言論スタジオ

日本の防衛白書と中国の国防白書から、両国の相違が浮き彫りに

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出演者:
松田康博(東京大学東洋文化研究所教授)
小原凡司(東京財団研究員・政策プロデューサー)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)



日本の防衛白書と中国の国防白書を読み解く

工藤泰志 工藤:日本政府は7月21日に防衛白書、中国政府は5月26日に国防白書を公表しました。今回の言論スタジオではこの2つの白書を読み解いて、日本と中国の間の安全保障上の課題、そして、私たちが今年の10月末に予定している日本と中国の民間対話「第11回東京―北京フォーラム」の中で、安全保障対話をどのように進めていくべきか、というところまで、議論を進めてみたいと思います。

 今日は中国の安全保障問題に詳しい2人のゲストをお呼びしました。まず東京大学東洋文化研究所教授の松田康博さんです。続いて東京財団研究員・政策プロデューサーで、海上自衛官でもあった小原凡司さんです。

 ということで今日は2つの防衛白書を読み解いていくのですが、まずその前に、この白書とはそもそも何なのでしょうか。先程お2人に見せていただいたのですが、日本の防衛白書は非常に厚いのですね。一方、中国のものは本当にぺらぺらです。そこで、この白書というものの意味をどのように考えたらよいのかというところからお聞きしたいのですが、松田さんどうでしょうか。


透明性が後退し、「白書」というより「軍事戦略」としての性格が色濃くなってきた国防白書

 松田:日本と中国の防衛白書・国防白書の位置づけは全く違いますし、歴史も全く異なります。

 日本の白書は1970年に初めて公表されました。しかしながら、やはり防衛という性質上色々な秘密もあるということで、なかなか2冊目が出なかったのです。6年くらい経ってからようやく2冊目が出て、それ以降は毎年出る形になりました。その頃は日本の防衛費が非常に増えていた頃です。ですので、日本の防衛費がなぜこんなに増えていったのかということを、国内的にも国際的にも示さなければならないということで、冷戦期の1970年代から出ています。

 他方、中国の白書は、1990年代、冷戦が終わってから、「これからそれぞれの国が偶発的な衝突であるとか、軍備拡張競争を起こしてはいけない。お互いに信頼醸成をしていきましょう」という国際的な流れに乗った形で、1994年に白書に近いものが出て、1998年からは正式な白書が出てきた。以降、大体2年ごとに出てきている。そういう意味で、中国の場合には国際的な圧力と言ったらおおげさですけれども、「こういうものを出さなければいけない。透明性を高めなければならない」という声に押されて、ようやく出てきた、というわけです。日本から大体遅れること35年ですね。先程もちょっとお話がありましたように、日本版の白書というのはこんなに分厚いんですが、今回中国から出てきたのはA4で打ち出して6枚くらい。

工藤:これが白書なんですよね。

松田:これが白書で、しかも間違えないようにわざわざ「全文」と書いて「これで全部なんですよ」ということを強調しているくらいです。かつてはもうちょっと厚かったので、そういった意味で透明性を高める、より多くの情報を出していくという観点からいうと中国は少し後退しているところがあります。

工藤:小原さん、白書にはそれぞれ目的があると思うのですが、日本と中国の目的は違うのですか。

 小原:一般的に白書といえば、自らの活動を、国内外に報告をする、明らかにするという性格のものなのですが、その白書の中に何を書かなければならないのか、というと、明確に定められているわけではないのです。ですから、白書をどういう位置づけにするのかという点は各国ごとに違うと思います。中国の白書の場合、サブタイトルが必ずついていまして、今回は「中国の軍事戦略」、2013年に発表されたものは「中国武装力の多様化運用」となっています。ちなみに、2013年のものは「国防白書」とあってその後ろにサブタイトルがついているという形式だったのですが、今回は「国防白書」という言葉自体ついていません。

工藤:軍事戦略ですか。

小原:はい。ですから、どちらかと言えばアメリカの「国家軍事戦略」等に近い形のものにしようと考えているのではないかと思います。中国は1990年代に、外圧に近いものを受け、「これを出さないとまずいのではないか」ということで、「国防白書」を出し始めたわけですが、どういうものを出せばいいのかよくわかっていなかったのだと思います。その頃は、「透明性が低い」と批判してくる国の内容に近いものを出そうとして、分厚くなったのだと思いますが、結局ほとんど内容がないので、出しても出しても「不透明だ」と言われる。ということであれば、今回は「軍事戦略」として、細かい数値などを出さなくて良い性格のものにしてきたのではないかと思います。

工藤:白書の目的に、信頼醸成というか、他国に不透明感を抱かせない、ということもあると思うのですが、いかがでしょうか。

松田:透明性を高めるという議論にも色々ありまして、「あまりやらなくてもいい」と言っている人もいるぐらいなのですね。なぜかというと、「それはアメリカのインテリジェンスをつつけばほとんどわかってしまう。それに、中国の軍事力はどれくらいなのかというのは日本の防衛白書を見ればわかる。だから良いのだ」という、そういう議論も実はあるのです。

 ただやはり、「どのような軍隊をつくるつもりなのか、それはどういう思想に基づいているのか、どこを仮想敵にしているのか、何年後にはどういう軍隊になっているのか、そのために今年はどのような計画を立てているのか、どのような装備を買うつもりなのか」など、日本でいうところの防衛力整備計画のようなものが見えるようになっていた方が、他の国にとってみれば、少なくとも何を考えているかはわかる、という意味での安心感はあります。

 中国の場合、例えば空母を造る計画は全くないと、90年代にははっきり明言していたのです。しかし、それなのに「素晴らしいものができました」ということを突然発表されたわけです。その決定がなされたのは1年くらい前だと言うのですが、1年で空母ができるわけがないのでそんなことは有り得ないですよね。ということは、その間ずっと、対外的には嘘をついていたということになってしまうわけです。こういうことを繰り返すとやはり、他の国の疑念を生んでしまう。

 ですからやはり、きちんと正直に言わせることが大切です。言わせると、後になって「嘘をついていたのですか」ということがわかる場合もあれば、後になって「案外正直に言っていたのですね」というのがわかる場合もあるので、やはり、先程言った「どんな軍隊をつくりたいのか」という計画、予算も含めて、本人、つまり中国に発表させるということが、私は大切だと思っています。


「実戦化」の途上にある中国

工藤:今回のものを読まれたお二方にご感想を伺いたいのですが、小原さんからどうでしょうか。

小原:中国の国防白書ですが、今回は「軍事戦略」という命名をしているということもあり、中国の「ものの考え方」の変化が見て取れると思います。まず、「今の世界は未曽有の大変局に面しているのだ」というところから始まるわけです。これは、「中国が台頭している」ということを、軍事戦略のそもそもの理由にしているわけですから、中国が自らの発展について自信を持ち始めたということがまず見て取れると思います。

 次に、中身を見ていくと、習近平主席が2012年の11月に部隊の講話で言い始めた「戦えるようになれ、勝てるようになれ」という、その言葉が3回も出てくるのですね。その中で訓練の「実戦化」、つまり、実際の戦いができるようにするという意味ですが、そうした訓練をすることの指示が出ている。ここに、中国は台頭しつつあるけれども、まだまだ人民解放軍は実戦ができる状態にはない、という自己評価が示されています。

 他方で、これを機にさらなる近代化に向けた改革を進めようとしています。これは胡錦濤もやろうとしてきたわけですが江沢民の影響で全くできなかったものです。それを踏まえた上で考え方から変えていこうとしています。その中で一番大きなものが、「陸の重視から海へ」というシフトで、明確に述べられています。また、海の方に関しては、これまでもずっと言っていた「『近海防御』と『遠海保護』の結合」という言い方もしていますが、これは更なる経済の海外展開を、海軍は保護していくのだ、ということだと思います。あとは細かいところでは「宇宙の重視」をあげています。

工藤:今までも「軍事闘争の準備をきちんとやらなければいけない」ということはきちんと書いていたのですか。昔は「自分たちが実力をつけてから」と言っていたと思いますが、それから自信をつけて変わってきたということなのでしょうか。

小原:まず軍事闘争をしなければならないというのは、2013年の国防白書の中でも言っていることです。習近平は、国家主席、党総書記と、党の中央軍事委員会主席に就任した直後、2012年の終わり頃から、「人民解放軍は戦えるようにならなければならないのだ」と言っています。ただ、これはすぐに戦争をするという意味ではないです。戦える形にしなければならないということを言っているわけで、その意味においては2013年と2015年の「戦えるようになれ」という方針は変わっていないということは言えます。

工藤:なるほど。松田さんはどうですか。中国の白書を見て、何か「おやっ」と思うことはありますか。

松田:基本的に小原さんと同じ見方です。「戦えなければならない」は白書だけではなく習近平の色んな講話等に出てくる話です。それは裏を返せば、「今の解放軍は戦えない」ということです。かつての軍の2トップが腐敗で捕まるという事態に陥っている中、「今まで解放軍は何をやっていたのだ」「これでは実際に軍事闘争をやる時に使い物にならないではないのか」という状況になっている。そういう意味では、軍の掌握をしていく過程において、「きちんと仕事をしろ」「うつつを抜かしている人間は捕まえるぞ」と檄を飛ばしている、そういう政治的な背景もあるのだろうと思います。


メインターゲットはアメリカ。日本に対しては一応の配慮も

工藤:中国の国防白書を読んでみると、確かに「軍事闘争の準備」、「しっかり仕事をできるような態勢にする」とあります。ただ、その前提となる外部環境の変化についてもかなり触れられている。1つは、日本の安全保障政策の大きな転換が進んでいるのではないか、ということ。もう1つはアメリカのリバランス。そして、それが日本と一緒になった形で動いている、ということですが、これについてはいかがでしょうか。

小原:やはりメインはアメリカなのです。「国家安全形成」というのが、前言に続いて出てくるのですが、ここでは「アジア太平洋地域の戦略的な形勢の変化」、つまり、アメリカのリバランスの話がもうここで出てくるわけです。日本に関しては「積極的に戦後レジームからの脱却を図り、安全保障政策の大幅な転換を図っている」ということは言っていますけれども、その後に出てくるのが、今度は日本と言わずに、「海洋を挟んだ隣国は、中国の領土・主権に対して挑戦的な行動をとっている」とか、「中国の領土を不法に占拠している」といった言い方になるのです。そこでは「日本」という言葉は使っていない。

工藤:そうすると、日本に関してはちょっと神経を使っているというようにも読み取れるのですが、そういうことはないのですか。

松田:「日本」と名指しはしていますが、一応、配慮はしているという状態だろうと思います。

工藤:これに対して、日本の防衛白書には、「中国がかなり高圧ともいえる対応を継続して不測の事態を招きかねない危険な行為をも行っているので、今後の方向性に懸念を抱かせる」と、中国に関する指摘があります。これに関して有識者の方にアンケートを行い、「あなたはどう見ましたか」と聞くと、日本の防衛白書と同じような強い懸念をもっているというのが56.5%と6割近くありました。ただ、「一定の懸念は有しているが、白書の記述は中国の脅威を誇張している」という方も36.5%いました。

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