消費税増税先送りの評価と、日本の財政再建の可能性

2016年6月14日

2016年6月14日(火)
出演者:
実哲也(日本経済新聞社論説副委員長)
鈴木準(大和総研主席研究員)
亀井善太郎(東京財団研究員、立教大学大学院特任教授)
小黒一正(法政大学経済学部教授)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)

第三話:今度の選挙で有権者は何を考え、政党は何を説明しなければいけないか

工藤泰志 工藤:有権者にとって選挙というのは、投票というかたちで政治に意思表明する非常に重要なチャンスです。最後のセッションでは、有権者はこの時期に何を考えなければいけないのか、ということについて議論したいと思います。

 これまでの話を伺っていると、いろいろな問題が絡み合って、しかもその行き場が、課題の解決ではなくむしろ破局に近づいていると感じました。ただ、亀井さんのおっしゃったことで非常に良かったと思ったのは、「まだ、もう少し抗える」ということです。政治に対抗する力を、いろいろな人がもう一度持たなければいけないのではないか、という視点を持って、今の状況から改善の方向に一歩踏み出すためにも、有権者は何を考えなければいけないのでしょうか。また、そのために政党は今度の選挙で何を説明しなければいけないのでしょうか。

国民の不安を解消するため、政治はどのような将来像を描いているか示すべき

 実:残念ながら、各党から出されている公約や、党の方の発言を聞いていると、どちらかというと「皆さんにこういうことをしてあげます」という競争になっている感じがします。ただ、有権者の方も、特に若い世代は「将来どうなるのか」という不安を持っているわけで、来年、何かお金をくれるといったことよりも、最終的に持続可能な社会保障の仕組みをしっかりとつくってほしい。そのためには、負担は厳しくなるのかもしれないけれど、それがどのくらいなのか、というイメージをつかみたいのだと思います。だから、有権者としては、そういう先のことを政治家に問いかけなくてはいけない。

 また、政治の中での選択肢でいうと、世界的に見ても2つの流れがあると思います。1つは、社会保障制度などにはなるべく手をつけず、しかし、かなり国民に負担してもらう、すなわち「高福祉・高負担」の世界。もう1つは、そうした大きな負担を強いるのは難しいので、社会保障はそこまでしなくていい代わりに、国民が自立するために自分でお金を蓄えたりする準備をサポートしてほしいという「中負担・中福祉」の世界。いずれにせよ、そうした選択肢があるはずなのですが、現状「低負担・高福祉」を主張している党しかないような感じです。したがって、現実問題として選択肢がないというところはあるのですが、有権者としては、そういう問いかけはしなくてはいけないのかと思います。

 鈴木:財政の問題は、やはり民主主義のプロセスを通じてマネージしていく必要がありますが、私は、まだマネージできると思っています。財政破綻とは何かということを明確に定義するのは難しいのですが、マーケットで断続的な円安が起きてくるようになることになれば財政破綻に近づいていると言ってよいと思っています。今のところ、世界経済が少し悪くなるとすぐに円高になる状況なので、まだマネージできると思っています。

 ただ、今の金融政策について、政府と日銀のバランスシートを連結して考えると、政府の債務をどんどん日銀の債務に変換している状況です。つまり、要求払いの日銀当座預金を大きく増やして、政府の長期債務を短期化しています。これを続けていればいつか限界が来ますし、後でどう手じまいするかが難しい。

 本来、金融政策はあくまでも時間稼ぎで、短期決戦型の政策です。時間稼ぎしている間に、民主主義のプロセスを通じて、財政の構造的な改革をしないといけないわけです。過去を振り返ると、やはり社会保障の改革が一番問題です。橋本龍太郎内閣の時の厚生大臣は小泉純一郎さんで、社会保障費だけを特別扱いしました。また、小泉首相のときは「社会保障費の毎年2200億円カット」を1年目だけはやりましたが、2年目以降は数字合わせになってしまいました。やはり、社会保障改革をいかにやるかということがポイントであり、有権者が考えるべき一番難しい問題だと思います。

 今進められている経済・財政一体改革では、社会保障の改革が重要だということで、44項目の改革が具体的に掲げられています。これだけ多くの人々が「社会保障改革が必要だ」と言っている割に進まないのはなぜかと考えると、広く国民運動になっていないからだと思います。つまり、トップダウンで何兆円「社会保障を抑制する」という話をしても結局うまくいかない。もっと個々人や地域、企業や医療界など、ありとあらゆる人が「問題だよね」と認識を共有して、自らが変えるという意思を持たないとうまくいかない。日本には健診データやレセプトデータなど、事実を認識し課題を共有するための宝の山がたくさんあるわけですから、それを分析して見える化すれば「ここはうまくいっているが、ここはうまくいっていない」「隣の自治体はうまくいっているが、自分の自治体はうまくいっていない」ということを明らかにできます。データから問題の所在を理解し、変えていくということを有権者1人ひとりがやっていく必要がある。そうした状況をつくるのはまさに政治の責任です。

 実は、経済財政諮問会議の専門調査会ではそういう議論をして、計画をつくり、あるいは政府内での合意形成を進めています。ですから、参院選後に、そうした改革を進める問題意識があるのかどうか、今度の参院選では見ていく必要があると思います。

有権者1人ひとりが、財政という課題について真剣に向かい合うことが必要に

 小黒:先ほど、破局的なシナリオを説明しましたが、私もまだ破局シナリオを避けることができる可能性は残されていると思います。1つは、財政は結局、民主主義の帰結なのだということです。2014年に消費税が引き上がった一番大きな理由は、当時の世論調査を行うと、約50%の人は「増税したほうがいい」と答えていたのだと思います。そういう意味で、国民がきちんと財政再建の重要性を認識することが1つです。

 もう1つの方向性は、市場の声だと思います。イギリスなどが2010年代に財政再建を思い切ってやりましたが、長期金利が上がったからです。つまり、マーケットからの警告があったのです。一方、日本では残念ながら日本銀行の金融政策で市場の声が強く出ていないわけですが、例えば、6月上旬、三菱東京UFJ銀行から「国債の市場特別参加者(プライマリーディーラー)の資格を国に返上する」という話が出てきています。こういう市場の声を政治がしっかり受け取って財政再建をしていくということが、2番目に重要なことだと思います。

 そして、一番重要なのは有権者自身だと思います。「なぜ」という問いかけをきちんとすることだと思います。「日本銀行が国債を買い切れば大丈夫だ」とか、あたかもコストなしで財政再建が進められるような話がありますが、それは本当なのか、そんなにうまい話があるのか、ということをよく考えてみる。あるいは、「2019年10月に消費税を引き上げる」と言っていますが、これはまた空手形になる可能性があります。そうだとしたら、2020年にプライマリーバランスを黒字化するプロセスが本当にできるのかどうか。そこにも「なぜ」という問いかけをして、きちんと検証していくことが求められていると思います。

 亀井:1つ目は、増税先送りを、野党、もっといえば3党合意の当事者である民進党から国会の会期の最後で持ち出して、それに与党が乗ったという状態ですから、国民から見れば、与野党ともに選択肢がない状況です。これは極めて嘆かわしいことで、本当にどうにかしてほしいと思います。

 次に、そうはいってもまだどうにかできるチャンスはあると思います。しかし、そのためには選挙で具体的なシナリオを戦わせる必要がある。自民党は、首相が言った通りプライマリーバランス黒字化の目標を「先送りしてもできます」というのであれば、それは具体的にどうやるのか。国民と市場、あるいは国際社会に対してちゃんと訴えないなければならない。一方で野党は「赤字国債を発行する」と言っていますが、その先どうするのか、ということをお互い競い合ってほしい。それは、当面のバラマキ競争ではなくて、その先の部分を与野党が競争し合うという構図を作る必要がある。同時に、国民はそれを要求していかなければいけないと思うし、メディアも催促していかなければいけないと思います。

 最後に、政治家は国民の鏡だということです。政治家を笑っているかもしれないけれど、例えば新橋駅前などで世論調査をしてみたら、今の生活が厳しいこともあり、やはり皆さん「当面、増税はしたくない」と答えているわけです。そうした中で、「今も厳しいかもしれないけれど、将来はもっと厳しい」という視点を国民自身がどう持てるか、ということがすごく大事なのではないかと思います。だからこそ、先ほど何度かお話させていただきましたが、東京財団でつくった財政推計モデル、これは国民1人ひとりが操作できるような簡単なモデルになっています。パラメータをいろんなかたちで操作して、「こういう状態で、我々の負担はこう変わるのだ」「社会はこうなるのだ」ということを、皆さん1人ひとりが実感できるようなモデルとして、公共財として投げかけたつもりです。そういうかたちで、国民1人ひとりが将来の痛みと今の痛みを比べて「確かに将来が大変なのであれば、今から痛みを少し分割しておくか」という発想をできる社会にしていくことが、一番大事なことではないかと考えます。

これから噴出する様々な課題の解決に向けて、日本の政治に期待できるのか

工藤:今、皆さんの発言に、いろいろなメッセージがあったと思います。ただ、今気になっているのは、選択肢がないということです。つまり、どの政党も今の負担を増やすことを避け、課題解決から逃げているということです。こういう状況になると、政治が国民のために仕事をしていないわけで、この状況には「ノー」を言わなければいけない段階だと思います。皆さんが指摘しているように、「なぜ」という疑問と同時に、ここまで日本の将来に関して厳しい状況が予見されている中で、政治が何も説明できない。「私はこれに何か取り組みたい」と明確に言えない人たちを、私たちは政治家にするべきではないと思います。財政再建という課題に関しては、マーケットの判断だけでなく、民主主義においては有権者の判断になっていかない限り、絶対に変わらないと思っています。

 ただ、世論調査をすると、有権者はなぜ増税延期に賛成しているのか。この理由は、確かに目先のことで精一杯で、生活に余裕がない、ということだと思います。一方で、意外に、日本の将来は厳しいと実感している人たちは多いと思いますが、皆さんはどうお考えですか。ひょっとしたら、統治としての政治に期待できなくなっている、自分を守るしかない、ということもあり得ると思うのです。この前、若い人たちと議論したときに、「18歳選挙権に合わせて、若者の側から消費税を上げるような議論をした方がいいのではないか」と言ったら、バイトの給与を将来のために貯蓄している、ということでした。こうした状況をどうみればいいか。

 それから、数年後には高齢化により、特に東京圏で独居老人の孤独死や徘徊などに行政として対応できないことになるのではないか、ということが指摘されています。つまり、危機が目に見えるかたちで出てきて、初めて話題になる。そのときに、「これはその人たちの生き方の問題ではないか」などという議論を容認してしまったら、この国はダメだと思います。「何のためにこういう状況になってしまったのか」ということをきちんと問わないといけない。だから、そろそろ私たちが政治に怒るタイミングだと思うのですが、日本の政治に期待できるのでしょうか。
 
亀井:「期待できるかどうか」という点については、いくつか要素があると思いますが、間違いなく皆さん、日本の将来は厳しいと直感しています。特に、若い世代は「このままで済むはずがない」と思っていて、それが今、短期的には政治への失望に変わってきている。私は、もう少しメディアに頑張ってほしいと思います。野党がダメならメディアが頑張るしかないと思うのです。メディアは政治に対して、もっといい質問をしてほしい。「消費税引き上げに賛成ですか、反対ですか」で質問を止めてはいけなくて、「反対であるならば、2025年から2040年の問題をどうしようとしているのですか」と各党に聞いていく。少なくとも、討論会でその質問が出なかったら、討論会の主催者は批判されてしかるべきだと思いますし、彼らに対して「ノー」と言ってもいいと思います。

小黒:亀井さんが言ったように、若い人たちは「日本の将来は非常に厳しい状態である」ということを薄々、もしくはクリアに認識している人は増えてきていると思います。ですが、政治に対する働きかけは弱い。そうであれば、日本人は、ある意味で中途半端に利己的なのだと思います。政治に働きかけるのはコストがかかるので、働きかけが弱いのは、一見、利己的な行動のように見えますが、日本国内にいる限りは巻き込まれてしまうわけです。フランス革命で国王をギロチンにした、フランス人などは超利己的、要するに、公と私は最終的には切り分けられないので、自分の生活を最終的に防御するためには公のセクターもちゃんと管理しなければいけない、と考えているからこそ、公に目を光らせて、メディアも政治を監視する性向がすごく強いのだと思います。日本人も、むしろ中途半端に利己的なのではなく、超利己的になって、公をコントロールすべきではないかと思います。

鈴木:「消費税引き上げに反対だ」というのは、今、赤字で飲み食いしていることを我慢できないということです。これは、1970年代からすごく時間をかけてそういう経済社会の構造をつくってきてしまったことに起因すると思います。そのプロセスにいる時間が長い人ほど、感覚が麻痺してしまっています。誤解を恐れずに申し上げれば、高齢者ほど消費税引き上げに反対だし、給付カットにも反対だ、ということになります。一方、若い人は赤字に依存している経験が短い分、問題に気付いている度合いが高い。賃金水準が低い若い人は、統計上も昔と違って貯蓄率が高いことを確認できます。若者は将来に対して強い不安を持っています。

 ですから、若い人たちがもっと声を上げる必要があると思うし、もっといえば、財政問題を先送りするということは、今の政治はまだ産まれていない人たちに対して財政的な虐待をしているということだと考えられます。国の将来を考えることが政治の大きな役目であり、長い目で見て、日本という国、あるいは日本の経済社会をどう維持していくのか。それは、2020年度の黒字化という数字だけを合わせればいいという話ではなくて、それ以降も持続性がある財政構造をつくるということです。そのことを、政治が若い人を中心に訴えていかない限り、なかなか現状を打開できないのではないかと思っています。

実:先ほど、メディアの世論調査の質問の仕方について指摘がありました。私も痛いところを突かれたというか、私も個人的にはそう思っていながら、変えるべく何かをしているというわけではありません。確かに、「増税するか、しないか」という選択肢ではなく、「増税しない場合はこういうことが起きるが、それは受け入れられるのですか」という質問の仕方も必要だと思います。

 もう1つ、今、生活が厳しい若い世代、非正規の人が中心なのかもしれませんが、低い賃金しか受けられない。あるいは、高齢者でも、無年金者が増えてきてしまっている。今までは社会として何となく安定しているように見えたものに、だんだん綻びが見えてきつつあるような感じがあると思います。だから、高齢者の人たちの社会保障をどうするかという問題だけではなく、働いてもそれなりの暮らしができない人たちの問題をどうするのか。これも、もし公的な支援をするのであればお金がかかる話です。そこも踏まえて、新しいセーフティーネットをつくらないといけない段階に既に来ています。

 そうしたことも含めて負担をどうするのか、というところも、有権者自身、つまり実際に生活が厳しい人たちも声を上げるべきだと思いますし、全体の設計をどうするのか、というところをもう一度議論しなくてはいけない。今度の選挙でも、そういう弱者対策的なところは各党がいろいろ言っておられると思いますが、それについても財源の問題については言及がないということも、二重の意味で問題かなと思います。

工藤:皆さんは、今の専門家4人の意見をどう思ったのでしょうか。7月10日の選挙で、我々は日本の将来を考えて、そのための行動をするタイミングに来ているように思います。皆さん、今日はどうもありがとうございました。

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