日中共同世論調査の結果から、今の日中関係を読む

2011年8月18日

2011年8月15(月)収録
出演者:
高原明生氏(東京大学大学院法学政治学研究科教授)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)


第3部:お互いの違いを理解することで「共生」の道を探る

工藤:今まで日中関係に対する、両国民の評価を中心にお話しいただいたのですが、今までの相互理解ということでは、相手を知らな過ぎるために、それをなんとか理解することによって、お互いの相互理解が進むという話でこの7年間は動いていました。

つまり、昔の悪化したものを改善していくプロセスだったのですが、その後、劇的な大きな変化が出てきている。それは、中国経済が大きなものになっていって、中国国民もそれに関して自信を持っている。その中で、中国は資源その他を自分達のために確保しなければいけない、その活動がやはりいろいろな形で日本にとっては非常に脅威というか、不安であり、この国はこんなに大きくなって、いったいどうなっていくのかという、基本的にはそういった大きな認識の変化があるような気がしています。

今回の世論調査結果について、軍事的脅威からお話しします。日本は中国をかなり軍事的脅威と見ていまして、昨年のものに比べて中国に関して10ポイントぐらい、中国を脅威と思う人が増えているわけですね。逆に中国人は逆に10ポイントぐらい日本を脅威と思う人が減っています。さらに軍事的な脅威を感じる国が他にないというのが中国で12%まで増えているということがありまして、軍事面でも日本の国民とは意識が違う。この理由は、中国がやはり軍事増強をしているし、空母をつくったり、中国の海軍、船体が日本近海に来ているというということがメディア報道されていますし、そういう問題があると思うのですね。

もう1つ、中国経済の問題がありまして、2050年、中国経済がどうなっているのかという調査で、これを見ると、中国人も日本人もそうなのですが、中国経済の先行きに関して、世界最大またはトップクラスになるという見方が昨年ほどではないのですが、かなり多いのですね。つまり、中国国民にはその自信がかなりある。一方、日本人には、少しずつですが、中国はこれ以上経済的に大丈夫かということに関して、慎重な見方も出てきている。中国の発展を含めた形での大きな変化に対して、日本の世論が非常に戸惑っているというか、どう考えていけばいいかわからないような状況が、世論のそれぞれの項目でマイナスに振れているのではないかと思うのですが、そこあたりは高原先生、どのようにご覧になっていますか。


中国の中では、自国の高成長の行方に冷静な見方も

高原:私は中国が専門なものですから、そういう目から見ると面白かったのは、次の点なのですね。今、確かに工藤さんがおっしゃったように、まだまだ中国が隆々と栄えていくという人が多いのですが、去年と比べると減っているのですよ。そして、「わからない」と答えている人がすごく増えているのですよ。しかし、去年の中国の成長率は10%以上なわけです。高い成長率を保っているにも関わらず、ちょっとわかんないぞ、大丈夫だろうか、という人が増えてきた。これはおもしろい変化だと思うのですね。そこには、様々な原因があるのだけれども、おそらくは、高度成長の歪みといいますか、影といいますか、それは格差であったり、あるいは環境汚染であったりするわけなのですけれども、そういった歪みがきつくなってきた、そういう面もあるのではないかと思って、この結果を見ました。

工藤:確かに、今おっしゃったように、去年、なんか圧倒的に自信過剰だったのが、ちょっとなんか違うのではないかという感じになった。今回、そういう大きな転機を感じますよね。一方で気になっているのは、お互いの経済関係、交流というものを見たときに、確か今まで日中間は、お互いの経済が発展することはWin-Winの関係だと。つまり、中国の人から見れば、日本の経済が発展するのはWin-Win だと。日本の人たちも中国の経済が発展することはWin-Win だという意見が圧倒的に多かったのですが、今年の結果では、中国の人は日本経済の発展を期待している、発展することがWin-Winであるというのですが、日本人が中国経済の発展に関して、脅威だと思う人が3割近くに増えていますよね。

やはり、中国の経済に関しての疑念、今後順調にいくかという疑念を感じると同時に、やはり中国の大国化なり経済に関して、少し気にしている日本人が増えている感じがするのですが、どうでしょう。

高原:特に、去年の尖閣事件の後で、レアアース問題がかなりハイライトされましたよね。実は、その前からレアアース問題はあったわけです。今、中国産のレアアースが世界マーケットのほとんどを占めているわけですが、中国は色々な理由で輸出を減らしているわけですよね。それで、世界の他の国がちょっとそんなに急に減らさないでよ、と。ちゃんと売って下さいよ、というふうに言っているという問題なのですけど、あの尖閣の事件が起きて、中国の税関で、日本向けのもの、あるいは日本から入ってくるものを、ちょっと止めていたわけなのですね。要するに、中国は問題を経済領域に拡張して、なかんずく、そのレアアース問題については世間の注目も非常に大きかった。報道も色々あった。そういった事情が、反映されているのではないかとじゃないかと私は思いました。

工藤:確かにそうですね。結果として、中国も尖閣問題の時は政府も含めて、かなり焦ったっていう印象を日本側に与えちゃいましたよね。

高原:そうですね。レアアースといえば、特に、世界中で非常に大事に思われている資源なので、日本のメディアが取り上げるだけではなくて、欧米のメディアもかなり大きく取り上げましたよね。そういったことで、中国政府もその後、急いでまた元に戻すわけですが、インパクトとしては大変大きかった。中国側とすれば、失敗だった、というふうに今反省している人が多いですね。

工藤:やっぱり、尖閣問題というのは、両国にとっても、かなり大きなダメージというか、いろいろな問題があったということですね。

高原:そうですね。やっぱり、領土問題とかいうことだけではなくて、中国は経済領域とか国家領域にまで影響を広げてしまったので、それで日本側はかなり反発をしましたよね。あれを反省する人が、北京にはいるということです。


感情的反発が靖国参拝を容認する声になっているのでは

工藤:日中関係でみると、まず歴史問題というのが、これまで国民間の意識に大きな影響を与えていました。この評価を今回はどう考えるべきか。つまり、今回の設問でも、相対的に関心が低下しているのかもしれないのですが、去年までの世論は改善的な傾向があったので、両国関係が発展するにつれて歴史問題は徐々に解決する、という楽観的な見方が基本的にあったのですが、それが今回減少してきている。一方で、今日(8月15日)はまさにそういう日なのですが、靖国参拝問題に関しては、どう評価すればいいのかということになるのですが、中国では、「参拝は良くない」という人が半数を超えているのですが、日本の中では「参拝をしても構わない」という人がかなり増えていますよね。

高原:これは心配されることだと思うのですよね。やはり、感情的な反発が去年の事件などを経て、日本社会では強まっているので、そういうことの表れかなという気もします。要するに、中国にそんなに配慮しなくてもいいじゃないか、と。

工藤:そういう声が出ていますよね。

高原:その表れっていう感じがしますよね。ですが、靖国参拝問題というのは、一中国だけの問題ではない。韓国ももちろん強く反発しますが、欧米とも日本は戦ったわけで、非常に誤解を受けやすい行為なわけですよね。靖国を参拝するということの意味が、外国の人にはなかなか分からない。それは文化の違いもあるし、もちろん歴史的な経緯等々、良くわかっている人が多いわけではありませんので、大変シンボリックな、ネガティブな意味を持ってしまうのだということを、日本国民はもう一度思い出さないといけない。ただ、こういう風に感情的に反発すればいいということではない、ということで、ちょっと懸念される材料かなと私は見ました。


フクシマショックは中国人にも影響

工藤:次に、東日本大震災についてなのですが、中国でもかなり大きな出来事として認知されているようで、基礎的な理解として、中国で「日本といえば何を思い出しますか」とか「戦後の出来事で何がありますか」っていうと、東日本大震災を選ぶ中国人がかなり多いのです。そして、少なくとも日本と中国の国民は、日本政府の震災対応に関しては問題があると思っているんですね。ただし、日本の国民は政府の指導力に問題があると考えているのに対して、中国人は、政府の指導力というよりも、周辺国への配慮の足りなさを指摘している。一方で驚いたのは、原発の問題に対する認識です。原発に関して、中国の国内、日本の国内もそうなのですが、日本でも原発はまだ計画途中で、まだ何基も作るという予定があるのですが、日本の国民は減らすべきだと考えています。これに対して中国は200基とかすごい勢いで原発を増やそうとしているわけですね。その中国の人の中でも、今後は現状維持にとどめるべきだとか、減らすべきという人が7割ぐらい出てきています。これはかなり大きな変化だと思います。フクシマショックは日本だけではなく、中国の国民にも影響を与えたようです。

高原:震災が起きて、中国からたくさん記者が来て、現地に行ったわけですね。それで、現場の日本国民の見事な対応ぶりについてかなり報道しました。しかしその後、汚染水の排出の問題等があって、結果的に日本報道のバランスがとれたみたいな、そういう感じがします。それが1点。それから、その結果として、やはり放射能とは怖いものだ、と。これまで原発や放射能について知識があまり無かったところへ、これは大変だという情報が一気に入ったわけですね。それでこうした結果になっているのではないでしょうか。こうした結果、原発についての評価だけではなくて、実際に放射能が日本から届いたらどうしようかということで、みんな塩を買ったり、無意味な噂を信じてやったわけなのですけど、基本的な知識が無い、しかし恐怖感だけはしっかりと植えつけられたというそんな印象がある結果だと思います。

工藤:中国国民の日本対する印象で、やはり大きいのは、冒頭にも言いましたが、やはり原発に対する日本の政府の対応と、尖閣問題でしたから、この2つが中国世論形成上、かなり大きな出来事になってしまったということなのでしょうか。

高原:そうですね、特に尖閣の場合は遠く離れた小島というか岩礁、島ですよね。ですけれども、原発の問題というのは、自分達の身近な生活に関わることですから、次第とそういう生活重視の意識が中国の人たちの間でも当然ながら強まっている、という事情もあるかなと思います。

工藤:そういう状況の中で、結果として日本と中国のお互いに対する意識とか認識が、かなり悪い方向になってきていると。
最後の質問になるのですが、非常に難しいなと思ってきたことは、冒頭にも言いましたが、今まではお互いを知ることによって、お互いへの印象が改善するという状況があって、だから色々な意味で交流を深めていくということを僕達は主張してきたわけですね。それ自体の価値は間違っていないし、これからもまだまだ足りないわけで、しなければいけないのですが、一方で、この間見られたことは、お互いに相手を知ることによってマイナスが出てきている、ということです。この状況をどう考えていけばいいかということなのですね。この問題を乗り越えない限り、単純に言えば、悪化し続けてしまうということがありえるわけですね。これをどのように考えればよろしいのでしょうか。


現実を見据えながら共生できる道を探求するしかない

高原:まさに「実事求是」という真実を追究するという意味の言葉が、中国にありますけれども、正しい相手の姿、そこには、日本側から見ると、中国は経済発展とともに軍備の近代化、軍事力の拡大を続けていくということがはっきりと見えてきた。そして、実際の行動もともなってきたという現状があるわけです。それはそれで正面から見据えて、これをどうにか解決しないことには安心して暮らせない日本人がたくさんいる、という現実があるわけなので、そうした安全保障対話、これをやっていかなければならないわけです。もちろんこれまでも無かったわけじゃありませんけど、我々がどうすれば中国、アメリカ、韓国等も含めてみんなが安心して共生していくことができるのか、その道を追い求め、探し求めるほかない。信頼関係を築くほかないわけですよね。それを真面目に、真摯にやっていくほかない、ということではないでしょうか。

工藤:今日は、この前北京で公表しました、日中の世論調査の分析を中心に高原先生と議論してみました。私たちがこの世論調査をやるのは、それ自体が自己目的ではなくて、そういうことを通じて、両国民の認識とかお互いの理解の状況をきちっと把握したうえで、日中関係、またそれだけにとどまらないのですが、色々なことに関しての相互理解とか、新しい未来に向けての対話の基盤を作っていくということが目的なわけです。

この世論調査は、この調査をベースに日中間が話し合うのですね。そのフォーラムが、今週の日曜日(8月21日)、北京で行われることになっております。先程、高原先生がおっしゃったように、安全保障、政治、経済、そしてメディア、そして地方ですね。これらの当事者の人たち、それもかなりのトップクラスの人たちも参加して真剣に議論を行う予定になっております。この中身に関しては、色々な形で言論NPOは皆さんに公開していきたいと思っておりますので、是非、言論NPOのホームページなどをご覧になっていただければと思っております。

さて、次回の言論スタジオは、福島県の相馬市長に来ていただきます。震災からもう5カ月経っているのですが、被災地の現状について市長と一緒に議論してみたいと思っております。今日は高原先生、どうもありがとうございました。

高原:ありがとうございました。

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8月15日、東京大学大学院法学政治学研究科教授の高原明生先生をお迎えし、先月北京で公表した日中共同世論調査の結果について議論しました。

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