言論スタジオ

全人代で示された経済構造の改革は成功するのか

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2016年3月10日(木)
出演者:
河合正弘(東京大学公共政策大学院特任教授、前アジア開発銀行研究所所長)
佐久間浩司(国際通貨研究所経済調査部兼開発経済調査部長)
田中修(日中産学官交流機構特別研究員)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)



第二話:全人代で示された中国政府の本気度

工藤泰志 工藤:現在行われている全人代には、中国共産党が提出した 2020 年までに「小康社会(ゆとりのある社会)」を全面的に達成するという目標における最後の5カ年(2016年~2020年)計画である、第13次5カ年計画が出されました。この計画を見ていると、サプライサイドの構造調整という問題にかなり強い決意で臨んでいくことが読み取れますし、同時に、経済成長に関しても3年間で、年平均6.5%以上を維持することが書かれています。

 昔、日本も、構造調整を行った時期もありました。その時期と比べて判断すると、経済成長も達成しながら、構造調整も行うというのは、かなり困難なチャレンジが始まっているとも感じます。皆さんは、今回、中国が示した改革をどのように評価されていますか。

痛みのある構造調整と安定的な成長の確保というメッセージが示された

 河合:サプライサイドの改革、特に過剰な生産能力や不動産在庫の解消、不採算の国有企業を整理・淘汰していくには当然コストがかかります。例えば、中国政府は鉄鋼・石炭に従事する人たちだけでも180万人の人が職を失うだろうと言っています。それ以外の分野も含めると、数百万人単位の失業者が生まれますが、今回の改革によって生まれるであろう失業者に対処するために失業手当や転職支援などに財政を出動させること、それに加えて、企業や個人に対する減税、あるいは投資効率の高い公共事業、特に高速鉄道や高速道路等のインフラに時間をかけて投資をしていくことも示されており、何とか経済を支えていこうとしています。

 しかし、かつての4兆元の景気刺激策のように大々的にやるのではなく、2016年の財政赤字の対GDP比3%内でやっていこうとしています。昨年は2.4%だったので、大型の景気刺激策とは言えず、市場の中では失望しているとの見方もあります。ただ、財政出動をやりすぎると、「ゾンビ企業」などを延命させるのではないかという市場の疑惑や疑念も生んでしまいます。そこで、バランスを取りながら痛みのある構造調整を行うと同時に、安定的な成長を確保していこう、というのが今回の全人代で出されたメッセージだと思います。

 田中:日本も1970年代の前半に高度成長が終わりましたが、その後、70年代から80年代に、日本は厳しい構造調整を行いました。特に鉄鋼や造船などを中心に行ったために、これらの業種は構造不況業種と呼ばれ、かなり大きなリストラを実行しました。こうした構造調整は、高度成長から中成長に移る時に必ず通るべき道なわけです。そうした状況に今、中国は差し掛かってきた。ただ、構造調整にいきなり入らずに、4兆元の景気刺激を行った結果、「ゾンビ企業」に代表されるように、削減しなければならないところを逆に増やしてしまい、その分の構造調整が余計大変になってしまった。そういう意味では、日本に比べても、非常に厳しい面があると思います。

工藤:財政出動に関しては、河合さんの指摘にもありましたが、財政赤字の対GDP比3%までは引き上げるという形でした。かつてのような大幅な増加は行わない、という理解でいいですか。

田中:中国は、基本的な財政の健全性はEUを参考にしています。EUは財政赤字とGDPの比率を3%以内、債務残高は60%以内にしています。中国はEUのメンバーではないですが、EUに入れる程度の財政の健全性を目標にしていますから、それに合わせたということだと思います。

工藤:一方で、不動産の完成在庫を解消するということも示されています。それがどれくらいのロスや影響を伴うものなのか、全体像というか規模感が見えない状況ですが、実態はどうなのでしょうか。

不動産の在庫解消に伴って生じる年金制度改革には手つかず

田中:不動産も、市場全体で見ると、いわゆる一級都市とか二級都市といった、北京・上海・広州・深圳、それから地方の中心都市の不動産市場は段々戻ってきていて、価格も上がってきています。今問題なのは、テレビに出てくる、ゴーストタウンのような地方の三級都市、四級都市といった所が、かなり在庫を抱えています。そこをどう解消していくかという点が課題です。これについては、都市化の推進、つまり、中国の都市部では約一億人の出稼ぎ農民を都市戸籍に転換するのですが、彼らはまだろくな家に住んでいません。そうした人たちの住宅に充てていく形で在庫圧力を解消しようとしているわけです。

 日本の場合、地方から東京に働きに来た人たちのために、ニュータウンや団地を建てるなど、公共的な住宅を低家賃で提供しました。しかし、中国はそうしたものを作っていなかったので、出稼ぎ農民の人たちの住宅環境は非常に劣悪です。そこで、住宅の在庫を利用して、住宅環境を整えようということですから、現実性があると評価できると思います。

 ただし、問題も出てきています。中国は都市と農村で年金システムが全く違います。そうした中で、人が流動しているわけですから、年金の接続問題が出てきます。特に農村の住民が都市戸籍に転換すると、今度は年金システムも変わってしまうので、都市と農村の年金制度をつなげるようなシステムをつくる必要がでてきます。最終的には全国統一の基礎年金を作らないと、各省バラバラでやっていたら無理なわけです。そのためには、大きな改革が必要になりますが、一方で、中国でも高齢化が進んでおり、年金基金の積立がまだまだ不足しているので、必要なお金が増える可能性が出てきます。

政府活動報告からは、供給側の改革に加えて、需要側の対策も読み取れる

 佐久間:李克強総理の政府活動報告を読みましたが、これだけのたくさん問題を漏らさず、的確につかんで、具体的な数値目標を立てた報告書を出したな、というのが第一印象です。少なくとも中央のレベルでは、おおむね正しく問題を認識し、それぞれの問題への対処法を打ち出していると思います。

 その中でも注目しているのは、供給サイドの国有企業改革です。どこまで本当に実行するのかという点については、これから注視していかなければいけませんが、仮に本気で実行した場合、先程、河合さんからも指摘があった通り、大量の雇用問題が生じます。他国の構造改革を見ていると、需要サイドの手当なしに供給サイドだけ改革して終わり、という話にはならず、社会的にもそれは持ちません。特に中国の場合、需要サイドの手当とういうのは、社会の安定という意味でも重要だと思います。

 そうした視点で、もう一度全人代の報告を読むと、内需に関しては都市圏の拡大、あるいは戸籍制度の改革を進めるということで、内需である消費を拡大していこうという風に読めます。また、外需に関しては、日本の中には賛否両論がありますが、一帯一路やAIIBなど、供給サイドの改革を社会的にも不満を爆発させることなく、うまく乗り切ろうとする、中国から見ると必要な需要対策も打ち出されており、彼らのロジックから見れば一応辻褄が合った、総合的な政策が打ち出されていると見ることができると思います。

工藤:そうした全方位的な政策の遂行というのが可能なのは、中国の体制ということもあるのでしょうか。日本人から見ると、こうした総合的な政策や成長目標が本当にこの期間で実現可能なのか、と疑問に思ってしまうのですが、いかがでしょうか。

中国が国有企業改革をやらなければならない必然性とは

河合:全人代で掲げられたことをしっかりやっていかないと、中長期的な観点から見て中国という国が持たない状況になっていると習近平政権は考えているのではないかと思います。つまり構造改革、特に当面必要な、サプライサイドの改革をやらないと、次の局面で一段と低い経済成長に落ち込んでしまう可能性があります。中国の場合は、生産年齢人口が減少するなかで、徐々に潜在成長率が下がっていくわけですが、それ以上に下がってしまう可能性がある。ですから、やはり中長期的な観点から見て構造改革はどうしてもやらざるを得ないということだと思います。

工藤:例えば国営企業を改革するにしても、そこには色々な利権というか権力的な構造や繋がりがあるわけです。また、失業者が増えることで中国国民は不安になるでしょう。統治の安定と経済政策の実行を同時に進めるためには、強力な推進力が不可欠だとも思うのですが、そうした体制は整った、という理解でいいのでしょうか。

田中:国有企業改革は、朱鎔基が総理の時、相当、集中的に取り組んだわけです。当時は、一時帰休者も大量に出ましたが、ある程度国有企業が淘汰され、体質が改善されたところもありました。その後、彼が辞めて胡錦濤時代になってから、ほとんど改革は止まってしまいました。その結果、国有企業が盛り返してきて、これまでの民営化の流れに逆行する動きも出てくるなど、国有企業改革は10年間停滞してしまいました。もちろん、「改革をやらなければいけない」という問題意識が無かったわけではありませんが、結果的に既得権益が強すぎて何も突破できず、10年間を浪費してしまったわけです。今回、改革をやらなければ、また失われた10年が続くことになり、「取り返しがつかなくなる」という危機意識が今の指導部にあるわけです。そうすると、これまでの10年の改革を阻んだ勢力を排除する必要があり、それが今の反腐敗闘争につながっているわけです。国有企業や地方のトップが次々捕まっている一つの背景には、抵抗勢力を排除するという意図があると思います。

 こうした改革を実行しなければ、おそらく2020年代の中国は相当な低成長になってしまう。中所得国の罠に落ちてしまう、という危機意識があるわけです。

工藤:今度は、それが実行できる体制も整った、ということでしょうか。

田中:朱鎔基時代に行ったことは、当然研究していると思います。当時は、いわゆる職業訓練センターというものを作って、そこで再訓練して職業、資格を斡旋するということを行ったわけです。その方式を今回も使える可能性がありますし、当時に比べると、中国はサービス産業が伸びているので、サービス産業に配置転換していくなど、過去よりは色々な手段はあるのだと思います。

人民元を安定化させるためにも、短期的には規制が必要

工藤:資本市場の問題、人民元の問題ですが、中国は人民元の国際通貨化を推進し、昨年末、IMFは人民元を特別引出権(SDR)に採用することにしました。そのために、様々な改革行いました。だからこそ市場に狙われるなど、いろんな状況に陥り、資本流出も進んでいます。最近は逆に資本規制をすべきではないか、という議論が出てきています。どういう対策がこの面では、動き出すのでしょうか。

佐久間:新たな規制を導入する必要はないと思いますが、今ある規制の運用をもう少し厳格にするなど、少し規制を強めた方がいいのではないかと私も考えています。なぜなら、やはり、リーマンショック以降、4年、5年のタームで見ると、実質実効ベースでも人民元はドルにつられて、ある程度上がり過ぎているというのは事実です。今の中国のファンダメンタリズムから見て、この高い人民元相場に無理があるというのはおそらく誰の目から見ても明らかですから、どうしても市場には下落期待があるわけです。ですから、自然体でいれば、そうした下落圧力がかかってしまうので、余計な混乱を避ける意味でもね、ある程度逆戻りになっても規制というのはあったほうがいいのではないか、と思います。

河合:中国では、ものすごい勢いで資金流出が起きています。例えば数日前に発表されたデータから、香港からの輸入が対前年比で70%以上増加したことがわかりました。中国全体の輸入は減っているのですが、輸入という名を借りて人民元を支払い、そこからドルに移るという形をとった、事実上の資本流出が起きています。これは人民元を切り下げる圧力になるので、しっかり止める必要があります。特に、中国は今、金融緩和をやっているために、放っておくと通貨安になります。金融緩和をやりながら人民元レートの水準を維持しようとすると、資本流出を止めないといけないので、やはり当面はしっかり為替市場介入を行い、資本流出規制を強化し、かつ資本流入規制を大幅に自由化したほうがいいと思います。中長期的には資本流出も自由化するべきですが、今のように資本逃避が起きている現状では、人民元レートを安定化させることがきわめて重要だと思います。

報告
第1話:中国経済に今、何が起こっているのか
第2話:全人代で示された中国政府の本気度
第3話:中国経済の軟着陸は可能なのか

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