない(ペイ・アズ・ユー・ゴー原則)と言うような方式だけでは財政構造改革は不可能であり、個別の歳出・制度を根底から見直すことが必要である。とりわけ、主たる歳出分野である社会保障、公共事業、地方財政の3分野につぃての見直しは避けられない。歳出削減、更に必要最小限の税負担増が望ましいが、欧米の財政構造改革の例をみても、歳出削減に重点を置いた国は成功しているケ-スが多いが、増税に重きを置いた国は失敗したケースが多い。

この場合、目標とするのはプライマリー・バランス(基礎的財政収支)の均衡である。プライマリー・バランス均衡とは、公債発行収入以外の歳入(主に税収)で、公債費(利払費+償還費)以外の歳出を賄える状態、即ち、経常的な歳入で経常的な歳出を賄える状態にすべきである。現在の日本では、国・地方のプライマリー・バランスのGDP比は6・2%の赤字となっているが、近年の我が国では国債金利>名目成長率と言う状況が続いている。このような状況の下では、いったんプラマリー・バランスを均衡させても、次の年には、利払費の増加>税収増加となり、プライマリー・バランスがまた赤字になってしまう。従って、プライマリー赤字を消すだけでは、不十分で、プライマリー黒字の状況までもっていくことが必要となる。

必要なプライマリー黒字の大きさは、国債金利と名目成長率の差と、政府債務残高のGDP比に比例する。国債金利と名目成長率の差を2%と仮定すると、政府債務残高のGDP比は118.6%≒120%であるから、2%×120%=2.4%のプライマリー黒字が必要ということになる。従って、政府債務残高のGDP比が増加しないようにするためには、これから増加が予想される、社会保障の増加を考慮しなくても、GDP比で6.2%+2.4%=8.6%財政を改善することが必要になる。

こうした目標を達成するには、いわゆる団塊の世代が社会保障の受給世代になる前の2010年頃までにプライマリー黒字の目標を達成することが望ましい。しかし、2010年を目標年次とすると、毎年8.6%÷9≒1%の改善が必要だと言う計算になる。名目GDPは約500兆円だから、毎年5兆円の改善が必要になる。ただし、2010年目標でも国・地方の政府債務残高はGDPの165%に上昇する。

1997年の橋本内閣の財政改革のときでも毎年の改善幅はGDP比で0.55%であった。従って、2010年目標は急激すぎて、経済に与えるショックが大きすぎ、倍の20年位かけないと難しいと言う議論が出てくる訳である。ただし、二〇年後の2010年を目標とすると、国・地方の政府債務残高は 200%を超えてしまう。

ここで私は、財政政策の効果についても言及したい。90年代の景気の低迷については様様な議論もあるが、私は財政政策が不足していたということがその理由ではなく、生産性が低く効率性の低い分野に資源が固定化されたままであったことや、不良債権処理の遅れ・金融危機などが原因だと考えられる。11次にわたり136兆円にのぼる財政出動を行なったが、その時点の経済を一時的に支える効果はあったにしても、民間需要を呼び起こし、その後の成長に役立つというものではなかったと考える。

逆に言えば、財政構造改革の経済に与える影響はその裏返しであるから、民間需要を全体に押し下げ、経済成長に大きな影響を与える事は無いのではないかと考える。しかし、その時点で、直撃される部門(例えば建設業)で雇用問題が発生するなど、一時的に景気にマイナスの影響が生じる可能性があることは否定できない。従って、歳出の非効率な部分を削減しつつ民間投資誘発効果の高いものにシフトさせる、民間部門の自律的成長力を高めるような規制緩和を行う、雇用のセーフテイ・ネットを整備するといった施策を併せ行っていくことが必要になる。また、90年代に公共事業を大量にやってカンフル注射を続けたことが、日本経済の低生産性部門を温存させ、構造改革を遅らせる結果になったと言う事実も忘れてはならない。


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 日本の財政は、すぐに破綻するすることはないが、現在のように政府債務が増加する状況をつづけることはできない事態になっている。その理由は現在、国債金利はきわめて低い水準にあるが、財政状況の悪化は、財政のサステナビリテイへの信頼を低下させており、これに対する市場の