「社会保障と税の一体改革」を評価する

2011年12月10日

2011年12月5日(月)収録
出演者:
鈴木亘氏(学習院大学経済学部経済学科教授)
西沢和彦氏(日本総研主任研究員)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)



第3部:給付に見合う応分の負担をする制度に改めよ

工藤:それでは、議論を再開します。それで、やはり、社会保障全体について聞きたいと思います。今の年金もそうなのですが、今の制度というのは、現役世代が高齢者の世代を助ける、支え合うような賦課方式の仕組みの中で運営されているのですよね。これは年金に限らず、医療や介護など全てがそうなのですが、高齢化が急速に進み、これからどんどん本番になってくるわけです。この中で、こういう風な社会保障の仕組みそのものが、今どのような状況にあって、それこそ持続可能なのか、ということをお聞きしたいのですが、鈴木先生、いかがでしょうか。


給付に見合う応分の負担をする制度に改めよ

鈴木:そうですね。まさにおっしゃる通りです。問題は、そのマグニチュードとスピードなのですね。これが、日本はとにかく凄まじいスピードでやってきます。どういう事かと言うと、世界的には15歳から64歳を現役世代と捉えるのですが、それと65歳以上の高齢者の比率は、今、高齢者1人に対して、現役3人という割合ですので、現役世代3人で割り勘して、高齢者1人を支えているという状態です。これは、2008年ぐらいの状態です。昔はどうであったか、というと、1970年は、10対1という数字でした。ですから、凄まじいスピードで進んでいるわけです。これからもっと凄くて、後、12年後の2023年には、いきなり2対1になります。

なぜかというと、団塊の世代が大量に退職しますので、一気に高齢化が進みます。その後、1.5対1になるのはいつかと言うと、2040年ですから、そんなに先の話ではありません。その後、ずうっといって、1対1近くになった後も、そんなに減りはせず、この辺りがピークになって、横ばいが続きます。問題は何かと言うと、今、3人で割り勘しているものが、1人で負担しなければいけない、という社会がやってくる。それがいつかというと、どこか乗り越えたらいいかというわけではなくて、2070年ぐらいまでそれが続く。そして、2070年を越えても、大体、その辺りで安定してしまう、という状況です。後5%がんばれとか、後10年がんばれとかいう話ではなくて、これからずうっと耐えなければいけない。その耐える準備をしなければいけない、ということです。

ですから、消費税5%で乗り切るとか、何か少しやって改善してという話ではなくて、抜本的に制度を改めない限り、3人で1人を支えている状況から、1人で支えなければいけないことになる状況自体を変えることを考えない限り、これは持たないということだと思います。

工藤:今の高齢化ということが、年金、医療、介護などにどういう風な影響をもたらしているのでしょうか。


積立金のない医療・介護への現役負担はすさまじい

鈴木:年金は先程言った通りです。医療も実は大体、若者に対して高齢者が5倍ぐらい医療費を使うわけです。若者はあまり病気にならないわけです。ですから、まさに年金と同じように、若い頃支払って、高齢者の時にもらうという仕組みです。介護もまさに同じ仕組みですから、全てが同じ仕組みで動いているわけです。ただ、年金と違って、医療と介護はもっと悲惨なことがあります。年金は今年度末に113兆円という積立金があります。それを取り崩しながら将来にいけるので、まだ保険料や税の上がり方は、なだらかで済みます。しかし、医療とか、介護になると積立金が全くなくて、丸裸の状態で、少子高齢化に飛び込んでいかなければいけないので、そのあがり方が凄まじいわけです。特に、医療は技術革新、介護の方も需要が伸びれば、バンバンと増えるような仕組みになっていますので、上がり方が凄まじい。でも、上がるというシナリオは、年金は不十分ですが、一応、将来、保険料が上がってくるという話をしているわけです。しかし、医療と介護はそれがありません。2025年ぐらいまでしか、厚労省は計算してみせていません。しかし、問題はもっと後が悲惨な姿になりますので、それを見せていないという意味で、より不確実で深刻な問題が、医療と介護で起こるということです。

工藤:今の話についてもう一言なのですが、厚労省や政府は、その状況を知っているわけですか。

鈴木:知っているはずですね。
工藤:それをどうしたいと思っているのですか。考えていないということですかね。

鈴木:考えたくないのではないでしょうか。そこまでしか見せないで、何とか消費税5%とか上げるので、ここまでは持ちますという姿しか出したくない、ということだと思います。

工藤:西沢さん、今の話なのですが、年金も医療も介護も、まさに高齢者が増加する中で、負担が耐えられない状況になっている、その状況が放置される中で、どのような混乱というか、脆弱なものが見えてきているのでしょうか。


今の仕組みは賦課方式にさえなっていない

西沢:まず、冒頭に賦課方式という言葉が出ましたが、今の私の認識だと、賦課方式にすらなっていないと思っています。賦課方式というのは、今、必要なお金を、今、ファイナンスするということなのに、現状は、今必要なお金を借金でファイナンスしているわけで、いわゆる逆積み立て方式の仕組みになっていて、借金しながら給付しているのだと思います。ですから、少なくとも賦課方式に持っていかなければいけない。日本の社会保障の根本的な問題は、負担と給付の関係が非常に見えにくいということなのです。受けているサービスに対して、応分の負担をしていないわけですから、これを見やすくしない限り、いくら官僚が既存の制度の上に乗っかって、消費税をどんどんかき集めようとしても、限界があると思います。ですので、国民が合理的な判断ができるように、給付に対して応分の負担をするような仕組みに、抜本改革していなかいと、この状況は永遠と続くような気がします。

工藤:例えば、医療であれば、社会保険の仕組みがありますよね。それも、高齢者の医療のコストがかなりかかるために維持できない、、と。まさに、助け合うのではなくて、一方で色々とお金を出していますよね。それ自体が、もう破綻し始めているということなのでしょうか。


成長時代の古いモデルからの転換を

西沢:これはもう過去の古いモデルだと思います。組合健保から、後期高齢者医療制度に支援金を出して、国と地方が税を出して、結局、後期高齢者本人が払っている保険料は全体の10分の1にしかなっていない。非常に安い保険料で医療サービスを安価に受けられるような錯覚に陥ってしまう。ですので、そういった支援金なり税なりを、ごちゃごちゃに投入するのは、過去、税収の自然増が見込めて、高齢化率の低かった頃の過去のモデルだと思います。そうではなくて、新しいモデルに転換して、負担と給付を見えやすくする。税は本当に必要な人に、所得補足の正確性をベースにして、ピンポイントで与えていくようにした方がいいと思います。

工藤:ただ、今の政府の医療や介護の改革案というものは、必ず、お金があるところから、なるべく多くのお金を出してもらうことが柱になる。そして高齢者のところにお金を出してもらう、という構図は全く変えません。

西沢:例えば、我々の組合健保というのは、払った保険料の半分が後期高齢者、前期高齢者の支援金に回っていくのですね。今、政府の一体改革というのは、この支援金の出し方を変えて、後期高齢者医療制度、前期高齢者ファイナンスを強化しようということです。つまり、今の構造を変えるというよりは、むしろ今の構造に乗った上で、さらにこんがらせるような形でやっているので、我々国民から見ると、全く見えてきませんよね。

工藤:つまり、古いモデル、そして現役世代が一方的に助けているという構造が、もう持たないと。さっきの鈴木先生の話によると、これから高齢化の速度が上がってきて、そのピークがやってくるということですよね。どう対応すればいいのでしょうか。

鈴木:基本的に、今の構造を全く変えないでこのまま行くというのは無理です。しかも、今やっていることは、更に給付を増やそうということをやっているわけです。その結果どういうことが起きるかというと、例えば、今の給付を倍にしますよね。そうすると負担が倍になるか、また倍で済むかということではなくて、将来は負担が3倍になるわけです。それを、今、倍にするということですから2×3で6倍になるという話ですから、そんな制度は持つわけありません。

工藤:そうか、3人で割り勘しているのが1人になるから、3倍になるわけですね。

鈴木:それに対して、今の給付を半分にしましょうということになると、それに見合って負担が減るか、という話なのですが、将来は3倍になるわけですから、3をかけるわけです。つまり、減らしたものが3倍のお釣りになってやってくるわけです。ということを考えると、今の制度を変えないで、負担増で対応しようというではなくて、確かに、負担を増やさざるをえないと思いますが、給付カットというよりも無駄は沢山ありますので、なるべくなら効率化させる方向で、車の両輪のように両方をやっていかない限り、この3倍の坂は乗り切れないという風に思います。

工藤:西沢さん、どうでしょうか。


官僚がつくった今の制度を政治家も理解できていない

西沢:冒頭、政治主導という話がありました。今のこの制度というのは、官僚が営々とつくりあげてきたもので、非常にテクニカルで、政治も国民も理解できていないわけです。わからないものに、我々は負担を出せないわけであって、本当に政治主導で国民に負担を求めようとするのであれば、政治家自らが制度をつくって、自分で理解してしゃべらないと、ダメだと思います。ですから、一体改革も悶々としていますよね。このような悶々とした状態から抜け出すには、政治家自らが制度をつくって、理解して、国民に説明する必要があると思います。

工藤:今の話で、少しだけイメージを具体化したいのですが、年金だったらどうすればよろしいのでしょうか。昔は積立型だったと、鈴木先生の本には書いてありましたが、それに戻せばいいのか。後、医療や介護だったらそれぞれどのように変えれば、1つの方向が見えるのでしょうか。


積み立て方式と相続税強化と給付カットに切り替える

鈴木:それは、色々な意見があると思いますが、私が提案しているのは、積み立て方式にするべきだ、という議論をしています。積み立て方式というのは、要するに、人口変動に影響されない方式なのですね。若い頃積み立てたものを、自分の将来に使うという話なので、負担と給付が見合っています。ですので、その方式に切り替えていくべきだということです。もうそんなことをやっても無駄だ、という人はよくいるのですが、今、3対1のものが、1対1になる途中ですから、まだやる意味はあると思います。それから、逃げ切っている世代が多くて、その人たちからは取り返しようがないので、損になる世帯だけで積み立て方式をつくってもしょうがないじゃないか、という声もありますが、私は、まだまだ諦めてはいけないと思っています。江戸の仇は長崎でとれと。つまり、保険料負担で今の高齢者からとれなかったら、相続税でとってこいということを言っています。相続資産から積立金の原資になるようなものを取ってくる。相続資産というのは、年間で85兆円も発生しているのですが、その中から相続税としては1兆円しか取ってきていないわけで、こんな勿体ない話はないわけで、10兆円ぐらい取ってこられるのではないかということで、積み立て方式+相続税を使う。

そして、積み立て方式で負担を上げるよりは、むしろ給付カットを先にやって、給付カットをやることによって、余剰といいますか、黒字をつくって、見かけ上負担を増やさないようなことをして、積み立て方式に切り替えていくべきだということをやれば、割と現実的な範囲で将来も維持可能な積立金というのはつくれるのではないか、という風に考えています。

工藤:積み立て方式になると、僕たち現役世代は...

鈴木:もっと負担をしなければいけません。将来苦しいときのために、今よりももっと負担をしなければいけない。だから、現実的ではない。我々損になる世代が、なぜもっと負担しなければいけないのだ、ということで現実的ではないと今まで言われてきたのですが、我々だけが負担するのではなくて、高齢者で逃げ切ろうとしている世代から、死んだ後、徴収するという手が残っているということですね。

工藤:なるほど。西沢さん、医療と介護についてはどうでしょうか。

西沢:さっき申し上げた通り、医療と介護は保険が向いていると思います。医療サービスや介護サービスという価格を、保険料を通じて我々は知る。そして、サービスに応じた負担を払う。今は、医療、介護も3分の1が税、3分の1が保険料、残りが自己負担ということをやっていますが、一旦、全部保険料でとりましょう、と。ただ、低所得の方は困るので、その方には給付付き税額控除などを通じて、税で保険料を払うお金を国が出してあげましょうと。そのことによって、保険料の負担と受益の関係が対応し、税の有り難みを家計が受ける。だから、増税にも応じやすくなる。こういった図式に改めていくのが、一番すっきりすると思います。一方で、年金の基礎年金は再分配だと割り切って、極力、税でやる。2階部分は鈴木先生がおっしゃったように、例えば積み立ての引き合いを100%するかしないかは別として、財政健全化に向けていくというのが、一番すっきりすると思います。


抜本改革は、いまの日本の政治で可能なのか

工藤:今のお二方がおっしゃっているような抜本的な考え方の転換は、今の日本の政治で可能なのでしょうか。

鈴木:民主党は、そもそもそれに近いことを言っていました。
工藤:そうですよね。元々野党の時から。

鈴木:厚労省は全くそれには反対なわけですが、民主党がどうしてその旗を降ろしてしまったのかは不可解です。

西沢:考えるのが面倒くさくなったのだと思いますよ。結局、今の社会保障の議論も審議会にやらせています。しかし、審議会を使うというのは、当初の民主党のポリシーとは全く違うものだと思います。本当は、政調なり党で議論して、国家戦略室で制度改革を議論するはずなのに、審議会で議論をさせて、委員もわからないようなテクニカルなことをやっているのが現状です。任せた方がらくなのですね。楽な道を選んでいるということだと思います。

工藤:すると、今の政治主導でそれをやるという、非常に技術的な精緻な理解が必要だということもあるかもしれませんが、難しいということですかね。

西沢:ステップとしては、「敵を知り、己を知る」ということですから、今の制度を徹底的に勉強することですね。いかに、国民にとってわかりにくいか、ということを知ることですね。そして、その限界を知るべきですね。

工藤:時間が迫ってきたのですが、今言われたように、最終的には、社会保障の高齢化に対応したシステムの転換を考えなければいけない。一方で、日本の財政という問題が、かなり厳しい状況になってきている。この2つを本来考えていくのが、言葉だけで見ると、「社会保障と税の一体改革」だったはずなのですよね。でも、今、政府が進めていることは凄く距離がありますよね。


社会保障に持続可能な制度作りと財政再建は切り離し考えるべき

鈴木:ただ、私は、財政改革・財政再建と、社会保障の維持可能性の確保というのは、ある程度切り離して考えた方がいいのではないかと思います。今、財政状況が悪くなってきている相当の理由は社会保障ですが、社会保障は社会保障で維持可能な制度、これは税でお世話になるというのではなくて、社会保険方式で基本的にやって、自分の将来は自分で見るような制度に変えて行くということで、ここを健全にしてやるわけです。そうすると、税を投入していた部分が、大分楽になりますので、財政再建の方もある程度進むと思います。ですから、別に矛盾した話ではないような気がします。

工藤:ただ、今回、一緒にしてしまいました。

鈴木:そして、もっと財政投入を増やす方法で考えているので、それは、砂漠に水を撒くような話で、出口がないという気がします。

工藤:すると、社会保障と財政は別々にきちんと考えて、制度設計をする。後、財政再建。その中での税の問題を考えればよかったわけですか。

鈴木:社会保障の制度自体の抜本改革というのは、今回、ほとんどありません。そこから手を付けて、ではどうするのかという話が...。


今回は、消費税を上げるための「一体改革」にすぎない

工藤:すると「社会保障と税の一体改革」というネーミングから見て、看板が違いますね。つまり、改革ではないですよね。つまり、予算編成ではないのですが、消費税を取るための1つの舞台という風になってしまっている。

鈴木:元々は、「税と社会保障の一体改革」と言っていたので、そちらの方が正直なネーミングだったのです。途中で、前と後ろが変わってしまいました。

工藤:話を戻すと、今回の「社会保障と税の一体改革」はどう思いますか。

西沢:今回の一体改革というのは、改革と言うよりも消費税引き上げを伴う予算編成の過程という形で、そこに社会保障の前借りを付け加えて、国民の関心を買うという図式だと思います。

工藤:なるほど。今日は、色々なことが幅広くわかりました。ただ、やはり、日本の財政を考えた場合、高齢化に伴う社会保障の給付増というのは、かなり大きなものになっていく、ということを考えなければいけない局面にきた、ということですね。だから、この消費税の増税ということは、決断しなければいけないということでは合意ですか。

鈴木:私は、今は必要ないと思っています。いずれ上げていく余地はあると思いますが、他にも色々と手はあるだろうと。何も消費税だけで考えなければいけない、という気はしていません。

西沢:私は、この機能強化もそぎ落として、5%の消費税を極力、財政健全化に当てるべきだと思います。次に、正直に二段階、三段階目があるということも合わせて、国民に説明するべきだと思います。

工藤:でも、それは消費税ですか。

西沢:10%まで上げても、消費税はどうせ20%位まで上がってくるのであれば、税項目は次の段階で合わせて上げていくということですかね。

工藤:鈴木先生は、消費税はいずれそれまでにいく、という見通しは。

鈴木:消費税で考えれば、そうなるということですね。ただ、消費税だけで考える必要はないと思います。

工藤:ではその税で行うという、ことですか。。

鈴木:他の税項目で使えるものはあって、もっと適したものはあります。例えば、相続税とかです。それから、やはり社会保障のスリム化というか、効率化を同時に進めるべきだという風に思います。

工藤:わかりました。今日は、社会保障と税の一体改革、しかも年末にかけて、野田政権にとって、非常に大きなアジェンダになっていますので、これについて評価をするということで、お送りしました。今日は、ありがとうございました。

一同:ありがとうございました。

  


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