世界経済のシステムリスクと不安定化にどう対応するか ~WA2016 第二セッション報告~

2016年3月28日

パネリスト間同士で率直な意見交換がなされた非公開対話
国際秩序の不安定化と平和構築への努力 ~WAC2016 第一セッション報告~
日本でのG7首脳会議に向けた緊急メッセージ
岸田外務大臣に「G7への緊急メッセージ」を提出


 第二セッションは、「世界経済のシステムリスクと不安定化にどう対応するか」をテーマに行われました。参加者は、海外側は第一セッションからブルース・ジョーンズ氏が抜けて、肖耿氏(中国・国際金融フォーラム研究所所長、香港大学教授)が新たに加わりました。一方日本側は、第一セッションからすべて入れ替わり、浅川雅嗣氏(財務省財務官)、武藤敏郎氏(大和総研理事長、元日銀副総裁、元財務次官)、長谷川閑史氏(武田薬品工業株式会社取締役会長、前経済同友会代表幹事)が参加しました。

 冒頭で司会を務めた言論NPOの工藤泰志は、世界経済の大きなリスクとして中国の構造調整の行方が指摘されているが、同時に中国経済を牽引役としてきた世界経済もその調整能力が問われていると指摘した上で、「現在、世界経済にはどのようなリスクが存在し、それをどう管理すべきか」、「自由貿易を阻害し、世界経済をさらに収縮させるような内向き発想の保護主義的傾向が各国で見られるが、この問題をどう考えるべきか」と問題提起しました。


4つのリスク―中国、原油安、アメリカの利上げ、欧州

 これを受けて基調報告に登壇した浅川雅嗣氏は、世界経済の「4つのリスク」を提示しました。浅川氏はまず、一点目として、「中国経済の減速リスク」を挙げました。浅川氏は昨年8月の人民元の切り下げ以降、資本流出が続いている現状を紹介するとともに、中国当局はその対応として、為替介入を繰り返しているものの、これにより大量の外貨準備が失われていると解説。さらに、流動性の低下は、「成長のための資金を市場から吸収してしまうことを意味している」と指摘しました。その上で、「介入自体は必要だが、今のペースでやるのはサステイナブルではないし、世界の通貨安競争を生み、新興国にダメージを与えるなど弊害も大きい。もっと緩やかなペースでやるべきだし、介入だけに頼るべきではない」と述べました。

 また、浅川氏は、資本流出にしても上海株式市場の暴落にしても、その背景には様々な「過剰」の処理や、消費主導社会への移行など構造調整が進んでいないことがあると語りました。特に、消費主導社会への移行に関しては、中国も日本と同様に少子高齢化が進展しているため、「社会福祉システムなどセーフティーネットをきちんと整備しないと、人々は安心して消費ができない」と鋭く指摘しました。

 一方、浅川氏は3月の全国人民代表大会(全人代)では、中国当局が以上の課題をきちんと認識していたため、「人民元の暴落阻止も、構造調整の進展にも期待している」と前向きな見通しも示しました。

 次に浅川氏は、二点目のリスクとして、「原油安」を挙げました。もっとも、この原油安は資源国にとっては大きな損失であるものの、日本などの消費国にとっては大きなメリットであると指摘し、「デメリットの方が早く顕在化するためにリスクと捉えられがちであるが、実際には功罪両面あるために値下がりしたからといってすぐに『これはリスクだ』と騒ぐべきではない」と警鐘を鳴らしました。

 三点目のリスクとして、浅川氏は「アメリカの利上げ」を挙げました。ただ、これに関しても、想定していたよりも利上げのペースが緩やかであることや、アメリカ経済が堅調であることなどから、「それほど頻繁に利上げすることはないだろうし、連邦準備理事会(FRB)も新興国への副作用(スピルオーバー)をきちんと考えるはずだ」と述べ、過度に懸念する必要はないとの見方を示しました。

 最後の四点目のリスクとして浅川氏は、2つの要素を含む「欧州リスク」を挙げました。その一つである「銀行セクター」に関して浅川氏は、ドイツ銀行の2015年通年決算の純損益が金融危機当時の2008年を超えて過去最大の赤字幅となったことを例示しながら、「欧州中央銀行(ECB)はすでにマイナス金利を導入しているが、これによって銀行の収益力が下がっている」と解説しました。ただ同時に、ECBが2014年に行ったユーロ圏の民間銀行130行に対する資産査定とストレステスト(健全性審査)の結果が、「それほど悪くなかった」とも述べ、楽観できる材料があることも示しました。

 一方、もう一つの要素として、イギリスのEU離脱問題「ブレグジット」を挙げ、こちらに関しては、「仮に離脱が現実のものとなれば追随する動きが続出するだろうし、非常に大きなリスクになり得る」と懸念を寄せました。

 以上4つのリスクを踏まえ、浅川氏は最後に「G7とG20は必要な方針を打ち出し、市場が安心するためのシグナルを出していくべき」と語り、基調報告を締めくくりました。


世界は中国の不良債権問題を誤解している

 中国の資本流出と構造調整への指摘がなされた基調報告を受けて、肖耿氏は、まず資本流出について、「資本逃避は外国の投資家だけでなく、中国自身もやっている」とした上で、「あまりにフレキシブルな為替レートには問題がある」と語りました。また、外貨準備高の急減に関しては、「米中の通貨スワップ締結などの対策が必要だ」などと主張しました。

 構造調整については、これまでの高成長によって「6億人が貧困から脱した」と成果を誇示する一方で、その過程において様々な「過剰」や腐敗が生じたと述べ、現在の中国を飛行機に比喩して「飛びながら空中でエンジンを直す必要がある」と今後の舵取りの難しさを表現しました。一方、過剰債務については、その多くが国内に対するものであるため、「大きな問題ではない。世界は中国の不良債権問題を誤解しているのではないか」と訴えました。


中国の不良債権処理には相当な時間がかかる

 武藤敏郎氏は浅川氏と同様に、全人代で示された中国当局の方針を評価。一方で、過剰債務問題に関しては、その実態には不透明な部分が多いと指摘しました。その上で、日本の経験を引き合いに出しつつ、「中国の不良債権の規模は日本のそれよりもはるかに大きい。処理には相当時間がかかるだろう」と肖氏を見やりながら警鐘を鳴らしました。

 武藤氏は続けて、現在の世界経済の不安定化の源流として、「やはり、2008年のリーマン・ショックがある」と指摘。中国の過剰債務も当時打ち出した4兆元の経済対策が大きな要因となっているし、アメリカにおける保護主義の台頭も2008年当時、ウォールストリートだけが救済され、メインストリート(中小企業や地方経済)は救済されなかったことに対するトラウマから人々が慎重なマインドになっていると分析しました。


まず、自国の構造調整を進めることが大事

 続いて、工藤が新興国から見た中国経済の減速について尋ねると、インドネシアのフィリップ・ベルモンテ氏は、「もちろん、インドネシアも大きな影響を受ける」と回答。その上で、それを乗り切りための視点として、「中小企業など経済危機によって一番影響を受けるところの強靭性を高めておくことが必要だ」と各国が自国の構造調整を進めることの重要性を語りました。


イギリスのEU離脱以外にも欧州にはリスクが山積み

 浅川氏指摘の四点目のリスクである「欧州リスク」について議論が移ると、ハンス・G・ヒルパート氏は、まず、ECBが打ち出す金融政策が「欧州の銀行に対する圧力になっていない」とECBの機能不全を指摘。また、通貨ユーロをめぐる構造的な問題点や、南欧経済の回復にまだ時間がかかることなども欧州が抱えるリスクとして挙げました。

 トマ・ゴマール氏は、「現時点では可能性は低いと思うが」と留保を付けつつ、イギリスのEU離脱を最大の欧州リスクと位置付けました。ゴマール氏は、イギリスの離脱がもたらす最大のデメリットとして、単なる経済効果のみならず、「EUの経済政策がリベラルではない、大陸的な思考に基づく規制的なものになる」ことを挙げ、欧州が根底から変容するほどのインパクトをもたらすとの懸念を示しました。


金融規制のあり方について、過度な規制は見直すべき

 欧州の参加者から金融規制のあり方についての発言が相次いだことを受けて工藤が、「これまでの金融規制は厳しすぎたのか」と問いかけると、浅川氏は、「本来、厳しく規制すべきであった銀行に対して、これまであまりにも規制がルーズだった。そのため、やはり一定の厳格性は必要になる。ただ、過度に制約して『オーバーキル』にならないようにバランスを取っていく必要はある」と語りました。


出すべきメッセージは出した上海G20コミュニケ

160327_s2-5.jpg 続けて、工藤が2月に上海で行われたG20財務相・中央銀行総裁会議の共同声明(コミュニケ)についての評価を尋ねると、浅川氏はまず、前提としてこれまでのG20を振り返り、「発足当初のG20は財政拡大で足並みを揃え、リーマン・ショックを乗り越えたが、その後遺症で各国の財政が悪化。そのため、2010年のカナダ・トロントでのG20からは財政健全化の舵を切った。ここまでは国際的な政策協調はうまくいっていたが、その後はミクロの構造調整の議論をしてもうまくいっていない。なぜなら、各国ごとに抱えている課題は異なるからであり、G20はナショナルな課題を議論するのに適していない」と説明しました。その上で、今回のコミュニケについては、最近の市場変動が、「世界経済のファンダメンタルズを反映していない」との認識で一致したことや、中国が人民元暴落の懸念払拭に努めたこと、市場の安定化に向けては「金融・財政全ての政策手段を用いる」と政策総動員を掲げたことなどを踏まえ、「G20としてクリアなシグナルは出せた」と評価しました。


「開かれた市場のチャンピオン」が消えた世界

 世界各地でみられる保護主義的傾向の高まりについて、ベルモンテ氏は、民主主義体制下における政治家は選挙での再選が至上命題となるため、国内産業が打撃を受ける「市場を開く」ということに対してはどうしても消極的になると指摘。そして、これまで自由貿易体制の盟主であったアメリカでさえも保護主義的傾向が強まったため、「今、世界には『開かれた市場のチャンピオン』は存在しない」と断じました。さらに、そうして徐々に経済が収縮していけば企業家マインドも冷え込み、結局政府レベルだけでなく民間レベルにまで保護主義的傾向が蔓延することになると予測しました。


保護主義の台頭を抑えるために、主要国のリーダーシップが問われる

 ロヒントン・メドーラ氏はまず、「リスクというものは同時にチャンスを伴うものだ」と語り、現在の危機を転じて世界の成長につなげていくべきだとの認識を示しました。その上で、そのチャンスを阻害する要因として、アメリカ大統領選をはじめとして各国で台頭しつつある「保護主義的傾向」を挙げました。そして、その台頭を抑えるためにメドーラ氏はブレトンウッズ体制の崩壊以降、IMFやWTO、バーゼル規制など国際的な枠組みがなかなか機能しない現状においては、G7など主要先進国の積極的なリーダーシップに期待を寄せました。


日EU・EPAを忘れてはならない

 ヒルパート氏は、消費者の目線から「安い輸入品の増加は国民生活に対する恩恵も大きいということを政治家は忘れるべきではない」と主張し、ポピュリズムに迎合し、自由貿易体制を放棄することへの警鐘を鳴らしました。

 ヒルパート氏はさらに、「アメリカの保護主義的傾向の高まり」という観点からは環太平洋パートナーシップ(TPP)の行方ばかりが注目されるが、日EU経済連携協定(EPA)締結交渉が停滞している現状を指摘。「日本はTPPに気を取られ、EUは環大西洋貿易投資パートナーシップ(TTIP)に気を取られている。自由貿易の枠組みは様々なものがあるのだから、大きな枠組みにばかり気を取られるべきではない」と主張しました。

 長谷川閑史氏は日本を代表する経済人の視点から、「TPPが最優先されているのは、最もハイクオリティでカバーする範囲が広いからだ」を説明。その上で、ヒルパート氏に同調し、「TPPのような高水準の枠組みを日EU・EPAや東アジア地域包括的経済連携(RCEP)も目指すべきだ」と述べ、それが世界全体の経済成長に不可欠であることを強調しました。


G7が今こそリーダーシップを発揮し、課題に対する具体的なアクションプランを提示すべき

 最後に、工藤は今年5月に日本が議長国を務めるG7伊勢志摩サミットに対する期待を各パネリストに尋ねました。

これに対し、メドーラ氏は、保護主義台頭の背景には「世界経済における主要先進国のリーダーシップの欠如」があると指摘し、世界貿易機関(WTO)が目指すオープンなマーケットを推進する上で、改めてG7のリーダーシップに期待を寄せました。

 サンジョイ・ジョッシ氏は、「G7のような主要先進国はバーゼル3のように厳しい規制を追求しがちである」ことを問題視し、その理由として、新興国の開発問題、とりわけ持続可能な開発目標(SDGs)に対して十分な資金が融通されないなどの弊害が出てくることを指摘し、「これはG7サミットで取り上げるべき深刻な問題だ」と訴えました。

 ベルモンテ氏も同様に、新興国では総じて銀行から融資が受けにくいという問題があるため、「新興国における成長資金の融通のあり方について議論してほしい」と注文を出しました。

 長谷川氏は、19世紀イギリスの自然科学者チャールズ・ダーウィンの「種の起源」を引用しつつ、「進化論をみると、強い者や賢い者が生き残ったのではなく、最も環境に適応できたものが生き残った。国家も同様で、環境の変化に対応して迅速に構造改革を進めたところだけが危機を乗り越えられる」と述べた上で、G7サミットでは「各国が構造改革に向けたアクションプランをつくるところまでいってほしい」と要望を出しました。

 武藤氏は、BRICsが停滞した今こそ、G7が再びリーダーシップを発揮すべきとした上で、「すでにG20で基本的な方向は示されている。問題は具体的な構造改革というのは一体何なのか、そして、それをどうやって実行していくようなメカニズムをつくるのか」と課題を提示しました。

 これらの提案を受けて、浅川氏は、「中国経済の構造調整、行き過ぎた金融規制の是正、欧州リスクについては特に念頭に置きながら、具体的な議論を深めていきたい」とG7サミットに臨むにあたっての抱負を語り、第二セッションは終了しました。


 その後、工藤から、今回の議論を踏まえて有識者会議「ワールド・アジェンダ・カウンシル(WAC)」が採択した「日本でのG7首脳会議に向けた緊急メッセージ」が発出されると同時に、今後、議長国である日本政府に提出する意向も表明されました。

 最後に閉会の挨拶として、藤崎一郎氏が登壇し、2つのセッションの議論を踏まえながら、「G7直前という素晴らしいタイミングにおいて、素晴らしいパネリストをお迎えし、素晴らしい議論ができた」と所感を述べ、「ワールド・アジェンダ2016」は閉幕しました。


この記事の執筆には、以下のボランティアの方々にご協力いただきました(敬称略)
田口卓也、清水潔之、古川ゆかり、松本照雄  

このイベントの運営には、以下のボランティアの方々にご協力いただきました(敬称略)
大内洸太、松村竜貴、高畠健一、五島一憲、宮口寿彌、リンディキヘブンリッチ・ジェナ、
東瀬亞希子、瀧口暉己、 田島瑞保、周生升、姫野久実、井上雄貴、神津由美子、班学人

パネリスト間同士で率直な意見交換がなされた非公開対話
国際秩序の不安定化と平和構築への努力 ~WAC2016 第一セッション報告~
日本でのG7首脳会議に向けた緊急メッセージ
岸田外務大臣に「G7への緊急メッセージ」を提出