日本人留学生はなぜ減ったのか

2011年11月11日

2011年11月11日(金)収録
出演者:
鈴木寛(前文部科学副大臣、参議院議員)
丸山和昭(福島大学特任准教授)
村上壽枝(東京大学特任専門職員)
脇若英治(クリントン財団気候変動ヨーロッパ担当)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)


第3部:頑張る人が評価される社会への転換をめざせ

工藤:最後のセッションなのですが、今度は対策です。具体的に、この状況をどう改善していけばいいのか。事前にアンケートをやったのですが、本当に記述回答への記入が多かったです。2、3紹介してみたいと思います。

60代の学者さんから、「奨学金の充実をやるべきだ。現在の奨学金というカネを貸す方法ではなくて、完全給付を導入するべきだ」という意見をいただきました。

続いて、メディアの方から「アメリカやイギリス、フランス、スイスなど、大学間の履修を相互に認める環境をつくって、2年か3年の時に海外の大学で1年間勉強することを必修にしてはどうか」という意見です。

あと、「新学期を9月にする」とか、「留学して帰国しても不利にならないような採用制度を取るべきだ」、「学歴優先から実力優先の就職採用制度」、「再チャレンジが何度でもできるような社会に移行できないか」、「海外留学経験者を就職の際に明示的に有利に取り扱うことを企業は行うべきだ」、「国費給付の留学制度を充実させること」、「海外への留学生を増やすよりも、むしろ日本の大学を世界レベルに引き上げる方が先決だ」という意見もありました。

全体的に見て言えることは、留学後の経験の活かし方をどう考えればいいか、ということの方が大事だということでした。基本的に色々な論点が入っていて、「なるほど」という意見ばかりでした。これらの意見について、脇若さんはどうお考えでしょうか。


小学1年から英語の勉強を

脇若:さっきの話の続きで、3つ理由があって皆さん留学に行かなくなってきたと。1つはお金の問題、2つ目は就職活動関連の問題、3つ目は学力というか学生の実力の問題。お金の問題は、先程言ったように奨学金を給付制にすればいい話でしょうし、就職活動の問題は、企業にどういう風に合わせていくかということですよね。最後の実力というか、力の問題はかなりあると思っています。ヨーロッパ、特にオランダやノルウェーなどに行くと、英語と自国語の2カ国語を常に使っているわけですよ。そういうところまでいくには時間がかかるけど、英語はどうしても必要になってくるし、それを言葉だけではなくて文化も分かるようなレベルまでやっていかないと、いけないのではないかと思います。さっき言った問題は、かなり解決すると思いますよ。だから、小学1年生から英語の勉強をする。今、やろうとしているのか、既にやっているのかはわかりませんが。

丸山:いいのか悪いのか分かりませんが、学生からの意見として、留学先が怖いので集団で留学、グループ留学をやってほしいというものがありました。一番多いのは、情報が足りないということでした。何の情報かというと、留学したらこんないいことがあるのですよ、というエンカレッジしてくれるような情報がないから、それをとにかく知りたいということです。もう1つは、僕も感じたことなのですが、留学したいと言いながら、そういう情報があるということを自分から探しに行っていないのですね。だから、探しに行くまで持って行くような対策がきっと必要で、それが何なのかということを考えないといけないかもしれません。情報を提供するだけではなくて、何か底上げの部分も必要なのではないかということも感じています。

村上:先程の丸山さんのお話にもあったのですが、2005年に日本学生支援機構が留学した人たちの追跡調査を行っているのですが、それ以降、更新されたデータがありません。私たちも実際に学生が何を思っているのか、留学ができない理由がなんなのか、ということをもっと正確に知りたいという気持ちがあります。

工藤:色々な意見を聞いて、どうですか。


高等教育に対する財政支出も企業寄付も少ない

鈴木:給付型はおっしゃる通りで、これまでの悲願でして、来年度の概算要求に給付型奨学金というのを出しています。しかし、財政当局の抵抗もあり、相当苦戦しています。その理由は財政問題なのですが、この国で高等教育を受けることに対する理解が、経済界すら二分しています。要するに、大学なんて行っても仕方がない、だから留学なんかに行っても仕方がない、という人がいます。もっとよくある話は、同じ18歳で社会に出た人は税金を払い、その税金で給付型奨学金をあげるのか、ということがもの凄くあって、これまでやらなかった理由です。

それに対して、我々はマニフェストに掲げて、いよいよ来年度の概算要求に入れたわけですが、苦戦しています。その更に裏側には、我が国は、高等教育に支出する財政支出、要するに税金はGDPの0.5%で、企業からの寄付はGDPの0.25%です。ヨーロッパなどはGDPの2%ぐらいで比べようもないのですが、アメリカですら、大学に投じている税金はGDPの1.0%です。それから、企業からの寄付がGDPの0.9%ぐらいあります。つまり、日本はGDPの0.75%しか社会が応援してくれないのですが、アメリカは1.9%応援してくれています、と。つまり、原資が全く違うのであって、大学での学び、留学という多様な学びに対して社会が応援するのか。結局、受益者負担というのが強くなってしまうので、親が出すという話になる。そうすると、親が認めない留学には行かないとか、親が認めない学部には行けないということが起こってしまう。大学になっても親が負担しているというのは、日本と韓国ぐらいですよね。ここは相当、しっかり変えなければいけない。

それから、相互履修はかなり進んでいて、キャンパスアジア構想というのが始まりました。具体的な採択も始まってきているので、これは日中間で単位互換ができるし、日米のジョイントディグリーとか、ダブルディグリーもこの1、2年間で進みつつあります。それから、9月入学は東大がディスカッションをしているところで、色々なことが急速に変わりつつあると思います。

次に、学力問題ですが、この国の15歳の学力、特に上位レベルは世界1位です。例えば、OECDの調査で数学的リテラシーは、1学年で25万人がレベル5です。アメリカは人口が倍以上、特に若年人口なんかは、3倍弱ぐらいあるにもかかわらず、40万人しかいません。だから、世界で2番目に数学的リテラシーがあります。科学的リテラシーも20万人ぐらいいます。そして、読解力も16万人ぐらいいるので、15歳では抜群にできるトップ層がいて、これは韓国よりもはるかに多い数字です。

にもかかわらず、高校と大学で彼等をディスカレッジしている。学力問題というのは、学力と学ぶ意欲の問題があります。むしろそっちなのです。文部科学省の中で、英語力の中の定義に、積極的にコミュニケーションをとる態度というのを入れました。これは、プロスポーツプレーヤーとか、商社マンなどに入ってもらった懇談会で英語力の再定義をしたのですが、まさにそこなのですね。ブロークンでもコミュニケーションをしているうちにできるようになるわけです。引っくるめて言うと、日本の高校生や大学生をいかにアクティブラーナーにするか、という割りと深刻な問題があって、どうやってアクティブでない人間をアクティブにするかという、禅問答みたいな話で、外からのにんじんや、外からの脅しでやっているのはアクティブではなくて、パッシブラーナーなわけです。


チャレンジする人をちゃんとリスペクトする社会に

そこのアクティブというのは、結局、何かを学んだ先に希望が見えない、あるいは本当はいるのだけど、凄く学んで、世界で活躍して、色々な国との架け橋になっているのだけど、そのリアリティというのが、やはり若者に伝わってはいないということ。そして、そのことが、保護者にも全然シェアされていないというところをどうするか。情報環境の問題なのですが、アクティブラーナーになれば、これだけインターネットがあるのだから、我々の頃に比べれば、いくらでも情報はあるのだけど、アクティブラーナーになれるかどうか。自分の人生は自分でデザインをするのだ、というところが、さっきの学力というか学ぶ力というところなのだろうなと思っています。これは、本当に社会全体でがんばった人は、ちゃんとリスペクトする。凄くがんばっても1度だけミスをすると、ボロクソに叩くじゃないですか。これをやっている限り、若者達はリスクを賭けてがんばろうとはしないですよ。何かチャレンジをして失敗すると凄く叩くし、一方で、不作為の姿勢は叩かない。これは、日本のサッカーチームも同じで、いいセンタフォーワードが出ないのは、シュートして外すと色々と言われるから、みんなシュートしないのですよ。今回の留学問題が象徴的だけれども、日本の社会全体としての悪循環の犠牲者だと思います。

工藤:さっき、鈴木さんは、若い教え子がアフリカとかに行ってボランティアをしたりし、帰ってきて海外の企業で働くということがある、と言っていましたが、僕は凄くかっこいいと思います。この前、脇若さんもおっしゃっていましたが、世界の若い人達が来て、アフリカの医療支援のプログラムをつくっていく。つまり、課題解決に取り組んでいく姿はかっこいいと思うのだけど、そういう認識にはこの国はまだなっていないのでしょうか。


親などは20世紀の価値観にとどまっている

脇若:社会通念という言い方がいいのかわかりませんが、親を中心とした価値観が、20世紀の価値観で留まっているので。

工藤:昔は、東大に行って官僚になる、ということを親はエリートだと思ったのでしょ。それに代わるエリートではないけど、目指すべき人物像が見えないのですね。

脇若:さっき少しおっしゃったように、何かのリサーチで、中国とアメリカ、日本で、将来リーダーになりたい人のパーセンテージでは、日本が一番低いのですよね。中国なんて80%とか、凄く高いし、アメリカも高いのですね。日本はリーダーになるということが、必ずしもいいことではない、と若者に思われているのですね。

鈴木:だって、リーダーになってもリスペクトされないし、リスクしかないでしょ。苦労ばかりあっていいことが何もないじゃないですか。

工藤:でも、課題解決をしたら凄いね、ということは合意するよね、多分。

鈴木:でも、メディアは失敗したリーダーを叩くだけで、がんばったリーダーを讃えていないでしょ。それは本当に出てるんですよ。

工藤:つまり、がんばった人を褒めるということですね。

鈴木:別に褒めなくてもいいけど、がんばった人をリスペクトするということですね。だから、そういうのを子供たちに伝えていく。だけど、若者はテレビや新聞に出なくても、がんばっている大人とダイレクトに会わせれば直ぐに変わります。だから、男子学生でも、僕らの回りはどんどん留学します。また、面白いことに、その留学した人が時々帰ってきたときに、その説明会には延べ2000人とか集まったりします。だから、関心はあるのでしょうね。それはかっこいいと思うから。

丸山:身近な成功例がない。だから、海外に留学して成功している人の情報をテレビでみるのですが、学生達には遠い存在なのですね。

工藤:身近には感じない。


情報提供よりは成功の道筋をみせて

丸山:それが、自分の大学の卒業生だったり、説明会にきてくれたりすると、一気にやる気が起きるのですよね。その後、継続しないという問題もあるにはあるのですが、単に情報提供するというよりは、そういう成功のルートを見せる。自分は元々日本の片田舎から出てきたのだけど、この大学でこういう留学の情報を知って、留学して活躍してという還元を十分にできていないのだと思います。それが十分にできるようになれば、鈴木先生がおっしゃったようなサイクルが回り始めるのかな、という希望が持てます。

鈴木:今や、地方出身者と都会出身者で、留学に差はないと思います。だから、別に都会の人間が留学したいと思っているかというと、もっと安住していて、逆かもしれないですね。

工藤:脇若さんが出会っている世界の若者で、かっこいいというのはどういう人ですか。

脇若:よく日本の話をすると、格差社会とか色々なことをいうけど、お金だけで人を判断するわけです。私はイギリスに住んでいますが、イギリスの社会は、お金のあるなしでは人間の判断はしません。そういう社会全体の問題なので、解決に時間がかかるかもしれませんが、親の考え方も変えていかなければいけないだろうし、先程から、みなさんがおっしゃっているように、きちんとしたメッセージを伝えていかなければいけないだろうし、社会全体の問題が留学生の数にだけ焦点が当てられているように思います。

工藤:対策という点では、さっきの雇用環境はある程度大きく変わり始めているということですよね。そして、奨学金や助成についても動き始めてはいるけど、財源的には大きな課題があるという状況だということですね。

鈴木:ですから、来年は世界に雄飛する人材というのは、総量枠で増えるのですよ、500億円ぐらい要求ではつけています。多分、大分付くでしょう。それぐらいは増えます。留学するときのお金、つまり給付型にすると対象者は減ってしまうし、そこを半分とかにすれば広がるし、それはポートフォリオでニーズを見ながら設計していけばいいと思うのですが、本当に留学生を大量に支援していこうと思ったら、500億円では足りません。

工藤:さっきのアンケートでも、そうやって答えている人がいました。高校生を年間1万人送ったらどうかという意見がありました。1人200万円で1万人だから、200億円で毎年1万人送れるのではないかと。


高校での留学経験を大学入試で評価して

鈴木:それが、グローバル人材育成会議で決めたことなのですよ。だから、18歳人口で3万人をバイリンガルということだから、1年に1万人ずつ。本当の目標は3万人なのですが。今、大体数十人なのですが、来年度要求は2000人分を出しています。これをステップ・バイ・ステップで近い将来、そのオーダーにしていこうと思います。

もう1つ大事なことは、入試改革ですね。これは大きいです。留学経験が評価されない就職戦線は急速に変わりつつあります。もう1つは、高校での留学経験が評価されるような大学入試選考ということも相当お願いをしています。それから、5月に全大学に副大臣通達を出したのですが、TOEFLなどの使える英語ですね。国際教養大学はそれを英語の試験に代えているわけです。そういうのをどんどん積極的に活用してくださいという入試の取り組みとか、今、受験して一般入試で入ってくるのは半分なのですね。残りの人たちは推薦とかAO入試なので、その中で海外経験とか国際交流の実績などを加味してくださいということも言っていて、少しずつ変わっていくと思います。

工藤:わかりました。かなり対策のメニューは出ていて、動き始めている。それが、アウトカムベースで成果に、どういう風な形でつながっていくのか、という次の問題が出てくると思うのですが、とりあえず時間になりました。

今日は、留学生の減少の問題から、若者像とか、期待される人間像というか、かなり大きな問題になりました。また、多くの人から意見が寄せられたということは、皆さん、非常に関心があるテーマなのだな、ということを感じました。

最後に、一言ずつ、こうやったらいいのではないか、ということを皆さんに言っていただいて、終わりにしたいと思います。丸山さんからどうでしょうか。

丸山:ぜひ、集団留学の仕組みを取り入れていただければと思います(笑い)。

工藤:本当ですか(笑い)
村上:海外留学生の就職支援の予算をもう少しつけていただければな、と思います。
工藤:鈴木さん、どうでしょうか。

鈴木:僕は集団留学にはあまり賛成ではありませんが、やはりチャレンジすることを応援する、それが奨学金の充実にもつながるし、チャレンジした結果ではなくて、チャレンジしようと、し続けようということをリスペクトしたり、応援したりする社会に変えていかないといけない。チャレンジして失敗したやつを、更に叩くという社会を変えないといけないですね。

工藤:メディアの議論も一度やってみたいと思います

脇若:さっき言ったように、英語の教育をやるということによって、みんなの行動を変えていくということは重要だと思います。

工藤:次週は、11月14日(月)18時から、震災時の寄付金の偏在という問題がありました。この問題について議論したいと思います。
皆さん、今日はありがとうございました。

一同:ありがとうございました。

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放送に先立ち緊急に行ったアンケート結果を公表します。ご協力ありがとうございました。
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