強まる米国の保護主義的傾向に
3つの質問を投げかける

2017年5月10日

 私は、保護主義か自由主義かの、二項対立の議論ほど意味のないことはないと思っている。自由でルールに基づく経済秩序は世界の共有の利益であり、それ自体を否定することは常識的にはあり得ないからだ。

 米国が保護主義政策をとるのは何も今回に限ったことではないが、しかし、それでもこれまでの大統領はリベラルな経済システムや、多国間主義に基づく国際協力の枠組み自体は尊重していた。 今回、私たちが危険だと考えているのは、米国の現大統領自身が、こうした枠組みに疑問を呈し、それを支持する数多くの米国民が存在していることだ。

 クリントン政権では、「経済安全保障」を掲げて、日本に対して数値目標を使った交渉や一方的な措置であるスーパー301条を復活した。オバマ政権でも、バイアメリカン条項が景気対策法に挿入された。


構造調整だけで労働者の不満は解消されるか

 この状況に私たちがどう向かい合うか、がこのセッションのテーマだと私は理解している。そこで3つの質問をしたい。

 第一は、TAA(Trade Adjustment Assistance)の強化だけで、労働者の不満は抑えられるのか、という点である。保護主義に対抗するため国内で行うべきことは、IMF、世銀、WTOが先日出したレポートにも書かれているが、そうした対策を私たちは、まったくやってこなかったわけでない。例えば米国のTAAは、かつてのケネディ政権下で時限立法として導入されたが、その後、状況に合わせて内容も規模も何度も改訂され、結果として50年以上存続している。

 ほかの多くの国にもこうした構造調整の制度はある。しかし、それでも自由貿易に懐疑的なトランプが誕生したということは、それがグローバリゼーションの安全弁として十分に機能していない、ということになる。私が疑問を持っているのは、トランプ政権が、なぜこのTAAをさらに大幅に充実させる、ことを考えないのか、ということだ。ここでは雇用調整に伴う所得補償や新しい就業のための教育、さらに大学などの授業料などへのサポートも必要になるだろう。日本は米国に工場を増やすことに協力できるが、時代を戻さない限りロボット化された工場で雇用を大きく増やすことは難しい。雇用の調整は避けられないのである。

 二つめの質問は、ではこのTAAの充実だけで、労働者の不満を抑えられるのか、ということである。事態をよりマクロで考えると、この20年間(1988年から2008年、世銀の調査)で大幅に所得を伸ばしたのは、新興国の中間層と、先進国の一部の富裕層だけで、先進国の中間層は伸びていないどころか落ち込んでいる。 つまり、自由貿易とグローバリゼーションで国家間での所得の再分配は進んだが、先進国内では、ほんの一握りの金持ちとそう出ないその他大勢での貧富の差が拡大している。

 それが、国民の反発につながり、ポピュリストは、そうした国民の不安を利用している。ポュリズムが問題なのは、それが、ナショナルズムにつながりやすいことである。それが世界に伝染すれば、保護主義を加速させることになる。私たちに必要なのは、グローバリゼーションを管理する努力なのか、それとも国内の所得分配をさらに進めることなのか。それを聞きたい。

 しかし、トランプ政権はこうした国際秩序には関心が薄く、貿易には関心を寄せるが、金融の規制は逆に緩和しようとしている。そこで、最後の質問となる。こうしたトランプ政権の行動にどう世界は対応すべきか、ということである。

 私自身は、トランプ氏は政策の変更に追い込まれると思っているが、この場合は国民の不満を別のところに向けなくてはならない。4年後を期待して無視すればいいのか。日本は同盟国であり、米国に協力するのは当然だが、私は、今必要な協力は自由貿易のゲームを継続することだと考えている。自由とルールの支配、そして多国間主義による国際協力の旗を降ろさないことだ。日本が、農業部門の改革を進め、EUとのFTA(自由貿易協定)や、米国抜きでもTPP(環太平洋経済連携協定)11の可能性を模索しているのは、そのためである。

 日本でもかつては、農業に大きな壁をつくったことがある。しかし、それが無駄だということに多くの国民が気付き、コメの自由化に踏み込んでいる。農業は競争力を失うかもしれないが、なによりも消費者は、競争力をもたない産業を維持するのに、高い買い物をするだけではなく、税金でそれを支える、二つの重い負担に気付き始めているからだ。