イタリアG7の評価とは(上)
逆説!トランプ登場で活性化した問題意識

2017年6月12日

2017年6月9日(金)
出演者:
実哲也(日本経済新聞社上級論説委員)
田所昌幸(慶應義塾大学法学部教授)
山﨑達雄(前財務省財務官)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)


 6月9日、言論NPOは東京八丁堀にあるオフィスで「言論スタジオ」を実施しました。テーマは『イタリアG7の評価とは』。前財務省財務官の山﨑達雄氏ら3名のゲストを迎え、言論NPO代表の工藤泰志が司会を務めました。


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第1セッション イタリアG7の評価

 5月26日~27日に、イタリアはシチリア島にあるタオルミーナで、開かれたG7サミット(以下、G7)は、近年になく注目を集めました。一つには「米国第一主義」を掲げ、保護主義的姿勢の強い米国のトランプ大統領が、G7にデビューするためです。言論NPOでも、この3月に世界のシンクタンクを集めて「東京会議」を開き、G7サミットに対して「緊急メッセージ」を発していました。

2017-06-11-(14).jpg 冒頭、工藤が「安全保障、北朝鮮問題、テロの問題では、G7は共同歩調を維持することができましたが、その他の問題では色々な不協和音も見えてきました」と指摘し、まず今回のG7の評価から、議論がスタートしました。

 評価については、ゲスト3人の間で意見が分かれました。

2017-06-11-(29).jpg 山﨑氏「私は最終的には、そういった(トランプ要因で意見がまとまらない)懸念があった割には、必ずしも予定調和ではなく本音の議論が出て、声明(コミュニケ)も今までにないようなものになった。米国が気候変動について態度を留保するなど一致しないテーマもあったが、全体として見れば、特に安全外交保障、マクロ経済為替などについては、明確なメッセージが出たと思います」。

 具体的には欧州諸国にとっては遠い地域の問題であった北朝鮮問題が「国際的課題の最優先事項」と位置づけられたこと、名指しこそ避けているものの、中国を念頭に東シナ海、南シナ海に関しても「緊張を高め得るあらゆる一方的行動に強く反対」と、コミュニケに書き込まれたことを指摘しました。

2017-06-11-(20).jpg 続いて発言した田所氏は「G7というのは本音で議論する場ですが、議論して何らかの共同メッセージを出して、結束を保持する場であるとも思う」としたうえで「ずるい言い方ですが灰色の部分があるかな、と。どちらを強調して見るのかで違いが生じると思います」と述べました。

 G7直前に、トランプ大統領が初めて北大西洋条約機構(NATO)首脳会議に出席し、加盟国の首脳たちに対して各国の分担金負担が不十分だと批判しました。G7のうち米国、英国、フランス、ドイツ、イタリアが NATOに加盟しており、その視点から見ると、「NATO諸国の結束を対外的にアピールする、そういうサミットになったかというと、そうではないと思う。他方でG7以外の他の国に対して、G7で結束はかつてなく高まっているというメッセージを出せたのではないか」とも発言しました。

2017-06-11-(25).jpg 実氏は3人の中では最も厳しい評価でした。「G7というのは首脳同士が本音ベースで話し合うことに意味があると思うんです。その面で、お互いの信頼関係を作って、『意見は違うけど、そういう考え方か。それも分かるよね』といった形でのポジティブな結果を出して終わったという印象は、今回私は持っていない。周りの国々から見て、『強く結束できた』と見えなかったという意味では、非常に気になるサミットだった」。

 さらに、実氏は逆説的な"トランプ効果"を指摘しました。格差の問題やグローバリセーションや自由貿易、技術革新が必ずしもすべての人にプラスになるわけではないという論点を浮かび上がらせたからです。「トランプ大統領がいなければコミュニケには入らなかった部分かもしれない。そういう点はポジティブに捉えても良いのかもしれません」。


G7は消滅してしまうのか

 次に工藤が「今回のG7は何とか結束を守った形だが、今後も結束を守っていけるのか。形骸化するのか、それとも壊れてしまうのか」という質問を発しました。

 これに対して実氏は壊れることはないだろうが、米国が米国第一主義を掲げ、貿易不均衡を問題視し、それを二国間交渉で解決しようしていることから「米国と利益を共有するところは良いけども、米国の利益に挑戦するところは、厳しい対応を覚悟したほうが良い。そういう形で、いろいろな形で緊張は続くだろう」と予想しました。

 田所氏は「国際政治における制度というのは大変脆弱なものです。そしてその制度を一番潰しやすいのは誰かというと、やっぱり一番強い国、つまりG7の中ではアメリカです。結局、アメリカがG7のような制度を支持していくどうかは、トランプ政権が今後どう動くかに依存している。したがって、不確実性が高い」と述べる一方、「G7では首脳会議だけではなくて、多くの関連会議が開かれている。それを全部やめてしまうということは、アメリカにとっても簡単ではない」と述べました。

 山﨑氏は「アメリカという国全体が、国際的な協調を放棄しているというわけでは全くない。だからアメリカ自身もトランプ大統領とうまく折り合いをつけながら、G7のメンバーとして残る。アメリカの本音をマルチ(多国)の場で議論できる数少ない機会として、G7は存続すると私は思います」と予想しました。


第2セッション G7サミットの意義はなにか

 第2セッションは工藤の次のような問題提起で始まりました。「歴代のアメリカ大統領の中にも、保護主義的な政策をとった大統領はいました。しかし、トランプ大統領が違うのは、多国家間主義に基づく国際協調というものに対して懐疑的な考えを示しているということではないか。私たちはG7サミットとは、自由、民主主義、法の支配といった共通の規範をベースにして、多国間の協力を議論するものだと思っていたんですね。ところが、トランプ大統領のように、米国第一主義とか二国間交渉重視という概念を持ち出してくると、G7サミットの意味はどうなってしまうのでしょうか」。

 田所氏はレーガン大統領やブッシュ(ジュニア)大統領時代にも、国連軽視など多国間協調を軽んじてきた歴史があり、「今現在起こっていることが、革命的なことかどうかについては落ち着いて考えなければならない。今回のG7一回を見て、革命的な変化が起こったとは思わない方がいい」と指摘しました。さらに、G7という枠組みを主体的に変質させたり打ち壊せるのはアメリカ一国だけだが、「たくさんの議論を積み上げていく地味なプロセスを経て、一番上に見えているところが首脳会談なのであって、その全てを覆すのは、アメリカといえども簡単ではない」と、楽観的な見通しを示しました。

 これに対して、実氏は多国間協調では国際機関の役割が重要だが、「トランプ大統領は世界貿易機関(WTO)に関してはかなり懐疑的な見方をしているし、WTOの活動などに影響が出ないかが懸念される」と述べ、「トランプ大統領を前提にした場合は、G7のリーダーがモラルリーダーで、単なる自分の利益のためではなくて、世界全体の利益のために動いているのだというメッセージを、これからも醸し出せるのかというと、かなり怪しい」と、G7の地位が一層低下する可能性に言及しました。

 次に山﨑氏はG7の「本音でトークできる場としての意義は今後も大きい」とした上で、その理由を次のように述べました。

 「今回、風向きががらりと変わったと見えるとすれば、それはあくまでもトランプ大統領という一代表のキャラクターによるものです。ただ、この半年ぐらいを見ていると、例えば、環太平洋経済連携協定(TPP)をやめると宣言して、結局今北米自由貿易協定(NAFTA)の見直しで何をやろうとしているかというと、まさにTPPで合意した質の高いルールを主張しようとしているわけです。それから「パリ協定」からの離脱を表明した気候変動問題でも、トランプ大統領は変わりうる。

 だからG7自体の存在が変わらなければならないということではなくて、簡単に説得されないかもしれないけれども、G7であれば皆で寄ってたかって、トランプ大統領を説得できる」。

 田所氏は少し違った見方を披露しました。「トランプ大統領は制度が嫌いなんですよ。つまり一回一回ワンショットの取引をして、なるべくアメリカにとって一番有利な形でリードするということがどうも好きなようです。ですから、アメリカの手を縛るような制度について、そちらの方がアメリカの利益になるんですよ、と説得したところで、それを聞かないという傾向は強いと思いますね。

 ただし、トランプ大統領であれ彼の後任の大統領であれ、利用しようと思えば使える制度があるということは、国際社会において大事なことであって、そのチャンスを常に維持しておく。G7もそういう役割があるんだろうと思います」。

 以上の議論で分かるように、やはりトランプ大統領の登場で、G7の意味が大きく揺れていることは間違いありません。

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