日本の防衛白書と中国の国防白書から、両国の相違が浮き彫りに アンケート結果

2015年10月20日


出演者:
松田康博(東京大学東洋文化研究所教授)
小原凡司(東京財団研究員・政策プロデューサー)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)



被害者意識的な「自衛」の論理を展開する中国

工藤:先程、小原さんから中国は、軍の近代化や防衛力を向上させるための準備を戦略的に進めていこうとしているのではないか、というお話を伺いました。そうすると、国防白書ではアメリカのリバランスや、日本の安全保障政策の転換に言及していますが、それらの動きに対する軍事戦略ではなくて、自分たちの軍事力の向上という内政的な課題のための戦略に留まっていると受け止めたのですが、そういう理解でよろしいでしょうか。

小原:はい。これは2015年の国防白書の中でも言っているのですけれども、「戦略的な防御は変えない」と。つまり、自らどこかに攻め込んだりすることはないということです。これは多分本音だと思います。「戦術的侵攻」「戦術的には攻撃を仕掛ける」ということも言っているので、一応、「黙って待ってはいない」という姿勢も見せてはいますが、基本的な考え方としては、攻めることはしない。中国は被害妄想的に、「アメリカが中国の発展を阻害するために、軍事力を行使するのではないか」と恐れています。その最たるものはアメリカの直接の武力侵攻になるわけなので、これをとにかく排除しなければいけない、と考えている。しかし、今の人民解放軍ではまだ戦える状態にないという危機感が、「軍事闘争準備」という言葉に表れている。「闘争」という言葉は中国と日本ではニュアンスがやや異なりますので、あまり「闘争」という言葉に引っかかって、中国が好戦的になっているとは思わない方がよいと思います。

工藤:つまり、言葉だけ繋げてみるとアメリカが動いていることに対して軍事闘争をしていく、と読めますが、そうではなくて、まだ今のところは戦えない状況なので、きちんと戦える態勢にしていきたい、ということですね。

 ただ、そうなってくると、今の南沙諸島での埋め立てなどの動きをやめた方が、力をつけることに専念できると思うのですが、現状はむしろ逆に、緊張をつくっていって、アメリカのみならず世界の批判を招くような行動になっていますよね。これはどういうことなのですか。中国の行動には戦略的な整合性があるのでしょうか。

松田:その辺りは、非常に戦略的にやっているという見方と、反応的にやっているという見方と分かれていまして、簡単には判断できない問題です。

 この白書の中でも、「中国の領土を不法に占拠している国がある」と言っているわけです。それに加えて、台湾など中国の領土でありながらまだ統一していないところがあると。そうやって考えてみますと、東シナ海、南シナ海、台湾は、「自分たちのものなのに自分たちのものになっていない」ところであるわけです。それを自分たちのものにするのは当たり前である、そもそも自分たちのものではないかと。それなのに他の国がそれに対して挑戦をしてきていているのだから、それを排除するのは防衛なんだ、自衛なんだ、という論理なんですね。それは、台湾の人にとっても受け容れられないですし、日本でいえば尖閣の話ですから受け容れられないですし、南シナ海でいえば、ほとんどの島はASEAN諸国や台湾が持っているわけで、受け容れられないわけですけれども、中国国内でずっと長年言われてきた論理にしてみれば、「他の国が全て中国に対して挑戦を始めている」、というわけです。 

 そして、中国が「防衛」に出たら、「なんと他の国が全部アメリカを引き込んできて、中国に対して対抗しようとしてきている」「アメリカは中国の発展を妬んで、足を引っ張るために、わざとそういう状況を作り出しているのだ」と見えているわけです。それが、「アメリカの侵略に対して我々は防衛しなければならない」という論理になっている。中国国内の人たちはそれ以外の話を聞いたことがありませんから、「とんでもない。なぜアメリカはこれほどまでに中国に対して敵視するのか」、「なぜ日本はこれほどまでに中国をいじめようとするのか」、「フィリピンまでもが中国をいじめようとする」とそういう論調になっているわけです。

工藤:被害者意識的になっていると。

松田:そうですね。もっとも、これは中国だけではなくて、多くの国は、自分たちの軍事的な発展について「外からの挑戦に対する対応であり、我々はやむを得ずやっているのだ」と言うわけですね。これは日本もそうです。

 ただ、中国の場合は独裁国家で、様々なディスコース(言説)を政府がコントロールしていますので、国民は違った声を聞くことができないわけです。ですから、そういう中で、国内の世論を作り上げてしまっている。そうすると実際に何か中国から見て挑戦的なことがあると、強く出ざるを得ない。そうしないと、「軍隊は一体何をやっているのだ」ということで突き上げをくらうわけです。そういう中国の状況の中では、これは戦略でやっているのか、それとも、メンツを維持するためにそういった論理を作り上げていって、しかも能力がついてきたから、やらざるを得なくなってやっているのか、という二点がないまぜになっている可能性はあります。


戦後70周年の今年、中国が目指すのは国際的なルールづくりを主導できる地位の獲得

工藤:南シナ海の問題に関してはかなり明確な主張がある一方、東シナ海、特に日本にとっての関係に関しては、とりわけ大きな問題にしたいとは思っていないように見えるのですが、ここの辺りはいかがですか。日本との関係改善を意識している、ということなのでしょうか。

小原:戦後70周年の今年は、中国にとっても非常に大切な年なので、日本との問題を先鋭化させたくはないと考えているはずです。というのも、中国がやりたいのは反日ではないからです。反日をやっても中国は何の得にもならないし、どちらかというと国内が不安定化するなど、政権にとってもマイナスなことばかりです。では今年、中国がやりたいことが何かというと、国際社会におけるポジションの調整です。中国はこれまで国際規範の成立になんら影響を及ぼすことができなかった。これは能力がなかったからですけれども、本来中国は第二次世界大戦の戦勝国なのである、正統な連合国の一員なのである、ということを今年は明確にもっと出したい。そのことによって中国は国際規範にもっと影響を与える正当な権利を有しているということをアピールしたい、と考えているわけです。南シナ海や、他には経済的なルールにおいてもそうですが、中国はもっと自らそのルールを作っていく、今あるものを変えていくという権利がある、だからやるのだと、いうことを明確に出している。9月3日の軍事パレードも、「中国はその能力を今や持っているのだ」ということを誇示する舞台であるわけです。ですから、いわゆる「新型大国関係」というのは、「アメリカと中国の二大国で今後の国際安全保障環境や他のルールについて話し合っていく」ということです。そして今年はそれを示したいと考えているのです。ですから、反日があまりクローズアップされてしまうと、却って本来の目的が霞んでしまう。それは中国としては、今年は避けたい。もっとも一方で、東シナ海においても何もしていないわけではなくて着々と準備をしているということだと思います。

工藤:しかし、実際にやっていることは、むしろ米中の対立を強めているように見えるのですが、そうでもないのですか。

松田:アメリカも中国もお互いに様々な対立要因というものはあるわけですが、そのうちの単一の要因で関係全体を壊してしまう、ということはできないくらいの重要な関係になっている。ですから、喧嘩するときは喧嘩するのですが、「それはそれ、これはこれ」で、割り切ってやっている。明確な約束をしているわけではないのですけれども、自然にそうなっている、という状態です。


国際社会が「力による現状変更」を許すような形に変容してきていることこそが問題

工藤:ここでアンケート結果をご紹介します。中国の国防白書の中で、日本に対しては「積極的に戦後体制からの脱却を追求して、安全保障政策を大幅に調整している」と懸念を示しているわけですが、これについてどう思うか聞いてみたところ、「中国の国防白書の懸念は、全くその通りだと思う」との回答が16.9%、「懸念には一定の理解はできるが、誇張しすぎている」が23.4%で、日本の有識者の約4割が日本の安全保障政策に関する動きが中国を刺激しているのではないか、と言っています。一方、「日本の安全保障政策の転換の原因が、中国側にあることを理解できていない」との回答は33.9%、「中国側の懸念は的外れで、日本側の安全保障政策の転換を正しく理解できていない」が14.5%という結果でした。日本の有識者の中でも、日本の安全保障政策に対して意見が分かれているように見えるのですが、この結果についていかがでしょうか。

小原:この設問の選択肢は、非常に難しいものだと思います。日本は中国だけを敵視して、安全保障政策を変えてきているわけではありませんし、昔からずっと考えてきたことを、形にしようとしているわけですから、仮に安倍首相ではなく、他の首相であったとしても今のこの時期にこの議論をされたと思います。そういう意味で言えば、中国側の懸念は的外れだということではあるわけです。

 ただ、「中国が原因」だということはその通りなのですが、中国自身が脅威になっているというよりも、中国の台頭を始め、国際社会が力による現状変更を許すような形に変容してきていることが問題だと思います。例えば、南シナ海においても、中国は米中による新型大国関係でやっていく、ということを主張していますから、これは明らかに国際規範への挑戦です。もちろん、中国はまだ軍事力を使っているわけではありませんから、ロシアによるクリミア半島の併合とは意味が違うと思います。ただ、そういったことが起こり始めている。さらには、国際社会の外から、ISISという組織が国際社会に対して挑戦をしている。こうした変容こそが問題なのであって、それをどう止めていくのか、ということを考えなければいけない。そうした中で、中国の台頭が変容を起こしている1つの原因だ、と考えるべきだと思います。

松田:日本国内の議論は、非常に情緒的なところがあります。例えば、日本の周辺国の中国や北朝鮮は、非常に軍事力を増強し、なおかつその使い方に対して不確実性がある。時にはこちらに向いてくるかもしれないし、そのまま向いてこないにしても、国際秩序を破壊するような行為をやっている。そういう状況になってくると、当然のことながら、日本としては、まず日本の防衛力をしっかりと高める。そして、他の国との協力も高めてバランスをとっていくのはとることは、きわめて教科書的で、当たり前のことです。ただ、これだけをやってしまうと、相手も同じように反応します。要するに、日本が安全保障を強化すると、中国がそれを脅威に思い軍事力を強め、中国が強めると日本が更に強めていく、ということになる。アンケートの回答が分かれているように見えますが、お互いが相互不信の中で、お互いに対する安全保障の努力を強めている状況が存在しているということを、この結果は表しているのだと思います。これはいわゆる「安全保障のジレンマ」という状態になりますが、自らが安全であろうと努力をすればするほど、相手もビルドアップしますので、結局、お互いに安全ではなくなってしまう。これを解消するために、まさに信頼醸成が必要になります。もっと話し合いをして、お互いの意図を明確にして、相手に対して軍事的な意図はないのだ、ということをお互いに確認し合っていく。そして、実際の船や飛行機の動きの面でもお互いにお互いの行動を縛っていって、偶発的な衝突が起きないようにしていく、という努力を行っていくことが必要だと思います。

 ところが、まず、自分たちが努力をして、安全保障上の政策を変えなければいけない。それに対して、日本国内では先の大戦の経験があるので、極めて情緒的な反応が出てくる。その結果、戦争に行くのは嫌だ、という議論だけが出てきて、本来すべき議論になかなか入っていけない状況があります。

工藤:中国はかつて、バンドン会議の平和十原則などで、相手国の現状を尊重する、と言っていました。しかし現状は、まさに大国が秩序を変更していっている。そのことに対して中国はどういうスタンスをとろうとしているのでしょうか。自分たちの主張が正しければ、今の秩序を変えてもいいと考えているのでしょうか。それとも、依然として内政不干渉や相互尊重の原則を遵守しようと考えているのでしょうか。

松田:中国の領土・主権に関する問題は、1949年時点で23ありました。その中で、少数民族地域に関わる陸上の国境については、交渉し、妥協して、中国も譲って解決しています。一方で、台湾、香港、マカオ、南シナ海、東シナ海といった海上の問題については、ほぼ全く非妥協的で、全く違う対応をとっています。特に台湾に関しては、将来的には統一するという、誰も手の触れられない国是があります。ですから、現状を変更するのは当たり前のことなのです。ただ、手段が違う。どれくらいのスパンをもっているのかが違う、ということです。

 南シナ海に関しては、相手国がたくさんいて、しかもそれぞれの背後にアメリカがいる。したがって、「時間をかけて」などと悠長なことはいっていられない。自分が何かしなければ、フィリピンやベトナムがどんどん埋め立て等を行って、現状を変えていく。「こちらがやらなければならない」という切迫性がある。

 東シナ海、つまり尖閣に関しては、日本は現状変更をあまりしませんからしばらく大人しくする。仮に日本が現状変更をすると中国は非常に強く出てきて、「衝突も辞さない」というような行動をとることはあり得ます。

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