各党の公約は課題解決のプランとして点数がつけられない事態に ~2019年参議院選挙 マニフェスト評価 総論~

2019年7月18日

 言論NPOはマニフェスト評価基準にもとづき、主要7政党のマニフェスト評価を行い公表した。評価を公表するのは今回で12回目となる。今回評価したのは、経済、財政、社会保障、外交・安保、エネルギー・環境、農業、憲法改正の7つの政策分野である。

 言論NPOの公約評価は、形式要件と実質要件の2つの評価基準で行っている。「形式要件」では、各党が出している公約の内容が測定可能なものになるだけでなく、約束の体系性を問うために、明確な目標設定だけでなく、理念や目的、達成時期や財源の裏付け、工程や政策手段が具体的に書かれているか、などを点数化する。そして、「実質要件」では、現在の日本に問われた課題解決の約束として取り組む課題が、その上位の理念や目的から見て適切か、目的と手段の混同はないか、目標と政策手段は整合的で適切か、実行に向けたガバナンスが存在するか、などを点数化する。


主要7党の公約を「形式要件」に基づいて評価を行う

 こうした評価基準を基に、今回の参議院選挙では自民党、公明党、立憲民主党、国民民主党、日本維新の会、共産党、社民党の主要7党の公約を評価した。

 まず、各党の公約数はで最も多いのが国民民主党の333で、自民党282、公明党215が各分野に政策を並べているが、その他の共産党の81、社民党63、日本維新の会59、野党第一党の立憲民主党は政策が40しかなく、公約集がスカスカの状況になっている。

 
自民党
公明党
立憲民主党
国民民主党
日本維新の会
共産党
社民党
経済
65 55 8 78 13 14 13
財政
8 10 1 13 4 2 2
社会保障 36 34 5 55 15 17 13
外交・安保
38 24 10 40 7 19 10
環境・エネルギー
17
21
7
24
4
8
7
農業
21
8
1
23
0
4
3
憲法改正
3
3
1
14
7
1
1
その他(復興、地方、教育)
94
60
7
86
9
16
14
総計
282
215
40
333
59
81
63


 与党である自民党や公明党の公約数が多いのは、政府と一体となって様々な動きに取り組んでおり、既に動いている政策を記載していることが挙げられる。今回も公明党は生活者視点からの政策が多い。一方で、国民民主党の公約数が多いのは、旧民主党の政策をほぼ引き継ぐ形で掲載していることが影響している。その他の野党は、答案用紙が埋まっていない状況で、公約は少なく、政策の実現を十分に党内で議論し、立案したとは思えない内容となっている。

 ただ、これを公約としての5つの形式要件で判断すると、①その政策を実現するための理念や目的が説明されているのは自民党でわずか19.5%であり、最も高い公明党ですら29.8%に過ぎない。野党については、最も比率が高かったのは日本維新の会の13.6%にとどまっている。②数値目標などの目標設定を掲げている公約もほとんどなく、最も多かったのは社民党の17.5%で、共産党17.3%、立憲民主党12.5%で続き、その他の政党は1桁台にとどまっている。③達成時期については、ほとんどの公約で言及がなく、特に野党の公約はいつまでに実現する、という意気込みすら感じられない。④財源の裏付けについては、各党とも全くと言っていいほど示されておらず、7党の1073の公約で4つの政策しか言及されていない。⑤工程や政策手段については、社民党(23.8%)と公明党(20.5%)の公約で2割を超えたものの、残りの5党は1割台にとどまっている。ただ、この⑤の場合、工程か政策手段の1つでも示されていればカウントしているため記載が多いが、両者が示され具体的に示されているものはほとんどない。

 こうした点を一覧で示したのが下記の表である。

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主要7政党の公約を「実質要件」に基づいて評価を行う

 次に、実質要件として、①マニフェストで書かれているそれぞれの約束が、今の政治が取り組むべき課題として妥当か、上位の理念や目的などからみてその課題の抽出自体が妥当か、②課題解決としてそれぞれの公約を見て、目標と手段の混合はないか。目標や手段は課題解決の観点から適切か。目標と政策手段は整合的で、手段は目標達成のために適切か、③マニフェスト全体で見た場合、その約束の実現が明確に位置付けられているのか、あるいは他の政策課題の中で曖昧になっていないか、という3点で評価を行った。

 今回、経済財政社会保障の分野で実施した評価会議の全てで、急速に進む少子高齢化や人口減少に政党が真剣に取り組んでいないこと、さらに「老後2000万円不足問題」が封印されてしまったことが議論に上がった。言論NPOが実施した世論調査結果からも、生活視点で自分の将来や社会保障の在り方について、多くの国民が関心を寄せた問題であった。にもかかわらず、「老後2000万円不足問題」が選挙公約では触れられることはなく、選挙戦で候補者からの言及は見られたが、どの党も争点化しようとはしなかった。
 さらに、2025年以降、団塊の世代が後期高齢者になり、これからさらに社会保障経費の支払いは急増していく。そうした負担を誰がどのような形で背負うのか。目前に迫った少子高齢化という問題に対して、具体的な提案をした政党は1つもなかった。

 また、政党の公約は給付の増加などの再配分では足並みを揃えているが、その原資となる安定的な経済成長をどのように実現するのか言及する公約はほとんどない。また、エネルギーや環境、農業でも、政策目標をどのように設定して、それを実現するのか、その設計が描かれていない。さらに、どのような政策手段を用いようとしているのか、その実現のために、体制やガバナンスをどうつくっていくのか、そうした点について触れている公約もない。つまり、多くの公約は選挙目当ての政党の願望やスローガンであり、これを有権者が公約として受け取ることは難しい。

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今回のような公約が続けば、国民の政治不信は高まるばかり

 私たちが選挙で各党のマニフェストや公約の評価を開始したのは2004年で、今回で12回目となる。2005年の衆院選以来、評価点数は下がっており、直近の2017年の衆院選において100点満点で最高点の自民党ですら32点と公約と言える状況ではなかった。

 仮に今回の公約を、同じ方式で点数化してみると、形式要件(40点満点)では自民党・公明党ですら、それぞれ5点と1桁にとどまり、実質要件(60点満点)でも、自民党・公明党がそれぞれ10点程度で、合計してもそれぞれ10点台となる。それでも与党の自民党・公明党だけは、かろうじて評価が可能であるが、野党では民主党の政策を引き継いだ国民民主党がかろうじて5点とれる程度で、その他の政党については1点か0点という結果となる。いかに、政党が選挙での公約づくりに向けて、日頃の政党活動を軽視しているかが明らかである。

 今回の政党の公約がこうした事態に陥っているのは、選挙で不利にならないため、意図的に争点を曖昧にしているか、党の政策立案が機能していないかであり、公約が課題解決のプランで、国民との約束であるという意識や意欲が存在しないことを示している。

 私たちが今回の参議院選挙で政党に説明を求めたかったのは、今、日本が直面している課題を各党がどのように認識し、その解決に向けてどのように取り組もうとしているのかである。今回の公約は、政権与党である自民党・公明党ですら公約としては不合格と言わざるをえない。さらに、野党については、課題解決で与党に挑む公約になっておらず、点数をつけること自体難しい。有権者として、こうした公約を許していいのか、ということを私たちはむしろ問いたい。

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政党が課題解決のプランを競い合い、有権者が選挙で判断するという強い民主主義を目指して

 言論NPOが参議院選挙を前に公開した世論調査結果では、日本が直面する課題の解決を政党に「期待できない」と考えている人は55.2%と半数を大きく超え、「期待できる」の22%を大きく上回っている。さらに、「期待できない」という理由で最も多かったのは、「政治家や政党は、選挙に勝つことだけが自己目的化し、課題解決に真剣に取り組んでいない」が60.5%と最も多く、「政党や政治家に日本の課題を解決する能力を感じない」が42.6%で続く結果となった。今回の各党の公約は、こうした世論調査結果で示されたように、選挙に勝つことだけが自己目的化し、政党に課題解決のための政策立案能力がないことを改めて浮き彫りにする結果となった。

 私たちは、選挙を通じて政党が国民に対して課題解決のプランを提示し、その解決プランによって政党間で競争が行われ、それを有権者が判断し投票する、という国民に向かい合った政治サイクルが大切だと今も考えている。なぜなら、それが民主主義が強く機能するということだからだ。

 こうした視点で、今回の参院選の公約を評価すると、マニフェストとしての体をなしてない公約と言わざるを得ない。今回の評価で、公約の点数化を行うのは不可能であり、こうした状況に強い抗議の意思を示したい。