世界の自由貿易はどこに向かおうとしているのか

2018年3月07日

2018年2月20日(火)
出演者:
河合正弘(東京大学公共政策大学院特任教授、元アジア開発銀行研究所所長)
中川淳司(東京大学社会科学研究所教授)
神子田章博(NHK解説委員)
三尾幸吉郎(ニッセイ基礎研究所上席研究員)

司会者:工藤泰志(言論NPO代表)


 「アメリカ・ファースト」を掲げたトランプ米政権が誕生してから1年を経過し、その保護主義傾向を強める中で、グローバリゼーションと自由貿易はどうなったのか、言論スタジオは20日、河合正弘氏(東京大学公共政策大学院特任教授、元アジア開発銀行研究所所長)、中川淳司氏(東京大学社会科学研究所教授)、神子田章博氏(NHK解説委員)、三尾幸吉郎氏(ニッセイ基礎研究所上席研究員)の4氏と都内の言論NPO事務所で議論しました。司会は言論NPO代表の工藤泰志が務めました。


トランプ政権誕生で何が変わったのか

2018-02-21-(29).jpg 議論の初めに工藤は、「トランプ政権が一国主義を唱える中で、世界の自由貿易への影響はどんな状況になっているのでしょうか」と各氏の現状認識を尋ねました。

2018-02-21-(3).jpg これに対し中川氏は、「選挙中は過激なことを主張していたが、多くは実行されず、比較的穏健な現実路線をとるようになっている。中国、メキシコには大きな貿易赤字があるので、高率な関税を課すとか、中国を為替操作国に認定すると言っていたが、いずれも実行されなかった。NAFTAの再交渉もスタートしているが、国内法に沿ったまっとうな進め方をしている」との評価でした。

IMG_3280.jpg 一方、穏健路線では見方が一致したものの、河合氏は、「予期されてはいたが、自由で多角的な貿易システムであるWTOを守っていこうという姿勢がないのは問題。米国がTPPを脱退したのは、アジア太平洋地域での米国の経済的プレゼンスを弱めるもので、中国が経済的にさらに出てくる余地を与えることをやっている。米国が自由貿易主義を擁護しているのではなく、中国が(同主義を)擁護している、と言わせてしまう」と批判しました。

IMG_3283.jpg 神子田氏は、「去年のG20で問題になっていたのは、あらゆる保護主義に反対する、という言葉を合意文書に盛り込むかどうかであったが、結局入らなかった。国際会議の場では不公正な貿易慣行を含む保護主義と戦うコンセンサスが得られている。米国も自由貿易に反対しているのではなく、貿易を拡大したいが、WTOに入っていながら、ルールをきちんと守っていない国があるのではないか、米国は割りを食っている、と思っている。今後は中間選挙を控え、米国の労働市場を守ろうと有権者の心をつかむようになるのでは」と、これからの動きに注意していくべきと言います。

名称未設定-1.jpg またトランプ就任前は、関税問題などで貿易摩擦が起こることを考えていたという中国経済専門の三尾氏は、「米中関係で特に思うのは、米国が保護主義を打ち出しているが、中国は保護主義に反対し自由に動いている中でやっている。米中どちらが保護主義かと言えば、中国政府が政策的に支援したりしているので圧倒的に中国であり、その中国が自由主義を取り入れるだけで、世界的には保護主義反対者と見なされるので中国の国際的立場としては、トランプはやりやすいのではないか」との見方でした。


トランプ大統領に戦略はあるのか

 一国主義など選挙を通じたトランプの言動は、一つのパフォーマンスだったのか、トランプ大統領は一体、何を目指そうしているのか、と工藤は問います。「トランプに戦略はないのでは」と疑問符を突きつけたのは河合氏でした。「トランプ大統領が目指したいのは二国間の赤字を減らすことで、それが米国にとって有利な考え方で、米国から外に資本が流れていくのはよくない。貿易赤字をなくし国内投資を増やすことだが、そのために極端に保護主義的なことをやると、国内の米企業からの反発など制約があるだろう。また、オバマケアをなくそうとしたり、金持ちに有利な減税をしたりしているが、没落していく中間層やプアホワイトなどトランプを選んだ低所得者層に、従業員の再教育、再訓練やITのトレーニングなど十分な改革策をとっているか。どういう米国にしたいのか、その戦略を持っていないように見える」と手厳しい言葉が続きます。

 「支持者目当ての言動、ポピュリスティックな発言など、いつかウソはバレるのではないか。言っていることとやっていることに矛盾はないのか。トランプは今、何が出来るのか」と工藤は疑問を口にします。

 中川氏が答えます。「NAFTAの再交渉の中で一番、もめているのは、自動車部品の原産地比率の最低限の比率を62.5%から85%に引き上げ、米国内の原産地比率を50%にあげることなので、NAFTAで出来あがっているサプライチェーンを組み替えなければいけない。国内雇用を増やして、輸入を減らす乱暴な政策をやろうとしている。中国からの供給過剰になっている鉄鋼、アルミニュームにしても国家安全保障上、脅威の恐れがあり、関税を高く掛けるか数量制限するとか大統領は4月中に決定する。中間選挙に向けて、コアな支持者に受ける政策をなりふりかまわずとろうとするのではないか」との説明でした。
 
 次の話題は、世界の自由貿易は今後、どこに向かおうとしているのか、という点です。グローバリズムの弊害として、格差や沈下する中間層がある中で、日本が中心となったTPP11とか日・EUのETA(経済連携協定)など動き出している21世紀へのチャレンジもあります。世界はどう動いていくのでしょう。

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今こそ日本のリーダーシップが求められる

 中川氏は、「米国は、WTOの前のGATTの時代から多角的貿易体制を作るリーダーシップを発揮してきているが、トランプ政権下ではまったく期待出来ない。WTOも2008年からのドーハ交渉が先進国と途上国の対立があって、交渉は妥結していない。米国は、うまくいかないWTOに代わってTPPを提案したが、トランプは大統領就任初日に離脱してしまった。代わりに日本がTPP11や日・EUのEPAで21世紀に相応しい動きをしてきたので評価している」とこれまでの経過を振り返りながら期待を込めて話しました。

 「そうしたルール作りは動いているのか」と、工藤は問います。「日本を中心としては、方向感は見えているが米国はどうでしょう」と言うのは河合氏です。「WTOは、一つは先進国と途上国の利害が違って、ドーハ・ラウンドは進展が見られなかった。もう一つは、米英で技術革新やグローバル化の恩恵を受けずに、むしろ不利益を受けている人たちが増えている。トランプ大統領には未だに30%の支持層がいるが、トランプ政権が退陣しても不満の声は残るわけで、こうした米英あるいは一部のヨーロッパ大陸で、"忘れられた中間・低所得者層"がどうやって技術革新やグローバル化の恩恵・利益を得ることが出来るか。次の政権になっても同じような問題はあるわけで、社会的安全網、教育投資、再訓練を充実させていかないと、グローバル化や技術革新のサポーターは増えてこない。日本は貿易立国ですから、自由貿易をもっと促進する。TPP11は非常に素晴らしいもので、安倍政権の大きな成果です。日本はこれからも頑張って米英のように内向きにならないで、世界を引っ張っていくことが重要です」と、日本に大きな期待を寄せるのでした。


中国に期待できるのか

 工藤はさらに聞きます。「G7やG20は、緊張感を持ってグローバリゼーションの大きな問題に取り組もうとしているのでしょうか」。神子田氏は、「中国は、表向き自由貿易は重要と言って、WTOに提訴されて競った決定には従いルールは守っているが、知的財産権の保護を徹底していないとか、政府の補助金で海外の競争を有利にしているなど、WTOの精神を体現しているかというと、そうではない。WTOの中で、ルールがきちんと実行されていく体制強化を各国で話し合っていく必要がある。自由貿易で貧富が拡大するのは、各国共通の国内問題で、中国も昨年の共産党大会で貧富の格差をなくすのを目標としている。ともに協議するのが重要でしょう」と提案しました。

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 最後の第3セッションでは、中国が推し進める「一帯一路」構想について議論が交わされました。

 まず工藤は、「この一帯一路も多国間協力プロジェクトの一種といえるが、こうした中国主導の動きをどう見るか」と質問。


現時点ではまだ不透明性の高い一帯一路

 これに対し中川氏は、ユーラシア大陸のインフラ整備は必要不可欠であり、それを進めること自体には異論はないとしつつ、「しかし各種のFTAとは異なり、一帯一路にはルールが整備されていないので、そうした中でどのような投資・融資が行われるのか不透明だ」と指摘。そして、その不透明性が周辺国の不良債権が膨れ上がっていくことを見逃しかねないと懸念を示しました。

 河合氏も、「もうすでに動き出しているプロジェクトである以上、知らないふりをすることはできない」とした上で、「今、中国はデファクトスタンダードを創り出そうとしている。しかし、現状のままでアジア全体のスタンダードになってしまうことは困る」と語りました。

 一方神子田氏は、AIIBに関しては国際機関となったが故に、理事に英国など先進諸国が入ったことによりガバナンスが安定しつつあること。また、個々のプロジェクト単位で見ると十分にコントロールする余地があることなどから、過度に懸念する必要はないとの認識を示しました。


結局は「中国によるグローバリゼーション」という問題

 また、神子田氏は一帯一路の先行きについて、「やがては『一帯一路』というネーミング自体が消えていくだろう」と予測。その根拠として、「そもそも『周辺と共に発展・繁栄していく』という漠然としたコンセプトのものだったし、その射程がアフリカ、さらには中南米にまで広がっていったことで、もはや単なる『中国によるグローバリゼーション』でしかなくなっている」と指摘し、結局は、「台頭する中国にどう向かい合うか」というこれまでと何ら変わりのない課題に戻っていくとの見方を示しました。

 この「中国によるグローバリゼーション」という発言を受けて工藤は、「そうした中国の動きは結果として中国の勢力圏をつくり出し、これまでの世界秩序を変えてしまいかねないが、これから中国とどう向かい合うべきか」と問いかけました。


関与し続けることで中国を良い方向に導くべき

 先程は懸念を示した中川氏も、日本が「その勢力圏から排除されてしまうような事態になることはまずい」とし、あくまで圏内に入った上で「インナーとして発言権を確保した方がいい」と指摘しました。

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 河合氏も、「自由で開かれたインド太平洋」を目指す日本にとっては、一帯一路の枠組みの中で中国と協調することのメリットもあるため、「海陸双方で質が高く、環境に配慮したインフラ作りになるようにする」ことや、中川氏と同様の問題意識から「借り手の側から見てきちんと返済できるようにするためのルールづくり」のために関与し続けるべきと主張しました。

 河合氏はさらに、中国企業の対外直接投資が増加しているが、その対象の多くが一帯一路の周縁国に対するものであることを指摘した上で、そうした投資はリスクを伴うものであるが、「そのリスクに対する分析・管理がきちんとなされているのか」という問題意識が近年の中国企業から出てきていること、さらに、積極的な投資をすることで、相手国から『経済植民地にされるのではないか』と警戒されていることなどを紹介。その上で、日本もかつてASEAN諸国などとの間にそうした軋轢を経験してきたため、その経験から得た知見を中国と共有することで、協力関係を深めていくことができるとの認識を示しました。

 三尾氏は、今後10年間中国の存在感は高まり続け、米中の力が均衡していくと予測した上で、「中国もまだ一帯一路のイメージが固まっているわけではない。だから日本も関与し続けることによってそのイメージを良い方向に変えていくようにすべき」と主張。その際、一帯一路の恩恵を受けている国々も「実は中国よりも日本を信頼している」ため、「そうした国々の信頼を足掛かりとして中国に働きかけていくべき」と語りました。


ブレトン・ウッズ体制のバージョンアップのため、日本がリーダーシップを発揮すべき

 最後に、自由貿易と多国間主義の未来について再び話が及ぶと、神子田氏は企業に対して統制を強める中国が、自らの強権型の発展モデルを途上国に広めるなど、西側の自由を基調とした発展モデルに対して挑戦してきているように見えると指摘。そうした「自由と統制」をめぐるせめぎ合いの中、「中国とどう折り合いをつけていくか」が課題になると述べました。

 中川氏は「ブレトン・ウッズ体制が発足してから約70年が経過し、既存の様々なシステムも変容を迫られている。それに応じてブレトン・ウッズ体制もバージョンアップしていく必要がある」とし、「米中に期待することができない今こそ、日本がリーダーシップを発揮すべき」と日本の積極的な発言と行動を求めました。