地球全体を俯瞰した外交戦略を構築するめどはついたのか

2014年12月05日

2014年12月5日(金)
出演者:
宮本雄二(宮本アジア研究所代表、元駐中国大使)
田中均(日本総研国際戦略研究所理事長)
添谷芳秀(慶應義塾大学法学部教授)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)


工藤泰志工藤:言論NPOの工藤泰志です。さて、安倍首相が衆議院を解散し、12月14日の投票日に向けて選挙戦が始まっています。言論NPOは有権者が、今回の選挙の意味、政策を自分で考えられるような判断材料を提供しようということで、12月3日から8夜連続で議論を公開しています。今日は外交・安全保障政策について議論したいと思います。

 ということでゲストのご紹介です。宮本アジア研究所代表で、中国大使も務められた宮本雄二さん、日本総研国際戦略研究所理事長の田中均さん、慶應義塾大学法学部教授の添谷芳秀さんの三人で議論を進めていきたいと思います。

 まず、安倍首相がこの分野で何を目指しているのか、という理念やビジョンについて考えてみたいと思います。安倍首相の発言などを見ていると、「積極的平和主義」や「地球儀を俯瞰する外交」という言葉が多くみられます。この理念や言葉の中で、何を目指そうとしているのか。また、それが段々と見えてきているのか。

 昨年の1年評価では、私たちは何を目指しているのかよくわからない、という指摘をしました。それから1年が経ちましたが、安倍首相が目指す理念やビジョンについてどのように判断すればいいのか、という点から話を進めていきたいと思います。


安倍首相の理念と「積極的平和主義」との関係を解き明かす

宮本雄二氏宮本:安倍外交というのは民主党外交のアンチテーゼでやってきた結果、今の形に収斂してきたという側面が強いと思います。民主党の外交を見ていて、これまで自民党がやってきた外交は、いろんなところで崩されていきました。具体的には、ODAを減らしてみたり、対米関係をおかしくしたり、最後は中国との関係もおかしくなりました。その結果、外交が停止し、マイナスに動いてしまった。そうした状況下で安倍政権が登場し、マイナスに振れた外交を元に戻しにいく、というのがひとつの大きな骨格になっているのだと思います。そういうものを包むものとして「積極的平和主義」ということが出てきたのだと思います。

田中均氏田中:「地球儀を俯瞰する外交」という言葉がありますが、私は正直に言って何を目的にしているのか良くわかりません。総理は地球儀を回るように、いろいろな国に行かれました。これは特筆すべき業績だと思います。いろんな国に行って、その国との関係を強化するというのは正しいことだと思いますので、高く評価したいと思います。しかし、「価値観外交」と言ったり、「地球儀を俯瞰する外交」と言うことで、あたかも全世界を回って中国をけん制するような雰囲気が出てしまいかねないわけです。ですから、私は「地球儀を俯瞰する外交」というのが何を意味するのかよくわからない、というのが一つあります。

 もう一つは全体について言えることですが、日本国の将来を考えた時、今までのように日本がどんどん経済成長をしていくという状況ではなく、人口がどんどん減少していく中で、確かに安全保障体制を強くするということは必要だけれども、同時に現状を踏まえた上で安全保障環境を良くするという、まさに外交プロパーの努力をしなければいけない。その時に、中国や韓国との関係が今のような状況下では、安全保障環境を整えようとしているようには見えないわけです。私は安倍政権が安全保障体制を強くする努力をしていることはよく分かるし、これについては評価しています。しかし、同時に、安全保障環境を良くするという努力がなされるべきではないかと思います。ですから、先般、中国との首脳会談が行われたことはひとつの重要な一歩だと思いますが、しかし本当に必要なのは、これからどういう政策を東アジアで取っていくか、という一つのビジョンを出していかなければならないと私は思います。

添谷:これまでの安倍外交については、言論NPOの評価でも比較的良い結果が出ているようですが、私は可もなく不可もなくだと思っています。それには理由がいくつかあるのですが、ひとつは所謂「積極的平和主義」というフレーズで行っている外交の中身を見ていくと、プレゼンの仕方は別として、そんなに新しいことではないと思います。言ってみれば冷戦が終わって以降、1990年代から日本が地道にやって来た外交と、実質的にはそこまで大きく違わないと思います。例えば集団的自衛権の問題にしても、究極的には憲法改正の問題にしても、90年代から我々は活発に議論しているわけです。その意味では決して新しい政策課題でも何でもない。

 安倍外交の一つの特徴があるとすれば、工藤さんの質問にあったように、安倍首相の理念です。その理念と「積極的平和主義」と言われる外交が、どのような関係にあるのか、ということを考えてみることが大事だと思います。その視点から見ると、これは第一次安倍政権のときもそうですが、所謂「戦後レジームからの脱却」ということをやや理念的なスローガンにして、憲法改正がそのための核心的な問題である、というところから始まっているわけです。第二次安倍政権も、同じ首相が再登板したわけですから、同じような理念的なものをお持ちになっていることは間違いないわけですが、「積極的平和主義」というのは後から出てきたもので、「戦後レジームからの脱却」として始まった外交に、「積極的平和主義」というネーミングを後からつけたのが実態だと思います。中身を見れば、先程申し上げたように決して新しいものではなく、日本外交がやるべきことをやっている、という側面があると思います。後者だけを見ると評価が高いということになると思うのですが、理念との関連、それから「戦後レジームからの脱却」というところから平和主義に移ってきたことの意味を考えると、私はもっと複雑な現象だと思います。

工藤:いまお三方にお聞きしましたが、一般の方から見ると、何か活動はしている、一生懸命海外を飛び回っている、そして「平和」という、とても耳障りの良い言葉がありますが、何か理念的な点で何を目指しているのかよくわからない。一方で、日本国民のみならず、近隣諸国に対しても説明をあまりしていない。その結果、いろいろな摩擦を生んでしまっていたのではないでしょうか。ただ、実際に外交が首相のリーダーシップをベースに動くということであるなら、かなり動いているということが言えると思います。その結果、私たちの実績評価でも各項目で点数が底上げされています。理念的なところはよくわからないところはあるけれど、アジェンダを設定して、それを具体化するということは動いている状況です。

 ただ、状況を分けてみると3つくらいにわかれると思います。一つは北東アジアの安全保障環境という問題です。日中間で緊張関係が続き、トラブルが起きるのではないか、という局面にこの2年間ありました。それにどういう風に対応すればよいのかということ。二つ目は、平和主義と言われて想像するのは、昔のODAやPKOのように国連をベースとした展開のイメージに近いのですが、それに対して、日本が世界にどのような貢献をしていくのかという問題が、何か一緒の用語になっていて非常に分かりにくくなっているの、分離して考えたいと思います。

 最後は、いまの日本が問われている安全保障環境と、それに対して安倍さんがやろうとしていることが適切なのかということ。確かに、集団的自衛権の閣議決定、武器輸出三原則の緩和など、いろいろなことが動いています。また、アメリカとの関係では、ガイドラインを恐らく来年辺りにしっかりやることになると思います。こうした取り組みをどう判断すればよいのかということをお聞きしたいと思います。


安全保障の強化と、近隣諸国との関係構築は表裏一体

宮本:中国の軍事力は急速に増大していて、外洋にどんどん進出していくという国に変質しましたから、それに伴い日本もその変化をひしひしと感じるようになっています。そういう意味では、安全保障環境にかなり本質的な変化が生じていることは事実です。それに対して一定の軍事安全保障上の対応をするということも、これは当然のことです。しかし問題は、ある一線を超えてしまうと、泥沼の消耗戦に入ってしまい、国民の生活を犠牲しない限り国の安全は保てないという状況に追い込まれていくわけです。ですから、そうならないようにするのも立派な政治であり外交だと思います。そのための環境整備が必要になる。そのときに、私はかねがね「積極的平和主義」の「主義」という言葉は重いと考えています。一つの理念がないと「主義」という言葉は使えないのです。つまり、PKOなどは、現在ある危険の度合いを下げていく、危険が起こらないように予防するということになりますが、「積極的平和主義」と言う以上は平和を主体的に創り出すという側面が入って初めてその言葉に符合することになると思います。そうすると、我々がずっと議論してきたように、東アジアにいかにして平和と安定の構造を作るか、秩序を作るかという問題につながっていくのではないでしょうか。

工藤:積極的に平和を創り出すという点では、行動はしていましたが、皆に心配をかけたというようにも見えるのですが、田中さんはどうお考えですか。

田中:私は、例えば日本の安全保障体制が今まで十分だったかと考えると、十分ではなかったと思います。ですから安倍政権がこれまでやってきたこと、例えば国家安全保障会議(NSC)の創設と、その事務局である国家安全保障局の設置、集団的自衛権の一部行使容認など、諸々の安全保障政策を強化するための努力は必要であると思います。これらは今までやってこなかったわけではありませんが、政治的に強いリーダーシップがなく十分なスピードで実現できなかった。そうした点を改善し、実現に繋げたことは良かったと思います。しかし、先程申し上げたように、外交の本質は、安全保障体制を強くすると同時に、外交によって安全保障環境を良くしていくことであり、後者がないと、安全保障政策だけが突出してしまう。日本が十分でなかった安全保障体制を強化する際に、同時に外交で周りの国との環境を良くするということをやっていれば、そんなに近隣諸国を刺激を与えることにはならないわけです。外交努力により、近隣諸国との良好な関係を構築し、安全保障環境を良くする努力が十分になされていないのではないかだと申し上げているのです。

 例えば、アメリカは日本よりもずっと中国を念頭において安全保障を強化しています。また、この地域でいろいろな国との軍事演習をしたり、条約を見直したり、関係をさらに強化しています。もちろん日本ともそうです。しかし同時に、彼らは中国を巻き込んで協議をしていく努力も間違いなく強化しており、現在は、中国との間に100近くのハイレベルの協議フォーラムがあると言われています。それに比べて日本が中国や韓国と、果たしていくつの協議フォーラムがあるのか。殆どないでしょう。コミュニケーションを取らずに、果たして安全保障環境を良くするような外交ができるかと言われれば、やはりできないわけです。安全保障と外交は両輪相まって日本の政策になるのですから、早急にやらないといけない。その上で、安倍政権が抱える大きな問題は、歴史問題です。歴史について、個人の政治信条として色々な考え方があるのはわかります。しかし靖国参拝や村山談話を見直すような動きをすれば、中国や韓国のみならずアメリカにも一種の日本批判の口実を与えてしまい、それが国家の利益を損ねることになるのです。それが残念でなりません。歴史問題ゆえに日本が失っている利益というのは実は非常に大きい。そこは、やはり我々は見直す必要があると思います。

工藤:確かに、安倍さん個人の信条について、アメリカも含め一時期、世界が心配していましたよね。それに対して今回の選挙の前にギリギリで、しかめっ面の習近平さんと会ったというレベルのように思いますが、添谷さんどうでしょう。

添谷:同じことを別の言い方をすれば、先ほども言ったように1990年代から基本的に同じアジェンダなのです。集団的安全保障にしても、武器輸出三原則の緩和にしても、国際政治を見ているリアリストの多くはずっと肯定してきたわけです。ただ従来、特に90年代がそうですが、国連PKOなどは典型的で、基本的な哲学は国際主義だったと思います。つまり、国際主義的な発想でそういったアジェンダを議論してきた。しかし安倍政権になると、「戦後レジームからの脱却」という言葉が象徴しているように、明らかに衝動は国家主義的なわけです。要するにそういったやや国家主義的な衝動の中で従来は国際主義的なアジェンダであったはずのものを進めようとしていることがミスマッチなわけです。だから田中さんがおっしゃったような対中政策というのはもっと包括的に、様々な局面に目配りして、まさに戦略的にやる必要があるところを、国家主義者のこだわりから物事を組み立てて、それを国際主義的な言説で説明するという矛盾が起きているから、限界が付き纏うのだと思います。

工藤:分かりました。ここまでは安倍政権が目指していることの理念について、かなり深い議論ができたと思います。

工藤:次は具体的な政策評価に入りたいと思います。私たちが先日発表した安倍政権の実績評価では、外交・安全保障分野では9項目の評価を行いました。すべてをこの場で言及するのは難しいと思いますが可能な限り見ていきたいと思います。

 先ほど宮本さんもおっしゃいましたが、民主党政権の時に日米問題が壊れて、改善をしなければならないという問題があったのと同時に、中韓などの近隣国との関係も悪い状況でした。そしてロシアとの問題もありました。それで「日米同盟の絆を強化し、中国、韓国、ロシアとの関係を改善する」というのが2013年の参院選でのマニフェストに書かれていますが、これは実現できたのでしょうか。


2015年、日米関係にとって深刻な3つの問題

田中:2年前に自民党政権に移って、日米関係は民主党政権下に比べて、良くなったと思います。私の米国の友人は「安倍政権はアクションを取り出した」と評価していました。同時に日米関係にはこれから来年前半にかけて重要になる3つの重要な問題があります。それに対して日本の政権がどう施策を取っていくかというのが大きいな試金石になると思います。

 まず、来年は戦後70周年ということです。中国が抗日戦争勝利70周年ということでキャンペーンをやっています。歴史問題は日本を叩ける材料なのです。そういう意味で来年、日米が共同で戦後70周年に関するメッセージを出すことが極めて大事だと思います。これを実現するためには、先ほど申し上げたように歴史についての自制が前提になります。

 次に、TPPと沖縄の問題があります。これは、日米関係の具体的な問題です。私の友人が、安倍政権に行動力があると評価している意味は、この2つの問題に、政権がアクションを取っているという点です。ただ両方ともなかなか難しくなってきた。TPPについては日本がもう少し市場開放する努力が必要ですし、ルールメイキングの面でもより行動的になる必要があります。

 そして、沖縄については、非常に難しい状況になってきたと思います。もし沖縄で普天間飛行場の名護移設反対という強い民意が出てきた場合、それこそ日米安保体制そのものへの挑戦となってくる可能性があります。これは日本にとっても避けるべきことです。日米の信頼関係に基づいてもう一度大きな枠組みの中で日米安保体制や基地をどうすべきか、ということを協議する必要があります。

 たぶん米国にしてみれば、東アジアにおける最大の課題は中国とどう向き合うか、北朝鮮の脅威に対してどういう体制を構築していくかということです。アメリカの本音は、日本に中国と韓国との関係改善を急いでほしいということでしょう。この点については、アメリカは2年間の現政権の取り組みを評価していないと思います。中韓との関係について、日本が一方的に悪いとは言いませんが、やはり日米同盟の力を活用しつつ中国や韓国との関係を改善していく姿勢を一刻も早くつくらないといけないと思います。その点で、先ほども申し上げた通り、歴史問題で口実を与えるようなことはもう一度考えるべきです。

工藤:田中さんに一つ素人的な質問をしたいのですが、APECの時に、安倍首相と習近平総書記の会談は25分で、習近平総書記とオバマ大統領の会談は10時間もありました。一方、安倍首相とオバマ大統領の会談は25分というのはどういうことなのでしょうか。

田中:私はもし日本に戦略があったのであれば、北京で一番最初に安倍首相とオバマの会談をやるべきだったと思います。中国はどの国にとっても実体的に大事になってきていますが、同盟の力を示す必要がありました。しかし、実際には日米の首脳会談は豪ブリスベンでのG20の機会に、一番最後に実施されました。日本は最初の会談を望んでいたけれど、アメリカ側が合意しなかっただけかもしれませんが、これは大変残念な出来事です。


米韓の違いは、首相個人と政策の中身を区別して考えることができるかどうか

添谷:日米関係をしっかりさせなければいけない、というのは戦後日本外交が一貫して原則にしてきていますので、これはどんな政権でも重要です。民主党時代に、鳩山首相が沖縄問題を完全にひっくり返してしまいましたが、こういったことはやるべきではないことになります。安倍首相はその意味でやるべきことをやろうとしていて、関係を元に戻そうとする流れをつくっている、ということだと思います。そのこと自体は肯定的に評価できると思います。

 ただ、アメリカからすれば集団的自衛権の行使自体は大歓迎なのですが、今回の集団的自衛権の議論をしているときにアメリカから聞こえてきた声は複雑で、ジョセフ・ナイは「中身はいいがラッピングは悪い」と言ったといわれています。つまり、政策自体は大歓迎だが、それを若干ナショナリスティックな衝動で進めようとしている、と見られているわけです。アメリカでさえもそれが気になるわけで、中国・韓国から見ればなおさらです。オバマ大統領と安倍首相が個人的に、あまりいい関係ではないという話もありますが、おそらく個人的な信頼関係云々というよりはそれ以前の思想的な問題だと思います。政策についてはオバマ大統領も歓迎だと思いますが、安倍首相との関係についてはそこまで親しく見えない。それは安倍首相もオバマ大統領に対して何か思う所があるのでしょう。

 一方、中韓については、安倍首相個人に彼らはものすごくこだわっている面がある。私が韓国の人たちと話をしていると、歴史問題等に起因して、安倍首相を生理的に受け付けないという雰囲気が出てきています。私は日本側だけを非難するつもりは毛頭なくて、本質的に考えると、韓国側の問題、彼らのこの問題に関する認識を根本的に変えてもらわないと動かない、という現実があります。対日歴史認識は韓国のナショナル・アイデンティティに近いものになってしまっていますが、それを前提にして、安倍首相を眺めると「生理的に受け付けない」というふうになるわけです。それに対する日本側の対応として、日本も今のムードは何となく日本の「韓国化」という状況があると感じます。つまり、韓国もあそこまで自己主張しているので我々も自己主張するのだ、という力学が生まれてしまっている。従来の日本はそういった点にある程度配慮しながら日韓関係を動かしてきましたが、今のやや国家主義的な勢力は、このやり方が間違っていたのだ、だから日本も自己主張を強めないといけない、という論理になっています。これが、先ほど申し上げた日本の「韓国化」ということですが、そういった構造になってしまっていて、物事が動かなくなっているのだと思います。この構図は日中関係においても似た傾向になっていると思います。

工藤:今の話を伺っていると、政策的には日米関係強化のために、集団的自衛権の行使をはじめ動いていますが、それが理解されない、不信を招くというのは残念ですよね。本来、平和などもっと大きな理念を持てば、違ったとらえ方をされると思うのですが。

添谷:その意味で、集団的自衛権というのは韓国から歓迎されるべきことであって、反対される論理はないと思います。日本が集団的自衛権を行使して、日米同盟を強化することは韓国の軍事戦略上の基盤になるわけです。その論理は韓国内でもわかる人はいるのですが、彼らの多くは安倍首相というレンズを通してみているので、韓国のマスコミにみられるような軍国主義復活という議論が主流になってしまうのです。

工藤:安倍政権の外交の象徴的なデモンストレーションとして、先日のAPECで習近平総書記と握手をしました。習近平総書記は表情が厳しかったですが、確かにその後、様々な日中間の交流が動いていますので、状況が開けた感じがします。しかし、別の視点から見れば、この会談は色々な問題に蓋をしたという風にも見えます。宮本さんはこれをどのようにみていますか。


個別の問題にとらわれすぎず、大局的な見方が重要に

宮本:確かに日中関係においては、蓋を閉めるしかないのです。そのうちみなさんの口に上らなくなり、周辺化していって、外交のイシューにならないようにするぐらいがいいのだと思います。このやり方は当面続けざるを得ないことだと思います。それはそれでよかったと思います。

 ただこれまでのみなさんの議論の延長線でいえば、日本外交で大きな障害となっているのは、やはり歴史問題なのです。いわゆる戦後の国際秩序の基本になっているのが歴史に対する価値判断なのです。そこに挑戦することは、歴史修正主義者だと言うことになるのですが、安倍政権ははこの色彩が濃いと思われてきています。このことのが全ての根底にあります。それは選挙後の新しい政権下できちんと払拭しないといけない。そうでなければアメリカとの関係も周辺諸国との関係も進まないのです。逆にマイナスに転がっていく大きな危険さえあります。そういう中でアメリカとの関係が一番大事なので、対中関係についても緊密に意思疎通をして、同じ土俵で同じ方向に向かって日米が対応しているということを、いかに関係者に理解させるかが大事です。これは引き続き努力しないといけない。こうした努力によって、中国側もこれ以上踏み出せなくなるのです。国と国との大きな関係として、中国は日本との関係改善はすでに既定路線になっていると思います。しかし最後の段階でこれ以上前に進めないのは、先ほどから申している通り、歴史問題についての彼らの不信感だと思います。

工藤:そういう事情があるとしても、中国との関係は一応、改善されたとみていいのでしょうか。

宮本:2006年の安倍首相の訪中の時と今回は質が違います。06年同時までの改善には至っていません。当時は戦略的互恵関係を打ち出して、新しい関係に入りましょう、と手が打てましたが、今回の両国政府の文章を見てもわかるように、そこまでは至っていません。

工藤:韓国との関係改善はできたのでしょうか。

添谷:全然改善できていません。

工藤:プーチン大統領の訪日に向けた動きがありますが、ロシアとの関係改善はどうでしょうか。

田中:ロシアとは何回も首脳会談を実施して、一見、日露が具体的な形で、つまり北方領土問題で動いていくのではないか、と思った矢先にウクライナ問題が起こった。ウクライナ問題については、ロシアが一方的に国際法を無視してクリミアを併合したことであり、ウクライナとの関係で諸々の行動をとっているということです。これは一種の普遍的な原理に関わることです。日本は北方領土問題があるにしろ、当然のことながらロシアに対しては厳しい考え方を示していかざるを得ない。ですから、ロシアと北方領土問題で風穴を開ける努力と相容れないのは仕方がありません。アメリカが過去何カ月にもわたって、ロシア或いは北朝鮮の問題で抜け駆けしないでくれよ、と言い続けてきています。私は日米同盟の基本は普遍的な価値を共有していることだと思っていますから、もし日本がロシアとの関係を先に進めるということになれば、国際社会のロシアへの圧力が低下することことに繋がるので、やるべきではないと思います。もちろん、これは格好のチャンスだ、いまこそ北方領土問題で日本は風穴を開けるべくプーチンの訪日を実現させて、協議すべきだという逆の意見もあります。ただ私はそうはならないと思います。ウクライナ問題はロシアの国家主義やナショナリズムが背景にあり、北方領土問題もロシアのナショナリズムという点からすると、安易に妥協しないと思います。日露関係は北方領土問題だけにとらわれることなく、もっとトータルな努力が必要だと思います。

工藤:マニフェストには「拉致問題、ミサイル問題の早期解決に関係諸国と一致して取り組む」と書かれています。今回は、福田元首相が習近平に会ったり、外務省のアジア大洋州局長が訪問したり、いろいろな動きがありました。これは評価していいのでしょうか。

田中:当然のことながら、北朝鮮と対話することなく拉致問題を解決の方向に導くのは無理です。ですから、北朝鮮との対話が始まっていることは評価すべきです。しかし考える必要があるのは、拉致問題だけで物事は解決しないということです。核兵器やミサイルの問題を包括的に解決していく姿勢がないと難しい。あたかも拉致問題だけで物事を進めているような印象を国際社会に与えかねません。やはり、アメリカや韓国、場合によっては中国とも十分協議をした上で、拉致問題を解決していくことが、実は核とミサイル問題にとってもプラスに働くということを説明した上で相手を説得しないといけないと思います。

工藤:分かりました。それではここで休憩となり、次は最後のセッションです。

工藤:まず、集団的自衛権の行使を容認する閣議決定、特定秘密保護法など、マニフェストに具体的に書かれていなかったような政策が動いていますが、国民に対してもそうですし、周辺国への説明も足りない、という状況があります。こうした政治手法をどう見ていけばいいのか。

 言論NPO が行った有識者アンケートで、「今回の選挙では何が問われるか」と尋ねたところ、一番多かったのは、「安倍首相の政治姿勢や政治手法」との回答で半数を超えました。また、沖縄問題で気になるのは、お金で進めていくやりかたには拒否感が出たこともあり、沖縄県知事選で、普天間飛行場の辺野古への移設が否定されてしまいました。この問題は日本の政治にとって非常に大きな問題だと思います。こうした点について、どう考えればいいのでしょうか。


集団的自衛権と普天間飛行場の移設をどう考えるか

田中:集団的自衛権の問題は手法の問題だと思います。集団的自衛権の行使を認めるべきか否かというと、私は認めるべきだと思いますし、多分、安倍首相と同意見だと思います。ただ、どういう形でそれを現実にしていくかという点では、やはりこれまでの内閣がとってきた立場、周辺国との関係、何よりも憲法9条との関係で考える必要があると思います。私は憲法9条との関係を見て、これまで積み上げてきた解釈等を考えると、極めて限定的な形でしか解釈を変更できないと思うし、それを明確におっしゃるべきだと思います。これまでと環境が変わったことによって、今まで集団的自衛権の行使として禁止されてきた部分で、実現する必要があることは何か、ということがこれから議論されていくと思いますが、それは2つしかありません。一つは、例えば、ほとんど限定してもいいと思いますが、朝鮮半島有事の際に、日本がどうするかという点について、より広範囲な行動をとらなければならない。日本の安全に直結し、日本の国民の生命財産が脅かされる可能性がもろにある。だから、これに関しては変えなければいけない。もう一つは、PKOという、国連が安保理で決めた行動について、日本がいろんな制約をもっているのはおかしいということです。この2つだけなのです。ですからこういうことはキチンと国会を通じて説明されなければならないし、当然言っていることが過去と整合性があることが重要です。しかし、安倍政権の物事の進め方の大きな問題は、まずはプロパガンダを打ってしまうことです。その結果、現実に根差した行動をとろうとするのですが、それは周りからすると、ひょっとすると将来はもっと拡大していくのではないかという恐れを持ってしまうわけです。これは歴史の問題についても同様のことが言えます。安倍首相は違うとおっしゃっても、「本当は歴史修正主義ではないか」という一種の猜疑心が膨らんでいってしまうことは、日本にとっても安倍政権にとっても損だと思います。やはりもう少し現実を見極めた対応を最初から取ることが大事ではないかと思います。

 沖縄の問題は、私は今度の選挙によって変わってくると思います。今度の選挙の対立というのは、どちらかというと全ての選挙区において、普天間移設について賛成か反対かということがイシューになると思います。沖縄県知事選だけが民意だということではないと思いますが、よく見極めなければならない。それを踏まえた上で、移設を強行していくのかそうではないのかということを含めて、米国との一種の安全保障協議がものすごく大事になってくると思います。やはり、日米安全保障体制の在り方は不断に協議しなければいけない。不断に協議する中での基本原則は信頼関係があるということですから、それを踏まえて、これから包括的な協議を日米間で行っていく。その結果、「名護について諦めました」という必要はないし、そうあってもならないのですが、やはり重要なものとして考えていく姿勢というのはこれから大事になると思います。ただ、そこで求められるのは、現実を踏まえたリアリスト的思考です。特に、各論になっていけばいくほどそれが必要になります。


東アジアの安全保障の新しい戦略的展望の中で、沖縄の基地問題を考える

添谷:集団的自衛権の問題は第一に日米同盟の問題であり、東アジアの安全保障の問題だと思います。日本にとっては日本の安全保障戦略の問題であって、そういう観点からの集団的自衛権の議論が全くない、というのは非常に残念です。なぜかというと、先ほどから申し上げていることと同じですが、安倍首相が真っ先に唱えたのは憲法改正で、そのために96条を改正して、国会での改正発議を3分の2から単純過半数にするというものです。しかし、産経新聞の世論調査ですら反対の方が若干多かった。それ以来、安倍政権はそのアジェンダを引っ込めて、次に進めたのがこの集団的自衛権の閣議決定でした。ですから、憲法改正の衝動から始まってだんだん安倍さんなりに現実と妥協して、行き着いたのか集団的自衛権の閣議決定なのです。閣議決定の文章を見ると、論理的には非常におかしな話になっています。つまり9条の論理は変えない、9条の枠内で集団的自衛権が可能になるような解釈をひねり出したわけで、分かり難さは改憲の衝動から始まったそのプロセスがすべてを物語っていると思います。そうした順序をたどった集団的自衛権ですから、先ほど申し上げた日米同盟の問題、東アジアの安全保障の問題、日本の総合的安全保障政策の問題という論点が、全く議論されていない。ただ次の国会で法制化し、実際に限定的にせよ行使できるようになれば、当然ながら日米同盟の運用の問題になるし、東アジアの安全保障の問題に足を踏み入れるわけです。だけどその時に、そうした発想がないまま法律だけできた場合、その法律をどのように使うのか、という知的な準備、政策戦略的な準備がないのであれば、ちぐはぐな状況に陥ってしまうと思います。

 それから、もう一点だけ申し上げると、私はこの集団的自衛権の問題は沖縄問題とも密接に絡んでくると思います。つまり、国際政治的には、沖縄の米軍基地問題はまさに日米同盟の問題であり、東アジアの安全保障問題になるわけです。単純な論理を言えば、集団的自衛権を行使するようになって、日本が日米同盟の枠内でより大きな軍事的役割を引き受ければ、沖縄の基地の軽減という道筋が生まれてくるわけです。

 それから、東アジア地域との安全保障協力、そこでアメリカのプレゼンスを共同分担するという方向性での戦略を動かしていく。豪州がそういう方向に動いていますが、そこに韓国も巻き込んでいければ理想的です。これまでは、日本を肩代わりする形でアメリカが果たしてきた東アジアでの役割は、沖縄の犠牲の上に成り立ってきたというのはその通りです。それを軽減するためには、今申し上げたような全く新しい戦略的展望の中で沖縄の基地の軽減を考えるということは発想としてあるべきだと思います。そうした戦略的思考のかけらも政治家や政党から出てこないことは非常に残念です。


中長期的なプランを示し、その中で政策を動かしていくことが政治の責任

宮本:政策というのは、現実の中から生まれてきて、その現実というのは色んな諸要素が複合的に絡んでおり、一つの切り口からでは綺麗に説明できない世界です。だから政治は多くを語ろうとしないし、政府も語ろうとしない。但し、そこで議論が終わっていたのでは我々の追及している、いわゆる成熟民主主義。そういう新しい日本の時代をつくろうとしたときに不十分であり、それを補完する言論界が、単に政治家にしゃべらせたり、説明責任が足りないのではないかというだけではなく、彼らの発言をどんどん掘り下げた議論を行い、日本の社会全体をもう少し強化して、そうした議論成が国民に届くという仕組みは絶対に必要だと思います。

 私も昔から集団的自衛権は当然なされるべきだと考えていましたし、筋論としてはやはり憲法に手を付けざるをえないと思っていました。他方、政府に身を置いたものとして、それを進めても、いつ実現するかわからない。一方で、アメリカとの関係構築や、北朝鮮の問題は日々動いており、今日、明日の問題が迫ってくるわけです。そういう中で理想と現実の中で、どう折り合いをつけていくのか。現場の人たちが呻吟苦吟しているということは理解できるのですが、しかしながらそういうことも含めて、白日の下にさらして、国民にはしっかりとした認識を持ってもらう、本来の議論からするとこうだけれども、現実にはこうなっている。むしろ、本来あるべきことはこういうことではないか、というグループがいてくれないとダメだと思います。そうしたことは、政治とか政府に頼るというのは難しいのではないかという感じがします。

 それから、沖縄の問題については、皆さんが議論されている通りで、現実とあるべき姿の狭間で非常に苦労するところです。私は1年半ぐらい沖縄で生活させてもらいましたが、一番強烈な印象を受けたことは、沖縄の人たちの本土に対する感情でした。これは複雑で深いものがあります。一番衝撃を受けた沖縄の方の発言は、2000年、先進国首脳会議(G8)が、初めて東京の外、沖縄で開かれました。その首脳会議が開かれて、やっと自分は日本人だと思ったということでした。逆に言うとそれまで、自分たちを100パーセント日本人だと思えなかったということです。そうした、沖縄の人たちの底流にある気持ちを我々本土の人間は、きちんと認識しておかないといけないと思います。色んな支援を受けているのだから、基地を引き受けていいではないか、というようなメンタリティーに我々がなってしまうと、沖縄の人たちの心は去っていくと思います。

添谷:一言申し添えるとすると、そういった沖縄の方の気持ちはもちろん大事です。それは、無視することはできないし、すべきではないと思います。一方で、安全保障上の問題を、どこで妥協するかという時に普天間を辺野古に移すことで、沖縄の負担はその分減るわけです。だけどそこで止まっているからこうした反発が返ってくる。つまり中・長期的には米軍基地は減っていくのだという道筋を示し、その枠の中で、現行プランを動かしていくという対応が政治には必要だと思います。

工藤:いずれにしても今回のマニフェストではそういう話はほとんどありません。結局、政党が本当の意味で考えなければいけないことを国民に提示せず、争点化を避けてしまうのが日本の政治なのです。しかし、私たちは有権者が考える材料となるような様々な情報を提供したいと思っています。

 今、議論をしてきて、理念や実際に動いている方向としては、日米を中心にしているのですが、国民から見ると、安倍さんとオバマさんが仲良くアジアの将来について議論しているという光景をあまり見たことがなく、かろうじて何となくやっているという感じです。しかし、実際に動いているので、政策的に見るとかなり評価が高くなります。一方、実際的に、動態的に動いている安全保障なり外交という大きな展開から見れば、もう少しいろいろなことを考えなければいけない。そのために今日の議論は非常に役に立つと思います。

 最後に、こうした政策評価の議論を行っている9と、今回の選挙が極めで重要だと感じます。関心がないとか、師走で忙しいときになぜ選挙なのか、と思われている方もいると思いますが、これからの日本の方向を決めていく上でも、非常に重要な局面の選挙だと思いますし、やはり選挙というのは重要なのです。そうした「選挙」に対して、政治は国民にきちんと説明しなければいけないし、国民も有権者もきちんとした目でそれを見破らなければいけない、そうした局面になってきたと思います。

 その視点で、皆さんは今回の選挙をどのように受け止めていて、特に有権者に政党、政治家は何を語らなければいけないと思っていますか。


今回の選挙で問われていることは何か

添谷:今回、外交・安保問題について議論をして、今回の選挙のいわゆる隠れた核心的な争点はまさにこの問題ではないかと思いました。どういう意味かというと、安倍首相は解散をした時、「消費税の先送りのことを問う」と言いましたが、野党も先送りにみんな賛成して、争点にならずにあっという間に消えてしまい、今では、アベノミクスの是非ということを持ち出してきた。しかし、これは非常におかしいと思います。つまり、アベノミクスはうまくいっているのであれば選挙を先送りした方がいいはずですが、経済学者たちの間ではだいたい否定的な人が多いということが物語るように、先行きは極めて不透明なわけです。そうすると、野党の準備が整わない今のうちに解散しておいた方が、これからを考えたときにいわばセカンドベストだということだと思います。今回自民党はおそらく勝つと思います。そうすると、安倍さんは来年、自民党総裁に無風で再選されるでしょうから、2018年末までの4年間を手にするわけです。その4年間で何をやろうとしているのかということが実は重要な争点だと思っています。では、安倍さんが4年間でやろうとしていることは何か、と考えたとき、今日議論したようなことは、まさに安倍さんの信念とか、理念にかかわることですから、極めて重要だと思いました。

田中:外交政策も安全保障政策もそうですが、民主主義統治で一番大事なことは、異論があるということがきちんと表に出てこなければならない、ということだと思います。だからこそ、選挙でチェック&バランスという民主主義の基本的な理念を働かせていかなければならない。今、世の中で見えている風景というのは、国家主義的傾向が出てきて、国家が権力を持って異論を封殺していくという雰囲気が出始めている、ということが一番危険だと思います。やはりいろんな政策について異論があり、異論があることを認めることが、この国の民主主義にとって一番大事なことだと思います。そうしたことを考えながら、選挙に行って投票しなければいけないと思っています。

宮本:我々はかなりの部分でまだ戦後を引きずっているわけです。戦後一種のイデオロギーの対立の時代があって、それを克服できずにいる。しかし、我々はもう一度、原点に返り、「民主主義というものは何か」、「いかにして民主主義を我々自身の手で強くしていくか」ということを問うて行く必要があるのだと思います。したがって、今回の選挙ではそうした気持ちを持って、外交も安全保障問題も重要なアジェンダだ、ということを認識しながら、投票所に向かっていくことが非常に大事なことだと思います。

 今回我々が経験している現状は、ある意味で惨憺たる政党政治の現状です。こういう政党政治が、これからの5年、10年の日本にどのような結果をもたらすのか、しっかりと考える必要がある。それは、単に政治に従事している人だけではなく、日本社会全体がこんな政治はダメだ、どういう風にすれば民主主義が強化され良い政治になるのか、といったことを現在の政治状況をある意味での反面教師としながら、有権者が考える。選挙が終わった後は、そうした国民の動きが始まればいいと思っています。

工藤:ということで時間になりました。今日は安倍政権の外交・安全保障という問題についてお送りしました。やはり日本の将来・進路という点で、我々が本当に考えなければいけない問題が迫っている。本来はそうした課題に対する国民の真意を問う選挙であるべきです。今回の選挙では、私たち有権者は政治に対して、真剣に向かい合っていかなければならないし、そうした流れが少しでもできればと思っております。皆さんもぜひこの評価の議論を活用していただければと思います。

 今日は皆さんどうもありがとうございました。