ワールド・アジェンダ・カウンシル発足記念フォーラム「世界秩序の不安定化と今後の世界の行方」

2016年2月11日

第2話:アメリカの力の現状

工藤:今、皆さんにそれぞれの立場から、今の不安定な状況について解説していただきました。アンケート結果も踏まえて、もう少し聞いていきたいと思います。

 今の大きな不透明感、不安定感の背景に、アメリカが戦後果たしてきた役割、力が後退しているのではないか、それが権力の空白を生み、様々な介入などの問題があるのではないか、という見方があります。国の数は増えたのですが、そこには脆弱国家といった問題があり、力の均衡が不安定化する中でその解決がうまく進まなくなってきている、という見方です。

 この前、言論NPOが行った議論でも、アメリカの力の低下をどう見るのか、ということで意見が分かれました。つまり、アメリカの力は後退しておらず、後退しているという認識が起こっていることが問題だ、という意見や、アメリカの外交力が中東などの問題で後退していることが、この混乱を起こしている、という指摘もありました。皆さんはこれをどう思っているのか、聞きたいと思います。

 先の有識者のアンケート結果では、「アメリカの現状をどう見るか」という質問に対し、有識者の56.1%が「力が後退している」という判断をしました。今まさに米国では大統領選が行われていますが、「この結果にかかわらず、影響力の低下は避けられない」という認識です。その裏返しには新興国の台頭もあるわけですが、この点をどうご覧になっていますでしょうか。

世界を良くするための力の行使が、どの国も困難な時代に

田中:力を計測するのは難しいと思うのですが、力を生み出す源泉を伝統的に考えていけば、今のアメリカほど強い国はめったにありません。そういう意味で、「力が後退しているか」といえば、後退していないと思います。ただ、問題は、力の源泉があり、力を使ったところでその効果があるか、というと、どういう問題を解決するためにも難しい、という状況が起きているということです。ネガティブに自分の都合だけで何かをやるために力を使う気がある国は、それができるのですが、何か世の中を良くしてやろうと思って力を使おうとしても、どうやればいいか、なかなかよくわからない。力が拡散するという現象が、世界の中にけっこう起きていると思います。

 ですから、アメリカが力を十分に発揮できないにしても、今、中国が世界のために積極的なことをできるか、といえば、できないわけです。その面でいえば、力の行使の効果が非常に複雑になっていることには、私どもは気を付けなければいけないと思います。

工藤:それをオバマさんの外交力の問題に矮小化するのは、良くないのでしょうか。

田中:私はオバマさんの外交に賛成できない点があるので、そのような面もあると、言えなくはありません。ただ、そうはいっても、オバマ外交がことごとく失敗しているかというと、そんなことはないわけです。いかなる人がアメリカ大統領のポジションにいたとしても、難しい問題は難しいのです。だから、オバマさんの問題だけではないと思います。

 ただ、力が拡散している面はありますが、力対力で何かが起きたときに、力がないのに力があるようなふりをして、できもしないことを言ってしまうのは愚かな話です。ロシアがジョージアと戦争をして勝ってしまった、クリミアを占領してしまった、といったときに、欧米としてジョージアやウクライナにどういう期待を与えたのか。欧米には、ロシアがそういったことをしたからといって、ジョージアやウクライナを軍事力で守ってやる気はまったくありませんでした。にもかかわらず、ウクライナやその他の国の中に「ここでプーチンと戦っても大丈夫だ」という期待を抱かせたとすると、力に対する認識がやや甘かったと言わざるを得ません。

工藤:古城さんは先ほど破綻国家、脆弱国家の話をされましたが、アメリカが、冷戦後に進めた「民主化」が、アメリカの対応が非常に中途半端だったこともあり、逆に破綻国家にしてしまうことがあったような気がしています。どうお考えでしょうか。

古城:その側面は否めないと思います。アラブの春による民主化に関しては、独裁者を取り去った後はその国にお任せ、というかたちでうまくいく国とうまくいかない国があります。そのあたりは、アメリカはもっと慎重に進めるべきだったと思います。アメリカの力について言えば、田中先生がおっしゃった通りです。今の国際秩序で影響力を行使しようとすると、いろいろなチャネルがあると思います。アメリカがそのすべてを整合的に行使していけるかというと、非常に難しくなってきていると思います。それをどこの国ができるかというと、どこの国もできないような状態になっています。

 アメリカは突出した軍事力、経済力を持っているとよく言われますが、軍事力と経済力だけではなかなかうまくできない問題がとても増えてきていると思います。ですので、アメリカの力が低下したと言われますが、アメリカが持っている資源をどのように使っていくかということで、かなり工夫しないといけません。アメリカが中心になって影響力を行使していく時代ではなくなっているという気がします。

中国は米と異なり、自国の価値観が世界に共有されていない

藤崎:四半世紀前に冷戦が終わり、世界が突然、一極型になって、アメリカだけがスーパーパワーになりました。これ自体がある意味で異常な状況だったのですから、それがずっとそのまま続くというのも難しい話だと思います。

 他方、例えば「中国が台頭してきた、もうアメリカの時代ではなくなっている」というような話に対して、私は思うことが二つあります。一つは、我々が若いころにエズラ・ヴォーゲルさんの『ジャパン・アズ・ナンバーワン』を読んでみんな舞い上がっていましたが、アメリカの力はなかなかそう簡単には後退しませんでした。資源もあるし、国土も大きいということで、そう簡単には変わらないという印象です。

 もう一つ、今、グラハム・アリソンというハーバードの教授が「トゥキディデスの罠」という議論を展開しています。中国とアメリカの関係を「新興国対覇権国」という枠組みでとらえる議論が、ここ数年間、少しはやっています。私はそれに疑問があって、今、中国の理念や価値をシェアしようという国はどこにもありません。やはり、アメリカ型の民主主義や自由が、だいたいのところでシェアされています。中国は経済的には大事な国だとみな思っていますが、中国の価値観が自分たちとはまったく違うということを、頭の片隅に置かないといけません。モーゲンソーのような古典的なパワーバランスの理論で考えると、少しおかしくなるのではないかと思います。

 また、オバマ外交について申し上げます。私は別にオバマさんを弁護しようとは思っていませんが、考えてみれば、ミャンマー、キューバ、イランという、歴代大統領がやろうとしても進まなかった、あるいはやろうともしなかった問題が三つ、かなり進んだのは相当な展開です。今はあまり大きく評価されていませんが、あと何年かすると、「あれは大変な成果だった」と皆が言い出す気がしています。

現代では、力の行使にあたって国内世論や国際法という制約がある

細谷:今、3人の先生方がおっしゃったことと同じ認識です。アメリカは依然として軍事的にも強大です。F22という最先端の戦闘機を持っていますし、経済的にも力をつけています。私の見方は、今の世界で、豊かで強い国と弱くて貧しい国との格差が、世界レベルでどんどん開いているということです。豊かな国はより豊かになり、貧しい国はより貧しくなる、という二極化が起きています。

 その中でアメリカは非常に強いのですが、多くの人たちには弱く見える、あるいは衰退しているように見える。アメリカはアフガニスタンとイラクで大変な兵力、国力を使いました。この両国はどちらも、イギリス帝国の一部に組み込まれていた地域です。イギリス帝国にとっては、アフガニスタンやイラクを安定化させることは、簡単ではないにしろ、軍事力を使えば比較的簡単に治安が維持できていました。ところが、当時のイギリスよりもはるかに力を持ったアメリカが、この2つの地域においてむしろ無力さをさらけ出してしまいました。

 これは何なのかと考えると、一つは、力があっても使えないということだと思います。例えば、アメリカが空爆をするときに誤爆をすると、国内のメディアから大変な批判を受けます。したがって、空爆の標的が本当に軍事施設かどうか分からないと、空爆できずに帰ってくるわけです。100年前のイギリスなら、そんなことはせず、簡単に軍事力の行使ができていました。ある意味では非常に野蛮で非人道的な軍事力の行使ができたわけですが、今の国際法あるいは国際世論のもとで、もともと持っている力を使うことが難しくなっています。

 一方、力を使わない問題の解決、すなわち説得とか外交交渉ですが、やはり100年前のイギリス帝国が使えたツールと比べて圧倒的な制約を受けて、ツールが少なくなっています。その中で解決することに責任を負っている中で、ある意味でアメリカは閉塞状態になっています。100年前のイギリスよりも大きな力を持っているアメリカが、100年前のイギリスでは考えられないほど、世界の問題を解決する力を持てないでいる。このパラドックスが、今の世界の大きな混乱の原因になっている気もしています。

世界全体ではかなりの開発途上国の改善は進んだが、一部の脆弱国家が深刻に

田中:細谷さんのお話にだいたい賛成です。確かに、富める国と貧しい国が二極分化し、貧しい国がますます貧しくなっている面はあるのですが、ただ、先ほどの「不安定化」と若干違って、世界は良くなっている面もあるのです。

 絶対貧困人口はこの15年間で、19億人から8億人台になりました。今まで、開発途上国はほとんど発展できないと思われていたのが、開発途上国の中でも相当発展する国が出てきています。東アジアでは、地政学的な対立はかなりありますが、「この国は破綻していてどうしようもない」という国は北朝鮮くらいしかありません。それ以外の国はだいたい経済状況が良くなっています。それから中南米も、冷戦末期は内戦ばかり行われていた地域ですが、今の中南米で内戦はどこにもありません。

 ただ、問題は、世界全体でかなりの開発途上国が事態を改善している中、改善できない開発途上国がなお、中央アジアからサブサハラ・アフリカにかけて存在しているということです。その中で、かつては独裁体制の下で比較的安定していたとみられるシリアやリビア、イラクなどがめちゃくちゃになってきているということが、大きな問題です。

 ですから、世界全体としてみるとポジティブな面もありますが、ポジティブな面がある中で、一部、とても悲惨な問題が起きているわけです。

報告
第1話:現在の世界秩序をどう考えればいいのか
第2話:アメリカの力の現状
第3話:中国の台頭と中国経済への期待
第4話:グローバルガバナンスの在り方
第5話:世界は今後どうなっていくのか
第6話:2016年、日本に求められるリーダーシップ

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