日中間の領土問題は解決できるのか

2012年6月19日

2012年6月12日(火)収録
出演者:
秋山昌廣氏(海洋政策研究財団会長、元防衛事務次官)
高原明生氏(東京大学大学院法学政治学研究科教授)
宮本雄二氏(宮本アジア研究所代表、前駐中国特命全権大使)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)


第3部:日本は日中関係重視のもとで尖閣問題にどう対処すべきか

工藤:それでは議論を進めたいと思います。先ほどのアンケートで、あなたは日中間で尖閣諸島問題をどのように解決していくべきだと思いますかとたずねました。一番多い28.8%は「自衛隊を積極的に展開するなど、日本の実効支配を強める」、それに並ぶ23.7%は「国際司法裁判所に提訴すべき」、そして次に並んでいるのが11.9%の「解決を急がずに、当面は静観する」「長期的に棚上げして、共同開発をまず実現すべき」「その他」の3つとなっています。この状況を高原さんはどうお考えですか。


自衛隊の積極展開は国益にとってプラスにならない

高原:今、非常に敏感な問題になってしまったので慎重に行動することが、日本の国益にとって大変重要です。なので、自衛隊の積極的な展開というのはプラスにならないと思います。

工藤:ただ黙っていていいわけではないのでは? 見て見ぬふりをするだけではいけないですよね。

高原:いろいろな事故および事件を防止することは必要です。よって海上保安庁の法執行能力を強めるべきだと思っています。

工藤:秋山さん、どうでしょうか。

秋山:尖閣諸島で海上保安庁の船一隻と飛行機を飛ばして監視していますが、本来であれば3隻くらい回してやらなければなりません。3隻回すと言う事は大変なことなのです。24時間ですからですね。要するに海上保安庁の巡視船が尖閣の防衛のために10隻から15隻ぐらい取られると言う話で今の海上保安庁のアセットからすると大変な問題なのですね。それをやっぱり国は考えなければならないです。
 自衛隊の展開は、僕は反対で、例えば、中国もフィリピンとの関係でスカルボ諸島ですか、中国は考えて海関かいわゆるコーストガードみたいな船を出してやっています。海軍を出していません。相手がフィリピンだから出す必要がありませんけれども。日本はその逆で、尖閣でとにかくコーストガードで頑張る。中国は海軍の船は出しにくいはずです。あそこは遠いから海関や漁船の船が来るのは大変です。それで保安庁の船で頑張るということと国際社会への訴えが非常に大事だと思っています。

工藤:宮本さん、どうでしょうか。


北方4島なども含め戦後日本の領土問題を考えた外交を

宮本:領土絡みの問題は単に領土問題ではなくて、いろいろなものを背負わされています。それは、ナショナリズムや国の生き様、誇り、そういうものを全部領土問題が背負わされる。なかなか冷静かつ合理的な解決が難しいという課題です。その中で日本としてやるべきことは、日本からこの問題をさらに刺激して大きくする必要はありません。中国がそういう行動をするならばそれに対して毅然とした対抗措置を取ったらいいと思います。日本からそういう手を打ちだすのは外交的には上手な手ではないという風に思います。従って、そこは出来るだけこの問題を鎮静化させる、いわゆる日中間の大きな関係を損なわないようなエリアに追い込んでいく努力を外交的にする必要があります。
 しかし、中長期的に言えば日本国全体の多種多様な国益を考えて、その中で尖閣だけではなく、竹島も北方4島の問題も同じなのですけれども、戦後日本が抱えてきたこれらの領土問題に対して日本の国家としてどのように対応すべきか。先ほど言ったような大きな諸々の複数の重層的なモノの集まりが日本の国益なのです。その中で、この問題をもう一度見直し、考える時期がかなり前に来ていたのではないかという感じがします。そういう努力の中で、より多くの国民の方々に支持される日本の外交の行く先が見つかってくるような気がします。

工藤:領土問題に対してどう考えるべきかをかなり前から考えなければならなかった。その空白を突かれている感じがあります。


日本政府は国際法上、尖閣が日本の領土であることをきちんと説明すべき

秋山:空白が突かれているというので、例えばこのアンケート調査に国際司法裁判所に提訴すべきというのが4分の1ぐらいいる。中国は内心ほくそえんでいるかもしれません。つまり、国際司法裁判所に日本が提訴すると言う事は領土問題があるということを認めるわけですから、形式的に言えば中国は一歩前進な訳で、またこういうことを議論している人が中国にいます。
 僕は最終的に中国が考えていると思うことは、中国は国際社会に対して尖閣諸島は古来中国の領土であるということをいろいろな資料を使って宣伝しています。尖閣諸島が日本の古来所有物だったというのではありません。あれは無所有物だったから手に入れました。中国は元々所有していましたと訳のわからない資料で宣伝しています。日本の学者にもそれを評価する人がいたりして。非常に複雑です。例えばNYタイムズに尖閣諸島は中国の領土であるという社説が出ました。そのくらい国際社会あるいは国際法の学会では中国の方が有利です。そういうことを日本はあまり知りません。
 国際法の観点から全く日本の領土であることはゆるぎないものであることをきちんと証拠も含めて説明しなければなりません。日中間の領土問題は存在しないと言って政府はこれをやりません。確かに2年前のあの事件後からHPで考え方を説明するようになっています。しかし、学者あるいは国際社会、ジャーナリスト、オピニオンリーダーにもっと訴える必要があります。中国はものすごくお金を使ってやっています。将来中国は国際司法裁判所にこれを持っていこうとしているのでは。あるいは持っていかなくても、国際社会の合意を得られれば有利になります。その努力を日本はしていません。僕はやるべきだと思っています。

工藤:でも、戦後、沖縄の一部として米国の支配下にあり、日本に返還された訳です。だから、戦後の仕組みを見ると世界は日本のものと思っているのではないのですか。

秋山:そこは国際法的に言うと日本が無所有物を取ったのです。それは両国として国際法で認められています。しかし、無所有物ということはそれ以前に日本の領土ではなかったことは間違いないです。中国は13世紀とか14世紀、15世紀頃からあれは元々中国の領土だったといろいろな資料を提示しています。それは潰せますけど、そういう努力を日本はやっていない。そういうことを潰すとか。


国際社会では繰り返し主張しないと駄目

高原:1895年以来ずっと1971年まで一回も中国は領有権を主張したことはないし、1970年6月に印刷された大きな地図が林彪という元帥の執務室の壁に貼ってありますが、70年6月には、そこに尖閣列島、魚釣島とちゃんと書かれていました。だから、日本の領土であるのはあまりにも明らかであり、言うまでもないというのが日本の立場です。だけど、言わないでいると、国際社会は駄目なのです。繰り返し、繰り返し主張していくことが必要です。事実を言えばいいわけですから。

工藤:これを機会にそういうような主張をすることに日本側としては何かためらいがあるのでしょうか?


尖閣は日中関係をガタガタにする可能性がある1つ

宮本:ですから、それが領土問題を認めたことになるというロジックになるから、そこを断つ必要があります。日本の立場を守るために日本の立場を国際的に表明していくことと、それから領有権問題は存在するか、していないかは全く別の問題ですから、そこは割り切ってそういう努力をしていかないといけないし、やっぱり中国の関係でも如何にして尖閣を巡る問題が日中両国の大きな関係に影響を及ぼさないかということの話し合いをこれまでずっと非公式に内々に両国政府はやってきました。
 ですから、問題は起こる訳ですから。船長が来てあれを処理する。あれは話し合いせざるをえません。そういう面ではやっていますから、そういうテクニカルな面でも中国に伝わりますし、メインストリームの日中関係は単に日本と中国だけではなくてアジア太平洋世界にとってこの関係が安定的な協力関係になることが非常に大事です。今回はその関係を損なう、ガタガタにする可能性のある一つの問題が尖閣問題です。これは事実です。従って、いかに影響のないものにするかに対して知恵を出す必要があります。この努力は政治がやっていくべき課題だと思っています。

工藤:政府間レベルでこの問題をどう考えれば良いのかと、民間レベルでこの問題をどういう風に議論していけば良いかに関するヒントが欲しいのですが。ここらあたりはどうですか。


中国の情報発信はすごいから、日本もしつこく発信を

秋山:日中間でこの問題について政府が両国間に領土問題はありませんと、あるいは向こうから提示があって司法裁判所に持って行くなんて全く考えていませんということは日中間の外交交渉の観点ではいいと思います。但し、国際社会はいろいろ動いています。国際社会に対して民間も政府も情報発信をしないと中国の情報発信にやられます。中国の言論戦はすごいです。中国は本当に金を使うし、法律学者も使うし、専門家も使って、いろいろな会議に出て巧みな英語でやっています。こっちは下手な英語で対抗していますけど。例えば、うちの財団で尖閣をターゲットとして国際法的な発信をしようと近々考えています。

工藤:民間レベルで色々やることがあります。

高原:今の秋山先生の意見に全く賛成です。情報を出していく。我々の考えている事はこうで、事実はこうで、理解はこうなのですと中国の人にも世界の人にも発信し続けていく。日本人はしつこいのが嫌いです。しつこいのは非常にネガティブなことです。でも国際社会はしつこいのが非常にプラスです。

工藤:民間では何か出来るのですか?民間では遠慮なく議論していくことが大事なのですか。

高原:そうです。それはそう思いますけど、ただ民間でも気を付けないとなりません。相手はかっかしている訳ですから。もう少し熱が冷めた段階で、冷静に議論できる人を選ばないとかえって逆効果になりかねないこともあり得ます。

秋山:例えば、領土問題でないけれども、境界確定の問題、EEZとか大陸棚、あのような問題を政府間で行うとなかなかその立場が対立して話が進まない事があります。その場合、中国には政府職員だか民間人だかわからないいろいろな専門家がいますので、そういう人たちと議論をして接点を見つけることは可能です。

工藤:今度発表する世論調査で、日中間でこのまま行ったら軍事衝突、軍事紛争があるのではないかと考えている人が日本と中国で意外に多かった。この状況はメディアの影響もあるかもしれませんけれども、どうやってこの状況を変えられるのでしょうか。

高原:宮本さんが先ほどおっしゃったように、これは日中の間で日中関係を支配するようなことがあってはなりません。日本と中国がどう付き合っていくことがお互いにとって有利なのか、利益なのかをきちんと考えるべきです。その中で大きなピクチャーの中にこの問題をはめ込むことをしていきましょうという共通理解を作ることに努力することは大変意義のあることだと思います。


政治の安定、リーダーシップがないと領土問題の解決は難しい

宮本:民間が重要な役割を果たせるという秋山さんのご指摘に大変賛同します。米中は1.5、2、そういうレベルでとりわけ軍事安全保障の両国にとって一番センシティブな神経質な問題に関してはそういう形で対話を強化して、意思疎通を図ろうという努力をされています。従って、政府レベルではそれぞれの国の世論がありますし、基本的な立場がありますし、その中で何かを突破するには大きな制約があると言う風に思いますから、民間レベルでそういうものを試してみる。民間ならばはっきり言って提案しても国内の支援がなければ撤回できます。政府レベルではそういう風にはいきません。民間の果たす役割が大きい。
 ただし、領土に関わる問題の解決は非常に難しい。しかし、中国は陸上問題をほとんど解決しました。ロシアとベトナムの間で陸上の問題解決はやっています。しかし、それには、相当大きな政治力および政治的安定、トップのリーダシップが備わっていないと領土問題を更に進めることは難しいです。

工藤:つまり、ちょっと冷静にならないといけないということですか。

宮本:中国と日本がこの問題に正面から取り組む事が出来る政治的な状況かというと中国に関しても疑問を呈しています。だとすると、これが契機となって両国関係を悪化させないように、どのように知恵を出すかというのが当面の課題です。しかし、長期的には先ほど言ったような構想の中で政治がリーダシップを発揮して、国民の支持を得ながら、次の段階に進むというプロセスを経るしかないだろうと思います。これには相当の時間がかかるだろうと思います。

工藤:どうもありがとうございました。ということで、時間になりました。次回は6月26日18時から先ほど私が言いました「共同世論調査の結果」をここで議論しようと思っています。今回の世論調査もやはりこの問題を反映して、かなり厳しい状況になっています。ただ、それに一喜一憂するのではなく、その構造を含めて議論したいと思っています。また、7月2日、3日ではこの対話を中国の要人と本気でやってみたいと思っていますので、またそれを含めて皆さんに参加していただきたいと思います。今日はどうもありがとうございました。

   


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放送に先立ち緊急に行ったアンケート結果を公表します。ご協力ありがとうございました。
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