第一線の海外ジャーナリストが見たアメリカ大統領選とは〜第一セッション報告〜

2016年3月16日

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 3月16日、言論NPOはアメリカ、カナダ、イギリスのジャーナリスト5名を招聘し、「アメリカ大統領選の行方とアジアの将来」と題した緊急討論会を開催しました。会場には、約200人を超える聴衆が参加し、議論を見守りました。

 第一セッションでは、アメリカからデビッド・ナカムラ氏(「ワシントン・ポスト」ホワイトハウス担当記者)、オレン・ドレル(「USAトゥデイ」国際情勢担当)、デビッド・フェイス氏(「ウォール・ストリート・ジャーナル・アジア」論説委員)、イギリスからデビッド・ムンク氏(「ガーディアン」アジア太平洋地域国際ニュース編集者)、カナダからマイケル・デン・タント氏(カナダ「ポストメディア・ニュース」コラムニスト)の5氏の欧米のジャーナリストと、日本側からG・S・フクシマ氏(米国先端政策研究所上級研究員)、近藤誠一氏(前文化庁長官)、渡辺靖氏(慶應義塾大学SFC教授)の各氏が参加しました。
 
 まず、主催者あいさつとして登壇した言論NPO代表の工藤泰志が「今日のミニ・スーパー・チューズデーの5州でトランプ氏が3勝した。アメリカで、そして世界で一体何が起こっているのか。アメリカを軸としたこれまでの世界的な秩序や民主政治そのものが大きな試練が訪れているのではないか」と指摘した上で、「言論NPOはこうした議論に真っ向から挑み、東京発で議論し、世界に課題解決の議論とプランを提示していこうと考えている」と述べ、今回の討論会開催の意義を語りました。

 続いて、司会を務めた杉田弘毅氏(共同通信編集委員室長)から、「皆さん、大統領選の行方をハラハラして見ているのが現状ではないか。今回のトランプ現象の背景は何なのか、これまでの経過をどう見ているのか」と投げかけました。


既成政党、既成政治家への不満をうまく取り込んだトランプ現象

 まず、ホワイトハウスでオバマ政権を取材しているナカムラ氏は「私は過去9カ月、誤った報道をしてしまったのかと思っている」と、トランプ現象を予想もしていなかったことを明かしました。同氏は、オバマ大統領の政策によって、経済は改善し、仕事は増えてきており、米国人は自信を持ってきたのではないか、としながらも「トランプ氏と民主党候補のサンダース氏が支持を受けているのには、共通するものがある。それは、経済回復の恩恵を受けていない中間層以下の人たちは所得格差が広がり、その痛み、懸念を口にしていることだ。さらに、オバマ外交は、移民への扉が開かれマルチラテラリズム(多国主義)で対処しようとしてきたが、アメリカ国民の中には、世界におけるアメリカはどうなってしまうのか、という不安がある。トランプ氏の反イスラム主義にせよ、普通のアメリカ人が抱える恐怖心を彼は利用している」と分析しました。

 ドレル氏は、過去7年間、オバマ大統領は人気があり、物事を慎重に、また法律に則って政治を行ってきたと指摘。ただ、反オバマ勢力もあり、ティーパーティーの波も広がってきた。経済面での雇用の増加といっても遅々たるもので、米国が抱える赤字はGDPの74%に達している。また、トランプ氏に関しては、「共和党の路線に当てはまらない」とする一方、共和党について「保守派といっても、ゲイの結婚に反対していない議員もいれば、健康保険制度に反対しない議員もいる。共和党内に分裂が出来ているのかなという感じがする」と、これまでの共和党内の変化を指摘しました。
さらにアメリカ国民の中に「政府は信用出来ない、と思っている人たちが多く、プロでない政治家、思ったことを口にする政治家が欲しい」と感じている人がいる。そうした人たちにトランプのような人は、自分が思っていることを口にしているものの、実際は、彼が口にしていることは真実でなかったり、信用できなかったりする。しかし、トランプの支持者たちは、トランプの言っていることには賛同できないけれども立ち位置に理解を示しており、「それは既成の政治家にはあてはまらないことだ」と指摘し、トランプ氏は既成政党、既成政治家への不満をうまく取り込んだと説明しました。

 一方、フェイス氏はトランプ氏だけでなくサンダース氏への支持もサプライズだと語りました。歴史的な視点から見て、大統領選における重要な変化が起きている可能性があるとし、「構造的な問題と、個人的な問題」を指摘ました。また、オバマ大統領は移民政策を政治の力を使って推し進め、議会が反対したものを大統領権限で覆した。そうした大統領の権限とか、EU(欧州連合)においてもブリュッセルで全てが決まることへの疑問が呈されており、不満が高まっているということも補足的に背景にあるのではないか、と語り、ヨーロッパも含めて、今年、民主主義国家で色々な動きが出て来ていることを指摘しました。


トランプ現象の背景にあるのは、栄光への憧れ

 これに対し、米国の隣国・カナダのコラムニスト・タント氏は「米国と地理的に近いというのは象の横で寝ているようなもので、日本も中国に対して同じような感じを持っているのではないか。だから、共和党の予備選には少し恐怖がある。特にトランプ氏はほとんど政策の話しをせず、アンチ国際主義、アンチ自由貿易という感じで、輸出の75%が米国向けのカナダにとって、このまま大統領になると大きな懸念となる」と指摘。また、「中絶に反対はしないが、移民には反対というトランプ氏の発言内容は左と右のミックスのようであり、民主、共和両党の壁を崩した状況での大統領選だ」と述べ、彼を過小評価すべきではないし、彼のライバルも過小評価すべきではない、と語りました。
さらにトランプ現象について、トランプ氏の発言には「過去の栄光への憧れがある」とし、かつては労働者階級が台頭した時代だったが、次第にグローバル化によって雇用を失い、私たちは脇に追いやられたのだ、等と非常にパワフルに語っており、そうしたモノの言い方が受けていると解説しました。

 英紙のムンク氏は、スペインやイタリア、フランスなどでは、フリンジという周辺にいた人たちが主流になっているという現実があると語り、アメリカのトランプ氏やサンダース氏の台頭も同じ状況ではないかと指摘。ただ、「トランプ氏は政策がないのに支持されており、11月の大統領選挙がどのような結果になるかは誰にも分からないのではないか」と先行きの不透明感を口にしました。

 在日米国商工会議所会頭も務めたフクシマ氏は、トランプ氏は日本に関する発言の中で、日本は「米国の仕事を奪っている」、「不公正な通商協定で米国を利用している」、「円を弱く操作している」、「米国の安全保障にただ乗りしている」、という4点を指摘しており、もし彼が7月の共和党大会まで残るとすれば、日本が選挙戦の話題として残ることになると指摘。もし、彼がやめれば、TPP以外、日本が選挙戦の話題となる可能性は低いと語り、「過去30年以上日本の指導者は継続性、安定性、予測性があるとして共和党の指導者を好んでいたが、今回初めて民主党の指導者がいいという話になるかもしれない」と話ました。

問題が複雑化し二者択一できない現状では、二大政党制は困難な局面に

 こうした欧米の海外の目に対し、近藤氏は、「リベラル・デモクラシー(自由・民主主義)というのは、規律を持っていないとうまく運営していけない。戦後70年経っても、アメリカン・ドリームは実現しておらず、庶民は貧しいのが現状で、物事がうまくいかなくなると、不満をぶつけるきっかけとしてトランプ現象が起きているのではないか」と指摘。一方で、「リベラル・デモクラシーのシステムが悪いのではなく、自由は義務を、民主主義は公共心、つまり、自分のことだけではなく、社会の利益も考えるという気持ちが伴わないと、民主主義をしっかりと運営できない。その結果、今エゴイズムに走り、自分の自由、自分勝手でいいのだという考えが行き過ぎた結果、格差が広がった。このままいくとアメリカンドリームに対する幻滅感・失望感が出てきてしまうので、早く手を打たなければならない」と語りました。さらに、「アメリカはこれまで二大政党制でやってきたが、問題をAとBの二つで割り切れず、一つの党だけに託せなくなってきているのではないか」と疑問を呈し、二大政党性の限界について指摘ました。

 渡辺氏は「もし、仮にトランプ革命が起きた場合、共和党はどのような状況になっていくのか」と共和党の今後が見通せない点を指摘。そして、世界の絶対貧困数は減ってきており、途上国では中間層が出現し、先進国では中間層の分極化が問題となっていると述べた上で、「米国のミドルクラスは分厚く1970年に全体の三分の二だったのが、2015年にはその半分まで落ち込んだ。このミドルクラスがなくなると、寛容の精神がなくなり、排外・孤立主義的な傾向が強くなる。そして、没落するミドルクラスの怒りがポピュリズム的な流れを作っていく」と現在のアメリカ大統領選で見られる現象を分析しました。
また、「米国が世界の警察官をやめるというのは合理的だが、しかし、そこに生じる力の空白をどう埋めていくのか」とアメリカの問題のみならず、大統領選の結果のいかんによっては、世界的に影響が及ぶ危険性を指摘し、疑問を投げかけました。

 これに対し、ドレル氏は「共和党の中にも、トランプ氏の話に共感する者がいる。共和党から彼が選出されない場合、党内が分断される状況になり、トランプ氏が大きなキャンペーンを張る可能性がある」としました。一方で、トランプ氏が共和党の候補として指名されると、ヒラリー・クリントン氏がより有利になるだろうが、貿易面ではトランプ氏やサンダース氏の圧力を受けて、TPPについて賛成は出来ないとまで言い始めており、「この先の選挙戦、その後の政策にどのような影響を与えるかわからない」と予測しました。

 タント氏は、近藤氏の指摘に同意した上で「そうした傾向はグローバルに見られるもので、リベラル・デモクラシーの自由と法の支配が危うくなりつつある」と指摘。その解決策として、言論NPOのような組織を通じて、国境を越えて多用主義や民主主義を擁護していくことが重要であり、そうした考えを持っている人が声をあげていくことが重要だと語りました。


中東に対するヒラリー、トランプの違いとは

 ここで司会の杉田氏が、大統領選の結果が中東、特にイスラエル問題に与える影響をどう見るか、との会場からの質問を紹介するとドレル氏は「誰が大統領になるかで異なってくる。クリントン氏なら大きな変化は起きないだろうが、シリアにはもう少し積極的な姿勢を打ち出すかもしれない。ロシアやシリアのアサド大統領にも強硬な姿勢を取ってきたので、彼女が大統領になればシリアを取り巻く反政府勢力に力を貸すようになるのではないか」と指摘。一方のトランプ氏については「何をするかは全くわからない。イスラエルとパレスチナは中立だと言ったり、ユダヤ人の友だちがたくさんいる等の発言を繰り返している。プーチン大統領、習近平国家主席にも褒め言葉のような発言をしている」と、トランプ氏の発言の一貫性のなさを指摘しました。


大統領選挙はマーケットにどのような影響を与えるか

 最後に杉田氏から「仮にトランプ氏が大統領になった場合、マーケットにはどんなショックを与えるだろうか」と質問。フェイス氏は「この100年間、米国は保護主義的な大統領を出してこなかった」と語りました。しかし、トランプ氏は外国の中央銀行は操作されていると非難したり、大統領になったら45%も関税を上げると言っている。さらに、TPPは終わりだとも言っていることを指摘し、「もし、TPPが停止されたとしたら非常に残念なことであり、いろいろな国の経済政策に影響し、問題が複雑化する」と大きな懸念を示しました。
アメリカ大統領選について活発な意見交換が行われ、第一セッションは終了しました。

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