北東アジアの平和をどのようにつくり上げていくのか

2015年10月19日

2015年10月19日(月)
出演者:
宮本雄二(宮本アジア研究所代表、駐中国大使)
小野田治(元航空自衛隊教育集団司令官、元空将)
神保謙(慶應義塾大学総合政策学部准教授)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)



工藤:第1セッションで2つの方向性が見えてきました。1つは認識ギャップという問題で、それぞれの安全保障政策の変更や進展についてしっかり説明し合う、きちんと議論をすることが重要だということです。もう1つは、尖閣諸島だけでなく南沙諸島も含めて、平和的な環境をどのように作ればよいのか、何が課題なのかをきちんと議論していくことです。まず、お互いに説明しあうということについてですが、日本としては、日本だけが説明するのではなく、中国にも何かを話してもらう必要があると思いますが、この辺りをどう考えればよいか、神保さんからお話しいただきます。


安全保障の安定性を図るため、日中両国が更に透明性を高めていくことが必要

神保:安全保障の安定性を図るためには、お互いを知ることは非常に大切です。そして知るためには、自ら透明性を高める努力が大変大事です。日本は多くの情報を公開し、政策上の目的を明らかにし、法的な基盤を明示することをもって、我々が危機にどのように対応するのか、平和をどのように維持していくのかという姿勢を示すわけです。

 我々は安保法制を作りましたが、どのような形でグレーゾーンに対応し、どのように同盟を強化していくか、ということを明示しているわけですから、中国にも同様に、海洋安全保障をどのようにマネージしていくのか、米国との関係をどう規定しようとしているのかについて、明らかにしてもらうことを求めていくべきです。そして同様の透明性を持つ、すなわち軍事的な意図、ドクトリン、これからの装備の調達計画等も含め、明確な形で議論できる環境を整えることが大切だと思います。

工藤:お話を聞くと、かなりハードルが高いように思いましたが、そういうことは必要だと思いました。小野田さんはどうですか。

小野田:私もまったく同感です。対話をして「この点はどう考えているのかわからない」ということを相互に議論していくことは重要です。

 笑い話になりますが、日本は防衛白書というものをずっと作っていて、年々厚くなっています。もう5年もすれば持てなくなるのではないでしょうか。しかし、中国が毎年出している白書はせいぜい数十ページのものです。そういう中でお互いに十分な説明ができるのかというと、それは難しいと思います。おそらく日本の防衛白書は、世界でも五指に入るほど透明性が高いです。正直に申し上げて、現役自衛官も防衛白書を教科書の一つにしています。防衛白書に書かれているようなことについて、お互いにさらに透明性を高めていくことが、ベーシックな課題としてあると思いますし、我々は彼らに対して求めていくべきだと思います。

工藤:私も日本の防衛白書と中国の国防白書を読みましたが、日本の防衛白書を読むことで中国が判るということがあるぐらい、非常に詳しく書かれていました。

 宮本さんにお聞きしたいのですが、中国は日本の安保法制の何を知りたいのでしょうか。今回の世論調査結果を見ても、日本は「軍国主義」だという声が強いのですが、何を説明するべきなのでしょうか。


中国の安保法制の理解の背景には、日本国内の理解不足も影響している

宮本:彼ら(中国人)はよく「国情の違い」といいます。「外国の皆さんは中国の国情を理解してください」と言うわけですが、日本の国情はまさに民主主義で、民主主義のプロセスにおいて政府は国民にきちんと説明する義務があり、国会でも議論する。そのおかげで透明性は非常に高いわけです。

 中国の人によく考えてもらいたいのは、中国もそういうことをやらないと、外国の人に中国の意図は正確に理解してもらえないということです。中国に対して否定的な見方がされている、と中国の人は言いますが、そういうところに最も大きな問題があるように思います。日本に関する問題の一つは日本のマスコミの受け入れ難です。新華社が「参考消息」というものを毎日作っているようですが、そこでは独自の記事でなく外国の記事を紹介しています。日本の安保法制に関する報道は、日本の新聞報道が伝わっていったということで、論調がどうなるかはご理解いただけるかと思います。それで、「日本はさらに海外で軍事力を使う方向へ、着実に一歩を踏み出した」ということになるのです。

工藤:世論調査では中国の人が日本に軍事的脅威を感じる理由として最も大きいものは、「日本は米国と連携して軍事的に中国を包囲しようとしている」となっています。確かに中国の中でそのように安保法制をベースとしてそのように見えているのかもしれませんが、神保さんはこの結果についてどう分析されますか。

神保:中国はより遠方に自らの戦力を投射できるようになってきましたが、その入口にある台湾や日本は、中国にとって最初にぶつかる相手になると思います。その日本が新しい日米防衛協力のガイドライン、そして今回の安保法制で、アメリカとより高いレベルの防衛協力をしていく。しかもそれは平時から有事に至るまでシームレスな形で共同対応する領域を増やすわけですが、そういうことになると、中国は自ら主張する様々な問題解決の仕方と異なる形で、目の前の日米同盟に対峙しなければならない。こういう問題認識で、こういうアンケートの結果が出ている気がしますね。

工藤:小野田さんはどうですか。日本としては昔からの安全保障政策の流れに沿った展開だと考える一方、中国としては日本が各国へ軍事展開しているように見えている可能性はありますし、宮本さんのお話のようにメディアにそういう論調があるのでなんとなくそう思っているのかもしれません。

小野田:今回の安保法制において最も中国が日本に対して懸念しているのは、集団的自衛権の一部行使容認、つまり日米が共同で戦争をする体制を築いているのではないかということです。その点は大きな誤解であるということを、我々は今後中国との対話の中で説明していく必要があるかと思います。

 ただ、集団的自衛権の問題は、日本国内でも正しく理解されていない部分もありますので、それもネックになっているように感じています。

工藤:宮本さんはどうですか。こういうことが本番の対話では大きな焦点になるように思いますが。


日本だけでなく、東南アジア、米国も感じ始めた中国脅威について、

 今回の対話で中国側は説明していく必要がある

宮本:焦点になるとは思います。ただ日本側だけでなく、中国側も説明する必要があります。中国を脅威と感じているのは日本国民だけでなく、東南アジアもそうですし、米国のセンシティブな人たちも同じように感じ始めています。

 中国側はその原因について、「日本が曲解している、意図的にそう理解しようとしているからだ」と解釈するのではなく、中国側の行為がどう見られているのかを客観的に眺め、その上でそれが違うというのであれば、日本が理解できる言葉と論理で説明してもらう必要があります。日本側が間違っているというのであれば、なぜ間違っているのかを説明しなければ、日本としては判断のしようがありません。中国側の建設的な説明や対応を引き出したいですね。

工藤:神保さん、東シナ海だけでなく南沙諸島のおける中国の行動についても質問する必要があると思いますが、いかがでしょうか。

神保:宮本さんのお話に敷衍すると、2000年代の初め、特に中国がASEANとFTAを結び、南シナ海に関する行動宣言を結んだ時代は、比較的、外交が力より先行していた時代であったと思います。ASEANも中国側に対する親近感を深め、多くの貿易投資の関係が伸びていった時代です。しかし、2007、8年くらいから風向きが変わり、2010年代になると力による支配に舵を切った形で、南沙諸島の埋め立てやスカボロー礁をめぐる対立、パラセールのオイルリグの問題などが目立ってきています。

 なぜこうなってきているか、中国側から客観的な説明がほしいところですし、どういう秩序を望んでいるかという将来的な着地点もしっかり説明してほしいと思います。数年前に中国は、ASEANとのCode Of Conduct、すなわち南シナ海における行動規範について公式の協議入りをしたのですが、これが遅々として進んでいません。この行動規範事態は、一般的な開発や埋め立てを自制するという枠組みにならざるを得ないわけで、これを先送りにし、ある程度既成事実を作るまで外交を考えないというのであれば、厳しく批判していくことが極めて重要な選択となるのではないでしょうか。

工藤:日本も説明はしますが、中国もいろいろ説明しなければならないわけですか。

小野田:私も神保さんと同意見で、中国の皆さんが考えている国際法やそのルールの理解に関して、日本や米国を含む周辺諸国と大きな認識ギャップがあることが最大の懸念です。おそらくその部分が、中国の強圧的な行動と結びついています。国際法に対する理解について、どこが我々と違うのか、中国の方々と対話をしてみたいと思っています。


中国は、力だけでは制御できない国際環境を、

 どのように共存共栄でやっていくのか、という発想の切り替えを

宮本:中国は全ての面において生成過程にあるのだと考える必要があります。こう言うと中国の人は怒り出すと思いますが、中国はまだ子供で、大人になっていないのです。図体は大人の何倍も大きくなっても、社会全体としての成熟度が足りないのです。いろいろな問題について学習中ですが、身についていません。国際法やルールとはどういうもので、どのように対応しなければならないのか、ということの理解が定着していません。かといってまったく別のものに挑戦しようとしているのかというと、そういう段階でもない。そもそもどういうルールが必要なのかということに考えが及んでいない、というのが私の印象です。国際社会が中国と付き合っていく際の最大の問題がそこにあるわけですから、早くこの「子供」の段階を脱却して我々と同じレベルで議論できるようになって、そこで初めて安定的なルールが築けます。

 もちろん、ルールも、これまでのルールがすべて正しいわけではありません。国際法は生成していくものですから、皆で相談して作ってもいいわけです。ただ、それをスタートできるところまで中国が到達できるか、ということが私の疑問です。

工藤:中国は、国際社会のルールについて、これは既存の大国が作っているものとして、それに対して挑戦していこうとしているのでしょうか。それとも、よく理解できない中で、自分流に解釈しているという状況なのでしょうか。

神保:ルールというのは現状肯定化という意味を持ちます。体が大きくなる時に小さい服を着せられようとしている、自分はもっと大きくなるのに今小さい服を着せようとするのは、先進国が中国のパワーを削いで自ら有利な国際環境に当てはめようとしているからだ、という発想を中国は強く持っているように思います。

 ただ、もしも中国経済がこれからソフトランディングに入っていくとなると、今までに得たアセット、つまり経済規模や財を制度に落とし込むことが非常に大事だと思います。そうなると、当然ながらパワーだけでは制御できない国際環境を、どのように共存共栄でやっていくのか、という発想に早めに切り替えていくことが必要です。経済が落ちた混乱期に制度を作ろうとしてもうまくいきませんから、そういう形に導けるかが非常に重要なポイントです。

宮本:彼らは強い国なら何でもできるという19世紀的な発想を捨てられていない可能性があります。第2次大戦後の世界のルールというのは、大多数の国が支持しない限りルールは作れない、という大きな原則があり、米国でさえ一国でルールを作れません。中国には早くそれに気づいてほしいですね。

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