言論スタジオ

イギリスのEU離脱の背景と今後

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2016年6月30日(木)収録
出演者:
中村民雄(早稲田大学法学部教授)
山中あき子(元外務大臣政務官、ケンブリッジ大学中央アジア研究所上級客員教授)
吉田健一郎(みずほ総合研究所欧米調査部上席主任エコノミスト)
渡邊啓貴(東京外国語大学国際関係研究所所長)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)



第1話:「離脱派」勝利の背景は何があったのか

工藤泰志 工藤:言論NPOの工藤泰志です。さて、言論NPOは今年の2月、ワールド・アジェンダ・カウンシルという国際的な問題を議論する仕組みを作り、世界の課題について議論しています。今日はイギリスのEU離脱について議論したいと思います。

 6月23日、私たちが注目していた国民投票が行われましたが、その結果は、予想もしていなかった「離脱」というものでした。それをめぐって、イギリスや世界でかなり大きな混乱が起こっています。この問題が、今後のイギリスだけでなく、EUそして世界の国際的な秩序にどういう影響を及ぼすのかということについて議論したいと思います。

 それではゲストの紹介です。まず、ケンブリッジ大学中央アジア研究所上級客員教授で、以前、外務大臣政務官も務められた山中あき子さん。続いて、東京外国語大学国際関係研究所所長の渡邊啓貴さん。みずほ総合研究所欧米調査部上席主任エコノミストの吉田健一郎さん。最後に、早稲田大学法学部教授の中村民雄さんです。

 さて昨夜、有識者アンケートを取りました。夜中にもかかわらず、175名の方から回答を寄せていただきました。それだけ多くの方がイギリスのEU離脱に関心を抱いているということなのですが、そのアンケート結果も踏まえながら、議論を進めたいと思います。まず、皆さんに今回のEU離脱という国民投票の結果、そして、そこから始まっている大きな混乱についてどう思っているか、お話しいただきたいと思います。

160630_yamanaka.jpg山中:まず、政権与党の保守党が残留と離脱で二つに割れた一方で、野党労働党では大半が残留派を占めていたという構造のなかで、キャメロン政権は「残留するに決まっている」と国民投票をちょっと甘く考えていたのではないかと思います。しかし、投票のタイミングがとても悪かった。10日から12日まで3日間、エリザベス女王の90歳、フィリップ殿下の95歳の誕生祝いが行われていました。このお祝いで国中にユニオンジャックが翻っていて、国威発揚していた。世論調査では10%離脱派がリードしていて、しかもそんな雰囲気の中で投票をしたら、残留派は危ないのではないかと尋ねたところ、「アキコ、1975年の国民投票でも離脱派が勝っていると言われながら、蓋を開けたら残留派が多かったので大丈夫だ」と話していました。

 それから、ケンブリッジ大学で講義したときに、「今週で試験が全部終わる」と学生が話していたのですが、ケンブリッジ大学は試験を一度でも落第すると卒業できないので、皆、必死に勉強する分、試験が終わった途端に開放的な気分になって、安い航空券を前もって買っていて、世界中に旅行に行ったり、あるいは故郷に帰ってしまうわけです。ですから、「なぜ我々学生が投票できない時期に国民投票を設定してしまったのだろう」と言う声がありました。そういう意味で、投票日の設定も含めて甘い見通しだったので、このような結果になったのではないかと感じました。ロンドンを含め有識者、政治指導者、ジャーナリストの大方の予想を裏切った結果ということでショックが非常に大きいと思います。

ポピュリズムの影響に加えて、もともとあった大陸欧州との距離感が表れた

160630_watanabe.jpg渡邉:私もこの結果は意外でした。ただ、感情の力、特に言われるポピュリズムの力と理性の力という二つの力で、欧州統合をめぐる国民投票など大きな話を考えることができると思います。感情の力が勝ったのだと思いますけれども、もう一つは、イギリスとEUとの歴史的関係です。統合が進むときは、経済・社会状況がとても良いときなのですが、1970年代に欧州共同体(EC)に加盟して以来、イギリスは基本的に、経済・社会状況が良いときがないのですね。70年代、イギリスが加盟した頃は、オイルショック以降の先進国がどこも良くない時期でした。言うなれば、イギリスは欧州に入ったけれども、統合の恩恵を受けなかったわけです。また1980年代に入って、50年代以来の独仏中心の欧州統合の巻き返しがあり、イギリスは後塵を拝してきたわけですが、そのことに対する不満もありました。そウいう背景があり、ここにきて大陸ヨーロッパとイギリスとの間にもともとあった距離が一気に表面化してきた。逆に、大陸側から見ると、イギリスの「ご都合主義」が露骨に出てきたと感じているのではないかと思います。

 それからもう一つは、「離脱」「離脱」と言いますけれども、いまの相互依存、グローバル化が広がっている世界で、完全な離脱というのはあり得ません。山中先生は、「見通しが甘かった」と言われましたが、イギリス人はこのことをきちんと捉えていなかったのではないかと思います。

160630_yoshida.jpg吉田:私自身の感想としては、直前までどちらに転んでもおかしくないと思っていたので、結果自体はおかしくないと思いました。国民投票が終わった直後に発表された世論調査で、残留派の支持率が4%くらい離脱派を上回るということで、かなりマーケットは楽観的に反応したのですが、それを見たときに、むしろ私は「これは危険だ」と思いました。楽観を織り込みすぎていると思ったのです。直後、比較的早い段階で発表されたニューキャッスルやサンダーランドの結果で、予想よりも離脱派の勢いが強かったので、「これはもうまずいな」と思いました。

 イギリスのフィナンシャル・タイムズが面白い分析をしていまして、EUとの輸出取引が多い地域ほど離脱の比率が高かったということでした。これはすなわち、労働者層を取り込めなかったということであり、その背景にあるのは、労働党がうまくやりきれなかったということです。その意味で注目していたのは、バーミンガムでした。バーミンガムは大都市で、前回2015年の選挙では労働党が勝っていました。にもかかわらず、今回は残留派が勝てませんでした。なので労働党は、保守党並みあるいは保守党以上の大混乱に陥っているのではないかと思いました。

反EU報道を続けてきたメディアにも責任がある

160630_nakamura.jpg中村:私も、ぎりぎりで残留するであろうと思っていましたので、今回の結果にはやや失望しました。

 イギリス政治の話で言いますと、「必要のないことをやって自滅した」という点が非常に残念でなりません。本来、残留するか脱退するかは国会自身の議決によって決めることができるので、国民投票をする必要はどこにもないわけです。逆に、国民投票をしても法的には拘束されないわけですが、今回のように非常に接戦の結果が出てしまうと、議会が動けなくなってしまうという逆効果があると思います。

 そして、今回の結果は保守党内部の反EU、EU懐疑派を協調させることができなかったキャメロン首相の政治的手腕のなさに起因するところがかなり大きいと思います。逆に今回、イギリス独立党(UKIP:UK Independence Party)のファラージ氏や、前ロンドン市長で保守党のボリス・ジョンソン氏などが、移民の脅威を非常に煽りました。そして、これが一昨年以来のシリアから大量にやってくる難民や移民の姿であるとか、2000年代初頭以降、急増したポーランド等の東ヨーロッパからの移民の姿と重なりました。そのように「イギリスが移民だらけになるのではないか」という人々の直感に訴える戦術をとったが故に、ますます国民の感情が高まったのだろうという気がします。

 しかしもう一つ、長期的に見ると、イギリスのメディアにも相当大きな責任があると思います。1980年代から一貫して、反EU的報道をほとんどのメディアがやってきたのですね。つまり、EUの良いところ、EUがやってきたプラスの功績をほとんど伝えていないので国民はそもそも偏った情報しか持っていない。国民投票が終わった今頃になってようやく、やや親ヨーロッパの「ガーディアン」ですら、「EUとは何か」みたいなことを解説し始めるという有様です。それほど情報がない中で、国民が直感に頼って投票せざるを得ない、しかもそういう国民の声ですべて決めてしまう手法を取るという二重三重の不幸が重なり、今回のような結果になってしまったのだろうということが私は残念でなりません。

工藤:ここで、有識者のアンケート結果をご紹介します。今回の国民投票の判断をどう評価しますか、という質問に、なんと約75%が「適切な判断だと思わない」と回答しています。イギリスの人々は、一般的には、非常に実利主義で、慎重だと言われてきた中で、これほど大きな決断を下してしまい、いままで作り上げてきたものを全て壊してしまう危険性さえあります。なぜ、イギリス国民は離脱を選んだのかということに非常に関心があったのですが、中村さんのお話が一つの答えを提起したと思いますが、いかがお考えでしょうか。

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一つの声に感情が流れる傾向が強まり、民主主義のあり方が揺らいでいる

山中:現在、英国国民の間に生じている断層として、三つほど考えられます。一つは、若い人と、「英国の良かった時代をもう一度」と考える高齢者層との間の断層です。先程申し上げたとおり、国中が「ユニオンジャック!UK!」となってしまった後の投票になりました。そこで感情的に「UKは素晴らしい国だ、そこへ戻そう」というジョンソン氏、ファラージュ氏の話が耳に入り、昔の「偉大な大英帝国」を思い出した層が「離脱」に投票しました。一方でちょうど若者の層が選挙に行けない時期だったと言いましたが、この若者の層では7割が残留派と言われていました。

 そして、ロンドン、シティでEUの恩恵を受けている人たちと、農村、漁村の人たちとの断層です。漁村の人たちは、「自分たちの海にEUの船が来ている」、「フランスとノルウェーとスペインの船が来ている」と言っています。実際にはノルウェーはEUに加盟していないのですが、混同して「我々の漁獲高をEUに制限されている」と思っている。

 あとは、情報をたくさん得ている有識者と、ローカルの情報しか得ていない人々との断層。この三つの組み合わせが、今回、離脱の方向に流れた大きな要因です。そして離脱派は正しくない情報を流布することも含めてそこを上手に煽ったわけです。

 これは、英国だけではないと思います。アメリカも日本も国民の誰かが一つのことを言い始めて、それがネットで広がれば、皆何となくそちらに気持ちが流れるということは起こり得ます。チャーチルが70年前に「民主主義というのは完璧ではないけれども、これより良いシステムがないのだから、いまはこれで行こう」という主旨の演説を下院でしましたが、21世紀になり、民主主義のあり方のギリギリの境界線が世界中の先進国の中で、少し揺れてきているのではないかという気がします。

工藤:2013年にキャメロン首相が国民投票をすると言ったことの理由なのですが、先ほど中村さんは政治的手腕のなさとおっしゃっていました。

 議会制民主主義の中で問題を処理し切れなくなったので国民投票にかけて、もう一方ではEUと協議をしながら最終的に自分の基盤を固めるということは、戦術としてはなり立っているかと思いますが、このやり方に何か大きな無理があったのでしょうか。

山中:基本的に、キャメロンは1975年にもEEC(欧州経済共同体)からの離脱をめぐる国民投票があったものですから、それをもう一度やろうと割に安易に考えて、国民の意識の流れ、時代の違いを認識していなかったことがあると思います。

 もう一つは、昨年11月に「EUと交渉して譲歩を勝ち取る」と言ってEUに乗り込みましたが、政治の世界ですと、事前に「お土産」を貰うために様々な下交渉をした上で、キャメロン首相が乗り込んで、「これを獲得した」という流れになるはずなのですが、そうした下準備を十分にせずに、ただ単にイギリスの論理を説いただけだったので、「人の移動の自由は譲れません」と言われ、キャメロンは負けた形で帰ってきたのです。国民投票をすると言って、そこで成果を見せるはずが、成果を見せられなかった。彼の手法が非常に甘かったし、それに加えて、「残留運動は労働党がやってくれるだろう」という見通しの甘さもあったと思います。

工藤:中村さんに伺いたいのですが、キャメロン首相の政治手腕の問題というのは、彼個人の問題なのでしょうか。それとも、イギリスの政治的な構造にかなり大きな問題や脆弱性があるということなのでしょうか。

首相自身の手腕に加え、国民投票に依拠する政治構造にも問題があった

中村:個人の問題と構造的な脆弱性の両方あると思います。まず、個人の問題から言いますと、キャメロン自身が連立政権の下での首相であったということで、元々立場が弱いというのがあります。そして、党内の反EU派が次第に増えてきているという状況の下で、「政権を安定させるために、大きな何かをもたらさなければならない」と焦りが出てくる中、彼自身が持ちこたえられなかった。

 構造的な問題点としては、イギリス政治が2000年代以降から、国民投票を多用するようになっていたということがあります。正確には1998年の地方分権法から始まっていまして、スコットランドとウェールズ、北アイルランドが分権を考え始めたときに、まず、地方分権の是非について住民投票をしたのですね。そして2010年代には、国政選挙で下院の選挙法改革について、いまの小選挙区で一番得票数の多い1人だけ当選する制度ではない、疑似比例的な制度に変えることの是非についても国民投票で決めました。EUとリスボン条約について交渉した際も、これ以上EUが条約を改正して拡大するような事態があれば、必ずその度に国民投票をするという「EU監視法」を2011年に作っているのです。何かというと国民投票、住民投票に訴えるという手法が前の労働党政権から現在の保守党政権に至るまで急に増えているのですね。

 住民投票は民族自決権に関するもので、国民投票とは法的には意味が全然違うのですが、その区別もなく、やりにくいことがあれば国民に投げる、重要なことは国民に投げるということが常態化していました。

工藤:メディアも含めて、国民が考えるための情報提供を怠っているという話がありました。国民投票をするにあたっては、様々な情報が提供されたり、議論が起こっていたりと国民が十分に判断できる環境作りがないと感情に流されてしまいかねないと思いますが、これまでの国民投票でもこのような傾向があったのでしょうか。

中村:これまでの国民投票では、例えば、疑似比例制の導入についての国民投票では相当にきちんと説明しています。これは、制度の説明であって、好き嫌いの話ではないので、割と簡単にわかるわけです。1975年の国民投票でも、それぞれの勢力の人たちがそれぞれの言い分を根拠を示しながら説明していました。

 今回は皮肉なことに、国民投票の公認の運動期間中に客観的な情報が得られにくい状況になってしまったのです。政府が中立を保つという意味で、一切情報提供をしなくなったのです。それによって、逆にわからなくなってしまいました。EUの情報というのは分かる人には分かるけれども、分からない人には探しにくい情報なのです。EUについて客観的に、数字に基づいて判断するための判断材料が、誰かの書いた二次的なものしかないという状況になってしまっていました。

工藤:離脱派が「EUへの拠出金がなくなれば、社会保障のお金が増やせる」と言いながら、選挙後に撤回したという話がありますが、そういう情報はあるわけですよね。

中村:その情報も計算によって違うのです。例えば「EUに拠出する」というのをどういうふうに提示するか。総額で提示するのと、国民一人あたりで提示するのでは、話の見え方が相当変わってくるわけです。総額で提示しますと、すごく大きく見えてしまいますが、GDPや人口などを総合的に勘案すると、実は、イギリスは他の国よりもリベートをもらっている関係で負担が軽くなっているのです。そんなに重いとは言えない部分があります。

有識者やメディアの論調と、大衆の意識との間にズレがあった

工藤:外部の第三者が分析する、またメディアがそういう役割を果たすべきなのですが、そういうことが十分ではなかったということでしょうか。

中村:いえ、むしろ逆にありすぎたと思います。ありすぎて諸説紛々としてわからなくなったわけです。

山中:The Timesなど高級紙を読む人は、かなりの程度、EUのことをわかっている人です。一方、大衆紙を読むと一面にエリザベス女王の写真に「本当は女王も離脱したいのではないか?」という見出しが付けられている。ですから、こちらしか読まない人々の間では離脱の意識になるわけです。

 国民投票という制度の本質と国民意識と政治とのずれを、今回、政府は反省しなければならないだろうと思います。次の首相に誰を選ぶのか、離脱派のボリス・ジョンソンを選ぶのか、テレサ・メイを選ぶのか。彼女は、離脱派ではなく、残留派であったものの、何も残留運動をしないと評判になっていた人物です。

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