【言論NPO座談会】アベノミクス実績と、今回の衆院選で政治は何を説明すべきか

2017年10月14日

2017年10月5日(木)
出演者:
湯元健治(日本総研副理事長)
早川英男(富士通総研エグゼクティブ・フェロー)
加藤出(東短リサーチ社長、チーフエコノミスト)

司会者:工藤泰志(言論NPO代表)


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kudo2.jpg  まず、司会の言論NPO代表の工藤泰志が、「アベノミクスが始まってもう5年近く経っているが、これは成功しているのか」と、3氏に単刀直入に尋ねました。


アベノミクスの辛口評価

 これに対して3氏は厳しい見解を述べました。

 「ミクロ分野では成功したものは幾つかあるが、マクロの経済成長や物価上昇率といったところでは、完全に失敗している」(湯元氏)

 「財政政策、金融政策で経済を浮揚させ、そこで稼いだ時間を使って、成長戦略などを進めていくつもりだったのが、時間がかかるのは当たり前にしても、5年近くたち、『失敗だ』という評価」(早川氏)

 「足元の経済は、海外経済の好調さに支えられて持ち上がっているが、マクロでみると改革も進んでない。アメリカや中国は、IT関係などで改革がずいぶん進んでいるが、日本は遅々として進まず、円安と株高で息をついて喜んでいるだけ」(加藤氏)

yumo.jpg 続けて、湯元氏が詳しく説明します。企業業績は5年連続で増収増益を記録し、過去最高を更新。雇用情勢も185万人の雇用増のほかに、失業率も2.8%と完全雇用水準に近く、求人倍率も1.52倍と、43年ぶり、バブル以前の数字にまで上昇。外国人観光客も2400万人を超えて、今年の勢いだと年間で2800万人以上に達しそうになっている。免税店を増やしたり、ビザの規制緩和をしたり、いろいろな努力の効果が表れているのだと思う。農産物輸出も4年連続で過去最高を更新している、と様々な数字を提示した上で、「しかし、そうした経済の数値が経済全体を押し上げるほどに強く出ているのかというと、分野が限られている。企業業績が上がっても、それが賃上げにつながり、設備投資や個人消費の増加につながるという好循環のパワーが弱すぎるので、マクロ的な経済成長率が全然上がってこない、というのが現状だ」と指摘しました。

haya.jpg 早川氏も湯元氏の見解に賛同しつつ、「日本経済の調子が良いのは、アベノミクスによるものか、と言われると、そうではないと考えるのがごく自然だ。アメリカ経済も成長しているが、それがトランプ政策のおかげか、というと、そうではないことは誰もが知っている。地方創生からスタートして、一億総活躍、働き方改革、今度は人づくり革命。どれも、最後までやり抜くことなく、しかも評価もしないで、次のテーマに移ってしまう。いつも"焼き畑農業"だと言っているが、それではダメではないか」と批判しました。さらに早川氏は、「心配なのは、今の景気があとどれくらい続くのか、ということ。仮に、あと2、3年の間に景気後退局面が来るのだとすると、その時に目いっぱい金融緩和をしてしまっている日銀は、新しく手を打つ余地がほとんどない。財政サイドがもう少し余力を作っておけばいいのだが、それも作っていない。"アベノミクスは道半ば"と言い続けていて、景気後退局面がやってきたら、日本は財政政策も金融政策もお手上げ状態になる、ということについて何の反省もなく、財政の健全化を少しも進めていない」と手厳しい言葉が続きました。


安倍政権の真意とは

kato.jpg 加藤氏は、安倍政権の心のうちを読みます。「安倍政権から見ると、物価上昇目標の2%は達成しなくてもOKで、達成しない方が、日銀は出口政策に移行しなくて緩和を続ける。国債の発行金利は10年でゼロ近辺、それより短いとマイナスだから、政府にすればこんなにハッピーなことはない。その状況に慣れてしまい、金利が低いということで痛みがないがゆえに、財政再建へのモチベーションが出てこないということで、結局は問題先送りで、時間の浪費になってしまっている」と、政権の無策を嘆くのでした。

 安倍首相は今回のマニフェストで、「アベノミクスを加速し、景気回復とデフレ脱却を実現します」と記しています。では、どうすれば「景気回復とデフレ脱却」になるのでしょうか。賃金上昇や力強い消費につながらないから循環が起こっていない、ということですが、なぜ賃金が上がらないのか、という疑問も浮かんできます。これに対して湯元氏は「三本目の矢である成長戦略を、もっとスピーディーに推し進めていかないといけない。5年間かかってようやくこの程度だが、これを2~3年でやってほしかった。潜在成長率も1%くらいまでは戻ってきているが、これをさらに2%にもっていくには、もっと改革する分野を広げていき、もっとスピードを上げていくことが必要だ」と注文をつけました。続けて賃金についても、「例えば政労使会合で、労使の賃上げ交渉に政府があえて介入するところまで踏み込むのであれば、どういうルールで賃上げ率を決めていくのか、生産性が上がった分についてはしっかりと賃金を上げていくというルールを確立するとか、そういったところまで踏み込んでいく必要があったと思う、いまだにそういった踏み込みが見られない。労働市場が正規・非正規に分かれてしまっている構造問題を解決していかないと、なかなか賃上げ率は高まっていかない。ようやく同一労働同一賃金制度を国会に提出しようという構えになっていたが、解散総選挙によってこれも先延ばしになってしった」と指摘しました。


景気刺激策を手じまいした上で具体的。何をすべきか

 「成長戦略にあまりにも時間がかかるのであれば、今の金融・財政政策を継続しながらそれを急ぐ、ということなのか。それとも、金融・財政政策は手じまいしていく方向に戦略を組み替えていくのか。アベノミクスがうまくいっていないのであれば、どうするのか」と工藤が疑問を投げかけます。これに対して湯元氏は「三本の矢のうち金融・財政政策はもう限界。これ以上の効果は望めないから、もう手じまいに向かうべきだ。その一方で、まだまだスピードが遅い成長戦略の方はもっともっと加速させ、対象範囲を広げていくという努力をする。実際は最初の二本しかやっていなくて、三本目の矢はほとんど打たれていない状況だから、成長戦略の"一本の矢"に切り替えていくべきだ」と、今後の方針転換に期待しました。


政策論争の貧困が現状を生み出しているのではないか

 間違いなく日本経済の成長力を上げないといけないが、政治家自身が、今の現実をどういう目で見ているのかを示さないと、何も分からない。単に人気取りだけの議論をしている人たちに、有権者が付き合っていく余裕はあるのだろうか。では、この重要な経済政策運営について、政党は何を語らなければいけないのか。湯元氏は、「今の超金融緩和状態を続けるべきだ、という論者もいるし、副作用も相当目立ってきて徐々に収束に向けた準備をしないといけない、という論者も増えている。少なくとも安倍政権下では続けていくと予想されるが、野党はそれに対してどういう対案を持っているのか、を明確に示していかなくてはいけない」と野党側の問題も指摘。さらに「財政支出の拡大についても、安倍政権は過去4年半あまりで6回の補正予算を組んで、27兆円の国費投入をやった。景気を下支えするという名目だが、一般的には、リーマンショックの後のように、失業者や企業倒産がどんどん増えていく、それに対応するために巨額の財政支出をする、というのは許容される話だが、今のように雇用情勢が近来にない改善を示し、倒産はおろか企業収益が過去最高を更新し続ける中で、なぜ6回も、合計27兆円の財政支出を拡大しないといけないのか。これに対しては、野党から強烈な批判があってしかるべきだが、そういった批判すら出てこない。それ自体が"政策論争の貧困"としか言いようがない」と、与野党の真剣な言論対決を望むのでした。

 また、消費増税についても、10%が終着駅ではないと指摘します。湯元氏は、「消費税10%の先をどうするのか。これは、野党が政権を取った時にも直面する問題。まず、10%で済むと考えている野党はその理由をきちんと説明しないといけない。そして、10%では済まないのなら、どこまでどうすべきか。国民にある程度、痛みを強いることもやらなければいけないのだ、という共通認識が与野党にあるのであれば、その手段について具体的に国民に信を問う、ということが必要なのだが、そういったことが全くない。今回の衆議院選挙をやる意味が本当にどこまであるのか、疑問を持たざるを得ない」と指摘しました。


アベノミクスの総括的検証と成長力強化のための構想を競うべき

 早川氏は、「アベノミクスの総括的検証をやるべきだ。どこがうまくいって、どこがうまくいかなかったか。それを整理した上で、どう変えていくのかという議論をすべき。安倍政権が、"アベノミクスは失敗でした"とは到底言えないと思うが、もう少し賢明に"やり方を変えていく"と打ち出すことは不可能ではないはずで、それくらいのことをやってみたらどうか」と与党側に要望するのでした。

 議論を終えて工藤は、有権者に呼びかけました。「今日は経済政策全般の評価をしました。与党は、アベノミクスをベースにした景気回復、デフレ脱却を実現しますと公約するが、そこには、皆さんが言っていたようないろいろな大きな問題もあるし、日本の成長力をどのように上げていくかという構想力が、問われ始めている」と語り、有権者側も、各政党がどのような構想力を持っているのか、現実の経済をどう見ているのか、これをきちんと見抜いてほしいと、投票日に向けて、有権者側の覚悟を指摘し、議論を締めくくりました。

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