外交・安全保障政策の評価と選挙で問われること

2016年6月17日

2016年6月17日(金)
出演者:
神保謙(慶應義塾大学総合政策学部准教授)
川島真(東京大学大学院総合文化研究科教授)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)


 6月17日放送の言論スタジオでは、東京大学大学院総合文化研究科教授の川島真氏、慶應義塾大学総合政策学部准教授の神保謙氏の両氏をゲストにお迎えして、安倍政権が進めてきた外交・安全保障政策の評価、そして、今回の選挙でどのようなことが争点になるのかについて議論しました。

安倍政権の実績評価

工藤泰志 まず最初に、司会を務めた言論NPO代表の工藤泰志は、安倍政権が進めてきた外交・安全保障政策の評価を尋ねました。


 これに対し川島氏は、プラスの評価として日米同盟の深化、日中、日韓関係の改善とともに、安倍首相の積極的な海外訪問による日本のプレゼンスが高まっていることを挙げ、その外交展開の集大成が伊勢志摩サミットになったと評価しました。

 その一方で、今後の懸念材料としては、「消費増税先送りによる日本の財政に対する国際的な信認低下」や、「対ロシア外交の行方」とともに「日中関係の評価に関して、日本政府と中国政府の間に認識に温度差があること」を挙げました。

 神保氏は、政権発足直後に起こったアルジェリア人質事件やイスラム国による日本人拘束事件を経て、「目の前の危機」に対する危機管理・対応能力が向上したことを評価。また、日本外交の懸案であり続けた歴史認識問題についても、米豪の議会における演説や、日韓の慰安婦合意とともに、2015年に出された戦後70年談話などを例に挙げ、国内のコンセンサスを作るために努力してきたと評価しました。

「価値」に対するスタンスを変えてきた安倍政権

 次に工藤は、世界的なパワーバランスの変化の中で、安倍政権はどのような理念を持って外交を展開しているのかを問いかけました。

 神保氏は、第1次安倍政権は「自由と繁栄の弧」などイデオロギー的、価値的な外交を進めていたが、第2次政権になってからは、価値は重視しているもののそれに反する国に対しても「入り口を閉ざす」のではなく、「中に入って改善を促す」やり方に変わってきていると分析。その例として、アメリカが距離を置いているタイやロシアとも対話路線をとっていることを挙げ、「価値の捉え方に違いが出てきている」と述べました。

 また神保氏は、各国が目の前の地域的な懸念に対処せざるを得なくなったことを背景として、安全保障の地理的空間が10年前と比べて狭まっていると指摘。今後の課題として、各国がグローバルに関与し合うことが難しくなっている状況の中では、日本にとっては日米同盟一辺倒ではなく、豪州やASEANなどとも関係を強化するなど「ポートフォリオ戦略の多角化」を進めていく必要があると主張しました。

 川島氏も同様の視点から、世界的な秩序変更の時期において、安倍政権は既存の大国と新興国の間の調整を重視していると分析。アメリカだけでなく豪州やインド、ロシアなど多角的な外交を進めると同時に、アメリカの展開が手薄になっている中央アジアなどユーラシア大陸も視野に入れた外交により、「単なる中国包囲網ではない展開」を見せている点を評価しました。

 また川島氏は、世界各地で「地域が揺らいでいる」と指摘した上で、アジアにおける地域再編を目論む中国に対しては、冷戦期のように完全に対抗関係に立つのではなく、牽制しつつも「片方の手は握っておく必要がある」と硬軟織り交ぜた複雑な外交を展開していくことが求められるとの見方を示しました。

世界課題に対する取り組みは道半ば

 一方、工藤がシリア問題など、世界規模の課題に対して日本のリーダーシップが見えていないのではないかと指摘すると、神保氏は、その要因を中国の台頭によりどうしても日本周辺への対応に注力せざるを得なかったため、純粋な意味での国際貢献が難しくなっていたと解説。PKOや難民支援など国際貢献のあり方についてはもう一度議論する余地があると語りました。川島氏もどのように世界に貢献していくのか、明確なビジョンをまず作る必要があると述べました。

「変わるアメリカ」に惑わされず、冷静に日米同盟を捉えるべき

 次に、今夏の参院選における外交上の争点について工藤が尋ねると、川島氏は、平和安全保障法制の廃案を共通の公約として掲げると見られる野党が、世界の安全保障環境の変化を踏まえた上で「オルタナティブな代替案を出せるか」を見ていく必要があると語ると、神保氏も野党側のまず廃案ありきの姿勢に苦言を呈しました。また、神保氏は「対ロ関係」や、「海洋戦略」も考えなければならない大きな論点として提示しました。

 さらに、アメリカ、中国との関係に関しては、川島氏は、対中関係に関しては習近平政権の対日方針に変化はなく、さらに伊勢志摩サミットで採択された首脳宣言が南シナ海問題に言及したことに関して、中国側がかなりヒートアップしているため、これを「いかにクールダウンさせるか」が課題だとしました。その上で、「トランプ現象」を念頭に、「アメリカの方が変数は大きい」と懸念を示しました。

 これを受けて神保氏も同様の認識を示しつつ、仮にトランプ氏が大統領になった場合、日本国内でも「勝ち馬に乗って日米同盟を軽視するような論調が出てくると思うが、それに乗らず改めて日米同盟の重要性を再確認しなければならない」と主張しました。神保氏はそれと同時に、世論調査結果が示すように、多くのアメリカ国民もトランプ氏と同様の考え方である以上、国民一般レベルに届くような言論活動の重要性を指摘し、言論NPOが進める民間対話を中韓だけでなくアメリカとの間でも進めていくべきと提案しました。

 今回の議論を受けて工藤は、世界の秩序が大きく変化する中、「少なくとも政党は何を実現したいのか、日本はどのようにして平和で安定的な生活環境を作れるのかを語る機会にすべきだ」と述べた上で、「有権者も政治家、候補者に『あなたはどう考えているの』と尋ねるくらいの、カウンターバランスを作っていきたい」と述べ、議論を締めくくりました。

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