「議論の力」で強い民主主義をつくり出す
2015 / 08 / 20
出演者:
松田康博(東京大学東洋文化研究所教授)
小原凡司(東京財団研究員・政策プロデューサー)
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)
工藤:最後は、日本と中国との対話について議論したいと思います。日本はアメリカとのガイドラインを改定し、更に集団的自衛権の行使を可能にするという大きな安全保障政策の転換期に来ています。この点が中国の行動にとっての一つの理由づけになり、国防白書でも懸念が示されています。そうであるならば、中国の対話の中では、疑問や疑念を払拭する、という役割も問われてくると思います。どのような対話が求められているのか、有識者の方々にも聞いてみました。アンケートの結果、最も多かったのが「まず、お互いがなぜこうした政策を取ったのか、その原因や政策の中身を、相手国が理解できるように説明しあうこと」で、42.7%と4割を超えました。次に並んでいるのが、「お互いが東アジアの平和をどのように構築するのか、そのための協力策を話し合う」で、36.3%でした。「お互いの政策に不信がある以上、議論を行う余地は少ない」は、わずか4.8%で、「対話が非常に重要である」と多くの有識者が考えていることがわかりました。松田さんはどう思われますか。
松田:先程も申し上げましたけれども、安全保障環境が非常に厳しくなっている時には、まずはしっかり力をつけ、同盟関係も強化する。これはどこの国でもやらなければいけないことです。しかし、そうすると政策が変わってきますから、他国から見れば不安に感じることもある。ですから、「(この政策変更は)こちらから攻めていくためのものではないのですよ」と、きちんとした政策説明をしなければならない。これは英語で"be assurance"というのですが、相手を安心させる行為なのです。例え偶発的な事故が起こったとしても、相手にこちらを攻撃する意図がないということがわかれば、こちらも安心できるわけです。世界では90年代からずっとこうしたことをやっているわけです。したがって、日中間でもまずそうしたことをやるべきだと思います。
ところが、「議論を行う余地は少ない」との回答が4.8%あったということですが、実は交流をやっているとそうしたことを感じる時があります。というのは、対話をしてもお互いがお互いのことを言い合ってしまい、ダイアログ(対話)というよりもモノローグ(独白)になってしまっているからです。このように、実際の交流の場で、お互いに自分の主張をぶつけ合っているだけであるということは、非常に残念なことなのですが、特に日中の場合には多い。
しかし、だからといって交流をする必要はないのかというと、私はそうではないと思っています。実際に、中国の人たちが中国国内で、「日本は軍国主義国だ」とか、「危ない国だ」とか、「謝ったこともない。とんでもない」とか言っている。この背景には、抗日戦争のテレビばかり見ていてなかなか外国に行く機会がない、ということがあります。特に軍人さんにはそういう機会がないですから。しかし、彼らが実際に何日か東京に来てみれば、これだけ豊かで平和的で、軍服着た人が町を歩いているわけでもない様を見て、「この国が戦争をして何の得になるのか」ということを実感して帰っていくわけです。ですから、実際に交流をすること自体には大変大きな意味がある、と私は思っています。「何が起こっても、きちんと交流は続けていくのだ」ということを確認し合って、関係を前に進めていくことが大切だと思います。
工藤:この前、「第11回東京―北京フォーラム」の際に、安全保障対話を行う予定の関係者と議論した時に、安全保障政策についてお互いに距離感をもち、懸念を深めている状況なので、論点をつくることがなかなか難しいのではないかと感じました。しかし、日本側の防衛関係者が、「根底で『なぜこういうことが起こっているのか』というところを話すことから始めた方が良いのではないか」と言ったら、中国側の防衛関係者が「そうしよう」と応じてきまして、そういう話はできるのだなと思いました。小原さん、今は日中間で議論したらうまくかみ合っていくような状況なのでしょうか。
小原:まず、中国が日本の安全保障政策に非常に関心があるという点は間違いがないわけです。中国は常に日本側の本音を聞きたいと思っている。ただ、お互いに相手のことを非難してしまうと、先程、松田先生がおっしゃったように対話にならないわけです。ですから、まずは十分時間を取って、非難されたら非難されたでいいから、非難する根拠を説明してもらって、それを1つ1つ聞いていく。その上で、「それはこうですよ、これはこうですよ」とこちらからも説明をしていく。私はいつもそうしています。そして最終的に、日本がなぜ今、安全保障政策を変えようとしているのかを理解してもらう努力はしなければいけないと思います。というのも、今の日本の安全保障法制は非常に複雑になっていますので、これを十分理解している人が、中国には少ないからです。その中で説明しなければならないことは、「(安保法制は)中国のみを対象にしているわけではない」ということです。なぜ今、日本が安全保障法制の整備を進めようとしているのかというと、国際社会の一員として、国際社会の変容に対応しなければいけないからです。それを説明した上で、「中国は国際社会に挑戦する側には回らないですよね」「中国は国際社会の一員ですよね、一緒にやるんですよね、だから実力による現状変更はしないですよね、ここが私たちが懸念しているところなんですよ」と言うわけです。
アンケートの「議論を行う余地は少ない」というのは、裏を返せば多分次のような意味だと思います。つまり、「すぐには解決できない、結果が出ないのだから、力をもって現状変更する相手に対しては、世界政府がない以上、他の主体が力をもって『それはできないのだ』ということを知らしめなければいけない」ということです。しかし、「力」というのは、単に鉄砲やミサイルを撃つということではなく、例えば、南シナ海での軍事プレゼンスを高めていくことはその1つです。そうしたことを国際社会としてやっていく。これは中国が今非常に嫌がることです。「中国が国際社会に挑戦している」という構図はどうしても避けたいわけです。しかし、やろうとしていることは現に国際規範への挑戦なわけですから、こうしたことを指摘しながら明らかにしていく。議論と圧力を一緒にやっていかなければならないのではないかと思います。
工藤:今、お話された点を中国は理解できるのでしょうか。実際の行動を見ると少なくとも国際社会に挑戦しているようには見えますよね。
小原:ですから、その点を指摘すると、「日本は常に中国を貶めようとする」と反応してくるので、「日本だけではないですよ。世界中が懸念していますよ」と返す。感情的になると話にならないので、何が国際規範で、何が国際規範に対する挑戦なのか、ということを、1つ1つ明らかにしていく提案であれば、中国側も乗ってくると思います。中国側としても「国際社会に挑戦している」と見られることは避けたいわけですから。
工藤:防衛関係者は、今の小原さんのように非常に冷静で現実的な議論ができる方が多いので期待しています。ただ、安全保障に関する議論は話が全然違う形になってしまうことが多い。例えば、「日本が軍国主義的になり、その中で安全保障法制を変えてしまった」とか、全然違うロジックの展開になってしまう。メディア報道等を通じてそう感じているという点はあるのかもしれませんが、この点について、どう対応していけばいいのでしょうか。
松田:日本が安全保障政策を変える時には、日本全体、とりわけ政府関係者は発言に関してきわめて気をつけなければいけない。特に過去の歴史認識に関しては、これまで以上に低姿勢をとるぐらいにしないと、すぐに根も葉もないような話が生まれてしまいます。今の日本を軍国主義だという話は、まさに根も葉もないわけです。ですから、しっかりとした安全保障政策を実行する場合には、先程申し上げた"be assurance"、相手を安心させるということを意識し、より低姿勢に、丁寧に対外的にもメッセージを出していくことが大切になってきます。
工藤:そういう意味では安倍談話は非常に重要だと思います。先程の小原さんのお話にはもう1つの論点があります。平和的な秩序を武力によって変更することを認めてはいけない、ということです。その辺りで日本と中国が本当の意味での合意ができると非常に良いと思うのですが、その可能性についてはどうなのでしょうか。
小原:今すぐに、というのはなかなか難しいと思います。中国には今まで欧米先進諸国に虐げられてきたという意識が非常に強いです。戦後、中国は戦勝国であったにもかかわらず、経済ルールも含めた国際規範の形成に十分に影響力を行使できなかった。「これまではルールを勝手に作られてしまった、しかし、ようやく能力をつけた今、これから中国の番だ」という意識が非常に強いのです。そういう中国に対して、「そうではないのだ」と言うのは非常に難しいわけですが、力による現状変更に対しては「それはできないんだよ」と抑制する。これは安全保障法制の意味でもあると思います。一方で、これを理解してもらうための努力というものはもちろん必要なので、何年かかってもこの努力は続けなければならないと思っています。
工藤:そういう国際的な世論をつくることも重要ですね。
さて、有識者アンケート結果を2つ紹介します。簡単にコメントいただければと思います。
1つは最近尖閣で起こっているガス田の問題です。中国は東シナ海の日中の中間線沿いで海洋プラットフォームの建設を行っています。中国側の海域で実施しているということなのですが、これは大きな争点にするべきなのか。アンケートでは、6割の方が「合意を破ったことに対しては抗議すべきであるが、安全保障上の対立をあおるより、今後の協力関係を発展させる糸口とすべきである」と、意外にプラス思考で考えていました。
もう1つは南シナ海の問題です。今後の展開について尋ねたところ、「中国とアメリカの間で軍事衝突があるのではないか」という人が半数ほどいます。「そうならない」と考える人の割合も3割を超えて、意見は分かれています。
このガス田の問題と南シナ海の問題を専門家のお2人はどう見ていらっしゃるのかという点をお聞きしたいと思います。松田さんからお願いします。
松田:東シナ海の問題に関しては、先程も申し上げた通り、中国は極端な行動は抑えています。この東シナ海の開発問題に関しては、日中間で「話し合いをしよう」ということになっていますので、中国がそれをせずに一方的にやったという点においては、日本の言い分は正しいです。よって、これを1つのきっかけにして、話し合いを再び行えるようにする。できれば過去の合意を履行していくということもやっていけば良いと思います。それを外交的努力でやることが大切です。
南シナ海の問題に関しては、これも先程申し上げたように、もう少し厳しい状況にあります。中国は物理的にどんどん現状を変えています。しかし、そこは国際的な海域であって公海です。ここでの航行の自由はまさに日本の国益にも直結しますから、アメリカや周辺国と協力しながら何ができるのかということをきちんと考えて、取り組む。色々なカードがあります。すぐにたくさん出していくと中国がまた大げさな反応をしますので、中国側の行動を抑えるように「あなたがそのカードを出すのであれば、こちらもこのカードを切りますよ」という形でやるのがいいでしょう。日本は大きな力をもっていますから、本当にやろうと思ったら南シナ海でも色々なことができてしまう。ですから、日本は中国の行動を抑えるための様々な働きかけを、アメリカ、周辺国と一緒になってやるべきだと思います。
小原:東シナ海に関しては、中国の開発という点だけを問うと、日本の抗議は苦しい感じがします。というのも、日本の主張がすべて受け入れられた結果、引かれたものが日中の中間線で、中国が開発をしているのはその日中中間線より中国側だからです。更に、日中間で共同開発をするといった海域とはまた別のところです。係わりがあるのは、日中間の合意の中の「他の海域についても協議をしながらやりましょう」という、そこだけです。ただ、なぜ海上プラットフォームがあんなに多いのかということについては、非常に不思議ですし、疑念を抱く動きも多いと思いますから、「これは通常のオペレーションではないでしょう」ということは言わなければならない。それに、「協議をしながらやりましょう」ということは言っているわけですから、そこの部分については中国側と話し合って明らかにしてもらわなければいけないと思います。
南シナ海に関しては、私もアメリカと中国が軍事衝突する可能性はあると思っています。既存の大国と台頭しつつある大国とは構造的に緊張関係にあるわけで、ここで価値観や原則に相容れないところがあった場合、お互いが誤解をする可能性はあると思います。特に、今は中国側がアメリカを誤解しているところは多いと思いますので、これが解消されないと難しい。そのためにも議論というものは必要なのだ、と思っています。
工藤:今日は2つの白書を軸に議論したのですが、白書の内容にとどまらず、今の北東アジアの安全保障環境の変化についても触れました。その中で、民間レベルでの対話がどのような役割を果たせるのか、良い知恵がないかと探りながら議論をしてみたのですが、色々な考えさせられる点がありました。
私たちは3か月後の対話に向けて、色々な人たちの意見を聞きながら、北東アジアに平和的な秩序をつくるために、日本と中国の間でどのような取り組みをするべきか、そのための世論づくりをどうすればいいのかという点について考えていきたいと思います。こうした議論は今後も続けていきます。皆さん、どうもありがとうございました。
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