【緊急座談会】焦点はこの談話をどう実行するか ―戦後70年の重みを再確認せざるを得なかった―

2015年8月24日

2015年8月25日(火)
出演者:
神保謙(慶應義塾大学総合政策学部准教授)
高原明生(東京大学大学院法学政治学研究科教授)
山田孝男(毎日新聞政治部特別編集委員)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)

「物足りない」と思われているのであれば、首相自らフォローアップすべき

工藤:今まで、安倍談話をどのように読むか、についてのご意見をいただいていたのですが、言論NPOでは日本の有識者の方にアンケートを取っています。300人以上の方からご回答をいただきました。

 その結果を見ると、今回の安倍談話に関して、日本の有識者の評価は完全に二つに分かれていて、「評価する」対「評価しない」が45.6%対41.7%です。

 では、どういうところに問題意識があるのかというところで、賛否の理由となっている論点を問うと、「歴史認識に関して、懇談会の意見を配慮している内容になっており、『侵略』『おわび』などのキーワードに言及し、アジアの人たちの関心に応える形となっており評価できる」という見方が、回答者全体の36.1%です。次に、「周辺国に感謝の気持ちを伝えたほか、女性についても言及しており、周辺国を意識した内容になっているので評価できる」「歴代内閣が示した姿勢を、安倍政権も引き継いでいくことを間接的に示しており評価できる」が多くなっています。

 一方、「評価しない」という方は、その理由がもう少し明確になっています。「安倍首相に主張はあると思うが、周りに配慮したためか中途半端で、談話自体が全体的に冗漫になり、その目的、何を伝えたいかということがわからない内容になっている」「談話の中で、「歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないもの」としているが、全体を通して首相自身の戦争責任や平和に対する考えが読み取れない」「過去の談話のように『私は』という一人称の表現もなく、『私たちは』という言葉を使っているため、安倍首相の談話に対する主体意識や意気込みが感じられない」が多くなっています。
こうした評価について、皆さんがどのようにご覧になっているかお聞きします。神保先生、どうでしょうか。


何を基準に判断するかで割れた談話の評価

神保:評価が割れたことについてはもちろん理解できます。おそらく、皆さんが判断するときに、「談話の内容にはどういうパターンがありえただろうか」とあらかじめ考えておくと、評価しやすいと思います。私の判断は、「もっと激しく、もっと右ばねのかかった談話になりえた」と思っていました。各国から日本を見たときの安倍さん個人の姿は「もっと右寄りの人だ」というかたちで、それを反映する談話になりえたというところから見ると、この談話は極めてリベラルで、かつ過去の談話の継承に重きを置くという判断を下した談話だと思います。

 そのように見てみると、おそらく、「長すぎてよく分からない」とか「表現が明確ではない」というかたちで反対されている方は、より違う判断をされるのではないかと思います。「期待していた短さとは違って、明確さに欠ける」という批判はもちろんあろうかと思いますが、よくよく考えてみると、この談話の中で判断したことの重みは極めて重要だと思っています。有識者としても、これを読み解く時間が必要かなという気はします。

山田:評価しない理由を見ると、皆さん「冗漫だ」と言っています。つまり、「おわび」「侵略」を認めてはいるけれど、「しぶしぶ認めている」というニュアンスが、長いがゆえに感じられていると思います。村山談話が一つの理想形というか明確なメッセージであり、文章の完成度が高く、コンパクトであり、訴える力が強い、これに比べるとしぶしぶやっているのではないか、ということが批判の理由になっていますが、よく読んでみると、非常にポジティブなことがいろいろと散りばめられています。村山談話との落差という前提に立たない人は、むしろ、そういういろいろな断片の表現に反応して、ポジティブに見ていらっしゃるのかなという印象を受けます。

工藤:山田さんにはもう一つお聞きします。安倍さんが今回示した歴史観は、懇談会での議論を踏まえたものだと判断されますか。

山田:安倍さんは、5回あった実質討議のうち2回に出席されていますが、実質討議では発言なさっていません。「こうしてほしい」とか「あれを入れてくれ」ということはおっしゃっていません。ですから、懇談会での議論とまったく違うことを安倍さんがおっしゃっているとは思いませんが、前半の、帝国主義から始まる歴史に関する部分をよくくみ取っていただいているという感じはいたします。4つのキーワードについては、安倍さんがいろいろ目配りされた結果、懇談会とはまったく違うわけではありませんが、少し違うニュアンスで言っているのかなと思っています。

工藤:高原さんは、有識者の間で評価が分かれていることをどうご覧になりますか。

高原:「評価する理由」「評価しない理由」ともいろいろ書いてあって、いずれもよく分かる感じがします。もちろん談話も完璧ではないので、評価できない点があるのは当然だと思います。「もっと自分の言葉ではっきりと、相手の国の人たちに向かってメッセージを発してほしかった」というのが、「評価しない」ということの中心的な問題だと思うのですが、別に談話が出てこれで終わりというわけではありませんから、「談話で言いたかったのはこういうことなのだ」と安倍さんが説明すればいいのではないでしょうか。そういうことのために、例えばこれから中国へ行くとか、韓国にも行くとか、そうした機会をとらえて、より詳しく、よりはっきりと自分の考えをお伝えになれば、評価しない理由となっている点については、これからも対応できるのではないかと思います。


胸をなで下ろした中国、関係改善の障害とはならず

工藤:確かに、あの談話がすべてではありません。談話で首相のお考えを示したので、あとは実行だと思います。しかし、高原さんにはもう一つお聞きしなければいけないことがあります。安倍さん自身の発言には、これまで中国・韓国の中ではもっと激しい議論もあったし、この談話に対するプレッシャーもかなりあったと思います。ただ、周辺国の政府からのコメントでは、今回の談話に非常に理解を示しているわけです。私たちは、韓国と中国の有識者へのアンケートも同時に行ったのですが、それを見ていると、有識者レベルの人には、激しい批判ではないにしても「なかなか評価できない」という声も多いです。やはり、政府間で「今回の安倍談話をこれ以上の騒ぎのきっかけにしない」というような合意があったような気もするのですが、そういうことはないのでしょうか。

高原:中国について言えば、「完ぺきではないけれど、決して関係を後退させるものではない」という評価だと思います。そのことは、去年11月、今年4月と2回も首脳会談を続けて行った習近平政権からすれば、胸をなで下ろすというか、前に向かっていくために障害にならなかったという、ある意味でほっとしている面はあると思います。

工藤:逆に、中国や韓国には、「対日関係をこれ以上変なかたちにしないで安定化させたい」という、考え方の転換もあるとは見えないでしょうか。

高原:それは日本側にも中国側にも、おそらくは韓国側にもあるということではないかと思います。


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