中国経済はソフトランディングできるのか

2015年8月27日

2015年8月27日(木)
出演者:
内田和人(三菱東京UFJ銀行執行役員)
早川英男(元日本銀行理事、富士通総研エグゼクティブ・フェロー)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)



AIIBは過剰設備に対する切り札

工藤:中国はどのような経済的な戦略を持っているのでしょうか。つまり、構造改革を迫られ、一方で過去の膨大なつけをなかなか処理できないでいます。加えて、アジアインフラ投資銀行(AIIB)に象徴されるように、大掛かりなインフラ戦略を絡めながら「中国の夢」を推進しているようにも見えます。しかし、これまでのお話を聞いていると、内情はそれどころではないような気もします。これらをどのように整理しながら次のステージに進もうとしているのでしょうか。

早川: AIIBは、中国にとっては一石二鳥、三鳥の政策です。政治的には、言うまでもなく、いわゆる新興国に対する中国の影響力を高めたいという目的があります。一方、経済の面から見ると、一つは、今は減ってきてはいるものの、中国は依然として3兆ドル以上の外貨準備を持っています。これをただアメリカに預けておくだけでいいのか、という問題です。もう一つは、中国は鉄鋼にしてもセメントにしても、莫大な過剰設備を持っています。余っている外貨準備を使って設備を途上国に融資し、インフラ投資をやってもらい、そこで中国の余っている鉄やセメントなどを売り込む、ということをすると、政治的な影響力を増す一方で、中国が無駄にしている外貨準備、そして余っている過剰設備を稼働させることになり、すべてがうまくいくことにつながります。したがって、AIIBは、中国にとって非常に都合のよい政策なので、そこはうまくいっている話だと思います。

 それはそれとして、やはり根本のところで、本当に安定的な中成長、とりわけ個人消費を中心とした経済への移行がどこまで進むかというのは、まだまだ解決のめどがついていない問題だと思います。おそらく、時間をかけて解決していくと思いますが、心配なのは、中国は、かつて国有企業改革などで大胆なメスを入れて改革を進めてきたのが、最近、人民元にしても株価対策にしても、やや表層に走っている感じがすることです。こういうやり方だと、むしろ時間がかかると思います。


やらなければならないソフトランディング、できなければ世界と日本への影響は甚大

工藤:中国が構造改革をしてきちんとソフトランディングすることは皆が期待することでもあるのですが、内田さんは、本当にうまくいくと見ていますか。


内田:「うまくいくか、うまくいかないか」というより、うまくいっていただかないといけません。中国のGDPは今、世界経済の12%を占めていますし、例えば、世界のいわゆる中所得者層の人口のうち、2000年ごろは先進国が7割くらいを占めていましたが、今は中国とインドが10数%で、2030年くらいは中国とインドが3割強になり、先進国は高齢化に伴って30%くらいになるという逆転が起こります。それまでに、中国としてはインフラもしっかり整備しないといけないし、社会保障制度も整えなければいけないし、戸籍制度などのさまざまな社会的な制度を整えなければなりません。

 一方で、多大な人口を抱える国家ですので、野菜や豚肉の消費が世界に占める割合は30%くらいに達しています。そういう観点では、食糧を含めた資源の安定調達を確保しないといけないということで、AIIBもそうですし、一帯一路(二つのシルクロード)についてもきちんと整備して対応していく、というのが基本のストーリーだと思います。

 それに対して、中国自身の経済運営がうまくいくかということですが、中国の経済運営は高度で、かつ、中央政治局常務委員などの限られたリーダーが司るという、民意が主導し、市場経済を中心とした先進国のものとはまったく違う姿です。したがって、ある意味でリーダーシップが取れる一方、構造問題がどうしても噴出してしまうということはあり得ます。ただ、中国がソフトランディング、あるいは消費主導経済や社会保障制度の整備に向けた改革をしないと、世界経済、また安全保障などさまざまな分野に影響が出てきます。世界経済としても、中国のソフトランディングを後押しするような政策や支援を行っていく必要があります。

工藤:世界経済から見ても、確かに中国の動向は非常に重要だと思います。目が離せない状況です。このような世界経済の不安定さを、日本としては今後どのように考えていけばいいのでしょうか。

早川:中国の高成長の時代は、世界全体を見ると、経済の時計の針をずいぶん後ろに戻したような感じがありました。中国が巨大なインフラ投資をやって資源をたくさん使うので、資源価格がどんどん上がって、という時代が一時期ありました。その時代は、徐々に終わりつつあると思います。もし、中国の経済がこれからうまくソフトランディングしていくとすれば、より消費主導、よりサービスのウエイトが高い経済に移っていくので、従来のようにエネルギーをたくさん使うということではなくなっていきます。それはそれでいいことであって、例えば、世界の環境問題が再び悪化してしまったのは中国を中心とする新興国の高成長があったからです。

 ただ、中国がソフトランディングをしていく上ではたくさんの課題があります。習近平政権が発足した一昨年、大きな政策の枠組みを決める三中全会のときには、かなりちゃんとした構造改革のプログラムを書いていました。「成長率は下がってもいい、社会保障の問題と戸籍制度の改革を一体でやっていく、金融の自由化も進めていく」などいろいろなことが書いてあって、今はなかなかその通りになっていないのですが、基本はその路線で改革を進めていけば、中成長への移行は見えてくるはずです。そうなってくれると、世界全体としては、中国が資源を使いすぎて環境を悪化させるという状態よりははるかに良い状態だと思います。

 日本にとっても、日本は資源がないので中国が資源主導型の成長をすると困ってしまうのですが、中国がより消費主導型の経済になれば、貿易にしろ投資にしろ、お互いに依存できる部分は大きいと思います。特に中国は、一方では過剰設備などのすごく大きな問題を抱えていますが、他方で、ネット関係の企業が典型ですがけっこう力をつけてきていて、日本の企業と比べてもイノベーティブなのです。むしろ、ITの世界でイノベーティブな企業が圧倒的に多いのはアメリカの企業と中国の企業です。そのように、中国が従来の投資主導型の重たい経済から、もう少し消費主導の経済に移っていけば、そのときに活躍できるようなシーズはもう育ってきています。それが育っていけば世界全体にも貢献できるし、日本との間でもお互いにうまくやっていける余地は広がってくると思います。

工藤:内田さん、中国が資源を買いあさることで、世界のさまざまな国の経済が底上げされている状況があったと思いますが、そのステージがだんだん変わって、短期的ではありますが、今度は中国のデフレが世界に輸出されるという状況になっています。したがって、今まで「中国などの新興国に牽引されている世界経済」という構図ではなくなってきます。すると、世界経済は今後誰が牽引し、どのような展開になっていくとイメージすればよいのですか。

内田:「新興国神話」と言われていた過剰生産・過剰消費の時代から、調整局面を迎えています。中国自身も高齢化していますし、人口動態をベースにした世界経済の急激な成長シナリオは終わりを迎えています。とはいえ、いわゆるカタストロフィー(突然の破局)、すなわちハードランディングというものに対しては、実際の政策運営、あるいはビジネスの世界から見ても、いろいろな抑制効果が働きます。いま、石油や鉄鉱石、銅などの資源価格を多少調整しようとすれば、逆に供給調整の方が速く進みます。したがって、いわゆる在庫の調整や産業の垂直統合が起きるので、あくまで中国の経済政策の失敗がなければ、通常、世界経済の踊り場局面は9ヵ月~1年くらいですので、それくらいの時間軸を持って見ている程度でよいのではないかと思います。


日本は「アジアの経済圏」実現のストーリーを描くべき

工藤:最後に、日本経済についてお聞きします。日本はアベノミクスで景気が改善している間に成長基盤を建て直そうという状況で、アメリカはそうした局面から先に抜け出して利上げ局面に入ろうしています。その中で、中国という大きな国が、不安定な局面に陥っている。中国のチャレンジには期待しますが、このような局面は、何を今後の日本経済に問い始めているのでしょうか。

早川:日本経済の問題は、かなりはっきりしていると思っています。単に円安にするといったことによって日本経済がうまくいくわけではなく、潜在成長率の低下が致命的だと思います。現に、またしてもマイナス成長になったにもかかわらず、人が余ってきているわけではない。これが実力なのです。低成長であっても労働力が足りないというのは、いかに経済の実力が下がってきているかを示していますので、安倍政権の三本目の矢(成長戦略)を本当にまじめにやらないといけません。単に緩和をして円安にしても輸出はそれほど伸びないので、それだけでは経済は浮揚してきませんし、しかも、三本目の矢がちゃんと成功しないと財政も持ちこたえられません。この間の財政健全化計画でも、実質2%、名目2%成長する前提で何とか、ということでやっているわけで、その前提をきちんと実現することに最もウエイトを置かないとダメだと思います。

内田:日本経済は足元でマイナス成長ですし、おそらく今年度の成長率は予測より下振れるリスクがあると思います。ただ、中国との関係で言うと、我々のビジネスの世界で考えても、3年前、5年前と比べて、中国と日本の経済の関連性は圧倒的に深まっています。かつては大企業だけが中国を中心としたアジアに進出していましたが、今や中堅・中小企業も転出しています。一方で、インバウンドの消費は年々増えてきていて、中国を中心とした日本製品に対する信頼感、あるいは日本ファンといったものが増えてきています。経済のつながりはどんどん強くなっています。

 日本経済として、これから高齢化やさまざまな構造問題に立ち向かっていく中で、どうしてもアジアの経済圏をきちんと整備しておく必要があります。アベノミクスもそうですが、そういう意味で、中国や韓国の重要性が極めて強いです。踏み込んだことを申し上げれば、日中韓のFTAができればTPPよりも大きな経済圏になります。今はまだTPP交渉の段階ですが、中期的には日中韓FTAも想定しながら、日本経済がいかにアジアを中心とした世界経済にビルドインされていって、その中で日本経済や日本製品の競争力を見直し、サービスのファンになってもらう。このようなストーリーを描くことが極めて重要ではないでしょうか。

工藤:今日は、人民元の引き下げを切り口に、中国経済の課題も含めていろいろな議論が行われました。私たちは、アジアがきちんと共存発展できるような仕組みをつくろうと、中国と対話を行っています。アジアは大きな変わり目に来ていて、アジアの発展の仕組みをつくり、それを実行させないといけない段階に来ています。その中で経済の相互発展は非常に重要な問題だと思います。こうした議論は、10月末に北京で行われる「第11回東京-北京フォーラム」でも中国の人たちともしていきたいと思います。今日はどうもありがとうございました。

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