今、中国経済に何が起こっているのか

2015年10月20日

2015年9月24日(木)
出演者:
河合正弘(東京大学公共政策大学院特任教授、アジア開発銀行研究所所長)
田中修(日中産学官交流機構特別研究員)
三浦有史(日本総合研究所主任研究員)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)


2020年「小康社会」は実現のためには、構造改革が不可欠。しかし、現状の改革は腰が据わっていない

工藤:中国は2020年に向けて、経済改革を成功させ、「小康社会」を実現するために、2つの大きな目標を達成しようとしています。そして、その2016年から2020年が、最後の5年に入るわけですが、その5か年計画が、まさに10月の党中央委員会で決まる、という非常に重要な局面に来ています。

 その中で、世界は今、2つの視点で中国を見ていると思います。まず一つは、今回、株式市場や為替市場において、中国が色々な形で支えようと手を打ってきましたが、その手法がマーケット的ではなく、管理型だったわけですが、その手法が今後もうまくいくのだろうか、と。このあたりをどう考えればいいのでしょうか。

河合:株が暴落したときの対応策や、人民元の基準値を唐突な形で切り下げたことなど、なぜ、そういう対応をとったのか、ということがはっきりわかりません。どの政府でも、経済的・金融的なショックが起きたときに、状況をどう判断しているか、どのような経済政策をとって対応すべきかについて、市場とコミュニケートしつつ、明らかにしていく必要があります。中国も、市場経済に移行しつつあるわけですから、やはり市場ベースでの経済政策のやり方、政策対応の仕方、そしてコミュニケーションの取り方といったものを、重視すべきです。世界第2位の経済大国として、自分たちの政策や対応が、世界を驚かせてしまう、ということを避けることが必要です。このことを、今回、中国当局もかなり分かったのではないかと思うのです。

 例えば、金融政策では、一体どのように金融政策が決まっているのかがよく分からない。中央銀行である人民銀行は独立性を持っていないわけですが、一体どういう判断基準で、金融政策が決まるのか。特に、株がバブル的に上昇している最中に、金融緩和を続けることは、本来はおかしい政策だと思うのですね。株の急上昇を避けるような他の手立てを講じたようでもありません。

 人民元の基準値引き下げの問題も、中国当局は、基準値を市場レートに合わせていく、というやり方を取りたかった、と言っています。しかし、そうであれば、もっと早い時点、つまり、去年の11月くらいから、基準値と市場レートの間には差が出ていたので、たとえば今年の前半から、ゆっくりと、周りを驚かせないような形で、市場レートに合わせていく、というような対応もできたのではないか、と思います。

工藤:あれは、国際通貨基金(IMF)の案に沿ってやっただけだ、という議論もありますよね。しかしそうだとしても、やはりきちんとマーケットに即してやるべきだ、ということですか。

河合:もちろん、そうですね。IMFの特別引き出し権(SDR)に人民元を入れるには、為替レートの決定をできるだけ市場に任せることが必要ですが、株式市場が混乱しているときに唐突なかたちでレートを管理すべきではないでしょう。政策意図をきちんとマーケットに説明していくことが重要です。

工藤:もう一つは、2020年の改革目標というものが本当に達成できるのだろうか、ということですが、これはいかがですか。

田中:先程申し上げたように、前期比で見た場合、一番(成長率が)悪かったのは3月であって、そこからは若干持ち直している。ただ、その持ち直し方が極めて弱い。おそらく7~9月期もその状況は変わらないと思います。それは、色々なプロジェクトの新規着工が遅れていて、7月、8月になってから、立ち上がったものが多く、その経済効果が10月以降にまでずれ込んでしまうからです。ですから、7~9月期も強くないということは、それは仕方ない。

 その中で中国は、今の身の丈に合った経済成長のために調整をしている。ただ、そこで一番大きな問題なのは、それに耐えきれずに、再び大きな景気対策をしてしまうことです。実際、そういう圧力はある。ですが、それをやってしまうと、2008年の4兆元対策の焼き直しになり、構造問題がより深刻化してしまう。そうなれば、2020年目標の達成も難しくなる。ですから、ここであまり慌てて大規模な景気対策、大規模金融緩和などを打ち出さない方が、中期的には中国経済のためになります。

三浦:基本的に同意見です。私は、中国経済を見る際に、いくつか視点を持つように心がけていますが、構造改革の中では、先程から話が出ている国有企業改革に注目しています。これがどれくらい進んでいるのか、というと、単純な指標で見ることはできませんので、なかなか難しいところはありますが、私が調べた限りでは、どうも腰が据わっていない、という印象があります。国有企業改革における課題では、例えば、「これだけは国有でずっとやっていきます。民間は手を出してはいけません」という、いわゆるネガティブリストを出すことが2013 年 11 月の三中全会の時から言われているのですが、これが一向に出てこない。なぜ出てこないのか、というと、「これは国有企業がやる、これは民間企業がやる」と決めるということは、どうしても「線引き」をしなければならなくなるわけです。国有企業ばかりでやっていると効率が悪くなってしょうがないから、どんどん民間に入ってもらって、効率を上げていきましょう、という「混合所有制」の考え方自体は妥当ですが、その最初のステップである線引きがまだできていない。それができない一方で、Public Private Partnership(PPP)という名の下に、地下鉄など色々なところで民間企業に参加してください、という話が一方的に盛り上がっている。これは、そこまで踏み込めない政府のリーダーシップの弱さ、あるいは、習体制全体の問題なのかもしれません。

工藤:インフラですね。

三浦:そうですね。要は、地方にはお金がないものですから、そういうところに民間が積極的に入ってきてほしい、ということなのでしょうが、それはどうも手順が違うのではないか、という気がします。そういう意味で、国有企業改革というのは、まだ腰が据わっていなくて、先行きがどうなるのか、と不安視せざるを得ない状況にあります。

工藤:国有企業を40社程度に集約して、巨大な国有企業を作り世界で戦えるようにする、という報道がありましたが、これとは関係があるのですか。

三浦:それも改革の一環ですが、国有企業改革とは別の流れにあるものです。「一帯一路」という流れもあり、中央政府管轄の国有企業が113社あるのですが、これをどんどん合併させて、将来的には40社にする。そうすると、競争力も高まって、アジアインフラ投資銀行(AIIB)で融資をするインフラプロジェクトにおける受注でも、非常に有利なポジションに行ける、というわけです。先程から出ている過剰生産能力の問題も、ここでプロジェクトを取れれば、ある程度解消できる、ということを政府高官は言ってはばからないわけです。ですから、これも構造改革の原点を見失っている印象を受けます。改革にどのくらい本腰を入れて取り組むのか、ということを私はかなり疑問視しています。

工藤:ご指摘のように過剰設備の問題がある。そして、先程少しお話がありましたが、地方政府では、債務をただ借り換えしてローリングしていくだけになっているという問題がある。これらの問題はいずれ調整していかなければならないと思うのですが、これまでのお話を伺っても非常に大きな課題があるわけですよね。これは本当にうまくいくのでしょうか。

田中:先程も申し上げたように、地方政府の債務の問題は、当面借換えをすることによって、問題を先送りしたわけですね。ですから、数年後にはまた同じ問題が起こるし、新たな債務も出てくるわけです。これを解決するためには、抜本的に中央財政と地方財政の財源配分を見直すことが必要です。例えば、地方税を充実させるとか、日本でいうところの地方交付税を強化するとか、かなり大きな見直しをしないと抜本的な解決にはならないわけです。これは2020年までの改革案にも入っています。これをやらないと解決しない。

 過剰設備の問題は、これは国有企業改革とセットになっているものです。つまり、大規模なリストラや再編を伴うわけです。これをどうやるのか。その時に、今まではある程度設備廃棄でやってきたわけですが、いずれは人員整理に踏み切らなければならない。つまり、雇用に手を付けることになるわけですが、李克強首相は「雇用は守る」と言ってきたわけです。成長が落ちても雇用さえ守れればいいのだ、ということだったわけですが、そこが守れなくなると、また面倒なことになる。ですから、「雇用状態を悪化させずに、国有企業を再編していく」という難しい問題に直面しているわけです。

工藤:そうした色々な構造改革の中で、成長率はどういうような意味合いがあるのでしょうか。例えば、今回「7%目標を達成できない」と言われ、世界が中国の景気の問題に注目していますよね。構造改革を進めていくために、成長率はかなり重要なのでしょうか。

河合:やはり、ある程度の成長率がないと、例えば、今、雇用の問題についてのお話がありましたが、雇用を維持していくことができないわけです。国有企業改革も進みにくい。これから各種の「過剰」なものを処理していかなければならないわけですが、成長率がどんどん下がっていく中では非常にやりづらいわけです。

 国有企業の再編については、これによって、過剰設備の削減があまりにも速いスピードで進んでしまうと、今度はそれが経済活動に跳ね返って、成長減速がより速いスピードで起きてしまう。ですから、7%に固執するかどうかは別として、当面は少なくとも6%台以上の成長を保ちながら、何とか過剰投資・設備・債務の問題を解決していく、同時にそのためにも国有企業改革を進めていくということが、適切なやり方なのではないかと思います。

工藤:構造改革をやりながら、ある程度の成長を保っていく、ということですね。習近平さんや、李克強さんの演説を聞くと、「ある程度大変だけれど、大きく壊れるような感じではない。対応のための余力はあるし、修復の目が見えてきた」とおっしゃっていましたが、そういう感じはしますか。

三浦:「まだら模様だ」というのが正直なところです。都市の新規雇用は、この状況の中でも、すでに政府の年間目標の7割に達しているわけです。そういう意味で、雇用はそんなに悪くなっていない。

 一方で、先程来、ご指摘がある通り、地方の債務問題については、先送りしたりしてまだ着地点が見えない。成長率もどんどん下がり、投資効率、資本効率も良くならない、という悪い材料もある。

 私は、改革の成否は、どのくらい中身の伴うことをできるか、にかかってくると思います。先程申し上げた、国有企業改革もそうですし、個人消費に関わる分野でいえば社会保障ですね。農村から出てきた人々が都市の社会保障にどれくらい組み込めるか。所得格差問題でも同様です。そういうところで、抜本策として、きちんと手を入れて解決していく、ということが、中国経済安定のための王道であると思います。株価対策とか国有企業の大規模合併というのは、場当たり的で、アドホックな政策にすぎないと思います。

工藤:2020年までの計画の中で、今の格差については目標設定されているのですか。

田中:所得分配制度改革があります。これは既得権益との戦いになるので、かなり強力な政治的リーダーシップが必要になると思います。

工藤:すべての政策には、手順というか優先順位があるわけですよね。今、中国が一番力を入れているのは何ですか。

田中:国有企業改革が進まないのは既得権益層の抵抗があるからですので、今はそこを叩いています。電力派とか石油派など、国有企業にぶら下がった政治勢力ができ上がっていますので、そういうものを徹底的に叩いて、改革に反対できないようにしている。そこが、第一段階です。

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