米国は、同盟国や友好国の協力という中国にはないアセットを大事にすべき / ジェームス・M・リンゼイ(アメリカ/外交問題評議会シニアバイスプレジデント)

2020年3月10日

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工藤:まず、日米関係の未来についての質問です。私たちは日本とアメリカの関係は非常に大事だと考えています。それは、日米同盟が共通の価値観を持つ同盟だからです。日米安全保障条約の第2条にもそのことは書かれていて、我々はそのために日本はアメリカともっと世界の課題に多様な協力をすべきだと考え、実際そういう主張をしています。しかし、その多様な協力というものが、トランプさんの大統領就任以降、なかなかうまくいかない状況になっている。いろいろな意見の相違があったとしても、協力は進めようということが条約第2条の趣旨なのですが、現状そうなっていません。

 私は日米関係を非常に重要視していますがそれ故に、現在の日米関係の在り方が気になっています。リンゼイさんは、現在の日米同盟に問われていることは何だとお考えでしょうか。


次期政権にかかわらず、日米は対話を続け、今後も緊密な関係であり続ける

リンゼイ:重要な質問をいただきました。まず、基本的に日米関係は非常に緊密な状態にあり、これはアメリカ側でもそのように認識しています。また、日本は同盟国・友好国の中でも最も重要な国のひとつであるということは、アメリカ国内でも明確に認識されています。両国政府の間ではこれまで様々な交渉が行われていきました。特に経済の分野では意見の違い、利害の対立がありましたが、何とかうまく連携してこれまで乗り越えてきました。トランプ大統領としても、アメリカの外交の中で安倍首相が最も重要なディール相手のひとりであると言うでしょう。安倍首相は、トランプ氏の当選が決定した後、最も早く手を差し伸べ、会いに行き、様々な分野で助言をしてくれています。安倍首相の助言の中で何より重要なのは、例えば北東アジア情勢についてのものです。もちろん、トランプ氏と安倍首相の間でも意見の相違はあります。とりわけ顕著であるのがTPP11をめぐる立場の違いですが、それでも対話は続けてきたし、これからも続けるでしょう。仮に11月の選挙で、違う人が大統領になったとしても日米は対話を続けると私は確信しています。

工藤:アメリカと中国は、決定的に異なります。中国の体制は一党独裁であるのに対し、アメリカの体制は今は、トランプさんというかなり個性の強い大統領がトップにいますが、民主主義体制です。そこでお聞きしたいのは、我々はアメリカに期待してもよいのでしょうか。つまり、トランプさんが何かをやろうとしても、議会もあるし、リンゼイさんが所属している外交問題評議会などのシンクタンクもいる。そういう知識層の総体としてもアメリカという国が成り立っている。トランプさんがどんなに個性的だったとしても、アメリカの知識層の力がリベラル秩序の防波堤になるという層の厚さを期待しているのですが、いかがでしょうか。

 大統領はアメリカ外交の最も重要な存在だが、その制約も気付き始めている

リンゼイ:これも良い質問です。アメリカの民主主義は非常に強固で活発です。政治システム、憲法はきちんと整備され、三権分立は確立されています。行政には大統領がおり、議会があり、司法がある。ということで、意見やビジョンが異なった場合でも、きちんと議論をして決着をつける。外交に関する議論も非常に活発に行われています。

 ただ、そうはいっても、確かに大統領は外交において最も影響力を持っている人物であり、大統領が「このアジェンダだ」と決めたら皆がそれに従わなければならない。

 そうした中、トランプ氏のビジョンは、「アメリカ・ファースト」になっています。これまでアメリカは同盟国あるいは友好国と様々な協定を結んできましたが、相手国ばかりが利益を享受している、アメリカの雇用が盗まれてしまった、あるいはアメリカが提供する安全保障の傘の下でタダ乗りをしてきた、とトランプ氏は言っているわけです。トランプ氏は多国間の国際協力に対してはもはや明白な敵対心を示しています。自らのディールによって、これまでアメリカにとって不利となっていたことを書き換える、と言っています。

 実際、言葉だけでなく行動に移し、TPPから離脱し、北米自由貿易協定(NAFTA)に代わる新しい貿易協定「USMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)」もまもなく発効させます。中国に対しても通商政策のみならず、「内政も変えろ」と要求している。

 もっとも、大統領就任当初のツイートでは「貿易戦争など勝つのは簡単だ」と豪語していましたが、そうでもないということをトランプ氏も気づき始めている。他の国には他の国の国益があるのだから、必死に抵抗してくる。これに気づかされたのは中国との通商交渉です。アメリカが関税をかけたら中国もかけ返してきた。その結果、アメリカの農家は大変な打撃を被っている。アメリカの製造業は中国産の部品を輸入しないと、そもそも自分たちの製品をつくることができない。中国から部品を調達するのに、コストが高くなれば、その分を販売価格に上乗せしなければならなくなり、アメリカ国民が買ってくれなくなる。そして、業績が悪化し、雇用も失われる、というスパイラルに陥ってしまっている。トランプ氏もそういうことに気づいているでしょう。

 確かにアメリカ外交にとっては、大統領は最も重要な存在ではあるかもしれないが、様々な制約があることにトランプ氏も気づき始めている。例えば、経済的な制約。あるいは、世界のパワーバランスの変化とそれに伴うアメリカの影響力の低下。あるいは、三権分立など国内のチェック・アンド・バランスによる牽制もある。さらに、安倍首相など他の国のトップも頑張っているということを指摘しなければなりません。トランプ氏の世界を分断するような破壊的な外交に対抗すべく、多くの同盟国・友好国が新たな連合をつくっているからです。

 その最も顕著なものが、TPP11です。安倍首相を中心として11カ国で結集したことで、アメリカ離脱という危機を乗り越えました。「アメリカ・ファースト」を掲げて激変したアメリカ外交に対して、志を同じくする国同士で手を組んで何とか対抗している。こうした安倍首相や他の国々の首脳の努力を称えたいと思います。


工藤:最後の質問です。昨日、「東京会議2020」の最後に、アメリカの駐日大使館に我々の宣言文を手渡した時、それを受け取ってもらえたことに、日米関係というのは、非常に強い関係にあるということを強く実感しました。

 私は、トランプ大統領の登場とアメリカ外交の変化は、同盟国にとっても"目覚まし時計"になったと思っています。世界の大きな課題を解決していくにあたっては、アメリカにすべてお任せするのではなく、自分たちもきちんと取り組んでいこう、というひとつの大きな流れを呼び起こすきっかけになったのではないかと思います。

 しかし、そのゴールはやはり、ルールベースのリベラル秩序であると思わざるを得ないわけです。つまり、同盟国も応分の負担をしながらコミットしていく。そして、最終的には、アメリカをベースとした、大きなリベラル秩序というものをより強いものにしていく。そういう大きな転換期に来ているのではないか、我々はチャレンジしなければならない段階に入っているのではないか、と私は思っているのです。こういう認識は正しいのでしょうか。


アメリカが、どんな政権下でも変えるべきでない、多国間で協力する姿勢

リンゼイ:改めて言論NPOに感謝を申し上げなければなりません。皆さんがこの「東京会議」のような活動をしてくださっているおかげで、今世界全体が直面しているとても大きな、抜本的、根本的な課題に焦点を当て続けることを可能としてくださっているからです。

 現在の世界秩序においては、平和と安全保障が維持されています。しかし、単に維持するだけではなく、どのように改良・強化をしていくか、ということが重要です。今存在している世界秩序は、第2次世界大戦後、アメリカが主導してつくり上げてきたものです。ただ、変わらないものというものはありません。この秩序にも歪みが出てきているし、アップデートが必要になってきています。工藤代表がおっしゃる通り、同盟国・友好国はアメリカが何でもやってくれることを待つべきではありません。各国それぞれの軍事力や経済力など自らの能力に応じて、できることをするべきであり、そのようにできることをした上で、国際的な諸制度の改革などをしていく必要があります。一方で、同盟国・友好国は、アメリカを含む他の国々が、出来上がった世界ルールを遵守していないと判断したら、きちんと遵守するように呼びかけていく、ということも大事になります。

 ただ、そうは言ってもアメリカは引き続き世界の中で最も重要な位置づけの国であり続けると思います。経済的にも軍事的にも世界トップの国であり続けるので、どうしても影響力は世界で最も強いものになります。どのような交渉や枠組みにしても、他の国々は、「アメリカはそこに絶対そこに参加してくれる」という状態に長年慣れてしまっています。アメリカの言うことを全部聞くわけではないけれど、各国を集めて話をするために呼びかける力があるという意味でのアメリカの存在に期待することには、どの国も慣れてしまっている。

 だからこそ、こうした状況の中ではトランプ氏の「アメリカ・ファースト」というのはとても危険になる。なぜかというと、共通課題があるのであれば、各国が協力すべきであることを「アメリカ・ファースト」政策によって忘れてしまっている。そこにトランプ氏の考え方の危うさがある。例えば、トランプ氏が、同盟国・友好国、そして中国に対して文句を言っている。これは一理あるものもありますが、ただし、他の国に呼びかけて、アメリカを助けてもらうことのメリットをトランプ氏は見落としてしまっている。トランプ氏は何でも自分だけの力でやろうとしてしまっている。中国は持っていないが、アメリカが持っている強み、すなわち多くの同盟国・友好国から得られる協力という利益を自ら放棄してしまっているわけです。

 今秋の大統領選挙でトランプ氏が再選しようと、民主党の候補者が当選しようと、アメリカ外交が変えるべきではないことは、多国間で力を合わせることです。多国間協力で課題解決にあたった方が絶対に良い、ということは、工藤代表と言論NPOが何度も何度も繰り返しているまさにその通りのことです。意見が異なる、言語も政治体制も違う。それでも共通の利害関係と価値観を共有しているのであれば、単独で取り組むのではなく、複数の国で一緒に手を携えて取り組んでいった方が絶対により効果的であるし、その価値観も強く、高めていくことができる。複数の国で協力しながら取り組んでいった方がより簡単に課題解決できるに決まっているわけです。世界は多層的ではありませんが、皆の知恵を結集して、力を合わせて協力をすれば事態を改善することができるのです。

工藤:どうもありがとうございました。


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 言論NPOは「東京会議2020」最終日の3月1日、世界10カ国の有力シンクタンクの合意で採択した「未来宣言」を、G7議長国のアメリカ政府に提出するとともに世界に発信しました。

 この宣言は、自由な国際秩序を守るために、主要国が協調して世界のシステムの安定や地球規模課題での協力で強いリーダーシップを取ること、中国は世界との相互主義を受け入れると同時に、10カ国は中国に国内経済改革を迫る必要があること、そして、自由な国際秩序を守るためにも、民主主義国はそれぞれの国自体の民主主義を強くするための努力を始めること、などを10カ国で合意し、その覚悟を示したものです。

 世界で進むコロナウイルスの感染拡大が、自由な国際秩序のもとで多国間が協力することの必要性を改めて浮き彫りにする中、世界のシンクタンクトップらは、感染拡大に伴う様々なリスクを取って、この会議のためだけに東京に集まり、危機に直面する世界の自由や民主主義を守る決意を、世界に伝えたのです。

 言論NPOでは、彼らの決意を、日本の多くの方々にも共有したいと考えています。
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