安倍政権1年の社会保障政策・財政政策をどう評価するか

2013年12月03日

2013年12月3日(火)
出演者:
西沢和彦氏(日本総合研究所主任研究員)
鈴木準氏(大和総研調査提言企画室長)
小黒一正氏(法政大学経済学部准教授)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)

工藤泰志工藤:安倍政権一年、今日は財政と社会保障政策について評価します。ゲストとして、日本総研主任研究員の西沢和彦さん、大和総研調査提言企画長の鈴木準さん、法政大学経済学部准教授の小黒一正さんの3氏をお呼びしました。初めに、そもそも財政と社会保障は何を解決しないといけないのか、そして、安倍政権はこの一年の間に何をするべきであり、それに対してどう対処したのか、まず総論をお話しいただきたいと思います。


今のままでは、財政健全化と社会保障改革はできない
改革の意思はあるのか

鈴木準氏鈴木:アベノミクスですが、第一の矢から第三の矢まであって、その中で社会保障はどのくらいの重要度なのかと言うと、ちょっと改革モーメンタムが弱まっているなという印象を受けます。これは3党合意というのが2012年にあって、民主党政権からの流れを受けているということもありますけども、日本の社会保障は高齢者向けのものが社会保障だということで、しかもそれを賦課方式でやっています。日本の財政、人口の構造を考えた時に、賦課方式っていうのは現役の若い人から税を取って引退世代にお金を配るということなのですが、この仕組みがどこまで続けられるのか、そして、続けられる程度にいろんな改革をしていかなくてはいけない。つまり、社会保障改革とは現役世代に向かって、その人達の琴線に触れるような改革をやっていかなくてはいけないんですが、どうもそういう改革ではないように見えます。相変わらず政府が直接にお金を配る、あるいは医療や介護という現物を配る。政府が全面的に配ることで、民間の活力と民間の知恵を生かすということが不足していると思います。

 財政との関連で言えば、日本の財政がここまで悪化した理由は、明らかに社会保障ですから、例のプライマリーバランスの赤字GDP比を10年度対比で、15年度までに半減させ、20年度までには黒字化させるという、この目標を実現させるためには、社会保障改革というのは絶対に避けては通れないと思います。政府が掲げている、6月の骨太の方針、8月の中期財政計画をいくら見ても、もちろんペイアズユーゴーをやるとか総額を抑制するとか、書いてあるんですが、どういう抑制をやって、どういう改革をやれば、目標を達成できるのかってことの道筋が全く書かれていない。やっぱり財政は、民間が今、お金を使わない、民間の資金余剰の裏返しで政府が資金不足になっているという問題ですから、やはり民間がもっと元気になるような状況をつくらないといけない。これはマクロバランス上、民間の元気がないと財政赤字は縮小しないので、社会保障改革は民間がもっと知恵を出して投資をしていけるような、そういう状況を作って必要な改革もやって、そういうことをやらないと財政健全化と社会保障改革、この両立は出来ない。全体像のグランドデザインが、もう少し欲しいという段階だと思います。

工藤:小黒さん、安倍政権は改革をするという意思はあるんでしょうか? 

小黒一正氏小黒:意思があるかないかというと、予兆はあることはあるんです。どういうことかというと、臨時国会に社会保障制度改革のプログラム法が出されて、年金医療介護、子育て支援もありますけども、どちらかというと医療と介護を中心として改革をするための土台を作ろうとしているところはある。ただそうはいっても、プログラム法自体の中身は、そんなに拘束するようなものではなくて、むしろ検討するようなものが載っているという段階です。本来はデフレーションが起きれば、そこで年金給付が削減されるということがマクロ経済スライドの中にあったのですが、それがずっと発動されず、年金がカットされなかった。もし、本気で社会保障改革をするつもりであれば、デフレ下で給付を削減するという措置をとるのが重要ですけども、そこについてはっきり書いていない。そのあたりは政治家、特に官邸中枢の方々が、はっきりそういうものをやるんだ、と官僚なり有識者の方々に指示を出し、検討してもらわないと、そういった思い切った改革は出来ないんですけども、そういった素地がみられない。その意味では、改革の意思は見られないという形だと思います。

西沢和彦氏西沢:安倍政権の社会保障・財政政策というのは、タイトルがピンと来ない。安倍政権は民主党政権で始まった社会保障国民会議を引き継いだのですが、明らかに改革のモーメンタムは落ちているような印象を受けます。例えば、社会保障税の一体改革担当は甘利大臣ですが、甘利大臣は諮問会議成長戦略と兼任です。本来ならば、専任大臣を当てて取り組む課題だと思いますが、財政健全化の観点であれば、税収を上げなくてはいけない。政府税調も旧自民党政権の時のようにスタートしましたが、何を扱っているかというとマイナンバーと国際課税です。本来であれば所得税とか消費税とか、一生懸命に議論しなければいけないところを、何となく周辺的なテーマにとどまっているというところで、まだ全体的な評価は出せない。小黒さんの言われたマクロスライドの問題にどのように取り組むのか、これが安倍政権の大きな試金石になると思います。いまは見えなくても、来年になると答えがはっきりするでしょう。

工藤:来年、消費増税があります。その一方で、社会保障改革も動いていくのではないかと思っている人も多いのですが、話を伺っていると、非常に力抜けしているような感じがします。安倍政権は消費増税をどのように扱おうとしているのでしょうか。


消費増税と弱者対策の悪循環

鈴木:財政収支の赤字は、構造的に景気が良くなっても縮まらない赤字で、それは給付削減と増税で埋めないと長期的に持続できない。所得税や法人税や社会保険料など、いろんな負担増が考えられるんですが、先ほど申し上げた賦課方式というのは現役世代、あるいはパイを生み出す企業の負担増で法人税を上げられるかというと、国際的には逆の流れになり、所得税、社会保険料であれば現役の負担というのは変わらないわけです。幸か不幸か、日本の付加価値税はまだ非常に低率であって、諸外国と比べて引き上げる余地がある。消費税とはオールジャパンで広く、薄く、負担が出来る。年齢、性別、働き方を問わず、一時点で見れば逆進性があると言われますが、消費税を、経済に対する歪みを出来るだけ小さくしつつ、オールジャパンで負担していく。これは世代間不公平の是正に、多少なりとも寄与すると思いますし、そういう意味で消費税が求められていると思いますね。ところが消費税を8%、その後10%上げるというのは決まっているんですが、それを財源にして、これは消費税法に全て社会保障に充てるとしているのですが、余裕が出るのを良いことに、別なところでお金を使うというそういう動きが一部見られて、今回も5兆円の対策を求められている。消費税増税というのは結局、弱者を守る為の社会保障を維持するためのものなんですが、その消費税を増税するのに弱者対策が必要だという話が巡り巡ってくる。一体改革で決まったことをみると、いわゆる低所得者対策というものを非常に重層的にいろんな形でやろうとしていて、いくらお金があっても足りない。そうすると最終的になぜ消費増税したのか、よくわからなくなっている。これは安倍政権の責任というよりは、2012年の一体改革からの流れとしての現状評価ですけど、これをきちんと整理するのが今の政権に求められています。

工藤:私たちの理解は、高齢化が進んで社会保障のお金が急増し、それが財政制約という形で財政が非常に厳しい状況になってしまっている。中長期的には、賦課方式など制度の問題だと思いますが、この大きな課題への取り組みは、進んでいるんですか?


「社会保障と税の一体改革」は、社会保障給付費の抑制
医療介護の効率化の議論から入るべき

小黒:政府の立場に立つと、もともとの原点のところが重要なんですけど、国の一般会計と特別会計を合わせた予算の金額が230兆円ほどあります。その中で地方分を含みますけど、社会保障の給付費はだいたい半分の110兆円くらいになっている。その時によく賦課方式という話が出てくるんですが、実は純粋な賦課方式にはなっていないんですよ。どういうことかというと、裏の財源が支えているものとして60兆円が保険料収入で、10兆円が資産収入、年金とかの積立金の運用、取り崩し分もあるかもしれませんけど、そういう形になっています。残りの40兆円が国と地方で公費として分担しているんですが、その公費というところがみんな税金だと思うんですけど、借金をして賄って来たお金が入っているわけです。後世代の負担の先送りを止めようという、元々の社会保障と税の一体改革の思想には二つの意味があって、一つは借金で埋めている部分は、少しずつ減らしましょうということで、国の財政赤字が縮小するというよりも、社会保障が膨張し、赤字で埋めている部分をどうにか賄いましょうと。社会保障費が膨張するときのキーワードとして1兆円というのがよく出てきますが、実はこれウソです。社会保障給付費をここ数年、平均してみると、年平均で2.6兆円増えています。そうすると消費税、1%増税した時に入る税収というのは2.7兆円とか言っていますが、だいたいその分が一年分で吸収されちゃうわけです。それだけじゃなくて、財政当局と厚生労働省も危機感持っていると思いますけど、重要なポイントとしては、社会保障給付費の中で財源として入ってくる保険料収入がここ最近、横ばいですね。あとは資産の運用収入とかあるかもしれませんが、残り公費で補填するのがどんどん増えてくるわけです。そこは赤字で埋めているわけですけども、一般的な財政赤字とは別に、そこをどうにかしなくてはいけないという思想が元々あった。そこに誤解があって、そうするとバケツにちょっと開いている穴を塞ごうというわけです。バケツに穴があいていること自体は変わっていないわけです。

 バケツの穴を塞ぐのには二つ方法があって、一つは増税みたいなもので保険料収入を上げるとか、別に増税して財源を持ってくる。もう一つのツールは、社会保障給付費の抑制、膨張するスピードを押さえていく。これは先ほど西沢さんが言われたように、年金の給付に切り込んだり、医療介護の効率化を高めていくということが大事だと。どちらかというと後者の効率化、抑制の方から議論が始まり、深いところに入っていくというのが、税と社会保障の一体改革の元々の意味だったわけです。増税だけちゃんとされる感じで動いていますけど、残りの後者の方の効果が、報道によればそれでもかなり切り込んでいることにはなっているんですけども、はっきり言って財政学者とか財務省とか厚生労働省の中枢の人たちは、それでも切り込み不足だと思っている。理由は非常に単純で、社会保障給付費がここ10年くらい年間2.6兆円ずつ増えているということですね。それと同時にもう1つキーワードがあるんですけど、2025年から団塊の世代が75歳以上の後期高齢者になりますと、医療と介護が急増します。そこの抑制をどうするかということが重要なポイントで、そのプログラム法では焦点を当てているんですけども、それで果たして規模的に今、膨張している社会保障給付費増のボリュームに追いつくのかというと、多分、全然足りないんじゃないか。加えて言うならば、年金改革も実はちょっといまいちで、政府が出す長期推計では必ずインフレーションがすぐ起こるような感じになっていて、そうすると財政はよくなっているように見えるわけですよ。ですけども、異次元緩和とか言って金融緩和していますけども、実際はコアCPIとかコアコアCPIはそんなに高いインフレーションになっていない、切り込めないわけですよ。そうすると年金財政の姿は、想定よりも相当、悪いかたちになっているだろうと。それに年金財政の悪化がくるので、ものすごくひどい状態に2025年以後にはなる可能性がある。

工藤:日本が問われている社会保障なりの課題解決の姿が、今、現在見えていないという印象を持ちました。財政と社会保障の具体的な問題に入りたいと思います。小黒先生の話を聞いて、昔から議論していることを思い出しました。最終的に日本は超高齢化の社会になり、それをベースにした社会を作っていかなくてはいけないのですが、その将来像が全然、描かれてない、と思いました。消費増税はよかったのですが、それで一服しちゃっているような感じがしています。西沢さん、日本の財政は、改善に向けて動いていますか?


楽観的になれない財政状況

西沢:2015年、プライマリーバランス対GDP比赤字幅半減って多分、出来ないですよね。ですから安倍政権は、その後のシナリオを必死になって作るべきなんです。この一年は政権発足一年でありましたし、消費税も来年、再来年まで上がらないので、それが上がってからという気持ちもあるんでしょうが、来年は早々にこれに向けて取り組んで、16年以降のシナリオについて描かないといけない。まだ確定的な評価は出来ないですけど、ただいまのところ私の感覚としてはやらないんじゃないかと。

 ポスト一体改革というか2016年度以降のもう一段の増税と、今回の一体改革は5%上げて4%つかうというネットで1%なので、次の一体改革をやるとすれば、ネットで5,6と持っていかなければいけないはずなので、もっと厳しいんですね。もっと厳しい改革を作るのかどうか、あまり楽観的に想像できるような状況ではないですね。

工藤:内閣府がシミュレーション出すじゃないですか、それで今回、2020年で非常に楽観的なシナリオでも全然、無理ですよと。普通企業でね、中期計画で出来ませんよというものを出したら経営責任、問われますよ。あれ、出している意味って何ですか?

鈴木:政府としては経済再生シナリオと言っていますが、それが仮に実現できたとしても、2020年には非常に大きな赤字が出るということを内閣府が試算として出しているわけです。これが意味するところは、10%の後というのは何も決まっていなくて、今後、決めていかないといけないんですね。10%に上がるのは15年の10月なので、16年度になれば完全に10%の世界になるんですが、2016年になった時に、一体、社会保障や税収がどういう姿になっているんだと、今、法人税率の引き下げの議論を一方ではしていますけど、2016年頃にどういう状況になっているのかということを見極めながら、さらに次のことを考えなくてはいけない。ぜひここで申し上げたいのは、2020年に黒字化してれば良いのかという問題ではそもそもないわけです。一回だけ黒字化すればいいわけではなくて、日本はこれから団塊ジュニア、第二次ベビーブーム世代が2030年代に高齢化しますから、2020年代、2030年代をずっと乗り越えていかなくてはいけない。そういう体制を2020年頃に出来れば作りたい。そういう構造をつくるのが重要なので、辻褄合わせで足りない分だけ増税、歳出削減するとかいう話では本来なくて、本当の骨太の改革の議論をやらなくてはいけないということを、内閣府の試算が示しているということだと思います。

工藤:内閣府が抵抗しているわけではないんですよね。西沢さんが、ちょっと言っていましたけど、担当大臣がいないと。甘利さんがいますけど、今の社会保障と財政再建を一体的に考える人は誰なんですか?

西沢:本当は、甘利大臣がその社会保障と税の一体改革の担当で、諮問会議もやられているわけで、一体的にやるべきだと思うのですね。成長しなければ社会保障・財政健全化の財源も出ないし、諮問会議が重要。社会保障の効率も上がらなくてはいけないと、一体的に議論したらよいと思うのですけども、中々、そこに至っていないですよね。

工藤:至っていないというか、そういう意思はあるんですかね。一体的にやっていくというものの、それよりも経済成長を優先しなくてはいけないので、それは後からでもいいやっていう感じなのですかね。

西沢:経済成長はしないといけないですけども、それは普遍的な課題ですし、経済成長って誰も嫌がらないじゃないですか。でも、社会保障の話って嫌がる人がほとんどなので、社会保障と財政健全化の優先順位は高いですけれども、少しモラトリアムを設けているんじゃないですかね。

工藤:小黒さんに聞きたいのですが、これから団塊世代と団塊ジュニアが高齢化してくる、その大きな高齢化の状況に対して、政府はどういうように、それを乗り越えようとしているのでしょうか?


微修正の漸進主義で財政破綻を乗り越えられるか

小黒:その答えは簡単で、なるべく大騒ぎしないかたちで、見えないところでちょこちょこ切りながら、微修正をしようとするでしょう。でも、これが難しいのは、政府がそれをきちっと議論したことがないからだと思います。どういうことかというと、消費税も今回、5%上げようということですね。ですけど、社会保障を抑制しない場合に、増税は何でもよいですけど、仮に消費税率でどれくらいにならないと財政が安定しないかという、海外の学者の推計があるんですが、そうすると2017年に引き上げたら33%くらいだけど、2022年に引き上げたら37.5%、とどんどん上がっていきますと。その理由は簡単で、その間にどんどん借金が増えてくるからです。そういう抜本的な議論と、増税を一気にするのか、社会保障を抑制していくのか、幅の議論もありますけど、かなりラディカルな議論です。でも、官僚サイドはリアリスティックで、そういう抜本的な改革は無理じゃないか、と潜在的に思っているわけです。改革すると痛みが伴うので一気にやるのは難しいと。そうすると微修正になるんです。今回の社会保障と税の一体改革も増税しながら、あわよくば社会保障費を微小に切っていって、膨張を抑制しましょうという発想なんです。これは漸進主義なんですね。ただ、問題の核心は、果たしてそういう微修正で、財政破綻を乗り切れるかどうかというところなんです。私の結論としては、それだと難しいと思います。理由は単純で、例えば増税も今回、5%引き上げるのが決まりましたが、97年に増税してから17年くらい経って、それでやっと増税だと。次に増税ってどのくらいの期間で出来るかというと、10年くらいかかるかもしれません。消費税を30%、25%くらいまで上げて社会保障を抑制するというスキームもある一方で、漸進主義で、微修正で向かっていけるかというと、多分、時間が間に合わない可能性が高いというのが、大方の財政学者とか社会保障研究者の感じだと思います。本質のところをきちんと議論しないで細部のところばかり議論しているので、前に進まない原因になっていると思います。それは官僚サイドも潜在的にはわかっているかもしれないですけども、はっきりクリアに認識していないんですよね。それが多分、改革を前にプロモートしない最大の要因だと思います。

工藤:鈴木さんはどうですか、大和総研は長期見通しも作っていましたよね。

鈴木:当社では長期ビジョンみたいなものを作っているのですが、相当な削減、抑制をやりながらも、消費税は最終的に25%くらいにしていかないと、バランスしないと思います。結局、漸進主義になっているのは生活があり、政治だからですよ。高齢者が増えれば、高齢者がどういう投票行動をとるかにもよるのですが、そこはきちんと政治が説明しなくてはいけない。基本的には賦課方式でやっていますが、結局、これは現役・企業が保険料を納められないようになれば、高齢者向けの社会保障も何も維持できなくなるんですね。そこは少しスリム化させて、できるだけ負担を少なくして、すこしでもパイを増やす。所得を増やすということをやっていけば、きちんと保険料も負担できるし税も負担できる。多少、レベルが落ちるかもしれないけれど、破綻しないという姿に持っていくのが、もちろん望ましいのですよね。誰もが高齢者になるのですが、それを、世代を問わず理解できるのか、理解できるように政治がきちんと説明をし、政策担当者が説明をし、あるいは学者の皆さんが説明をする、ということが必要だと思います。

工藤:西沢さんは、社会保障の国民会議にも参加していましたけど、厳しい改革をしないと、答えが出てこないような気がするんですが、解を出すような政治行動を感じましたか? それとも何となく曖昧にしているような感じなんですか、それとも何か動いているんですかね。


日本の財政状況健全化へ、消費税25、30%が必要

西沢:解を出すような政治行動は、全く感じないですよ。小黒さんも言っていましたけど、今の日本の財政状況であれば消費税25、30が必要というのは、普通に考えればわかることですよね。

工藤:一般の有権者からすればびっくりする話ですよね。本当は、政治がきちんと国民に言わなくてはいけない。

西沢:それも、デフレ的にならないためには経済成長をさせて、その中で少しずつ増税させて、最終的にそこに到達するしかないと考えています。早く宣言して、成長もあわせてやって、成長の範囲の中で増税していくというプロセス。増税だけに頼れないので、給付もカットするということをやらないといけない。官僚の人は、おそらく政治家も国民も見くびっていると思うんですね。どうせ言ってもしょうがないだろうと、だから漸進主義でね、俺たちが上手くやってやるんだと。でも、漸進主義では上手く行かないし、時間は待ってくれない。だったら家の台所事情をつまびらかにして、こんなに大変ですよと、みんなで考えましょうというように、民主主義を育てて国民一人一人が、これではいけないよね、というようにならないといけないのに、何となく、みんな平穏に暮らしているしね、なんとなく官僚がやってくれるだろうと・・・でも、実はそうではないんですよと。

小黒:社会保障政策国民会議の委員の先生方の弁としては、立て付けとしては社会保障と税の一体改革は5%増税し、その枠組みの下で、社会保障改革はできますかっていう議論から話は始まっているんです。今みたいな根本的な議論って、その立て付けじゃないんですね。別途、会議体を作って、まず財政のベースラインの見通しをもっと2050年くらいに伸ばした上で、そうするとプライマリーバランスがものすごく悪化するわけですよ。その状態で、財政が持続可能ではないことが明らかになるわけです。次に、それを抑制するために、消費税なり社会保障の抑制をどれだけしなくてはいけないか、というマクロの議論から入っていって、その上で個別の年金とか介護とかの議論をしていかないと、議論が進まない。でも、そういう立て付けじゃなかったのが不幸であり、あくまでも5%増税を前提にしてその中で社会保障改革をします、という議論でした。今度、プログラム法で出来る会議体はまっさらな状態なので、そこで本質のマクロな議論から入っていって、財政も含めて議論して、最後は社会保障の抑制の幅と増税の幅をどれくらいにするのか、どれくらいの時間の幅で改革するのかをきっちり議論する方がやっぱり重要です。そのためには政権、総理のきちっとした支持、支えがないとできない。

工藤:さっき鈴木さんがおっしゃったのは、プライマリー赤字がどうだとか、財政がどうだとかいう前に構造、ストラクチャーを変えていかないと、その次に訪れる高齢化が進むスピードにもたないんじゃないか、ということですよね。少なくとも安倍政権は財政再建に向けて取り組んだんですか?

鈴木:着手したという意味では、骨太の方針と中期財政計画、これをどう見るかだと思います。中期財政計画は無駄をなくすとか、スクラップアンドビルドをやるとか、いうことが書いてあるんですが、具体的には書いてない。そういう意味では中期財政計画に具体性がない。着手はしているんですが、そこが問題です。


社会保障6項目の評価

工藤:最後に、社会保障の評価です。僕の方で6項目を言うので、それについてコメントを出してもらうという形にします。一つは、自民党は急激に増大した生活保護を見直すと、これは国費ベースで8000億円くらい見直すという話を出していました。それから年金に関しては現行制度を基本に改革推進法に則り、国民会議の審議結果を踏まえ必要な見直しを行うと、さっきプログラム法の話も出ていたんですが、そういうことも書いてありました。それから国保運営の保険者機能強化のために運営単位を都道府県に広域化していくとか、料率の平準化で協会けんぽと共済を統合するという話が出ていました。それから医学部、医師の地域偏在化の是正や、医学部定数の確保など必要な地域での必要な医療を確保すると、いうことも約束していました。介護は財源の安定化をはかり、保険料負担の抑制を進めながら必要なサービスを提供する。最後に妊婦から子育てまで、切れ目のない家族支援政策を積極的に進める。年少扶養控除を復活させるという6項目あります。西沢さん、どうですか?


年金給付削減はどうなるのか

西沢:年金は、小黒さんが取り上げた通りマクロ経済スライドですよね、国民会議の報告書では、来年の財政検証踏まえ遅滞なくマクロ経済スライドの見直しをするように迫っているんですけども、100年安心って10年前に言った政権が、この10年たって年金法改正を出すか、と悲観的になっています。ですからまさに試金石、これから真価が問われると思いますが、その方向性は、全く見えないと思います。

小黒:ポイントは一つで、デフレ下でマクロ経済スライドを発動させるっていうことは、はっきり言うと年金給付を削減します、ということなんですね。物価によらず切ります、それと、どういうインフレ率で切るかということですね。

西沢:国保の運営の安定や保険者機能の強化は、今、玉虫色なんです。国保は市町村がやっていますけども、市町村がやっている国保は、保険者を都道府県にしたいという人達も政府の中にいるし、あるいは都道府県はそんなに乗り気じゃなさそうですし、政府の中に保険者というように都道府県を明記しないという人もいますし、都道府県に移して、じゃあその保険者機能が強化されるかというのもわからないわけです。例えば、住民の健康管理なんかは身近な人の方がいいわけですけど、都道府県になってしまうと健康管理もお座なりになってしまうというとこもあって、ここは全く不透明なんです。プログラム法では、難しい問題なので再来年に法改正すると書いてあるんですが、それも都道府県が保険者なのか、保険者じゃないのかってところも、これからの議論です。保険者機能強化になるかどうかもわからない。

 市町村国保って財政状況が必ずしも良くなくて、良好でないものを都道府県としても引き受けるのは嫌だ、と。だったら持参金持って来てくれよと、いうので持参金といっても国にお金がない中で、誰が出すんですかといったら、大企業がお金、持っていますね。そこから持ってきましょうか、という話になったり、あるいは大企業は理不尽でしょという話になったりして、その持参金の話にめどが立つかどうかはまだ不透明ですよね。

 そして、年少扶養控除の復活。民主党の時に、子供手当つくるのに廃止になったんですが、年少扶養控除を復活させると一兆円近い、数千億のお金がかかるはずですが、これはどうなってしまったのかな、と思います。あとは、先進諸外国に比べて医師数も少ないので医師を増やすというのも良いと思いますけども、ただ、どんな医師を増やすのかということですね。先進諸外国の多くで見られるような家庭医、地域に密着してプライマリーケアを担ってくれるような家庭医を増やす方向で見直すべきで、そういったビジョンの下で増やすのであれば多いに賛成です。ただ、そういった方向性はあんまり見えていないような気がします。

工藤:鈴木さん、お願いします。

鈴木:生活保護ですけども、法律がおそらく通ると思うんですが、生活保護というのは民主党政権の前には2.7、2.8兆円だったのですね。2012年度で3.7兆円になっています。国費も8000億円増えている。ですからリーマンショックなんかもあったので、それを平時に戻そうっていう話なんですね。生活保護が厳しくなることについて、いろんな批判もありますけども、国民年金よりも生活保護の方が高いとか、生活保護が十分に社会復帰を目指す仕組みになっていないとか、そういうより本質的なところに切り込むまでに入っていない。ただ、平時のモードに戻すっていう状況です。ただ直近では、ジェネリックを使うことを原則とするとか、給付の基準を少し下げていくとか、これで来年の効果というのは、確か1000億円ないと思いますので、そういう意味ではこれからの問題なんですね。これは国民年金とのバランスをどう考えるか、今、その国民年金は6割くらいの納付率ですし、厚生年金も40万事業所くらい入っていない空洞化の問題があって、これを放っておくと、いずれ生活保護の問題になっていきます。生活保護が膨張するというのはいずれ財政問題になりますし、その年金と生活保護のバランスをどう考えるのかという長期的な課題もある中で、まずはその平時モードに戻すっていうところに着手したということですね。

 生活保護改正案とか生活保護者自立支援法案は、罰則を強化するという内容なんですが、今、言われているのは申請を厳しくするのではないかとか、それから扶養の義務をちょっと厳しくするんじゃないかとか言われています。

鈴木:年金に関して一点だけ。さっき西沢さんが言われた通りなんですが、例のプログラム法案も通ると思いますけども、年金に関しては重要なことが書いてあるんですが、期限が何も書いていない、これが医療・介護とは全く違うんですね。医療介護はある程度、いつやるとか期限が書いてある。年金は、デフレ下のマクロ経済スライドにしろ、支給開始年齢にしろ、一切、書いていない。支給開始年齢引き上げは本来、重要な話ですが、そういうことにまだ目がいってないという状況だと思います。それから医療保険は、これは都道府県・国・市町村がどういう責任分担になるのか、その時、市町村国保って本当に財政状態悪いので、これ都道府県引き受けるからには相当なお金が必要なんです。それを今のところですと、例えば健康保険組合と共済に対して、総報酬割りという後期高齢者医療制度向けのところで頭割りじゃなくて報酬割りにすることで、これでちょっとややこしいですが、国費が浮くんですね、協会けんぽ向けの国費が浮くんです。一体改革では国費が浮くことを、国費を減らすことを効率化と言っていまして、そこで浮く国費をこの市町村の国保にまわすということになると、これは一部への増税とほぼ同じ効果ですので、社会保険という保険数理の公正さが求められる世界と、税でやる再分配の世界が非常にごちゃごちゃしてしまっている。そういう問題がここにはあるんだろうと思います。

工藤:医師とか介護とか妊婦とかそういうのわかりませんか。


出来るか地域医療ビジョン

鈴木:医療供給体制に関しては西沢さんがいらっしゃった国民会議で議論されたことですけども、一番大きい目玉っていうのは病床の報告制度。今、医療機関っていうのは急性期の病床が、一番点数が高いのでそういう病床をたくさん作ってしまっているんです。そこが過剰になっていると。回復期とか慢性期とか、そういう病床が足りないと、バランスが悪いというので、医療の資源の配分が偏ってしまっているという問題があると思うんですよね。病床をどのように設置するかっていうのは病院の選択なんですが、それを地域で都道府県に報告をして、都道府県はその地元のニーズに合わせてビジョンを作る、報告を受けてビジョンを作るということになっているのです。そこが上手く行くのか、地域の医療ビジョンを作ると言っているのですが、これまでも医療費適正化計画が2008年から始まって地方も関わっているんですが、ほとんど形骸化していると言われています。地方も目標設定が任意だったりして、ここはお金をかけようとしたらいくらでもかけられる世界なので、病床の再編を上手くやって、本当に効率的な医療の体制が出来るのかという所はまだ見えていない。ただ目玉は、病床の報告制度と地域医療ビジョンを作るということになっているんですね。


診療報酬体系に左右される医師問題

工藤:医師の偏在と、医学部定員の確保の必要な地域というのはどうですか。

小黒:そこは最終的には規制ではなくてインセンティブ体系なので、今の病床の話もそうなんですけど、基本は点数なんですよ。中医協なんかが決めている診療報酬体系が、介護なら介護報酬体系ですが、それが都市部と地方でどう違うとか、病床でも急性期とかでどういうように違うのか、というところで傾斜をつけるのがポイントです。そこは外部からほとんどわからない。中医協が議論しているところですから、それが出てこないと評価が出来ない。

工藤:医師のところはどうしたらいんですかね?

小黒:よくある議論なんです。訪問介護で医者も回った方がよいとかありますよね、その時に、例えばそれで儲ける医者が出てくると配分を変えちゃうんですよ。そういう議論があるので、もし医者を、過疎地域を含め偏在しているのをバランス取ろうとしたら、少ないところに報酬が高くなるようにしてあげれば、そこに医者が集まるわけですけど、そこのところコアを握っているのは、報酬体系なんですね。

工藤:妊婦から育児、切れ間のない支援政策を積極的に進める、ここはどうでしょう?


少子化を迎え、罪深い待機児童問題

鈴木:少子化対策は非常に重要だと思うんですが、社会保障改革プログラム法案には、決まったことをやるとしか書いてないんですね。安倍政権では待機児童問題を加速して解決するというのを、一つの成長戦略の柱にしていますけども、待機児童は減ったと言われても、4月時点の統計で2万数千人いて状況は何も変わっていない。過去7年で保育所の定員というのは20万人くらい増やしたのですから、これ意味するところはいかに潜在的な待機児童が多いか、あるいは就業と子育ての両立を諦めている親がいかに多いかということです。行列が少し短くなると、また行列に並ぶという非常に需要の強い分野なんですね。私はこれをすごく罪の重い問題だと思っています。なぜかというと、子供をもうけた親だけではなく、今、バリバリ働いている女性が、その行列を見れば、仕事を辞めなくてはいけないと感じてしまう。生涯年収2億、3億円を失ってまで、子供を産み育てるかというと、行列を見て、それを諦めざるを得ない、生み育てたいけれども出来ないという、罪の重い状況を作ってしまったと。ここに取り組んでいるということは、私は評価するべきだと思います。安倍政権が言っているのは、13年、14年の2年間で20万人、これは保育所だけではなく、小規模保育とか保育ママとか含めて増やす、2017年までに40万に増やすと言って、そこに向けての政策を行っている。しかし、おそらく待機児童っていうのはもっと多い。40万人では収まらないと思うのですが、都市部は、相変わらず認可保育所中心なんです。認可外も含めてやるべきじゃないかとか、場合によっては、私は保育料を少し上げてでも、保育サービスの需給をもっと一致させるような状況を作らないといけない。少子化問題は本当に大きな問題ですし、保育所を上手くやっても、放課後児童クラブっていうのも待機が多くて、これも問題です。放課後児童クラブもちゃんとやらないといけない。人口減少が起きる中で、非常に重要な問題に着手はしていても、もう少し力強さが欲しいと思います。


介護は税源の安定化を図り、保険負担の抑制を進めながら
必要なサービスを提供する、と謳っているが

鈴木:介護も一応、プログラム法案にはそれなりのことが書かれていて、社会保障審議会の部会などで聞こえてくる議論ですと、支援1、2の予防給付という辺りを、今、市町村が独自にやっている福祉的な事業ってあるんですけど、ここは介護保険の世界と福祉の世界で重複感があるので、そこを上手く整理しましょうということになっている。それから一定の所得のある方については、今、介護保険は一割負担ですけども、医療は、例えば70歳代の前半のところは二割に戻していこうというわけですね。その時に介護が一割ですとバランスを失しますから、一定の所得のある方に関しては、一割ではなく二割にしていく。また細かいですが、補足給付っていうホテルコストの部分を、保険給付でやってしまっているんですけど、これも一定の資産、預貯金が1000万、2000万あれば、この補足給付は受けられないとかね。そういう負担増の方向っていうのが見えてきた。

工藤:介護は財源の安定化を図るという目標があって、その保険料負担の抑制を進めながら必要なサービスを提供するという、目的というか理念的な目標みたいなのがあるわけですね、それはその方向で動いているんですか?

鈴木:財源の安定化という意味では、むしろ消費税を使って、保険料を低所得者について割り引くということをやろうとしています。それをもって安定化と言っている可能性もありますが、給付の方で抑制の話が少し出て来て、後は自己負担割合を一部、高めることで全体のバランスとろうとしている。

小黒:介護は10兆円弱くらいしかないですから、医療は35兆円くらいで、だから全体の規模感からするとそんなに。年金が50兆円とかで、医療が30兆円、介護が10兆円弱です。そこは拡充しても構わないということだと思いますね。

西沢:医療介護は、供給者に遠慮しているところがあると思うんです。本当は手を付けなくてはいけない診療所の改革とかに、きちっと手を付けていない。病院病床が先行しているので、ですからそこに手を付けることが出来れば、完璧に近いと思いますし、医療や介護の半分近くは公費です、税金ですよね。ですので、税金の方が全然、税収は上がっていないのですから、そこに本格的にメスを入れていかないと、歩んではいても歩みの幅が小さすぎて、高齢化や財政悪化の状況に全然、追いつけていないですね。

工藤:安倍政権の財政・社会保障分野について、目標達成に向かって動いてはいるが、それを実現する展望が、この一年間で見えていないという印象を受けましたが、それでいいのでしょうか。今日は、社会保障と財政問題の評価をお送りしました。

 国の借金がついに1000兆円を超えてしまった日本。少子高齢化が進む中で、2013年には65歳以上の高齢者1人を、20歳以上の2・3人が支えていたのが、2025年には、高齢者1人を1・8人が支えなければならない厳しい社会となる。「社会保障と税の一体改革」は計画通り、進捗しているのか。生活に直結する問題を前に、私たちは日々、安穏と過ごし、"考えない市民"のままでいいのか、日本に残された時間は少ない。