地球規模課題への国際協力評価2019-2020
国際的暴力紛争の 防止と対応

2020年1月30日

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地球規模課題への国際協力評価2019-2020
各10分野の評価

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【2019年 評価】:C(変わらない)

 2019年の評価にあたって、言論NPOが対象としたのは、「ウクライナ」、「南シナ海」、「東シナ海」、「カシミール」の4つの問題である。このうち、和平に向けた合意がなされ、ゼレンスキー、プーチン両首脳が初会談を行ったウクライナ問題に関しては、「一定程度前進した」と評価したが、中国の活発な活動が続いている南シナ海、東シナ海に関しては、昨年から悪い状態のまま「変わらない」と判断した。一方、カシミールについては、インド軍機が48年ぶりにパキスタン領内に侵入して空爆をするなど緊張が高まっており、「やや後退している」と判断した。
 以上のことから、2019年全体の評価は「C(変わらない)」とした。

【2020年 進展に対する期待】:C(変わらない)

 2020年における期待に関しては、ウクライナでは、和平プロセスを進める上での課題はまだまだ多く、現状から後退はしないとしても進展も見込めないため「変わらない」と判断した。南シナ海、東シナ海でも、情勢悪化はしないとみられるが、中国の行動も大きくは変わらないことが予想され、「変わらない」とした。一方、カシミールでは、パキスタン側からのテロと、それに対するインドの反撃が、それぞれ昨年よりも大規模化する懸念があり、対立解消の目途も立たないため「やや後退する」と判断した。
 以上のことから、全体的な2020年の進展に対する期待は「C(変わらない)」とした。


1. ウクライナ問題

 ウクライナ問題については、2019年に状況が「一定程度前進した」といえる。ウクライナ東部で続く政府軍と親ロシア派武装勢力の紛争をめぐっては12月9日、フランス・パリでウクライナ、ロシア、フランス、ドイツによる4カ国首脳会談が2016年10月以来約3年ぶり行われた。会談では、年内に停戦を完全履行することで一致するとともに、2020年3月までに部隊の追加撤収を行うことを目指して作業を進めることで合意した。また、ウクライナと親ロ派の捕虜交換を年末までに行うことでも合意し、これは29日に履行された。さらに、ウクライナ経由で欧州に輸出されるロシア産ガスについて、供給量や通過料に関する対立があったものの、これも解消される見通しである。ロシアのプーチン大統領とウクライナのゼレンスキー大統領が初めて直接会談したこと自体も大きな進展と評価できる。

 こうした進展の背景には、ウクライナ国民の厭戦ムードを受け、5月に就任したゼレンスキー大統領がロシアとの和平交渉に積極姿勢を示したことと、一方のプーチン大統領も支持率低下に歯止めをかけるべく内政課題への注力を迫られており、こうした双方の思惑が一致した結果といえる。


 もっとも、戦闘は沈静化しつつあるものの、なお散発的な銃撃は起きている。12月18日にはウクライナとロシア、親ロ派などがミンスクで協議したが、具体的な停戦の段取りを示すには至らなかった。そのため、ロシア、ウクライナ両大統領は同31日に電話協議で、早期の停戦をめざす方針を改めて確認するなど、完全停戦には至っていない。

 また、2015年のミンスク合意に盛り込まれた、親ロ派武装勢力の支配地域に「特別の地位」と呼ばれる自治権を付与することや、支配地域とロシアとの国境管理権をウクライナに引き渡すことについては会談で結論が出なかった。ウクライナ側としてはロシアが求める連邦制は受け入れられず、ロシア側としては「特別の地位」だけでは不十分であり、双方の隔たりは大きい。そもそも、ウクライナの東部と西部は、宗教も言語も異なり、どういう制度になったとしてもウクライナ政府が難しい舵取りを迫られることは確実である。

 加えて、米大統領選の動向も絡んでくる。共和党のトランプ大統領のみならず、民主党の有力候補バイデン氏も副大統領時代、自身の次男とウクライナが癒着していたとの疑惑を共和党から追及されており、こうしたことも事態をより複雑化させている。

 以上のことから、2020年に和平プロセスが円滑に進むかどうかは現段階では不透明である。今回の合意事項自体についても、ミンスク合意が有名無実化したのと同様に履行されない可能性はあり、2020年もウクライナをめぐる状況は「変わらない」とみられる。


2. 南シナ海問題

 2019年の南シナ海情勢については、前年の悪化した状態のまま「変わらない」状況である。中国と東南アジア諸国連合(ASEAN)の間では、紛争防止に向けた「行動規範(COC)」の策定を進めている。2018年8月に各国の主張を列記した草案を取りまとめた後、今年7月の中国・ASEAN外相会談で第一段階の条文整理が完了した。

 ただ、こうした動きは決して中国側の歩み寄りを意味するものではない。2014年以降、中国は南沙諸島の暗礁で大規模な埋め立てを行ったり、基地や滑走路を建設するなどして、南シナ海全域の主権を主張していたが、フィリピンの提訴を受けた常設仲裁裁判所は2016年に埋め立ての違法性を認定した。国際ルールへ従わないことを批判された中国は以後、COCに対して積極姿勢に転換し、議論を主導し始めた。しかし、その意図としては、自国にとって有利な国際ルールを自らつくろうとしているようにも見受けられる。
 
 実際、中国は2019年もCOCの協議の傍らで依然としてベトナムやフィリピン等を排除しながら同海域の軍事拠点化や資源開発を継続している。7月のASEAN地域フォーラム(ARF)の前には、南シナ海で6発の対艦弾道ミサイルの発射実験を行うなど、示威行為も行った。そして、中国はCOC策定の中で、「域外国(日米欧など)との合同軍事演習に関係国の事前同意を義務付ける」、「資源開発を域外国とは行わない」など、第三国の関与の排除・制限につながるような提案をしているなど、南シナ海を「平和、友好、協力の海にする」という自らの主張とは相容れない行動を続けている。

 また、ASEANが中心となる東アジアサミットなど一連の首脳会議への出席をトランプ米大統領が3年連続で見送るなど、この地域で米国の存在感が希薄なことも、中国の相対的な優位性を拡大させている。

 一方のASEAN側は、中国との国力の差は軍事的にも経済的にも歴然としており、事実カンボジアは既に経済援助と引き換えに中国側に接近しているとみられる。ただ、マレーシアは、南シナ海に面した自国の海岸から200海里水域を超える大陸棚の領有権を主張する提案を国連大陸棚限界委員会(CLSC)に提出。ベトナムは国防白書の中で中国の南シナ海の軍事基地化を強く批判した。フィリピンも2025年までに沿岸警備隊2万5000人を増強し、南シナ海内の中国の沿岸警備隊と漁船に対抗する計画を立てている。7月のASEAN外相会議の共同声明でも、当初の草案では「幾つかの懸念に留意」という以前と同じ表現を踏襲していたが、最終的に発表された声明は「深刻な事案に懸念を表明」となり、従来の表現をやや強める内容となるなど、中国の主張に対抗するASEAN側の動きもみられた。


 こうした南シナ海における中国優位の構造は、2020年も「変わらない」とみられる。しかし、ASEAN側も2021年のCOC妥結に向け、できる限り多くの利益を得ようと中国側に譲歩を迫るとみられ、駆け引きが続くことが予想される。特に、ASEANの2020年の議長国ベトナムは南シナ海で中国と直接、領有権を争っており、2019年の議長国タイに比べ対中姿勢は厳しいとみられ、中国が一方的に自らの案で交渉を押し切るかどうかは現段階では判断できない状況である。


3. 東シナ海問題

 中国の東シナ海海域における活動は2019年も活発であり、情勢は前年から「変わらない」状況である。2019年に沖縄県の尖閣諸島周辺の領海に侵入した中国当局の船は延べ126隻で、前年に比べて56隻増加した。接続水域を中国当局の船が航行した日数も282日に上り、統計を取り始めてから最多となった。

 また、3月には中国の複数の移動式掘削船が東シナ海の日中中間線付近で活動し、新たな試掘を始めるなど、一方的なガス田開発も続いている。
 
 一方の日本側も、2014年から2016年にかけて尖閣専従体制を構築したが、2019年も人員増とともに大型巡視船を増やすなど警備体制の強化を進めている。

 その一方で、自衛隊と中国軍の偶発的な衝突を回避する「海空連絡メカニズム」の運用が2018年から始まっているが、2019年も緊急時に相互に意図を確認するための防衛当局間のホットライン開設に関して協議を継続するなど、偶発的な事故が起きた場合に事態がエスカレートしないようにするためのリスク管理の取り組みは継続されている。


 2019年12月に安倍首相が訪中したのに続いて、2020年4月には中国の習近平国家主席が国賓としての訪日を予定しているなど、日中政治関係の改善基調は続いているため、2020年に東シナ海情勢が一気に悪化するような見込みはないといえる。もっとも、ここ数年、日中関係が改善基調にあっても、中国側は尖閣周辺では挑発的行動を取り続けており、こうした姿勢は2020年も「変わらない」とみられる。したがって、12月の会談で両首脳が一致したとされる「東シナ海を平和・協力・友好の海にする」ための道筋も具体的にはみえてこないものと思われる。


4. カシミール問題

 インドとパキスタンが領有権を争うカシミール地方では、2019年に領有権をめぐる問題は「やや後退した」といえる。2月には、自爆テロに対する報復としてインド軍の戦闘機がパキスタン領内に侵入し、1971年の第3次印パ戦争以来、48年ぶりに空爆をした。これに対し、翌日にはパキスタン軍がインド軍機を撃墜し、国連が両国に「最大限の自制」を求める事態となった。

 さらにインドは、8月にはイスラム教徒が多く住む北部ジャム・カシミール州の自治権を剥奪し、インターネットを遮断したり、政治指導者らを軟禁した。12月には不法移民に国籍を与える措置の対象からイスラム教徒を除外する決定を下すなど、少数派イスラム教徒を標的にした強硬策を相次いで打ち出しているが、これにパキスタン側は強く反発しており、両国の対立は深まっている。


 しかし、インドのモディ首相が2020年に融和的態度に転換する見込みは少ない。自身が掲げるヒンズー至上主義に加え、2019年5月の下院総選挙では対パキスタン強硬姿勢を全面に打ち出して圧勝するなど、強硬論はもはや政権の中核となっている。

 一方で、パキスタン側からの大規模テロの危険性は高まり続けている。ジャム・カシミール州の若者が迫害を逃れ、パキスタンに入り、テロ要員としての指導を受けた後、再びインドに戻ってテロ実行に及ぶ可能性は、過去の歴史を振り返ってみても決して少なくない。そうしてテロ攻撃を受けたインドが、2月空爆よりもさらに大規模な攻撃に踏み切り、それに対するパキスタンの反撃も大きくなる可能性は排除できない状況である。

 ジャム・カシミール州におけるインドの人権侵害に関しては、米議会、EU議会などが懸念を示しているが、対立そのものの解消については国際社会も有効な手立てを持ち合わせているわけではない。

 加えて、印パ両国間では、首脳会談のみならず様々なレベルの対話が途絶していることもリスク要因である。両国軍間には危機管理メカニズムもホットラインもあるが、現状機能していない。全面核戦争だけは両国も国際社会も回避するとみられるが、偶発的な事態が大規模衝突にエスカレートする危険性は高い。

 さらには、パキスタン軍や、インドの民族奉仕団(RSS)など印パ対立を自己の存立基盤とし、対立を煽るような集団も存在しており、カシミール問題は2020年も引き続き「やや後退する」とみられる。